第2話 ようこそ、二度目の人生!

 私は死んだ。それは確かだと思う。


 心残りなのは私の猫たちが無事だったかどうかだ。


 ……いや、それは本音ではない。私は聖人君子ではないので、未練はたっぷりとある。


 つらつら考えると、心残りは山とあった。猫と一緒にお出かけしてみたかったし、ネットの趣味友達と実際にあってみたかったし、正直彼氏も欲しかった。そして、さっさと猫と家を出たかった。


― ああ、父さんと母さんのいうことなんて、順守しなければよかった。あの人たちのじゃなくて、私の人生だったのに。


 親の望む女子高に行き、親の納得する国立大を出、家から通える地方公務員になった。親が年金暮らしになったら、生活費を支えた。私、かなりいい子だったなぁ、悪い意味で。


 そんなことを思っていると、不思議なことにどうしても空気が欲しくなった。口を開けて深呼吸したくなる。


― おかしいな、私、死んだはずなのに。


 要求の赴くままに体を動かしてみる。すると、ないはずの体が動く。どうやら肉体は腐っていないらしい。もしかして、気絶してただけとか、昏睡状態程度だったのだろうか。


 そこで、口開けて吸い込み、思い切り吐きだした。口はあった。息もできる。


― やった!私、生きてる!!


 喜びを叫ぶ。死んだと思ってたのに!


 するとギャーっという自分の声とは思えない声が喉からほとばしる。空気を求めて口を開けるたびに鳴き声が聞こえた。


― えええ?!これ、私の声?赤ちゃんじゃない?


「まあまあ! 姫様ですわ。旦那様、4人目にして待望の姫様ですわよ」

「なんと! よくやった、ヘルミオーネ」


 まぶしい光と共に、大声が耳に飛び込んでくる。輪郭がぼんやりとしてよくわからない。それは日本語ではなかったが、言っていることはなぜだか、何となく理解できた。


 どうやら、私は生まれ変わったらしい。


 薬のにおいがする女性が、人の手や足を動かして私のことを確認している。昔、小児科医だった祖父が、私が生まれた時にそうした、と聞いたことがある。股関節脱臼などを調べるのだそうだ。


「五体満足で、今のところ異常はありませんね!元気な姫君ですわ」

「さあさ、坊ちゃまたちにもお知らせくださいませ、旦那様」

「うむ。そうしよう」


 それが私の2度目の人生の最初の記憶。生まれた時の記憶だった。



 2度目の人生でつけられた名前は、エヴァンゲリン・マルガレーテ・オイフェミア・デンボフスキーというものだった。長ったらしいにもほどがあるが、これが貴族としては一般的なのだとは後から知った。


 立場は伯爵令嬢。4人兄弟の末っ子の女の子で、それはもう家族中から歓迎されていた。愛らしいものを愛する今の母は、女の子を待ち望んでいたのだった。リアル着せ替え人形の誕生である。


 生まれた以降、はっきりと元の透子の意識をもって覚醒したのは口がようやくきけるかどうかのころだった。それまではうつらうつらしているようなもので、あって無きが如しである。まあ、幼子などそんなものだろう。


 生まれなおしたのは別の世界のようだった。交わされる会話の内容が、ファンタジーな内容なのである。情報を収集せねばならない、とひっそり調査し始めたのもそのころだ。


「アルにいさま、あのひとたちはどういうひとですか」

「ああ、あれは獣人の人たちだよ。尻尾と耳が素敵だよね」

「おかあさま、あれはなんですか?」

「あれは魔術師の方々の乗る、車よ。魔力で動かすから、馬が要らないのですって」

「ばあや、あのふわふわしたのはなに?」

「まあ、姫様!お見えになるんですのね?!」


 といった具合に、私は質問を繰り返した。うるさかったろうが、金のある侯爵家の末娘に世間は結構甘かった。


 その結果わかったのは、ここがまるでファンタジーな世界であり、所謂人間以外のものも大量に存在しているという事実だった。


 魔術師や呪術師、竜、精霊、エルフのような人々、ドワーフのような人々、獣の特性を持った人々などがいた。もちろん魔族やゴブリンといったものもいる。だが、昔ならばともかく、今は少なくとも魔族とは友好的な関係らしい。


 また、使えるかどうかは別にして、多かれ少なかれ誰もが魔法は持っているらしく、日常は科学ではなく魔法が補っていた。それを作り出す魔道具職人というものもいる。というか、家業である。我が家は魔道具を専門に制作販売する巨大な会社を経営していた。


 ちなみに私が見たふわふわしたものは精霊で、明確に見える人は相当少ないらしい。言葉に関してはましてをや、である。なので、あの日から少しして、私には魔法の家庭教師がついた。


 いいじゃないの、剣と魔法のファンタジー。ラノベみたいに無双しちゃうよ!前の人生、想いっきり利用してやる!と思ったのはまだ生まれて三つになるかならないかのころだった。


 が、そんなうまくいくわけない。


 まず、この世界は大体感じとして19世紀くらいの感じだろうか。昔、卒業旅行で行った、ウィーンにちょっと似ている。きれいに区画整理された石造りの街並みが見事である。町も、結構衛生的で、小説でよくある「風呂が!」「不潔だ!」なんてこともなかった。


 要するに、つまりそれなりに発展しているので、私のできることはほとんどないのだ。一介の地方公務員だった、頭が固い三十路女が思いつくことなんて、すでに色々とされていた。


 ……切ない。


 さらに、こっちのほうが問題だが、この世界での私は、事前の打ち合わせと護衛なしには、家の外に出られない体だったのだ。肉体的なものというか、体質的なものというか。前世では健康だけが取り柄だったのだから、皮肉なものだ。


 おかげで、十二になるまで旅行に行くことも、学校に行くことも、お茶会に行くことすらもままならなかった。基本的にはすべてお留守番で、勉強はすべて家庭教師である。


 守りが固めてある我が家の敷地内だけは自由だったから、たまに客や親せきがやってくる程度で、私の世界は狭かった。王都にある広めのタウンハウスだけが、新たな世界で私の存在できる場所だった。


 そんなわけだから、地方に持つ父の領地に行くことすらかなわず、土地持ちの貴族の娘なのに自分の家の領地に立ち入ることすらない。自領の者たちに末の姫は…とすこぶる評判が悪いらしい。自分的にはどうにもならないので、やさぐれそうだった。


 幸いだったのは、兄たちがとても聡かったことだ。1番上のアルブレヒトは私の我慢に目ざとく気づき、様々な遊びに誘ってくれた。彼が寄宿舎に行ってからは、2番目の兄のフロリアンがその役目を担ってくれた。


 一番年の近いユルゲンは、無意識に私を振り回し、ストレスを発散させてくれた。泥遊び、鬼ごっこ、かくれんぼ。子どもらしい遊びをいっぱいしている。木登りではきれいな絹のドレスを何枚か台無しにした。


 そんな私を、両親も兄たちも暖かく見守ってくれたのは、本当にうれしかった。


 最初は照れ臭かったものの、堂々と甘えるのは幸せなのだということに、気が付いた。一度目の人生も、虐待されていたわけではないが、親の顔色を窺っていたのは確かである。大人になってさえも、私は都合のいい子どもだった。


 だが、今の人生には選択肢がある。親の資産も立場も申し分がない。


 勉強は何にしたって大事だと身に染みていたからこそ、私は努力した。


 宮廷魔術師となった長兄と家庭教師に鍛えられたおかげで、私はめきめきと魔法の力を伸ばしている。


― 前世を利用できないんだったら、こっちの知識を吸収して、楽しい人生を歩むよ!


 そんなわけで、今世も私はきらふわライフとは無縁になりそうだった。

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