2-12 駄目とは言わせない

「専属メイド・・・ですか?この私に?」


「ああ、そうだ。感謝しろよ。この俺が直々にお前の為に専属メイドを選出してやる。」


「はぁ・・・そうですか・・・。」


専属メイド・・・そんなものいらないのに。逆に皇子直々に選んだメイドなんて嫌な予感しかない。どう考えても敵になりそうな気がする。そんな申し出、私にとっては迷惑以外の何物でも無いのに。

すると私の気持ちがどうやら表情に現れていたらしく、アレックス皇子が不機嫌そうに言った。


「何なんだ・・・?お前のその不服そうな顔は・・まさか俺がお前の専属メイドを選ぶのが嫌だというのかっ?!」


まるで天井がビリビリ揺れ動くかの勢いで怒鳴りつけるアレックス皇子だが・・あいにく私はこの位ではひるまないのですよ?オーランド王国にいた時はもっと大きな声で怒鳴られて育ってきたのだから。


「いいえ、そんな滅相もございません。アレックス皇子様から直々に私の専属メイドを選んでいただけるなんて・・・光栄です。」


ニコニコと愛想笑いを顔にへばりつけながら私はアレックス皇子に言った。


「ふん・・・最初から素直にそう言っていれば俺だって無駄に怒鳴ることは無かったのだ。」


アレックス皇子は腕組みすると満足そうにうなずく。

それよりも・・いつになったら解放してくれるのだろう?私は薄暗い部屋にかかる壁掛け時計をチラリと見ると、時刻はすでに午後の2時を回っている。ついでに私もお腹が空いて目が回りそうになっている。


「あの・・・お話はそれだけでしょうか?終わったのでしたらお部屋に下がらせて頂きたいのですが・・・。」


するとアレックス皇子は次にとんでもない事を言い出してきた。


「ああ・・・そうだ。お前に専属メイドを与えてやるのだからもう侍女はいらないだろう?ほら、名前は何て言ったか・・・。」


アレックス皇子は名前を思い出そうと頭を押さえている。


「ひょっとすると・・ミラージュの事・・でしょうか・・・?」


私は尋ねた。


「ああ、そうだ。そのミラージュとかいう侍女はお役御免だ。どこか別の部署へ追いやってしまおう。厨房か・・・掃除係か・・いや、いっそ下働きにでも落としてやろうか・・?」


そんな・・・!ミラージュから引き離されてしまったら私は本当にこの国で独りぼっちになってしまう。

私の顔の表情が変わったのを見て、アレックス皇子は嬉しそうに笑った。


「おやぁ・・?お前・・・今すごくいい顔をしているなぁ・・?そうだ、その顔だ。お前のそういう顔を俺は見てみたかったんだよ。」


ひ・・酷い・・っ!だ、だけど・・こんなところで感情を爆発させるわけにはいかない。落ち着け・・落ち着くのよ、私の心・・・。深呼吸すると私はアレックス皇子に頭を下げた。


「お願いです。どうか・・どうかミラージュをこのまま私の傍に・・侍女として置かせてください。」


「嫌だね。それは無理・・うっ!ゲホッゲホッゲホッ!!」


突然アレックス皇子が激しくむせこんだ。アレックス皇子は苦し気に何度か咳をすると、ようやく落ち着きを取り戻した。


「ふぅ~・・はぁ~・・。」


そこで再度私は頭を下げた。


「アレックス皇子様、どうぞ後生ですから私からミラージュを引き離さないで下さい。」


「だから、それは・・うっ!ゲホッゲホッゲホッゲホッゲホッゲホッ!!」


アレックス皇子は連続で咳き込み、目に涙が滲んできた。


「あら・・・アレックス皇子様・・・随分苦しそうな咳ですね?大丈夫ですか?」


私が声を掛けるとアレックス皇子は、咳き込みながらシッシッと手で私を追い払うしぐさをする。


「そんな追い払う真似はよして下さい。まだお話は終わっていないのですから。どうかミラージュを傍に置くことをお許しくださいっ!」


「だ、だから・・・ゲホッゲホッゲホッゲホッゲホッゲホッ!」


「こればかりは譲れません。どうかお願い致します!」


「し、しつこい奴だな・・・うーっ!ゲッホッゲホッゲホッゲホッ!!」


益々アレックス皇子の咳は悪化してゆく。


「アレックス様!どうかミラージュと私を引き離さないと仰って下さいっ!」


「わ、分かった!もういいっ!お前の好きにしろっ!・・て・・・あれ・・?何だ?あれほど苦しかった咳が止まったぞ・・・?」


アレックス皇子は不思議そうに首をひねった。


「アレックス様。咳が止まって良かったですね?それではミラージュはこの先も侍女として傍におかせていただきますからね?」


「くっ・・くっそ~。人が咳で苦しんでいる間にどさくさに紛れて・・まぁいい!後程新しいメイドをお前の部屋に遣わすっ!それまで部屋で待機していろっ!」


そして今度こそアレックス皇子は手で追い払う素振りをする。やった!これでようやくこの部屋から出られるっ!


「それではアレックス皇子様、失礼致します。」


私はぺこりと頭を下げ、意気揚々と部屋を後にした。


そして・・・その日のうちにやってきた専属メイドが、私をさらなる受難へ突き落していく事になる―。





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