第11話 王宮へ召喚される。
聞きたくもなかった衝撃の事実を聞かされ、そのまま夕飯をごちそうになった後、口止め料と賄賂とフリガナが降ってありそうなたっぷりの土産と共に家に帰された。結局ルーは出てこなかったし、非常に居心地の悪い訪問であった。
アンナマリアが非常に心配そうな顔をしていたが、人に漏らすことができない様な内容なので、心配する彼女や両親をよそに黙ることしかできない。
だが、要するに彼らは大きな魔力の器を持った子どもを探しており、それがたまたまルーの探していた相手だったということだ。
彼らの話が真実ならば、数十年、精霊をおろせていないことになる。通常は5年ごとにおろすのだから、これは確かに異常な事態だ。今まで我々が聞いていた信託は、中程度の力を持った精霊を降ろして聞いた物らしい。
だが、これは、上から順々に伝わった伝言ゲームのような有様なので、どこか曖昧である。そこからの断片的な情報をつなぎ合わせ、過去の事例から導き出して優秀な宰相たちが何とか方向性を決めているので、本当に綱渡り状態らしい。
「…かといって私がなぁ……」
なんだかんだと聞きたがる両親を振り切り、自室に戻ったのは数分前のことだ。この世界でありがたいのは入浴の習慣があったことだ。中世のヨーロッパのような環境だったならば、耐えられなかったに違いない。ちなみに長年の交渉で、風呂は一人で入らせてもらっている。
「疲れるのよね、入り込まれるの」
相手の力が大きければ大きいほど、抜けられたときに身体がつらい。まあ、今は魔力を器全体に張り巡らせているので、入り込まれることはほぼないが。11の時から憑りつかれたのは、二度ほどである。両方とも流感に罹った時だった。今ではその対策に、常に師匠特性のお守りを首と両手両足に着けている。本当は彫り物が効果的なのだそうだが、後々面倒になりそうだったので遠慮した。
「明日以降も、面倒くさいことになりそうだなー」
そのまま、しばらくちゃぷちゃぷとお湯を楽しみ、頭の先から足の先まで洗い上げ、湯船から上がる。用意してあったお日様のにおいのするふかふかのタオルは最高だ。水を拭った後に髪を、祖母と作った魔動式ヘアドライヤーで乾かす。若干くしゃくしゃしているが、朝になったらきっとアンナマリアが美しくコテで整えてくれるに違いない。
「もう寝よ」
明日は学校である。なんだか、無性に学校が懐かしい。
髪も整え、ネグリジェ(どうもスカスカして、何年たっても好きになれないが)を着て、寝台に向かう。私の寝台は前世で言うクイーンサイズほどあり、ゆったりと眠れる。上掛けも枕もこだわった、私の聖地のようなものだ。
だが、浴室から出て、私は思わず固まってしまった。
なんと、私の寝台の上には長々と巨大なユキヒョウ(もどき)が横たわっている。しかも、発光している。周りを金色の光が取り巻いて、とてもきれいだ。
だが、問題はそこではない。何故この結界が強固な屋敷の中に、この巨大猫科動物がいるのかということだ。そして、これはおそらく十中八九、ルーである。
「………………ルー。ルーベンかしら、そこの毛玉ちゃんは」
んごんごと寝息を立てていたユキヒョウは、耳をぴんと立てるとこちらを振り向き、腹を見せて盛大にのどを鳴らした。斑点の美しいまふまふとした毛並みと金色の瞳、長い優雅なしっぽ。近づいてその美しい毛並みをなでるとうっとりするような心地がした。そして、その大きな肉球の下には、見るからに上質な紙の封筒が置いてある。
「これを読めっていうことね。で、あなたはルーベン?」
問いかけると喉を鳴らしながら、腹に頭を押し付けられた。肯定らしい。まふっとした毛皮の感触が素晴らしい。
「はいはい。ルーちゃんなのね。なになに」
取り上げて空けようとするが、蝋ががっちりしていて開けられない。すると、ナイフのような爪でちょいっとひっかけて、ルーが蝋を切ってくれた。器用である。それに礼を言い、封筒を開ける。その途端、ちょっぴり電気が走ったような感覚がしたが、割と帯電体質なので、さほど気にしなかった。中身はなぜか古語で書かれている。だから、思わず声を出して読んでしまった。
「『この封筒を開封した貴女に朗報。王宮から急遽召喚がかかりました。これを読んでから30秒後に召喚されます』……30秒後?!」
書いてあった内容に思わず目を疑う。だが、その瞬間、手紙が光を発し、私たちの下に魔法陣が出現した。
そして、その陣は私とルーを強制的に目的地に飛ばしたのだった。
☆
「うふっ…ッ」
目もくらむような光が爆発したかと思ったら身体が落下し、次の瞬間には弾力があるものに乗っかった。空気が抜けるような音がし、下を見てみると、お尻の下にはユキヒョウ姿のルーがいた。
「ご、ごめん。痛かったね」
「ぅぐぅぐ」
文句を言うようにルーがうなる。体をどかすと、その腹をさすってやった。それにしても何て良い手触りだろうか。
「ごめん、ごめん。……それにしても、ここ、どこなのかしら。あんたのご両親のどっちかが飛ばしたんだろうから、何か知らない?」
そういうと、文句を言っていたルーがぴたりと黙り、目をすいっとそらす。明らかになんか知っている様子だ。昔から後ろめたいことがあると目をそらす子だった。トイレットペーパーにいたずらしたときとか。
「ねえ、ちょっと…」
「なんとまあ、破廉恥な格好で現れたことか!これが仮にも伯爵令嬢とは嘆かわしい」
問いただそうと口を開くと、低いがどこか硬質で咎めるような声が背後から降ってきた。
思わず後ろを振り返ると、そこには銀色の髪に紫の色の瞳という、前世の世界では二次元にしか存在しないような美丈夫が立っていた。年の頃は長兄と同じ程度だ。耳や首につけた上質な飾りからすると、王族だろう。私の眼は肥えているのだ。
「お初にお目にかかりますわ。デンボフスキー伯爵の末子、エヴァンゲリン・マルガレーテ・オイフェミアと申します。こんな『破廉恥』な格好でしたのは、もう、寝る間際だったからですのよ」
一応伯爵令嬢としての意地で、にっこり笑って応対する。だが、今から寝よう、としていたのに飛ばされたのだ。自分の意図でネグリジェを着て現れたわけではない。
「ふ…ん。大人しいだけの娘ではないようだな。まあいい。レオンハルト、よくやった。お前の拘束は解いてやろう」
パチン、と指を鳴らすと、次の瞬間には真っ裸の跪いた美形が現れた。そしてまた次の瞬間には服を身にまとう。ちょっぴり残念だったことは内緒である。淑女として。
「私の名前はキルデリクス・クロタール・ルトガー。この国の王弟にして宮廷魔導士長、そしてお前たちの通う学園の学長だ。
……デンボフスキー伯爵令嬢。喜ぶといい。大精霊がお前を御呼びだ」
どうも、私はいきなり王宮に召喚されたらしい。そばからは申し訳なさそうな気配が漂っていた。
☆
「さあ、小娘、こっちに来るんだ」
「で、殿下!」
グイっとこちらの腕をつかんで引き上げたのを見て、ルーが声を上げる。可愛そうなくらい、眉毛が下がってしまっている。
「まあ!殿下ともあろうお方が小娘に許可もなくふれるなんてことございませんわよね」
十も過ぎた女性に勝手に手を触れるのは紳士にあるまじき行動である。それに私は一般から比べても小柄なのだ。今は半ばつられている状態である。つま先立ちだ。
「き、キール殿下、エヴァンゲリン嬢をお放しください」
「……よかろう。レオンハルト、そのものを連れて来い」
パッと手を離され、つんのめって地面に向かいかけたのをルーが抱きとめてくれる。耳元でごめんね、とこそっとささやかれた。現世のルーはなかなか紳士なようである。
「何をしている!早くついてくるのだ」
王弟殿下はものすごく失礼な人だった。というか、最初から何やら悪意を感じる。私は何かしたのだろうか、と一瞬思ったが、どう考えても彼に会ったのは初めてだ。黙っていれば、神々しささえ感じるようなものすごい美形なのに、残念な人である。そしてものすごく腹が立つ。
「いいえぇ。たかが『小娘』ですもの。大精霊様が何か御用だなんて、お間違えでしょう、きっと。早急に失礼させていただきたく存じますわ。兄が本日こちらに詰めているはずですの。ル…いえ、レオンハルト様、案内していただけますかしら」
にこにこと丁寧に返した私と王弟殿下を、ルーがおろおろと見比べる。どっちの言うことをきくべきか迷っているらしい。
「…レオンハルト。引きずってでもそいつを連れてこい。でないとお前とその破廉恥娘、両方退学させて追放してやる」
それを聞き、ものすごく申し訳なさそうな顔でルーがネグリジェの端をそっと引っ張った。ねえ、お願い、という声が聞こえてきそうだ。
この語彙の古い、職権乱用男の言うことを聞くのは癪だが、このまま退学にされるのも同じくらい嫌だ。私は今の学生生活を堪能している。
腹立ちまぎれに、いい歳した王族のくせに婚約者がいないのは性格の所為か、と前世なら訴えられそうなことを心中でつぶやく。以前、次兄から、社交界では末の王弟殿下の婚約者狙いが今激化している、というのを聞いたことがあったのだ。絶対、この人だと思う。
長い物には巻かれろ的な前世からの習い性と、今世で身に着けた令嬢の仮面のために、表立って悪態をつくことはなかなかできない。内心ため息をつきつつ、にっこりと王弟殿下に笑いかける。
「承知いたしましたわ。ただ、保護者の付き添いは必要だと思いますの。未婚の娘が身内の付き添いがないというのは、外聞がよろしくありませんもの。……王弟殿下の評判に差し支えては申し訳ございませんわ。ええ、少女趣味だなんて」
暗にスキャンダルをほのめかす。この場合、ダメージがあるのはさして貴族社会には深入りしておらず、さらにデビューすらしていない私ではなく、こちらの王子様だ。なんかあったら
「………………お前、本当に十代か?」
目の前のきらきら美形は渋面を作ると、そんなことを言った。
そんなやり取りをしていると、どこからか豪快な笑い声が響いた。体格のいい、髭を生やした中年から壮年の男性が立っていた。騎士風の、だが、もっと豪華な服を着ている。腰に太刀を佩いてはないから、違うのだろうが。
「兄上!」
ぎょっとしたようにきらきら残念男が叫んだ。それと同時にルーが首を垂れる。私もそれに倣った。
威風堂々たるたたずまいと、王弟たる彼が兄上と叫んでいることから察するに、この男性はこの国の国王である。
「末弟が失礼した、デンボフスキー伯爵令嬢。レオンハルトも畏まらずともよい。アシル=クロード殿に無理やり呼び出させたのは私だ。済まなかった」
そういうと、国王は頭を私に向かって下げた。実に潔い(いさぎよい)見事な謝罪だ。軍隊に入っていたことがあるに違いない。
「国王陛下!頭をお上げになってください」
「そうです、そんなことなさってはなりません、兄上!こんな生意気な小娘など」
あわてて私が国王に言うと、王弟殿下もそんな風に言った。言われ方は不愉快だが、このまま国王に頭を下げられたままでも非常に困る。
「黙りなさい。我々は、彼女の力を借りねばならんのだ」
「ですが…」
国王は言い淀んだ彼の方を見て、ぎろりとにらんだ。ものすごい目力である。
「彼女は何もわからず、召喚されてしまったのだ。今回のことについて。詳しく説明しよう」
こうして、私の王宮滞在はいきなり決まったのである。
果たして、兄は呼んでもらえるのだろうか。些か不安な先行きであった。
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