第3話 学校へ行こう!


 家庭教師と兄たちのスパルタもあり、10になるころには私は大分体質を克服した。完全に、と言えないところが悲しいけれど。あまりに疲れすぎなければ外出ができるようになり、祖母の勧めで持った仕事で、自分の金銭を稼げるようになった。


 私の職業は、カフェのオーナーである。体に優しく、程よくおしゃれな食べ物を出す、下級貴族とお金持ちの庶民向けのカフェだ。しかも女性が中心。貴族まではいかないけれど、少し背伸びすれば届くくらいのおしゃれなお店は、ありがたいことに大繁盛である。おかげで、開店当初に借りた資金も、ほぼ返し終わった。もちろん、多くのサポートがあってこそである。


 それまでもカフェはあったけれど、どちらかと言うと男性向けだった。下級の貴族や文人が出入りし、たばこをくゆらせながら何時間も色々と談義するのである。それなりに女性の進出が進んでいるが、煙が充満するカフェには入りにくいし、レストランではちょっと重い。


 そこに目を付けたわけだ。ウィーンっぽい街並みに記憶を刺激されたのである。前世の知識が役立ったので、ちょっとだけ前の人生に感謝した。


 そして、自分が自由にできるお金があるって素晴らしい。中身が大人なので、親に食べさせてもらうことに、微妙に抵抗があった。だが、いつでも自立ができるようになったことで、心身ともに安定していったのである。


 そういうわけで、自分で自分を養えるようになった私は、親に対しても発言権を得た(と思えるようになった)。もちろん、お金なんてなくても今の両親は訊く耳を持ってくれただろうけれど、安心感が違う。


 なので、13になる少し前、多くの子どもたちが高等学校に進むころ、考えられる色々な手を打ってから、両親に直談判を行った。


「では、お前はエレオノーレ学園の魔法科に行くというのだね」

「ええ。入学許可もいただきましたの。お前ならばやっていけるとアル兄さまにも太鼓判を押していただきましたわ」


 入学許可証と、納付済みの領収証を差し出してにっこりと笑って言う私に、父であるバルドゥル・クレメンス・デンボフスキー伯爵は苦い顔をして言った。


 父がそう思うのも無理はない。


 エレオノーレ学園は、代々王族が運営している超がつくくらいのエリート校である。通常の貴族がいく、国立の貴族院ではない。


 あそこは有能な人材を集めるために王族が作ったもので、徹底した実力主義である。貴族でない場合には学費の免除があったり、奨学金が充実していたりするが、その分質素な学校だった。装飾などは最低限、質実剛健がモットーである。


 その結果、男女比が7対3という男くさい学園になっていた。女性の当主や起業家がいないわけではないが、まだまだ嫁に行くのが主流のこの世界では、仕方のないことかもしれない。


 したがって、貴族や豪商はあまり娘を入れない。嫁に出したほうがメリットがあるからだ。


 しかし、嫁入り道具としては不人気の経歴になるが、キャリアとしては最高だ。無事に修了すれば、同世代の子どもたちより一歩先んじることになる。この世界も学歴は有効だった。


 貴族の娘は、時に技術も目的もなくうかうかしていると、18くらいで嫁に行かされる。今の両親は無理強いしないだろうが、何かあっても自分で立っていけるだけの技術が欲しい。前世のことがあるから、親のいいなりというのはもう嫌なのだ。自分が楽しくて、生活の足しになるもの。それは魔術師という職業である。


 カフェだけで一生食べていけると思っているほど、私は楽観的ではない。今は人気があるけれど、将来はわからない。一所懸命開発はしているけれど、もう一本くらい生活の主軸が欲しかったのだ。


「私としてはあまり賛成ではないが……。お前は母上に似て、こうと思ったら曲げないからな」


 今世の祖母にあたる人は貴族でありながら魔道具発明マニアで、当時は魔術師に虐げられていた魔道具師たちを鼓舞してギルドを立ち上げ、立場を対等にした人だ。今でも一線で頑張っていて、この家の財産の基礎はほとんど祖母が作ったと言っていい。その間に結婚して、子どもを何人も生んでいたのだから、すごい人である。どうせ似ているといわれるなら、私もそうなりたい。


 それもあってか、父はあまり女性の立場云々に他の貴族ほどうるさくはないのだ。おかげで透子だったころ、必要だと思ったことは率先して身に着けられた。


「お金も払ってしまってますものねぇ」


 学費くらい出させてほしかったわ、と母がため息をつきつつ言う。50近くとは思えないほど、美しい。色素が薄くはかなげな美貌は次兄のフロリアンに受け継がれている。悲しいかな、私は母には似なかった。


「アルブレヒトめ。久々に休みを取ってエヴァを連れ出したかと思えば、入学試験だったのか」


 半月ほど前に長兄が有休をとり、学校まで付き添ってくれた。もう、だいぶ問題はないが、万が一を考えてのことである。保護者の欄はすでに成人している長兄と、祖母に書いてもらって無事に受領された。


「エヴァの好きにすればよろしくてよ。今まで、一生懸命頑張って、外出できるようになったんだもの。それくらいの権利はあるでしょう」

「だが、エレオノーレ学園というのは男ばかりだろう。騎士科なんてむさい男の塊だ」


 男が多い学校は心配らしい。そこはまあ、仕方がないだろう。末っ子の娘に対する父の愛情はちょっと重い。


 けれども、異様に美々しい兄たちを持った私が、貴族向けの女子高に行くよりも安全だと思う。外に行けるようになってから、ごくたまに行くお茶会では、何とか兄に渡りをつけるように、執拗に付け回された。そういう女の子たちは相当に恐ろしい。人生がかかっているのだから無理はないが。


「僕も大丈夫だと思うけど。何かあれば、僕のところに来ればいい。守ってあげるよ」


 話し合いの途中で、学校から帰ってきた三男のユルゲンがひょいッと顔を出した。休み期間中だが、騎士科に通っている彼は、毎日訓練があるのだ。今日も腕に青あざを作っている。後で直してあげよう。


「お帰りなさいませ。援護、ありがとう存じますわ。ユール兄さま」

「ユール、お行儀が悪くてよ。先に着替えてらっしゃい」


 母が小言を、私が礼を言うと、にっこり笑ってさっさと自室に引き上げる。ユルゲンはわたしの二つうえで、エレオノーレ学園に在籍している。科は違うものの、頼りになる存在だ。


「……わかった、入学を許可しよう。だが、次に何か進路のことで話があれば、前もって持ってきなさい。それと、お前が払った分の学費はお前の口座に入れておく」


 領収証を見て、金額を確認し、そばに控えていた執事のギードに渡す。庶民がメインの学校とあって、貴族院に比べ十分の一以下の学費だが、それだってそこまで安いわけではない。


「いえ、それは……」


 せっかく払ったのに、とちょっと残念になる。私が頑張ってコツコツ貯めたお金なのだ。自立のために。


「アルブレヒトのもフロリアンのも、それこそユルゲンの学費も、私は払ってきたのだ。というか、今もフロリアンとユルゲンは払っている。末っ子のお前だけ払わないのは不公平だろう。大体、そんなことを気にする歳ではないのだから、ちゃんと養われなさい」

「そうですよ。お父様にも面子というものがあるのです。大体、今だって、娘に頼られないからって、泣きそうなのだから。甘えておきなさいな」


 ヘルミオーネ!と父が叫ぶ。厳めしい顔が赤くなっている。そんな光景を見ながら、胸がジンワリと温かくなる。


 ― 私、愛されてるなぁ。


「はぁい、お父様」


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