第23話 友情、誕生

 俺が脱衣所で銀河の歌姫デビューしてから2時間ちょいが過ぎた午後9時10分。


 ニューヨークからシリコンバレー並みに心の距離があったジュリエット様と俺は、いつの間にか長年の親友マブダチのようにリビングでアニメ談義に華を咲かせていた。



「やはり1番カッコいい兄貴あにきは【グレ●ラガン】のカ●ナで決まりだな」


「ちょっと待ってくれジュリエットちゃん。確かにカ●ナのアニキは最高にカッコいい。そこに疑いようの余地はない。が、1番というならやっぱり俺は【スク●イド】のスト●イト・クーガー兄貴を押したいっ!」


「むっ……確かにクーガーの兄貴もカッコいい。カッコいいが……やはり1番はカ●ナで決まりだ。あの伝説の第8話を見たことが無いのかおまえは?」

「あっ、俺ちょうど【グレ●ラガン】ブルーレイボックス全巻持ってるから、今から見る?」

「えっ、ほんとに!? ――じゃなかった、ほんとか!」


 若干素がハミ出しつつあるジュリエット様の架空のシッポがピコピコと激しく左右に振れる。


『見たい、見たいっ!』と散歩前の子犬のように、お目目をキラキラさせるお嬢様。


 ヤベェなこの人、可愛いな。お持ち帰りしてやろうか? ……もうお持ち帰りしてたわ。


「それじゃさっそく――って、もうこんな時間か。【グレ●ラガン】は明日にして、今日はもう寝よっか?」

「むぅ、ここまで引っ張っておいてアッサリ引くとは……さてはおまえイジメっ子だな?」

「ごめんね? 俺、好きな子にはイジワルしたくなるタイプの男の子だから」


 タイプ・ワイルドな男でごめんね? と謝ると、何故かちょっとだけ頬が赤くなったジュリエット様が「うぐっ!?」と小さくうめいた。


「ジュリエットちゃん? どったべ?」

「なるほど……そうやって白雪を籠絡ろうらくしたのか。この女たらしめ」

「おっとぉ? いきなり罵倒されたぞぉ?」


 我々の業界ではご褒美ですか? と口にするよりも早く、湿った視線を向けていたジュリエット様の瞳にフッと優しい光が差した。


「冗談だ。ちょっとからかいたくなっただけだ。許せ、女の敵」

「可愛い、許そう」


 まるで子犬がじゃれつくように、茶目っ気たっぷりに微笑まれ、速攻首を縦に振るナイスガイ、俺。


 ほんと男ってバカだよなぁ。


 それにしても、ブラックにブラックを重ねるなんて、お嬢様は前世はガムだったんだろうか? おかげで超眠気スッキリだわ。


「……おまえは不思議な男だな」

「まぁ、男はちょっとミステリアスなくらいがカッコいいからね。コ●ン君も言ってたし。……いや、言ってねぇな。うん、確実に言ってねぇわ」

「そういうほうけた所も、アッサリ人の懐に入ってくるところも、彼とソックリだ。そう、まるで……」


 そこまで言いかけて、ピタリッ、とジュリエット様の動きが止まった。


 どこまでも澄みきった碧い瞳を大きく見開き、まるで何かとんでもない事実に気がついたような、ハッ! とした表情で固まってしまうお嬢様。


 えっ、なになに? 突然どうした?


「まさか、そんな……いや考え過ぎだな。そんなバカげたことあるワケがない。そうさ、コイツはオリジナルなんだ。似るのは当然のことだ。だからおかしい事は何もない。あぁ、そうだ。そうに違いない」

「??? ジュリエットちゃん? どうしたの? もしかして『あの日』? 急に始まったの?」

「そうだな、彼がこんな失礼な事を言うワケがない。他人の空似だ」


 ジュリエット様は「何でもない」と首を横に振りながら、疲れたように小さくため息をこぼした。


「どうやらボクは疲れているらしい。もう寝るぞ。おまえもはやく自分の家に帰れ」

「ここは俺の家なんですけど?」

「間違えた、自分の巣に戻れ」


 ハウスッ! と俺の部屋を指さすジュリエット様。


 まったく、俺がドMなら今頃涙を流して感謝の言葉を述べている所だぞ? 俺がドMじゃなかったことに感謝するんだな!


 と、心の中で捨て台詞を吐きながら、ズコズコと自室へと撤退していく俺。


「とりあえず、弐号機がいつでも帰ってこれるように玄関の鍵は開けとくから、もしトラブルや泥棒が入ってきたら真っ先に俺を呼んでね?」

「ふんっ、泥棒くらいボク1人でも撃退できるわ」


 いいから早く巣に戻れ、と犬でも追い払うように「シッシッ!」と軽く手を振るお嬢様に、俺は微笑みを添えて応じてみせた。


「それじゃおやすみ、ジュリエットちゃん」

「……ふん」


 鼻を鳴らしてソッポを向くジュリエット様。


 心の中でお嬢様の声を「お休み、おにいちゃん♪」とアテレコしながら、俺は布団という名の乗り物で夢の世界へ出航するべく、自室へ移動するのであった。




 ◇◇




「……喉渇いた」


 煎餅せんべいのようにうっすい布団からムクリと起き上がり、スマホを確認する。


 時刻は深夜2時少し過ぎ。露出魔たちのゴールデンタイム。


 熱帯夜という言葉がふさしい今夜、俺は寝巻きのTシャツを寝汗をベトベトにしながら、ゆっくりと布団から這い出る。


 うぅ……口の中はタクラマカン砂漠の如くカラカラだ。はやく水分補給をしないとミイラになってしまう。


「キンキンに冷えた麦茶が飲みたい……」


 俺はゾンビのような軽やかな足取りで、キッチンにある冷蔵庫へと移動する。


 そういえば、ゾンビといって思い出されるやはり我が偉大なるママ上、安堂千和あんどうちわ御母堂だろう。


 毎朝、どんよりと濁りきったうつろな瞳で、口をだらしなく半開きにしつつ、動く死体のようにトロトロ歩き『う~す。あぁ~……だりぃ。朝メシは?』と俺に尋ねてくる、由緒正しき母親の姿を思い出すと、胸に熱いモノがこみあげてくる。


「ママンは今頃ナニをしているのだろうか?」


 確か『あたしより強いヤツに会いに行く!』とかストリートでファイトしそうな事を口にしながら、セガサタ●ンとバーチャロン片手に世界へ旅立ったのが去年の12月。


 今頃ナニしてんのかなぁ? 


 まぁあの人のことだ、どこへ行ったとしても……ロクなことはしていないだろう。


『……つき。……ミオくんの……つき』

「ん?」


 世界のどこかに居るハズのママンの身を案じながらキッチンへ向かうと、女の子のすすり泣くような声音が俺の耳をくすぐった。


 途端に背筋に冷たいモノが走り、一瞬で意識が覚醒する。


 い、いやいやいや!


 ち、違うよ勘違いだよ!


 た、確かに今は夏だけどさ、そんな、ないない! 絶対なぁ~いっ!


 ほぅら、もう1度耳を澄ませてごらん俺? 何も聞こえないでしょ?


『グスッ……約束……ミオくん……つき』

「……聞こえるねぇ~、バッチリ聞こえるねぇ~」


 さっきよりも鮮明に女の子のすすり泣くような声が聞こえてきた。


 ちょっ、待って!?


 19年間この家に住んできたけど、こんな怪奇現象はじめてなんですけど!?


 これってやっぱり、オバ、オババババババババッッ!?


「違う、絶対違うね! 断じて違うね!」


 俺は喉の渇きを潤すことなく、そのまま女の子のすすり泣く声に導かれるように、ママ上の寝室の方へと足を向けた。


 大丈夫! お、オバっ、オババババッ! ……ケ、なんて絶対に居ないから!


 見ててみんな! そこでいつまでも俺のことを見守っていてねみんな! 約束だよ!?


 俺は覚悟を決めて、少しだけ寝室の扉を開けた。


 すると、そこには。


「グスッ……ロミオくんの嘘つき。約束したのに……ずっと傍に居てくれるって約束したのに」

「…………」


 そこには……膝をかかえて布団にくるまり、ポロポロと大粒の涙を流すジュリエット様の姿があった。


「ネズミを全部追っ払ってくれるんじゃなかったの? 雷なんか笑い飛ばしてくれるんじゃなかったの? どんな理不尽からもボクを守ってくれるんじゃなかったの? 嘘つき……ロミオくんの嘘つき」


 グスッ、と鼻を鳴らすお嬢様。


 まるで飼い主を探す迷子の子犬のように、弱々しい声音が床にポロポロ転がっていく。


 あまりにも痛々しいその姿を見た瞬間、俺は後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。



 ……何やってんだよ俺は?



 ジュリエット様がもう1人で泣かないように、安心して寝られるように、彼女の笑顔を守ると約束しておきながら、なんで俺はお嬢様を泣かせているんだよ?


 ほんと何やってんだよ、俺?


 マジで自分のバカさ加減に腹が立ってくる。


「痛いよ……胸が痛いよ……ロミオくん。助けてよ、ロミオくん……」


 気がつくと、俺は静かに涙をこぼすお嬢様の前まで移動していた。


「グスッ……? ……ッ!? お、おまえ!? な、なんでココに!?」


 俺の姿に気がついたジュリエット様が慌てた様子で目尻に浮かんだ涙を拭い出す。


「ち、違うぞ!? こ、これは目にゴミが入っただけで!? ……へっ?」


 と言いつくろう彼女の手をそっと手に取り、俺は宝物でも扱うように優しくぎゅっ! と握りしめた。


 途端に「ほぇっ?」とほうけた声をあげるお嬢様。


 俺は今にも零れんばかりに目をパチクリさせているジュリエット様の小さな手を、両手で温めるように包み込みながら、月の淡い光だけを頼りに、彼女に向かって微笑んだ。



「昔さ、俺が不安でたまらないときに、よく母ちゃんが手を握ってくれたんだ。なんでも『大切なモノはちゃんと握っとかないとね』だってさ」

「……温かい」

「大丈夫。お嬢様は1人じゃないよ」

「……へっ?」



 窓から降り注ぐ優しい光が彼女の金色の髪を洗い流す。


 まるで童話に出てくる妖精のようだ、なんて場違いなことを考えながら、俺はジュリエット様に伝わるようにちょっとだけ握る力に想いをこめた。


「どんなに距離が離れていようとも、心はずっと傍に居るから。例え銀河の彼方だろうが、宇宙の果てだろうが、時間や距離を飛び越えて、心はずっとお嬢様の隣に居るから。だからお嬢様は安心して眠ればいいんですよ」

「……ロミオくん?」

「そう、アイツなら……ロミオゲリオン初号機ならそう言うだろうと思ってさ」


 どうだった? 似てた? とあえて茶目っ気たっぷりで笑い返すと、ジュリエット様はほんの少しだけ口角を緩めてくれた。


「ふん……生意気を言うな。おまえにロミオの何が分かる」

「まぁ俺をモデルに作られたアンドロイド? だからね。ヤツの考えていることは手にとるように分かるよ。それこそ息子のエロ本の隠し場所を熟知している母親のように、ね」

「相変わらず一言多い男だ……」


 いつも通りのツンケンしたお嬢様に戻り、ほっと胸を撫で下ろす。


 さて、ジュリエット様も泣きやんだし、そろそろ俺も夢の世界へ帰るとしますか、ハハッ!


「よしっ、それじゃお兄さんはこの乾いた身体にウォーターを注ぎこんで眠るとしますかな。じゃあジュリエットちゃん、おやすみ」


 そう言って俺は、彼女の手を離し。




 ――ぎゅっ。





 と、ジュリエット様に再び手を握られた。


 お、おやおやぁ~?


 これは一体どういうことかなぁ?


「待て、乙女の部屋に勝手に入ったんだ。それ相応の罰を受けて貰わねばならん」


 そう言って、絶対に離さん! と言わんばかりに俺を握る手に力をこめるお嬢様。


 ……これはアレかな? とうとう俺も年貢の納め時というヤツかな?


 瀬戸内海の汚いオブジェとしてデビューする日が来ちゃったのかな?


 この時期の瀬戸内海は温かいから過ごしやすいだろうなぁ、なんて漠然としたことを思いながら、ジュリエット様の方へと振り返る。


 そこには、明後日の方角に視線を飛ばしながら、珍しく唇をもにょもにょさせて、チラチラとコチラをうかがうように見つめてくるお嬢様の姿があった。


 えっ? どういう感情なのソレ?


 と、困惑する俺を無視して、日焼けでもしたのか、暗闇の中でも分かるくらいほんのりと赤くなったジュリエット様はポショポショとささやくように、




「ぼ、ボクが寝るまでこの手を離すんじゃない。これは命令だ」




 と言った。


 ……ほんとこの娘は、なんて不器用で愛らしいのだろうか?


 俺は彼女の機嫌を損ねないように、心の中で笑みを作りながら、ぎゅっ! と彼女の手を握り返した。


「命令なら仕方がないよね」

「あっ……」


 俺に握り返された手をマジマジと見つめ返すジュリエット様。


 何か懐かしい感覚でもしたのか、驚いたように繋がれた手を見つめ続ける。


 が、すぐさまハッ!? とした表情になり、慌てて布団を被りなおし、横になった。


「ぼ、ボクはもう寝るぞっ! じゃあな!」

「おやすみ、ジュリエットちゃん」

「……おやすみなさい」


 初めて返してくれた返事にちょっとだけ嬉しくなりながら、俺は彼女が安心して眠れるように手を握り続けた。


 数分後、規則正しい呼吸音が聞こえてきても、俺はジュリエット様の手を握り続けることを辞めなかった。

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