第27話 シン・ロミオゲリオン
人気の居なくなった我が家のリビングで、1人立ちつくす俺。
視界の端では割れたリビングの窓からお嬢様の匂いと共に煙が流れる。
机の上では親父からの着信に震えるスマホの音だけが鮮明に聞こえてくる。
何度もリダイアルし続けているのか、一向に鳴りやまない俺のスマホ。
「……ふぅ」
ゆっくりと呼吸を繰り返し、酸素を身体の隅々まで至らせ、己の行動を定める。
人間、あまりにもブチ切れてしまうと、逆に1周回って冷静になってしまうのか、自分でも恐ろしいくらい落ち着いているのが分かる。
感情は暴風雨のように暴れ狂い、心はマグマのように煮えたぎっているというのに、頭は冷水をぶっかけられたように冷ややかだ。
「よし、行くか」
俺は一旦自室まで戻り、クローゼットの前まで移動する。
静かにクローゼットを開け、その奥に隠されるように置かれている
その卑猥の
黒と白を基調としたその服を持ち上げ、誰に聞かせるでもなく独り呟く。
「眠っていたところ悪いな相棒。もう1度だけ、俺に力を貸してくれ」
俺はソレを持って再びリビングへ戻ると、着ていた服をスルスルと脱ぎ、その『とある服』を――パリッとノリの効いた執事服へと袖を通す。
瞬間。
――カチッ。
と自分の中で何かの切り替わる音が響いた。
途端に胸の奥でポゥッ、と小さな
それは俺の感情を燃料に一気に燃え盛ると、我が身を燃やさんばかりの勢いで全身へと回る。
その圧倒的なまでの熱量を喰らい、細胞が物凄い勢いで猛り狂い『安堂ロミオ』を上書きしていく。
細胞が、意識が、魂が、書き換えられていく。
安堂ロミオから【汎用ヒト型決戦執事】人造人間ロミオゲリオン初号機へと、書き換えられていく。
視線が割れたリビングの窓へと向かう。
そこには執事服を身に纏い、まっすぐ俺を見つめるロミオゲリオン初号機が居た。
割れたガラスの向こうで初号機が俺に問いかけてくる。
――『準備は出来たか?』と。
「あぁ、出来たよ」
俺がそう答えると、ガラスの向こうに居たロミオゲリオン初号機は満足気に微笑んで消えていった。
割れたリビングの窓から視線を切り、いまだに鳴り続ける自分のスマホに手を伸ばす。
ディスプレイには『オバQ(予定)』と親父の名前が
「もしもし?」
『あぁっ、やっと繋がった! もう突然切れたからパパ心配したよ! 大丈夫? 何かあった?』
「大丈夫、何もなかった」
『そっか、よかった~』
「ただ親父の部下だと名乗る花咲研究員に弐号機を強奪されたあげく、ジュリエット様を誘拐されただけだよ。多分親父の首が飛ぶけど、まぁ別に問題はないよね?」
『そっか、パパの首が飛ぶだけかぁ、よかったぁ~。……うん、よくないね。全然よくないね? 大問題だね? 最悪の状況だね?』
スピーカーの向こう側から親父の震える声が聞こえてくる。
その様子から、残り少ない毛根がハラハラと落ちていく姿が目に浮かぶようだ。
「落ち着けよ親父。ただでさえ頭頂部の生え際が後退戦に突入してんだから、コレ以上思い悩むとハゲるぞ?」
『言っとくけどね我が息子よ? チミもパパも遺伝子を受けついでいるんだから、いつかハゲるんだぞ! 余裕ぶっこいていられるのも今の内なんだぞ! 30過ぎると急に来るからね、マジで!?』
ヅラの用意をしておけよ? と親父から謎の忠告を受けつつ、時間を確認する。
時刻は午後3時少し過ぎ。
今から行けば晩御飯までには帰れるな。
「それじゃ親父、ちょっとジュリエット様を迎えに行ってくるわ」
『えっ? 軽くない? そんな近所のスーパーに行く感覚のノリで言われてもパパついていけないよ?』
「うるせぇ、うるせぇ。我が家の晩御飯は6時なんだよ。今から迎えに行って、準備すれば何も問題ナシだろうが」
『いや迎えに行くってロミオ……場所は分かるの?』
「町はずれの廃工場だってよ」
それじゃお嬢様を迎えに行ってくる、と通話を切ろうとした俺の指先を、焦った声音の親父が『待った』をかけた。
『ちょっ、待て待て待て待て!? あの花咲くんのことだ、何か企んでいるに違いない! ここはパパたちに任せてロミオは家で待機を――』
「あっ、伝え忘れてたけどさ、花咲研究員からの伝言。親父とロミオゲリオン初号機の2人だけで廃工場に来いってさ。約束を破ったらお嬢様がどうなるか分からんってよ」
『だ、だったらパパだけでもソッチに行くからっ! だからもうちょっと待って――』
「悪いな親父」
俺はなお言い
「――もうコレは俺の喧嘩なんだわ」
ちょっ、ロミオ!? と声を荒げる親父を無視して通話を切断する。
そのままスマホの電源も落とし、ポケットに仕舞い込む。
頭によぎるは半年前、ジュリエット様と交わした魂の誓い。
【どんな理不尽からでもお嬢様を守ってみせる】
あの約束はまだ果たせるのだろうか?
分からない。
この手はまだ彼女に届くのだろうか?
分からない。
分かることと言えば、約束を破ろうとしているバカは、身体が燃え尽きる寸前の速度で走らなければならないということだけ。
大地を蹴り上げるその脚は、少しも震えていなかった。
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