第4話 感動の再会(?)

 相当久しぶりの学園生活はかなり楽しかった。本当にぼろいし、質素だし、質実剛健な施設だが、それを補って余りある充実ぶりである。


 私が行くのは魔法科だが、他の授業も申請すれば取れるから、商業科の授業も一部取れている。祖母に教わって始めたカフェだったが、ためになる講義がいっぱいあったのだ。それだけでもくる価値があった。


 それに、ありがたいことに女子が少ないせいで大事に扱ってもらえるし、女の子たちもたまに会う貴族の少女たちに比べると気どる必要がなく、一緒にいてとても楽だった。腹の探り合いがないわけじゃないけれど、貴族に比べるとずいぶんと楽だ。少なくとも、違反して殺されることはない。


「いんちょー、じゃあね!今度、うちの乳製品、試してみてよ」

「ええ、連絡を差し上げるわ。お母さまによろしく、ローダン」


 今日も最後の授業を終え、満足して帰り支度をする。ローダンは魔法科の学生だが、実家が資料に頼らず、草を食べさせてのびのびと牛を育てる酪農家らしい。話の流れで判明し、実に有益な話ができた。


「また、明日ね、いんちょー」

「ええ、ごきげんよう」


 さて、お気づきだろうか、先ほどから「委員長」と呼ばれていることを。そう、私は委員長と呼ばれる立場になっていた。しかも一年に入ってからずっと。

 

 当初、私はゆるふわきらきら女子を目指したのだ。いわゆる高校デビュー的なものである。華やか女子になって学校に行こうと企画し、うきうきと準備をした。


 年若いメイドたちの助言のもと、髪もまいてみたし、ゆるふわメイクもしてみた(デビュタント前にはしたないと両親には叱られたが)。服も征服の襟元にちょっとレースやリボンを増量してみたり、小物に花柄をあしらったりとしてみたのだ。


 ところが、まったく似合わない。次兄に遠回しに似合わないと言われたことで、学生らしく清潔感溢れる服装にすることにした。制服をきっちりと着込み、髪は邪魔にならないようにきっちりと編み込んで背中に垂らした。清潔感溢れる、清楚な女子を目指したのである。


 ところが、入学一週間にして、危険なことをしそうな男子をしかりつけたことで、委員長に任命され、完全に失敗する。清楚と言うよりは生真面目な堅物女子というイメージを持たれたらしい。


 以来、私のあだ名は委員長だ。というか、実際に委員長なのである。現在に私は魔法科二学年の執行委員長だった。


― あーあ、お母さまみたいになりたかったのになあ。


 五十路が近いと思えないほどにふわふわと柔らかく、儚げな美貌。緩やかに波打つ金の髪。ああいうのが昔から憧れだったのに、せっかくその血が入っているのに、私は父方の祖母に似ている。それはつまり、母とは真逆ということである。


 髪は黒に近い紺色で、瞳は同色で、切れ長。どちらかというとシャープな顔立ちだ。幸いにも客観的に見ればそこまでブサイクではない。むしろ前世に比べれば、美形の類に入るだろう。


 唯一母に似たのは色の白さと背の小ささだけ。すらりとした父に似ず、私はかなりチビである。どうせシャープなイメージなのだったら、すらりと背も高いクールビューティーを気取ってみたかった…。


 まあ、そこまで自分のことは嫌いじゃない。思い通りにはならないけれど。


「ノートありがとな。明日返すから。じゃあな、いんちょー」

「さようなら、マチュー。絶対ノート、返してちょうだいね」

「おう!手に書いといたから大丈夫だ」


 魔法陣を写し損ねたというマチューに貸したノートの返却を、改めて念を押しながら帰りの挨拶をする。魔術は優秀だし気はいい少年だが、いささか忘れっぽいのが玉に瑕である。


「マチューにまた貸したのぉ?癖になってるってばー」

「大丈夫よ。三回に一回は断っているわ。いつもではためにはならないものね」

「そ?ならいいけど。ねえ、いいんちょー。今日、帰りに小鳥の宿り木カフェによっていかない~?」


 マチューを見送るなり、ゆるふわ巨乳美少女が甘ったるい声で言う。学園指定のハイウエストのロングスカートをきちんと履きこなしているのがかえってセクシーだ。前世も今も女だが、かわいい女の子は大好きである。


 何しろ自分が持っていないものだから、見ていてあこがれる。ふわふわおっぱいは正義だ。動くたびに揺れるのがうらやましい。しかも、彼女はウサギ系の獣人。本物の茶色いふわふわの耳が生えている、本物のバニーちゃんなのだ。


 ……素晴らしい!


 彼女、ことコニリエッタ・ローサ・ルルス(通称コニー)は学校に入って以来、気が合ってしょっちゅうあちこちに遊びに行っている友人だ。彼女は貴族ではなく商人出身なので、今まで私が知らなかったこと、知りたかったことを色々教えてくれる。それがとても楽しい。おまけに性格が見た目や口調に反してさっぱりしている。


「よろしいわね。その前に、ちょっと図書館によって資料を借りていっても?」


 ちょっと気になっている術式があるのだ。先ほどの魔法陣の授業で少し思いついた。私の趣味は魔術開発だから、そのヒントになるものが欲しい。ここの図書館は、そういう意味では最高だ。もう目を付けている本がある。あれば借りてくるつもりだった。


「じゃあ、その間、あたし、薬草園の鉢、チェックしとくねぇ。こないだサルバの鉢、枯らしそうになっちゃったの」

「コニーは植物を育てるのがあまり得意ではないみたいね」

「そうそう。食べるの専門だねぇ。ウサギだけに」

「魔術師に薬草は欠かせなくてよ」


 軽口をたたき、少し後に正門のところで、と設定して別れる。歩くたびにふよふよ揺れる長い耳がたまらない。消すこともできるらしいが、いろんなことが聞けるので、出したままにしているという。うん、あざと可愛い。


 後姿を見てそんな感想を抱きつつ、、意気揚々と図書館に向かった。


 で、最初に戻る。



「とーこちゃぁーーーーーん」


 そう、私は図書館に行く途中だったのだ。思いついた術式など吹っ飛んでしまったではないか。


 それに腹に巻き付く腕が熱い。うっとおしい。それに結構苦しい。今、私は自分よりはるかにでかい男に抱きつかれて泣かれている。まるで痴話げんかをしたカップルのようだ。


 そして周りの目がものすごく痛い。声を上げて人が来たのはいいけれど、誰も助けてくれない。おびえた顔をしてこちらを見ている人々がちらほらいる。教師もいるけれど近づいてこない。


「ルー。ちょっとルー。離して頂戴。ここ、廊下だってば」


 この男を前世での飼い猫・ルーと認定した私は、蹴り付けることをやめ、お願いをする。言ってきかない猫ではない。昔からそうだった。諭せばわかるおりこうさんだったのだ。


「とーこちゃん、居なくならない?」

「……むしろこうしてた方が、あんた、私から離されるわ」


 きっと痴漢扱いされるだろう。やっていることはほぼ変態なのだから。十数年かけて作り上げた貴族の女性らしい言葉遣いや仕草などは、すっかりと吹き飛んでいた。こいつの前で取り繕っても意味がない。


 なだめるために、腹に巻き付く男の頭を、ぽんぽんと昔してやったように撫でてやる。昔の記憶とは異なるものだったが、なかなかにいい毛並みだった。うん、きっといいところの家に生まれたんだろう。


「いったい、何事ですか?デンボフスキーさん」


 そろそろ本気で引っぺがそうとしたその時、教師がやってきた。まだ若い風紀担当の教師だ。きっと生徒の誰かが呼んだのだろう。


 だが、来たのが彼で助かった。さえない風貌をしてはいるが、中身は男前で、話せる教師だ。きっと、悪い様にはしないだろう。


「フォン・ベルニッケ先生、何でもありませんわ。久しぶりにお会いしたんですの。それで、感極まってしまって」


 にっこりと笑って、これ以上突っ込んでくれるなと視線で促す。委員長や優等生といった肩書は、こういう時に効力を発揮する。まあ、それ以上にきちんとやらなければ気が済まない、という前世からの性分があるのだが。


「…そうですか? 貴女がそういうのであれば、まあ、大丈夫でしょうか。…とりあえず、フォン・アウ君、離れなさい。お行儀が悪いですよ。しかも失礼です。学校でレディに対してそのようなことをしてはなりません」


 その声に、しぶしぶといった様子で男が腕を解く。その顔は拗ねた子どものようであった。それにしてもフォン・アウというのか。「フォン」ということはつまり、彼の身分は侯爵以上ということだ。我が家よりも身分は高い。


「おろしていただけますでしょうか」


 ハッとしたように推定・ルーは、そっと私のことを下ろす。先ほどまでぎゅうぎゅうに締め付けていたとは思えないほどに、丁寧な扱いである。まさしく騎士のような優雅な動きであった。


 地面に卸されるとスカートと上着を優雅に整えてみせる。貴族の子女のたしなみであった。取り乱してはならない。


「……本当に、大丈夫ですね? デンボフスキーさん、フォン・アウ君」

「ええ、先生。ご心配をおかけしました。ちょっと感極まってしまいまして」


 にこやかに笑って姿勢を正す彼は、たたずまいも美しい、まさしく貴族の息子の鑑であった。先ほどまで泣き崩れていた人物と同じだとは思われないほどだ。目元がうっすらと赤いが。


「これ以上、騒ぎを起こしてはなりませんよ。いいですね?」


 教師は私達にくぎを刺し、その場を立ち去って行く。私の悲鳴に集まっていた周りの生徒や平の教師たちも、三々五々と立ち去って行ったのを確認し、私たちも庭の方へと移動した。


 そして、人目がほぼなくなったところで、くるりと振り返り、先ほどの男を見据え、こう言った。


「さて、ルー。あんたルーよね。そのほくろ、金色の目。信じらんないけど、私の名前知ってるし」

「……そうだよ。僕だよ、透子ちゃんのルーベンだよ」


 目をキラキラと輝かせ、フォン・アウという名前であった男は言った。その体に似合わない幼げな様子も、前世のままで、懐かしさと愛しさがぐっとこみあげてくる。


 ……果たして、彼は私の猫であったルーベンであった。

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