第5節「暗中模索と急転直下」4

「行ってくる!【身体強化】」


 そういって角の生えた個体に向かっていく。俺がやることは至極単純、時間稼ぎだ。倒すことは無理だとしても時間稼ぎならば無謀ではない。自分の体なんてどうでもいいが、どうにかなるとフィスィが悲しんでしまう。だから無謀なことはしないと決めている。


 集中。向こうはきっとフィスィがうまくやってくれる。そう信じているから、俺はもうそっちのことは一切考えないでいい。俺が現在同時に継続して使える魔法は三種類まで。一つ目はもちろん光。見えなきゃ何もできない。二つ目は身体強化。早い動きについていくため。


【金属強化】


 フィスィに貰った短剣を取り出す。三つ目は黄魔法の金属強化。この剣が折れたら終わりだ。なんとかして突撃を受け流せるようにする。


「さあ来いよ。」


 挑発して自分を奮い立たせる。もちろん言葉は通じないが、突進してきた。それに短剣を合わせて受け流す。


「う゛っ!」


 剣と角が当たったことにより甲高い金属音が鳴った。そして自分の声が漏れる。駄目だ威力が高すぎる。あの角何で出来てるんだ?疑問は解消されないがこれでは受け止めきれない。じゃあどうする?考えがまとまらないうちに二度目の突進。


 それを全力で回避。足を全力で強化して逃げる。上手くかわせた。とっさにやったことだが今の感覚は良かった。何も身体強化をずっと使い続ける必要はないのか。走るときでも空中にいるタイミングはあり、そこに強化は必要ない。同じく金属強化もそうだ。迎撃のタイミングに合わせて強化すればいい。


 それらの魔法を常時使わなくても良いなら、俺は他にも魔法が使える。一時的に使用するだけなら四種類までいけるはずだ。敵の脅威はスピードと攻撃力だけ。一度かわせば次の攻撃までに少しだけ時間がある。そして合間に攻撃魔法を使えるだろう。それならヘイトを買い続けられる。勝算が見えてきた。


「集中。」


 そう呟く。勝算があるからといってワンミスが命取りだ。気を入れなおせ。


 再度突進。可能な限り強力な身体強化を足にかけて全力で横に跳ぶ。今度も回避成功。


【エレキ】


 回避できたことがわかった瞬間に魔法を発動。ダメージが通っているかはわからないがやれることは全てやる。


 くっ、怒りを刺激したか次の攻撃が早い!回避は諦め受け流す。


【身体強化】【金属強化】


 ぶつかる一瞬で大丈夫。そこにリソースを注ぎ込めば対処可能!


「はあ!」


 再度響く金属音。これなら問題ない。


「全滅完了!魔法の準備に入るよ!」


 フィスィの声が聞こえた。自分のことに集中して気づかなかったが上手くやってくれたか。そちらを見ることなく敵に向かい合う。落ち着いて、焦んなよ。


 途端、空気が震えた。膨大な魔力がフィスィのもとに集まっていくのがわかる。普通なら空気中の魔力なんて感知できないはずだ。つまり、それだけ圧縮されているということ、そしてそれに伴うほどの魔法を放とうとしていることだ。


 それに敵も気づいたか。突進の先を俺ではなく別の方向、恐らくフィスィに向けている。


「お前の相手は俺だよ!【ファイア】」


 やはりダメージが通っている気がしない。だが今はそれで十分だ。方向を変えこちらへ突進してくる。


【身体強化】


 そして避ける。余裕を持てるようになってきた。だがそれと反比例するように息切れが止まらない。体力が持つか?


「もうすぐ準備できるよ!」


 そんなフィスィの声。限界が近づいてきただけにありがたい。やっと周りを見渡す。空間があるところは、そちらか。


「こいつをそっちの方に誘導する!俺はしっかり離脱するから全力で放って!」


「了解!信じてるよ!」


 これで最後だ。この後のことは後で考えよう。今ある力を全力で出す。突進してきた。場所の調整はできてる。後はこれを避けるだけ!


【身体強化】【ウィンド】


 身体強化を使用し、全力で避ける。それと同時に風魔法を発動させ、自分を押し出す。多少のダメージは後から回復できる。


「いくよ、【テンペストスラッシュ】!!!」




 魔法の余波だけで吹き飛ばされそうになる。そんな風の刃が角のある個体に襲い掛かる、直撃!


「うわあ、凄い火力ですね…。」


「えげつな…。やったか?」


「…倒せてる!よっしゃ!!!」


「「やった!」」

「っしゃあ!」


「ふう、まだまだ敵はいるから気を付けて…って来ないな。さっきまでの連携はどうしたんだ?」


 現れる量も明らかに減っており、そいつらもポツポツと近づいてくるだけ。これなら片手間でも対処できるレベルだ。


「急に落ち着きましたね。これを倒したからでしょうか。」


「わからないけど疲れた。来ないに越したことはないわ。ん?これって何?」


 フィスィはそう言って倒した敵のいた位置に落ちていた石を拾い上げた。


「それ、魔石では?」


「魔石ってあの、強い魔物からしか落とさないと言われているあれですか?」


「うん。多分そうだよ。」


「俺たちそんな強い魔物と戦ってたのか…ほんとよく倒せたよ。」


「というかアダマス、『やったか?』とか言わないでくださいよ。フラグになるかと思ったじゃないですか。」


「そうそう、俺も思った。ツッコんだら本当にフラグになる気がして何も言えなかったけどやめろよな。」


「ははは、ごめんごめん。」


 一段落して日常が帰ってきた感じがする。でも、ここに来た理由はこんな強敵と戦うためじゃない。


「帰るための道がないか探そう。そのために来たんだよ。」


「そういえばそうだったね。こんな必死に戦って何も成果がないとか嫌だよ。」



 そういって大きな疲労感と少しばかりの達成感を覚えながら付近の探索をした。ラットスウォームが現れることはなく、じっくりと探すことができた。


 だが、何も見つからなかった。小さな穴はあったので先ほどの増援はそこから来たのかもしれないが、人が通れる大きさではない。



「どうするどうする?こんなに戦ったのに収穫ゼロ。疲労がたまっただけだわ。」


 フィスィも動揺が隠せない。


「どうするもないよな…。戻るしかないだろう。みんなまだ魔法使える?」


「さっき言ってた俺の火で何とかするっていうのをやるしかないってことか。そんなに強い魔法使えるか…?どうしようもないならやれるだけやってみるけど。」


「私もです。正直、厳しいかも。」


 ああもう、何をしていたのだろうか。それでも何とかするしかないのだろう。






 元の場所に戻るまで、無言が続いた。疲労のせいだ。そして絶望感に包まれているせいだ。


「戻ってきちゃったね…。【サーチ】うん?ミスったかももう一回。【サーチ】え?やっぱり何もいなくなってる?」


「「「本当!?」」ですか!?」


 前にラットスウォームが大量にいたところまで戻る。確かに、あれほどいたはずなのに一匹たりとも見当たらない。喜びよりも疑問のほうが強かった。

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