1-7 貧乏くじ姫

「分かりました。それでも結構です。」


私はにこりと笑って言った。


「・・・は?お前・・・今、何て言った?」


アレックス皇子は目を見開いて私を見た。


「ですから、永遠の愛は別に誓っていただかなくても結構ですと言う意味で言いましたが?」


直立不動のまま私は答えた。


「お前・・・冗談だろう?冗談でそんな事言ってるんだよな?」


念押しするようにアレックス皇子は尋ねてくる。


「いいえ、本気ですよ。大体私とアレックス皇子はつい先程初めてお会いしたばかりですよね?そんな状況で『永遠の愛』を誓えるはずはありません。むしろ正直なお方だなと感心しております。」


笑みを浮かべて言うと、アレックス皇子は何が気に入らないのか、再びイライラし始めた。


「おい・・・普通は結婚する相手に、さっきの台詞を言われれば、ショックで泣き崩れるか・・気の強い女なら引っぱたくかのどちらかをするんじゃないか?最も・・俺の場合、引っぱたかれようものならただではすまないけどな?」


アレックス皇子はニヤリと笑う


「ですが・・・私たちの結婚は政略結婚ですよね?当然のごとく・・今、ここに愛は無いわけですから・・。ただ、それでも一緒に連れ添っていけば愛情くらいは芽生えてくるのではないでしょうか?なのでこれからどうぞよろしくお願い致します。」


そう言って私は右手を伸ばした。


「・・なんだ?この手は?」


アレックス皇子は軽蔑した目で私をジロリと見た。


「え・・?挨拶の握手を・・?」


するとアレックス皇子は右手を伸ばしてゆき・・・


パシッ・・・・


その手を叩かれてしまった。


え?


ジンジンする手を見つめていると、アレックス皇子が鼻で笑った。


「フン」


「アレックス様・・?」


顔を上げてアレックス皇子を見つめると、彼は腕組みをしながら私をあざけ笑うように見下ろしていた。


「貧乏くじ姫のくせに、俺に握手を求めるな。そもそも握手と言うのは対等な関係の人間同士で交わすものだ。」


「貧乏くじ姫・・。」


成程・・・そう来ましたか。オーランド王国では『ガラクタ姫』と呼ばれていたけれども、今目の前にいるアレックス皇子には『貧乏くじ姫』というあだ名を付けられてしまった。人や文化の違いによってつけるあだ名も変わってくるのだなぁと私は妙なところで感心していた。しかし、それをどう捉えたのか、アレックス皇子は子気味よさそうな笑みを浮かべると言った。


「何だ?お前のその表情は・・ああ、この俺にそのような不名誉なあだ名を付けられてショックを受けているのだな?当然だろう?さあ、分かったらさっさとこの国を・・。」


「別に構いませんよ。」


「・・・は?」


「『貧乏くじ姫』ですか・・・良いでしょう?どうぞご自由にお呼びください。ニックネームと思えば可愛らしいものですから。ただし・・・。」


「た、ただし・・・?」


アレックス皇子は信じられないと言わんばかりの目で私を見ている。


「人前ではその呼び方は今後おやめになった方が宜しいかと思います。ご自分の価値を下げる事になりますので。」


にっこり笑うと言った。


「こ、こいつ・・・!この俺を馬鹿にしてるのかっ?!」


「いえいえ、とんでもございません。私はただアレックス皇子様の事を考えて・・。」


慌てて首を振る。


「う・・うるさいっ!もう出て行けっ!顔合わせは済んだのだからな・・爺やにお前と侍女の部屋に連れて行って貰えっ!」


「はい、分かりました。本日はお目通りして頂き、ありがとうございます。」


すると私の言葉に再びアレックス皇子は意地悪そうな笑みを浮かべると言った。


「勘違いするなよ・・?俺はただ式の前に『お前に永遠の愛は誓わない』と伝えたかっただけだ。明日の式でこの言葉は省くように神父に伝えてあるから、事前に知らせておこうと思ったのだ。それに・・・。」


「それに・・・?」


私は首を傾げた。


「明日の結婚式・・・とんでもない事になるぞ?いつまでお前がその余裕のある表情をしていられるか・・見ものだな?」


「・・・?」


何だろう・・?サプライズ的なものを用意してくれているのだろうか・・・?


「・・早く出て行けっ!お前のその能天気そうなヘラヘラしている顔をみていると頭が痛くなってくる。」


アレックス皇子は額を右手で抑えるとシッシと左手で追い払うジェスチャーをした。


「・・・はい、では失礼致します。」


頭を下げるも、アレックス皇子からの返事は無い。私はクルリと背を向けると部屋を出て行った。


やれやれ・・・やっとこの部屋から出られる・・。


私は安堵の溜息をついた―。



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