第5節「暗中模索と急転直下」3

「ここに時間をかけてられないから、いつも通りでいくよ。」


「いいよ。こういう時のためにアダマスを温存していたものね。」


「そうですよ、やっとアダマスが活躍する機会がやってきましたね。頑張れっ頑張れっ!」


「やめろやめろ。馬鹿にしてるだろ。」


「してないよ?」


「はいはい。で、どっちの方面にいるの?」


「こっちだよ。」


 そうしてフィスィが案内した場所に移動する。






「この先だよ。」


 フィスィが言ったが先か、魔物が気づいたが先か。ともかく鳴き声、というかうめき声をあげながらこちらへ寄ってきた。ラットスウォームはあまり鳴かないので珍しい。


「っ!?気づかれてるぞ!アダマス、頼んだ!」


「了解!【ファイア】」


 いつも通りの光景。いつも通りの流れ。これで終わると誰もが思った。


「取り残してますよ!火力が弱かったんじゃないですか!」


「いやいやむしろいつもより火力を高めたぞ。最悪何も残らなくてもいいとさえ思って放ったはず!」


「じゃあなんで残ってるんですか!」


 だが、結果はいつも通りじゃなかった。魔法を放った場所から端の方のやつが残ることは何回かあったが、しっかりと直撃したにもかかわらず残っているのはこれが初めてだ。アダマスの言う通り残ったやつ以外は焼き焦げており、火力の高さは伺える。それなのに、一匹だけとはいえ残っているのがおかしい。


「ねえ、あいつ普通よりちょっとでかいし色も違わない?なんか角あるし。不気味だから倒すよ!【ウィンド】」


 俺と同様にフィスィも不気味に感じたらしい。通常のラットスウォームなら一瞬で木っ端微塵になるような鋭い風を放った。


「避けた!?」


 どう考えても発動してから避けられるものではなかったはずだった。しかし現実としてその魔物は避けた。魔法の発動を予測した?それならばある程度の知能はあると思っていい。そして、確実に通常のラットスウォームではない。


 驚きから戻っていないうちに今度は向こうから突進してきた。


「フィスィ危ない!」


「っ!!痛っ!」


「大丈夫!?」「大丈夫か!」


「すぐに回復します!」


「うん、かすっただけだから私は大丈夫。でもさ、あれ直撃したら正直怪しいよ。気を付けて!」


 ふう、落ち着け俺。フィスィの怪我は一瞬で治るくらいだ。怒りを抑えろ。いくらフィスィが傷つけられたからと言って無闇に突撃してはいけない。そうしたらもっと危険な目に合うかもしれないから。


「原型を残すとかは一切考えないよ!全力で倒す!」


「うん!」「はい!」「ああ!」


 俺の声に対し、口々に返事が来る。大丈夫、もう油断はない。細かいことは後から考えよう。とにかく今は全身全霊であいつを倒すだけだ。



 だが、そんな話すら向こうは待ってくれないらしい。


「ラットスウォーム!?ここにしかいないって話じゃなかったのか!?」


「そのはずよ!【サーチ】え!?増えてる!」


「驚いてる場合じゃないよ!来るぞ構えろ!」


 各自が迎撃に入る。数自体はここに来る前の戦いよりも圧倒的に少ないのだが…。


「あの!こいつら連携してきてないですか!?」


 別方向から同時に攻撃するといった簡単な連携でしかないが、ただただ突進していた通常時とは明らかに違った。固まらないせいで少しずつ倒すことしかできない。そして倒した数と増えていく数が大体つり合っているせいで一向に減らない。増えていくよりはマシと思うしかないか。


「角あるやつにも気を使っておけよ!最悪こいつらの突進に当たってもなんとかなるけどあいつは危険だ!」


「でもどうする?あいつに気を使いながら倒していくの長くは続けられないかも。」


「とりあえずディプラ。光は俺が代わる。俺なら光を出しながら戦えるから。ちょっと見にくくなるかもしれないけど我慢して!」


「ありがとうございます!」


「目標はなんとかしてあの角あるやつを倒すことだ。あいつさえいなければもう少し楽に戦える。」


「でもそれをどうやるってんだ!?」


「今考えてるから黙れ!」


 落ち着け。考えろ。アダマスの火力で倒せなかったのを踏まえると敵の防御力は相当なものだ。アダマスは本気を出したわけじゃないだろうが、こちらの最高火力であるフィスィの魔法をはじめから当てておくのが得策。むしろディプラの白魔法でバフをかけて強化するか。


 倒す方法はそれでいい。というかそれで無理なら死ぬだけだ。でもどうやって当てる?少なくとも今の状況では無理だ。一度でいい。一度だけ今いるラットスウォームを全滅に近い状況にできれば新しいのが来るまでに多少なりとも時間がかかるはず。


 でもそれは自分じゃ無理だ。自分の火力のなさが恨めしい。フィスィに頼めるか?いや、最大火力を出すためにはその準備をしておいてほしい。同じ理由でディプラもダメ。となるとアダマスしか残っていない。でもやっぱり火は危険すぎやしないか?まして相手は多少連携してきている。まとめて倒すというのがどれほど難しいか。


 ならば一度全員でラットスウォームを全滅させるか。それで新しく現れたやつをアダマスに処理してもらえばフィスィ達の準備の時間くらいはとれる。


 でもそれができれば苦労してないよなぁ。せめて角あるやつさえいなければ。…俺だけであいつの時間稼ぎくらいならできるか?いや、やるしかないか。


「サロス!サロス!どうしたの?大丈夫?」


「ああフィスィ、ごめんごめん。


作戦を伝える。俺が角あるやつを一人で引き受ける。それで今いるラットスウォームの数をできるだけ減らす。


そしたらフィスィは魔法の準備。あいつを倒すためのとびっきりの威力のやつをね。ディプラは光役とフィスィへのバフ役。火力を高めたい。アダマスはフィスィ達が準備に専念できるように残りとか新しく来たやつを倒していく役割。後は俺が離脱してフィスィの魔法を放って終わり。以上だ。」


「いやいやサロス、それは危険だろう。」


「信じろ。何とかする。」


「信じるって言っても…」


「わかったわ。サロス、信じてるよ。」


「フィスィちゃん!?いいんですか!?サロス君が危ないんですよ!?」


「サロスが信じろっていうなら信じるだけよ。二人も早く準備しなさい!サロスが危険ならなおさらこの一回で決めなくちゃ!」


「…わかりました。やれるだけやってみましょう。」


「やるしかないか…わかった。サロス、任せたぞ。」


「大丈夫。安心しろ。」


 作戦の立案者が不安がってられるはずがない。大丈夫、その言葉は自分に言い聞かせたものだった。

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