シンクシンク

僕の顎は震え、ガチガチと上下の歯が小さく音を鳴らした。

抑えろ、装え。

ドアに手が掛かりゆっくりと開く。

「どうしたの?」

冷静を装いこちらから問いかけてみる。

彼女は先程と同じ笑顔を魅せてくれている、だが僕の感情はさっきとは違う。

可愛いを恐怖が凌駕してしまった、今なら断言出来る、可愛いは絶対では無い。

「縛られて痛いのは解るわ、外してあげたいとも思うけど、、、

 逃げちゃ駄目よ。」

ドアが開き切る、そして震える、彼女は右手に包丁を握っていた。

「に、逃げないよ、、良くしてもらったし、、何か、理由があるんでしょ?」

恐怖からか、何の考えもなく口からそんな言葉を出してしまった。

いきなりなんて事聞いてんだ僕は、だがもう遅い、いくしかない、切り崩す。

「そうだよ、君みたいな子がこんな事するなんて、何か理由があるんでしょ?」

瞬間。

「理由?リョウの、、貴方の為じゃない、貴方が望んだ事じゃない!

 貴方が望むなら私、なんだってするわよ!!」

彼女は声を荒げ、包丁を握り締めた右手に力が入った。

不味い、完全に地雷を踏んだ。

その上切り抜け方がわからない、完膚なきまでに非常事態だ。

正解がわからない以上、今僕が思う彼女の性格に向けて言葉を説くしかない。

賭けるしかない、己の分析力に。

「ごめん!!」

緊迫した空気を吹き飛ばす様に馬鹿にでかい声で僕は言った。

とりあえず現場を止める為の最高の魔法だ。そして告げよう、本音を。

「ごめん、、僕、実は、、、記憶が無いんだ。」

「ええ、知ってるわよ。」

ジーザス。

視覚外だ、規格外だ、オーマイゴッドじゃないですか。

知ってるのか!

そもそもこの子が僕の記憶を奪った可能性を考慮するべきだった。

もういい、こうなりゃヤケだ、全部素直に話してやる。

「そもそも、リョウって誰だよ!

 僕はリョウじゃない!」

そう、彼女が誰かも知らないが、まず僕はリョウって奴じゃあない。

君もそいつも誰なんだ、人違いだ、そうであれ!

「貴方はリョウよ。」

「違う、人違いだ。」

「じゃあ、誰なのよ?」

言われてハッとした。

「貴方は誰?」

もう一度問う彼女に僕は答えられなかった。

僕は、、、誰だ?

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