第24話 せめて、ロミオらしく

 ジュリエット様を寝かしつけてから5時間後の午前7時。


 結局あのあと、妙に目が覚めてしまい、二度寝する気分になれなかった俺は、仕方なく朝食の準備をすることにした。


 いまだ気持ち良さそうに夢の世界へ出航ボン・ヴォヤージュしているお嬢様を寝室に置いて、キッチンへと移動する。


 一応その際部屋をグルリと見て回ったが、弐号機はおろか涼子ちゃんすら帰って来ていない。


 もしかして丸1日鬼ごっこしているのかアイツら?


 そんなことを考えながら冷蔵庫の中身を開けると……多種多様のプロテインがぎっしり詰まっていた。


「いつの間にこんなモノを仕込んだんだ? あのマッチョめ……」


 弐号機の妙な安堂家への侵食具合に若干の恐怖を抱きながら、ガサゴソと冷蔵庫の中身を漁る。


 流石にプロテインを朝食に活用する料理はかの『恵美子のおしゃべりクッキング』でも拝見したことがない。


 さてさて、どうしたものか……おっ?


「厚切りベーコン発見伝。それから……チーズと卵か。よし、これだけあれば『アレ』が作れるな」


 俺は冷蔵庫を閉め、棚から新しいマヨネーズとケチャップを取り出し、ついでに玉ねぎをザックリ薄切りにしていく。


 その間に卵を茹で、厚切りベーコンを細切れにするくらいの気概で切りまくる。


 そんなことをしている間、卵も茹で上がるので、冷水で簡単に冷やしたあと、殻を剥いて、コイツを輪切りにして、準備完了。


 満を持して食パンを4枚取り出し、ケチャップをまんべんなく塗りながら『美味しくなぁ~れ♪』と魔法をこめて薄切りにした玉ねぎ、ベーコン、卵を乗っけて、仕上げてにブラックペッパーまばらに散らす。


 最後はみんな大好き次郎ラーメンばりにチーズをかけて下準備完成。


 あとはアルミホイルを敷いた天板にのせ、オーブントースターで5分ほどジックリ焼いていけば……はいっ! 安堂印の簡単ピザトーストの完成です☆


 かの有名な『キューピー3分クッキング』の7倍時間をかけて作ったピザトーストをオーブンにぶちこみ数分、リビングが香ばしい匂いで包まれていく。


 その匂いに釣られたのか、目をポショポショさせながら、ブカブカのTシャツと緩めのホットパンツを着込んだジュリエット様が眠そうな顔で寝室からリビングへとやって来た。


「何だかイイ匂いがする……」

「あっ、おはよう。ジュリエットちゃん。どうやらよく眠れたようで、お兄さん安心です」

「あっ……むぅ。……おはよう」


 髭剃りのCMよりも爽やかに朝の挨拶を交わすと、ジュリエット様はどこか気まずそうに視線を逸らしながらも、キッチリと挨拶を返してくれた。


 何だろう、コレ? ちょっとした野生動物を手懐けた感動を覚えるんですけど? 泣いてもいいかな? 


 いいともぉ~っ! と心の中で合唱していると、すぐさまジュリエット様は頬を染めながらもキッ! と鋭く俺を睨んできた。


「お、おい安堂の息子よ。き、昨日のことは誰にも……」

「大丈夫、言わないから。それよりも顔を洗っておいで。もうすぐ朝ごはんが出来るよ」

「……ボクに命令するな」


 お嬢様は不承不承といった様子でトテトテと脱衣所へと消えて行った。


 さて、ジュリエット様が支度している間に、全部済ませちゃいますかな!


 俺は焼き上がったピザトーストをお皿に移し、2人分の牛乳を注いでリビングの方へと持って行く。


 そのまま、もはやお嬢様の定位置と化した場所にピザトーストと牛乳をセッティングし、対面に座るように俺の分もポンッ、と置く。


 さてっ、準備完了。あとは美味しくいただくだけだ。


「んっ? これは……」


 自分の席に座ろうとしたタイミングで、むっつりと口をへの字に曲げたジュリエット様もリビングへ戻ってきたのだが……何だか様子がおかしい。


 ジュリエット様は目の前に置かれたピザトーストをマジマジと観察しながら、DIO様に時を止められたようにその場で一時停止してしまった。


 あれ? おかしいな?


 お嬢様、確かピザトースト好きだったよな? なんでこんな不思議そうに固まってるんだ? スタ●ド攻撃でも受けたのか?


「どったべジュリエットちゃん? 朝ごはん、冷めちゃうよん?」

「主任の息子よ。これは……おまえが作ったのか?」

「そうだけど?」


 と口にして、俺は気がつく。


 そ、そうだった! お嬢様は毒殺されないように、食事に細心の注意を払うイマドキの女の子。


 弐号機かましろんの作ったモノしか口にしないと豪語していた剛の者じゃないか!


 得体の知れない男の得体の知れない料理なんて、そりゃ口にしたくないわな。


「あっ、ご、ごめんね? そう言えば弐号機の作ったモノしか口にしたくないんだったよね? コレは俺が食べるから、ジュリエットちゃんは弐号機が買ってきたプロテインバーでも――」

「いい、ボクもこれを食べる」


 ジュリエット様に出したピザトーストを慌てて回収しようとするのだが、我が子でも守るかのように俺の魔の手からピザトーストを守るお嬢様。


 そんなお嬢様の姿に呆気とられてしまい、俺は思わずもう1度訪ねてしまった。


「えっ? いいの? こんな庶民代表みたいな料理で、本当にいいの?」

「くどい。いいから食べるぞ」

「お、おっす」


 いただきます、の掛け声と共に、俺は誤魔化すようにピザトーストを口いっぱいに頬張った。


 途端に玉ねぎのシャキシャキした感触と、ベーコンのむっちりとした歯ごたえが口の中でハーモニーを奏でる。


 うん、いつも通り美味しく出来た。


 ブラックペッパーのほど良い刺激に1人満足気に頷いていると、ふとジュリエット様がコチラを見ていることに気がつく。


「(もぐもぐ)どうかしたの? お兄さんの顔があまりにもイケメン過ぎて見惚れちゃった?」

「寝言は寝て言え。……よし、毒は無いようだな」


 俺の様子を見て安心したのか、ジュリエット様はようやく俺の作ったピザトーストにかじりつき、




「いただきます――んんっ!?」




 瞬間、カッ! と瞳を大きく見開いた。


「こ、これは!?」

「えっ? えっ? なになに? お口に合わなかった?」


 今にも服が弾け飛びそうなくらい、尋常ではない様子のお嬢様に、つい食事をする手を止めてしまう俺。


 あ、あれ? お、美味しくなかったのかな? ちゃんといつも通りのピザトーストを作ったつもりだったんだけど?


 と、思わずオロオロしてしまう俺を無視して、ジュリエット様はもう1口ピザトーストを頬張った。


 そして咀嚼するたびに、爆撃でも受けたように身体を震わせる。


 ヤッベ、お嬢様が壊れた!?


「こ、この味は……まさか、そんな」

「あ、あの? ジュリエットちゃん? 大丈夫? なんだかすごい身体が痙攣してるけど? 陸に打ち上げられたハマチのように痙攣してるけど?」


 声をかけるも、1人自分の世界にトリップしてしまったのか、返事をしてくれない。


 それどころか、ブツブツと小声で何かを囁きはじめた。


 や、ヤバい! お、お嬢様がぶっ壊れちゃった!?




「急に消えたロミオ……繋がらない電話……消息不明のオリジナル……空白の半年間……同時期に現れた初号機……帰って来たオリジナル……昨日の言動……そしてこのピザトースト。――ッ!?」




「うわっ、ビックリしたぁ!? へっ、な、なに? 何でそんな俺をマジマジと見るの? ちょっとあの、こ、怖いんですけど?」


 まるでパズルのピースの最後の1欠片かけらを見つけたように、ジュリエット様の双眸そうぼうが俺を捉える。


 それはようやく探し物が見つかったような、そんな不思議な色をした瞳だった。


「……おまえだったのか」

「ヘッ? な、何がですか?」


 驚き目を見張るお嬢様。


 そんなジュリエット様の変化についていけず、オロオロ困惑するナイスガイ、俺。


 ちょっ、話についていけないんですけど? 主語つけてください、主語っ!


 なんて思っていると、穏やかな朝食の時間を遮るように、「ただいま帰りましたぜ、お嬢っ! キョーダイっ!」と玄関から男性ホルモンたっぷりの声音が大気を震わせた。


 ズンズンと重量感を感じる足取りで玄関からリビングへやってきたのは……そうっ、我が幼馴染みの妹と死闘を演じていたマッチョ、ロミオゲリオン弐号機だった。


 弐号機は煤汚すすよごれたピチピチの鋭角パンツを指先で引っ張り離し、パチンッ! と小気味良い音を出させると、いつものように真っ白い歯をキラッ☆ とさせながら疲れを感じさせない口調でこう言った。


「いやぁ、参ったぜ! あの裸エプロンという狂った出で立ちのお嬢ちゃん、もう強いのなんの。筋肉で武装していなかったら危ない所だったぜ!」


 と、鋭角パンツ1枚のみの狂った出で立ちをしたマッチョが大胸筋をビクンッ! とさせた。


 おっとぉ? 今日の『おまえが言うな!?』スレはここかな?


「おかえり弐号機。涼子ちゃんはどうなった?」

「『涼子ちゃん』? 誰だい、それは?」

「おまえが一晩中戦いを繰り広げた、あのバーサーカーだよ」

「あぁっ! あのお嬢ちゃんなら、俺の筋肉魔法マッスル・マジックで戦闘不能にさせたあと、駆けつけたポリスメンたちに手渡したさ。今頃は豚小屋で臭いメシでも食べてる頃だぜ!」

「そうか、じゃあ次に出てくるのは1週間後といった所かな」


 それにしても、筋肉魔法ってなんだろう? マッスルとマジカルが融合してとんでもねぇ化学反応は起きてるけど……ツッコムのも面倒くさいし、もういいや♪


 俺は再び朝食を楽しむべく、ピザトーストに齧りつこうとして……「んなっ!?」と弐号機のおののく声が鼓膜を震わせた。


「お、おいおい……お嬢、キョーダイ。おまえら正気か!? 何やってんだよ!?」

「なにって……朝メシ食ってんだよ。あっ、ワリィ。弐号機の分は用意してなかったわ。今すぐ用意する――」

「そんな解放日チート・デイでもないのにハイカロリー・モンスターピザトーストを食すだなんて、常軌を逸してるぞ!? こんなもの、緩やかな自殺そのものじゃねぇか!」

「あぁそっち?」


 弐号機が化け物でも見るような目で俺たちを見つめてくる。


 コラコラ、雇用主をそんな目で見るんじゃありませんよ? はっ倒すぞ、筋肉ダルマ?


「別にそこまで言うことないだろ? 確かにハイカロリーだけどさ、チーズに含まれるタンパク質やカルシウムは身体を作るうえで欠かせないモノじゃん? だから絶対悪ってワケじゃないと思うけど?」

「バカ野郎キョーダイっ! そんな軟弱なことを言うなんて、筋肉が泣いてるぜ?」


 どうやら弐号機にとってはこのピザトーストは狂気の産物以外の何物でもないらしい。


 あっ、ちなみに弐号機が言っていた『解放日チート・デイ』っていうのは、マッチョたちが1週間に1度、カロリーを気にすることなく、むしろ意識的に多くる日のことだ。


 何でも人間の身体はタフに出来ているらしくて、どんな環境でも生きていけるように作られているらしい。


 つまり断食修行をしているお坊さんがポックリ逝かないのは、


『おっ? 最近摂取カロリーが低いな? このままじゃ死んじゃうぞ? よしっ、省エネモードに切り替えておくか!』


 というように、身体が上手いこと基礎代謝を下げてしまうのだ。


 こうなってしまうと、筋肉は付きにくくなるうえ、脂肪がたくわえられてしまい、マッチョにとってはマイナス方向に吹っ切れてしまうのだ。


 そうならないために、マッチョたちは1週間に1度、カロリー制限を気にしない日をもうけるのだ。


 ……何で俺はマッチョについてこんなに熱く語っているんだ?


「まったく、せっかく良い筋肉をしてるっていうのに、キョーダイは危機意識が足りなくていけねぇや。ねぇお嬢? お嬢もそう思いまやすよね?」

「…………」

「お嬢? どうしたんですかい、お嬢? お嬢?」


 弐号機がジュリエット様に話を振るが、ジュリエット様は何を考えているのか分からない瞳で一心不乱に俺だけを見つめていた。


 マッチョも怖いが、こっちも怖い。


 あの、お嬢様? せめてまばたきくらいしてください、眼球カッサカサになりますよ?


「聞いてますかお嬢? お嬢っ!」

「――ハッ!? す、すまない。ちょっと考え事をしていた。……って、弐号機。帰って来ていたのか」

「『帰って来ていたのか』って、お嬢……オレはさっきからずっとココに居ましたよ。ねぇキョーダイ?」

「おうっ。それよりもジュリエットちゃん、大丈夫? 何かさっきからボーッとしてるけど?」

「も、問題ない。もう大丈夫だ」


 そう言って、誤魔化すようにピザトーストに齧りつくジュリエット様。


 う~ん、ちょっと心配だなぁ。


 一応具合が悪くないか、顔色でもうかがっておくか。


 俺はお嬢様の顔を覗き見ようとするのだが、何故か頬を赤くしたジュリエット様にプイッ! とそむけられてしまう。


 しょうがないので、回り込んで顔を覗きこもうとするのだが……。


 プイッ、プイッ!


 と、また顔を背けられてしまう。


 お、おやおやぁ~?


「あの……ジュリエットちゃん? なんでお兄さんと顔を合わせてくれないのかな?」

「そ、そういう気分ではないだけだ」


 そうぶっきら棒に答えて、またピザトーストを頬張るお嬢様。


 そんなお嬢様を見て「お嬢ぅ~っ!? ダメだって、そんなハイカロリーモンスターを体内に納めるなんて!?」と悲痛な声をあげる弐号機の隣で俺は「はて?」と首を捻った。


 おかしいぞ?


 今のやり取り、普段のお嬢様だったら下等生物を見るような唾棄すべき瞳で



『うるさい。貴様の顔が生理的に受け付けないだけだ』



 と、膝から崩れ落ちそうなヘビー級な一言を優しく添えてくる所だというのに……いかんせん、今日のお嬢様はいつものキレがないように見える。


 やっぱり急に環境が変わったから身体がついていかず体調でも崩してしまったのだろうか?


「ジュリエットちゃん、調子が悪いなら今日は1日横になっていてもいいんだよ?」

「調子は悪くない。ただ……」

「ただ?」

「……なんでもない。ただちょっとやらねばならない事を思い出しただけだ」


 ジュリエット様はまるで流し込むようにピザトーストを胃の中に納めると、スクッと立ち上がって部屋の奥へと消えて行った。……俺の、ね。


 いやなんで俺の部屋なん? と、心の中でツッコミを入れていると、ガチャリッ、と俺の部屋のドアが少しだけ開いて、中からお嬢様がひょっこりとコチラに向かって顔を出していた。


「いいか2人とも? ボクはこれから集中して夏休みの宿題をするから、絶対に中に入って来るんじゃないぞ? 分かったな?」


 と、言うだけ言ってさっさと扉を閉めてしまうお嬢様。


 そんなジュリエット様の姿を前に、俺は弐号機と顏を合わせて、鏡合わせのようにお互いに首を捻った。


「なんでジュリエットちゃん勉強道具も持たずに俺の部屋に行ったの?」

「さぁ? 筋トレでもするんじゃないか?」

「なるほど筋トレか」


 いやなんでお嬢様が俺の部屋で筋トレするんだよ? と考えてハタッ! と思い出す。


 そう言えば昨日、俺、お嬢様に【グレ●ラガン】のブルーレイボックス全巻持ってるって話をしたっけ? 


 あのときのお嬢様、すっごくたそうな顔してたよなぁ。


 ということはジュリエット様、今、俺の部屋で【グレ●ラガン】のブルーレイボックスを探しているということか?


 う~ん、正直家探しされるのは少々困る。


 なんせ今、あの部屋には俺がロミオゲリオン初号機だった頃の痕跡が1つだけ残っているのだ。



 そうっ、俺がロミオゲリオン初号機だった頃に着ていた執事服である。



 クリーニングに出して綺麗なったので、親父が帰って来たときに返そうとスタンバイさせているのだ。


 まぁもちろん、お嬢様が我が家にやって来たその日に慌ててマイ・フェイバレット・エロブックスと共に隠したので、そう簡単には見つからないとは思うが……う~ん。


「まぁ大丈夫か」


 なんせエロ本とAV(アニマルビデオだよ!)と一緒の場所に隠しているのだ。


 万が一見つかったとしても、エロいことを忌避きひしているお嬢様のことだ、よく調べずにさっさとその場を後にするに違いない。


 ふふふっ、まさか本来隠すべきエロ本でカモフラージュするなんて誰も考えまい。


 まったく、自分の才能が怖くなる。俺は天才か?


「いや、変態だぞ思うぞキョーダイ?」

「……勝手に心の中を読むなよ兄弟?」

「いや、口に出ていたぞキョーダイ?」

「マジか兄弟……?」


 マジだキョーダイ、とロミオゲリオン弐号機と軽口の応酬を繰り広げながら、俺はゆったりピザトーストをかじるのであった。

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