第10話 昔話はとりとめもなく。
とはいうものの、正直、どこまで話していいのかわからない。魂の質まで問われることだ。ほいほいと話していいものではない。
「あの、その前にレオンハルト様に許可をいただきたいと思っているのですけれど…」
「それならば抜かりはないよ。ここにほら、念書が」
またしてもアシル=クロードが空間から取り出したのは、セピア色の羊皮紙に書かれた念書だった。何とも巧みな魔力づかいである。先ほどからの行動を見ていると、この人は空間魔術が得意らしい。おそらく侯爵よりも巧みな使い手だ。魔力の大きさは分からないが。
それには『私、レオンハルト・コンスタンティン・テオフィル・フォン・アウは、デンボフスキー伯爵令嬢エヴァンゲリン・マルガレーテ・オイフェミア・デンボフスキーの発言に制限をつけないこととする。彼女の発言すべてに許可を与える』と書かれていた。
署名の上から血判が押してあり、そこからにじみ出る魔力の質が彼の直筆だと証明している。これは先日感じ取ったルーの魔力と同じものだ。契約書は本人と書類の一致をしやすくするために、基本的にわざと魔力が感じ取れるようにする。胡麻化すことは難しい。
「ね、大丈夫だろう。安心して話していいよ」
私が言い出すだろうことはすでに予測していたということか。アシル=クロードの綺麗な笑顔に何となく寒気を覚える。この人は、きっと敵に回ると恐ろしい人だ。
「それにね、何があろうとあの子は私たちの子どもだ」
アウ侯爵の暖かい笑顔を見て、ちょっとだけ安心する。この人は彼女の夫ほど裏表はなさそうだ。今度こそ観念して話し出す。
「……わかりました。では、わたくしたちの出会いから、お話いたしますわね」
私は自分の簡単な生い立ちから始めた。それから、ペットショップで出会ったあの日のこと。ルーの特徴や性格。もう一匹のラスターのこと。そして、私が死んでしまったあの日のことなどを。そして、どうやらかつての両親がルーを追い詰めて、死を早めてしまったということを告げた。
☆
「…………………そうか。レオンハルトは、あの子はルーベンといったんだね。君のことがとても大切で、本当に慕ってたんだな。君に命を二度も救ってもらった」
最初にあの子たちを引き取った時は、ただ、どうしても放っておけなくなって引き取っただけだった。ついでに言えば、高邁な思想があったわけではなく、死なせたくなかったのと、以前に飼っていた犬のノワールの代わりのようなものだった。だが、あの子たちとっては命が助けられた、という認識だったのかもしれない。
「あの子、猫だったんだねぇ。また、同じような立場に生まれるって面白い」
例の神様云々の話は、よくわからないので、そこは省いておいた。私自身も今度もうちょっと詳しくルーに聞いてみたい。気になることはいっぱいある。
「では、やはりレオンハルト様はネコ科の」
「うん。ネコ科の獣人だ。小さいころは、それはもう可愛かったよ。ふかふかコロコロしてて」
これくらい、と猫くらいの大きさを手で示して見せる。彼は基本的に家の中を取り仕切っているらしく、子どもの面倒も彼が中心となってみていたという。もちろん、本格的な世話はメイドがしたのだろうが、ずいぶんと積極的に面倒は見えていたようだ。
それにしても、ころころもふもふの耳のついた美幼児なんて、見てみたいものだ。
「先ほどから見ていると、君は獣人に偏見はないんだね。装っている風でもない。面白い子だ」
実は、獣人が侯爵家、というよりは高い爵位を得ていることは珍しい。法律上はかなり前から一般的な人と同じ権利と義務を有している。だが、獣の特性を持っているという一点でさげすむ人間は少なくない。さっぱり理解できないが。
「我家は、魔道具ギルドで成り立っているといっても過言ではありません。従いまして魔力量が多い獣人の方々とは深い付き合いがあります。あの…ただその、耳としっぽにはちょっと…興味がありますけれども」
獣人の特徴はわたしにとっては欠点ではなかった。あんな素晴らしいものがついているなんて非常にうらやましい、と思う。竜人や蛇系の獣人の方々の鱗も艶めかしくて美しい。角なんて、最高にかっこいい。
けれども、その中でも特に、哺乳類系の方々は最高である。我が家にも獣人の時期執事候補がいるのだが、彼は絶対にそんなことはさせてくれないに違いない。
「…………ベッティーナ、やはりこの子しかいないんじゃないかな?」
「うーん、だがなぁ。巻き込むのも申し訳ない気がするんだが」
二人してこちらのほうを見ながら話し始める。いくら私が社交界デビュー前の小娘だからと言って、こそこそ人を見て話すのは失礼ではなかろうか。それに何だか不穏な話をしている。はっきり言って不審だ。
だが、相手は高位の貴族である。そんなことを顔に出すわけにはいかず、わざととっておきの笑顔を浮かべた。
その様子に彼らも気づいたらしく、コホンとわざとらしく二人して咳払いをする。
「いや、失礼。……ねえ君、王宮に上がるつもりはないかい?」
「王宮って…冗談ですわよね」
我が家はむしろ王家とは距離を置く体制である。面倒くさいことこの上ない。
「いや、本気だ。君は、先ほど僕が見せた前世の記憶を宿す者の特徴を覚えてるかな」
先ほど指示された「前世の記憶を持つ者の特徴」はチラ見しただけなので、正直あまり覚えていない。古語で書かれていたからわかりにくかった。古語は不得意ではないが、母語並みに使いこなせるかと言ったら、そうはいかない。
「いえ、恥ずかしながら全部は読めませんでしたわ」
「そうか。その中にね、最後のほうにこういう特徴があるんだ。『魔力の容量が魔力量に比して極めて大きい場合が多い』…とね。そういう人物を私たちは求めている」
意味ありげにこちらに視線をよこし、アシル=クロードが言葉を切る。背中がひやりとした。それは、それこそが、私が幼いころは学校に行くことができなかった理由であった。
「君は、学院に入学するまで学校に行っていないね。……それは君が憑依体質だったからだろう?」
アウ侯爵が確信を持っているかのように、そう言った。彼女の手にはいつの間にか厚い羊皮紙の束があった。そこに私の絵姿が書かれているものがちらっと見えた。
「確信を持っていらっしゃるようにおっしゃいますのね。何か証拠でもございますかしら」
「君の視線。意識をしていなかったようだけれど、君の魔力は常に精霊か魔か、とにかくそういった類に気を配っていたね」
それを感じ取れるアウ伯爵は、やはり軍事にたけた人だ。これは、防御するために身を付けた特技で、本来は精霊などを使った暗殺や呪術に対抗する策なのだから。
「この技をご存じですのね」
「それはマリア・ゴットルプ元宮廷魔術士長の得意技だね。私にはできないが、気配にだけは敏感でね。彼女が教えてくれたんだよ」
「………師匠のことをご存じなんですの」
私は観念してため息をつき、自分の体質を認めた。憑依というか寄坐体質というか、それこそが、問題なのであった。
☆
この世には、というか今いるこの世界には肉体をもつ存在と、持たない存在とがいる。人族(獣人やエルフなども含む)や動物は肉体をもち、それを魔力で補っている。寿命は80年前後だが、繁殖力が強い。ただ、人族の中でもアシル=クロードのような魔族はその中間で、体が半分魔力でできているとされており、寿命は長いが繁殖力は乏しい。だから、三人も子供がいるアシル=クロードは稀なのだ。
一方で肉体をもたない代表格が神であり、魔であり、精霊である。人に都合がいいものを精霊、都合が悪いものを魔と呼ぶだけで当て、両者に明確な違いはないらしい。神は、必要なときには自ら肉をまとい出てくる、とされているが、それが真実かどうかは誰も知らない。
「君のような大きな魔力の器を持つ者は、精霊たちには格好の鴨だ」
「ちなみに僕たちにとっても魅力的だ。とっても魔族に好かれると思うよ」
なんだか、いろいろ隠しているのがばれているようだった。思わず、失礼と思いながらも、ため息をつく。観念して、話に乗った。
「ええ。それが問題なのですわ。街中に出ると、以前はあっという間に入り込まれてしまいましたの」
この世界の人、つまり私達には魔力と、魔力を収める器というものがある。普通は釣り合うものだが、まれに釣り合わないものがいる。
この魔力を収める器は生まれつきのもので、変えようがない。生まれた時にすでに容量は決まっている。逆に魔力は成長に応じ、ある程度は変化する。器の小さいものは魔力を圧縮することで納めている。長兄の器は小さくないが、魔力がそれを上回っているので、恐ろしい量の魔力を圧縮していると、ユルゲンが言っていた。
そして、この釣り合わない人間や動物を精霊は虎視眈々と狙っている。
何せ、肉体をもたない精霊たちはそれにあこがれているので、生き物の体を覆う魔力がなくなると、すぐに入り込もうとする。それは単なる好奇心であったり、ちょっと気に入った人間を手伝ってやったり、という可愛らしい動機もあるが、気に食わない人間に害を与えてやろうとか、自分の勢力を広めようとかという悪意を持ったものもあるのだ。
何より、勝手に体を使われたらたまったものではない。肉体への代償はそれなりにある。因みに、魔力が消え去った遺体に入ることもあり、こちらではこれを
「人に憑りつきやすい精霊は、学校や街中といったにぎやかな場所を好むからな」
精霊は自分が見えるものが好きだ。だから、私は精霊からは好かれやすい。ちなみに2歳くらいまでは意識がとぎれとぎれだったのは、赤ん坊ゆえかと思ったが、精霊に入り込まれかけているという、結構危険な状態だったらしい。
「レオンハルト様は大丈夫だったのですのね」
……記憶があるのに。人間だったものと猫だったものとの違いだろうか。
「あの子は僕とベッティーナの魔力にだいぶ守られていたから。…君はよほど器が大きいみたいだね」
面白いものを見つけた子どものような表情だった。珍しい昆虫か何かになった気分である。
通常、子どもは両親の魔力に守られて生まれてくる。「庇護の魔力」と呼ばれるもので、受胎した時に自動的に与えられる。肉の体を求める魔や精霊から身を守るもので、親が生きていようが死んでいようが関係ない。
だが、器が親の魔力を超えて大きい場合は守り切れない。悲しいことに、私の器は両親の庇護の魔力を大幅に上回るものであった。
「なるほど。それでゴットルプ女史を呼んだのか」
ある日、父方の祖母が連れてきた小柄な老女は凄腕の魔術師で、恐ろしい師匠となった。今でも怖いが、おかげで私は普通に生きられるようになったのである。
「ええ。もともと、師匠は祖母の魔道具のファンで…。今や親友です」
祖母の出している魔道具の高級ラインにはGラインというものがあり、GはゴットルプのGである。夫を亡くした者同士、気ままに好きなようにやっているようだ。
「なるほどな。それで納得がいった。益々、君を宮廷に呼び込みたい」
ゴットルプ女史の弟子は公式には兄だけである。引退してからは王宮から距離をとっている彼女とのつながりは貴重らしい。
「いえ、わたくし、宮廷には興味がございません」
本当に興味がない。今の学生生活を謳歌して全うしたい。余計な要素は必要ないのだ。せっかく理解ある家族のもとに生まれたのに。
「だが、私としても引くわけにはいかなくてね。下手すると、この国は亡ぶかもしれない」
「そりゃあ、国が亡ぶのは困りますけれど、一介の中級貴族の娘にしか過ぎないわたくしにできることがあるとは思いませんわ」
期待されても困る。魔力の器が大きい以外はごくごく普通なのだ。成績は努力の甲斐があって上位に位置しているが、それは努力の結果であり、長兄のような天才肌ではない。
「いや、おそらく君以外には、この国に適正な人はいないだろうねぇ」
困った子だ、と言いたげな表情でアシル=クロードが笑う。それはそっちの都合だろうと言いたいが、妙な迫力があった。
「エヴァ、私は、魔力の器が大きい子を探すために君と同じように家庭教育をされている子どもたちを調べてきた。それは、この国のためだ。君は、この国の王が、もともとは巫子だったことは知っているだろう?」
この国の基礎は、神と並ぶ力のある7大精霊の一人と契約することで成立している。他の大国もそうだ。この国は大地の精霊、魔の国は闇の精霊、アキツは水の精霊といったように。ちなみに、この世界の宗教は統一されているのだが、神は共通でも国ごとにまつる精霊は異なる。
「存じておりますわ」
「それは、今でも変わらない。神からの言葉を賜った精霊をおろすのだ。それに従い、私たちは国を運営している。………だが、実は今、大地の精霊をおろせる王族がいないのだ」
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