第5話 今のルーとその話。

 ルー、本名ルーベンは、金色の目をした茶と白のもふっもふの大柄なメインクーンだった。大きくたくましくライオンのようになれ、とドイツ語でライオンを表すLoeweからとった。しかも複数形。


 まあ、あんまりライオンっぽくはなかった。ヘタレで。


 性格はちょっと拗ねっぽいけれども、基本的には温厚で甘えん坊。長毛種の性なのか、ちょっと間が抜けていて、それが何ともかわいらしかったものである。


 美しく端正な顔立ちだったが、毛が人気の色合いでなかったのと、口のわきにシミのように茶色い模様がポツンとあったため、血統書付きの猫としてはあまりよろしくなかったらしい。一緒に飼っていた、ちょっと色の濃すぎるバーミーズのザッハー(ザッハトルテ色だったのだ)とは仲が良く、恋人同士のようにいつもくっついていたものだ。両方とも雄だけど。


「信じられないわ。あんたと再会するなんて」


 一番近い中庭のベンチに腰掛け、なんといっていいかわからずにそれだけ言う。まさか、前世の猫が生まれ変わってイケメンになっているとは思うまい。


 だが、反省しながら大きな体を小さく縮こまらせているルーは、昔のままだった。かわいらしい。


「……僕、僕…ず~~っと探してたんだよ、透子ちゃんのこと。ずっと。神様って人が約束してくれたから」


 うるうると瞳を潤ませながらこちらを見る。長い睫毛で縁取られた金色の目が、輝いてとても綺麗だった。きゅっと吊り上がった大きな瞳は前世のままだ。そして、涙ぐんでるイケメン、なんて美味しい…。


 そんなことを思って、発言を聞いていると「神様」という発言が飛び出してくる。いきなりファンタジーな話だ。


「神様?………神様って、えーと……」

「うん、神様。神様ってね、いろんな神様がいるんだって。あっちでも、こっちでもさ」


 そこからぽつぽつとルーが語ったことは結構衝撃だった。この世界に来て、ファンタジーなことには慣れたとはいえ、神に実際に会った言われるとやはりなんだか驚いてしまう。


 曰く、彼は私がかばったときには生き延びたのだという。だが、その後、私が死んだことと、それに端を発し、私の両親に延々と責められたことがショックで、そのまま徐々に弱って死んでしまったらしい。


 あの両親、本当に自分勝手だな、と思う。まあ、勝手に死んでしまった私が一番悪いのだろうけれど。話を聞きながら、胸がずきずきと痛んだ。


 この子たちに会えるだなんて思ってもみなかったから、たまにルーとザッハーはどうしてるんだろう、と思い出す程度だった。そんなに苦労していただなんて、思いもよらなかった。それなりに猫たちのことを可愛がっていたのに、虐待するだなんて。


 ザッハーは、ルーを看取ると、出ていったようだという。体が死んだ後も意識と魂は少しの間、地上にあったとのことだった。


 だが、たまたまそれを目にとめた地球のとある神様が、私を守りたかったのに、というルーの熱心な思いに突き動かされ、こちらの世界の神様に交渉し、同じ世界に生まれ変わらせてくれたという、なんとも荒唐無稽な話だった。それでもここにいる以上、真実なんだと思う。


 神様というのは気まぐれで、何が目に留まるかはわからない。運がよかったのだ、とルーは笑う。更に、同じ時代に被るようには何とかしてくれたものの、いつとかどことかいう情報は当然ながら何もなかったので、生まれてから15年間探し続けていたというわけだった。


「それにしても、よく同じような特徴を持って生まれてきたわね」

「うん。サービスだって。どうも会えるかどうかこっちの神様と賭けてたみたい。勝っちゃった」


 透子ちゃんに合えた時、分かってもらってよかったぁ、とはにかんだように笑った。ついでに人間の耳がふかふかした猫耳に変わる。そして、それを慌てて隠してひっこめた。大きくてワイルド系の見た目に反して、ものすごくかわいい。私には今も昔も弟はいないが、弟とはこんなもんなんだろうか。ぐりぐりしたくなる。


「それで、今のルーは何て名前なの?どういう立場なのかしら。貴族よね?」

「うん。今の名前はレオンハルト・コンスタンティン・テオフィル・フォン・アウっていうんだ。母の称号はアウ侯爵。父が入り婿で魔族。種族は獣人でネコ科。ここの騎士科の3年生に所属してる」


 一学年上だった。ルーの体形を考えると騎士科というのは実にしっくり来た。かなり大柄で、全身美しく筋肉がついており、胸板は厚い。科を示すバッヂ以外は皆どの科も同じ制服なのだが、学園の男子の制服は騎士科の男子が一番格好よく着こなすだろう。


「透子ちゃんは、今は何て言うの?」

「エヴァンゲリン・マルガレーテ・オイフェミア・デンボフスキーっていうのが今の名前よ。デンボフスキー伯爵の一人娘で末っ子。兄が3人いるわ。この学校にすぐ上の兄がいるの。騎士科だったらユルゲン・クレメンス・オットー・デンボフスキーを知らない?兄なの」


 すると、ルーベンはしょっぱい表情になった。嫌いな湿った餌を食べたときのようだ。何か思うところがあるらしい。


 兄のユルゲンは身内以外には厳しい人だから、もしかしたら後輩受けはあまりよろしくないのかもしれない。もし、前世のようにルーベンが若干鈍めだったら、兄はきっとガンガン鍛えることだろう。本人的には、ケガしないように良かれと思っているらしいが。


「デンボフスキー先輩の…。ふーん、そうなんだ……」

「えっと、うん、なんか悪かったかしら…」

「ううん、大丈夫だよ」


 ルーはにっこりと笑って返してくれた。それ以上は何とも突っ込めずに、兄の話題は打ち切った。帰ったらユルゲンに問いただしてみなければ。


「ねぇ……僕のこと、ちょっとは思い出してくれてた?」

「え?」


 急に下を向くと、自信なさそうな声でぽつりとつぶやいた。先ほど引っ込めたはずの猫耳が姿を現し、自信なさげに寝ている。しょんぼりとうつむく様子は、猫だったころの彼をほうふつとさせた。一緒にいたザッハーに怒られてはよくこんな表情をしていたものだ。


「馬鹿ねぇ。ずっと心配だったわ。まさか、生まれ変わってるだなんて、思ってもみなかったから、ルーとザッハーにはつらい目に合わせちゃったね」

「……ッ。うん、でも会えたからいいやぁ」


 相当辛かったのだろう。ぐっと一瞬詰まった後に眦に涙を浮かべて笑うルーに、堪らなくなって抱きつく。大柄なルーを抱きしめるにはベンチに膝立ちになりハグするしかない。肩に顔を寄せると頬を柔らかな猫毛がくすぐる。変化した柔らかな耳毛は懐かしい感触だった。


「探してくれてありがとう。こっちに生まれてきてくれてありがとうね」

「透子ちゃ…っ」


 その時、風がひゅっという音を立てて駆け抜けていく。


 そして、緊迫した雰囲気にそぐわないまったりとした特徴的な声が聞こえた。


「いいんちょぉに何してんのぉ」


 約束時間になってもやってこない私を探しに来たコニーだった。


 そして彼女の長くて形のいい足は、私がもたれかかっていないルーの顔の真横に突き付けられていた。

 

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