第22話 心のかたち ロミオのかたち

 ジュリエット様が用意してくれた、可もなく不可もなくといった無難なタラコスパゲッティを美味しくいただいた午後7時少し前。


 いまだ帰ってこない弐号機のことを想いながら、俺は内心けっこう焦っていた。


 おいおい……このままじゃ今夜、ジュリエット様と2人っきりで過ごすハメになりますよ?


 若い男女が1つ屋根の下だなんてそんなふしだらな……恥を知れ俺!


 もうみんな分かっているとは思うが、人気の居ない部屋で女の子とヤることなんて1つしかない。


 ――そうだね、カードゲームだね! デュエル☆スタンバイッ!


 と、自分を全力で誤魔化しながら、弐号機が帰って来てくれることを切に願っていると、ママンの寝室を間借りしていたジュリエット様が寝巻きを持って俺の居るリビングへと戻って来た。


「ボクがこれから風呂に入る。おまえは食器の片付けをしておけ」

「イエッサー」

「……一応言っておくが、覗くなよ?」


 ジロリッ、とドM大興奮の視線でジュリエット様に睨みつけられる。


 俺はその視線の嵐を、頬をポッ、と染めることで返事をした。


「そ、そんなお風呂を覗けだなんて……ハレンチだよジュリエットちゃん。もっと自分は大切しなきゃ。ハレンチ5年目のピンサロ嬢じゃないんだから」

「誰がハレンチ5年目のピンサロ嬢だ? 耳にエキサイト翻訳でも搭載しているのかおまえは? ボクは『覗くな』って言っているんだ」

「えっ? あれ? フリじゃないの?」

「分かった、ならこう言い換えよう。覗いてもいいが、そのときは……分かっているな?」


 ジュリエット様は瞳に殺意を浮かばせながら、器用に口だけ笑みを作ると、俺の返事を聞くことなくスタスタと脱衣所の方へと消えて行った。


 俺は誰も居なくなったリビングで1人こっそりとため息をこぼしながら、カチャカチャと机の上に並べられた空のお皿を重ねていく。


「ハァ、はやく帰って来てくれ弐号機。……うん?」


 空のお皿をキッチンへと持って行こうと腰を上げたところで、お外の方でゴロゴロと不穏な音が微かに耳に届いた。


 そう言えば夕方ごろ、ラピ●タが入ってそうなデッカイ入道雲があったなぁ。


 なんてコトを思いながら、流し台までお皿を持って行き、カチャカチャと食器を洗い始める。


「そう言えば、お嬢様、雷が苦手だったよな……」


 過去の拉致されたトラウマのせいで、雷とネズミが大の苦手なジュリエット様。


 もちろんソレを世界中で唯一知っているのは俺、安堂ロミオではなく【汎用ヒト型決戦執事】人造人間ロミオゲリオン初号機だ。


 いや、雷やネズミだけじゃない。ロミオゲリオンしか知らないお嬢様の秘密はけっこうたくさんある。


 アニメが好きなこと、子犬の動画を見るのが好きなこと、人参が嫌いなこと、本当は甘えん坊なこと等々……。


 これはロミオゲリオンしか知らないお嬢様の秘密だ。


 だから、安堂ロミオの口からまろび出ることなんぞ許されない。


 それは俺の正体が気づかれてしまう重要な情報にして、彼女とロミオゲリオンの絆を土足で踏みにじる行為だ。


「うん、気をつけないとな」


 誰に聞かせるでもなく、1人ごちりながら、俺はひっそりと決意を新たにし――






 ゴロゴロ……ドォォォォオオオ―――ンッッッ!!!!






『キャァァァァァァァァァァッッッ!?!?』

「ッ!? お嬢様ッ!?」


 ――決意を新たにしようとしたその瞬間、部屋がピカッ! と照らされたかと思うと、数秒遅れて爆発したかのような雷の轟音が我が家を揺らした。


 刹那、空気を切り裂くように、俺の鼓膜にジュリエット様の悲鳴が届いた。


 途端にそれまでの思考は全て弾け飛び、身体が俺の知らない何かによって勝手に駆動し始める。


 考えるよりも先に足は床を蹴り、お風呂場へと一直線に向かっていく。


 蹴破るように脱衣所へ侵入し、乱暴に風呂場へと続く扉を開いた。


「お嬢様ッ! 大丈夫ですか!?」

「ッ!? イヤァァァァァァァァッッッ!?!?」


 バンッ! 風呂場の扉を開け放った俺の視線の先には、耳を押さえて肩まで湯船に浸かっているジュリエットの姿が目に入った。


 もちろんお風呂場なので、一糸まとわぬ姿である。


 その小学生の見間違うミニマムなボディに、グラビアアイドル顔負けのパイパイが湯船にプカッと浮かんでいた。


 さらに首から流れ落ちた水滴が、彼女の艶めかしい鎖骨を通り過ぎ、その胸の魅惑の渓谷けいこくに落ちていく――ところでバッシャーンッ! と盛大にお湯をぶっかけられた。


「ぶべらっ!?」

「ほ、本当に覗きに来るバカが居るか!? はやく出てけ! このスケベ!」

「ち、違っ!? 俺は――」

「こ、こっちを見るな変態っ!!」


 顔を真っ赤にして、犬歯剥き出しのままバシャバシャとお湯を俺に向かってスプラッシュしてくるお嬢様。


 お、おかしい? 今までのお嬢様だったら、別に俺に下着を見られようが、裸を見られようが、恥らうことはあれどここまでの拒絶反応はしなかったハズだ?


 と、そこまで考えてハタッと気がつく。


 あっ、そういえば今の俺、お嬢様のお気に入りのアンドロイド、ロミオゲリオン初号機じゃなくて、お嬢様の大っ嫌いな人間、安堂ロミオだったわ。


 そりゃ嫌っている人間に裸を見られたら、乙女としたらブチ切れるわな。


 うんうん、普通の反応、普通の反応。


「おいっ、何を1人勝手に納得している!? って、バカ!? だからコッチを見るなと言っているだろうが!」


 これでもかとお湯を顔面に叩きつけられながらも、俺の視線はお嬢様に釘づけだった。


 いや、なんていうかね? 顔を逸らさなきゃいけないっていうのは分かるんだよ?


 でもね? 今のお嬢様ね? 俺にお湯をかけるべく身体をコッチに向けてバシャバシャしてるんだけどね? お湯を両手ですくい上げてバシャバシャしているせいか、お嬢様の豊満なパイパイが、こう腕の圧力でむぎゅっ! と中心に寄って……太古の昔に流行った『だっちゅ~の♪』みたいな感じなっていて、ぶっちゃけ超エロい。


 しかもよく目を凝らせば、彼女の恥ずかしがり屋さんB地区が微かに見え……。


 と、そこまで観察していると、俺の視線に気づいたのか、ジュリエット様はハッとして、怒っているような恥ずかしがっているような、不思議な表情で俺を睨んで……やべぇ、可愛い。


「いつまでボケっと突っ立ている!? はやく出ていけ!」


 片手で今にも零れそうなパイパイを押さえながら、パシャパシャとお湯をかけてくるお嬢様。


 片手で押さえることによって、彼女の柔らかそうなお胸がさらに主張して、余計にエロくなっていることに気づいていないのか、必死になって俺にお湯をぶっかけてくる。


 本来ならここでスーパーマンもビックリの早脱ぎを敢行し、そのままジュリエット様の居る湯船にダイブし『あぁ、ごめんっ! 足を滑っちゃった! ……でも、もういいよね? 一緒に入っても。ハハッ!』とさも日常にありがちな風景を演出しつつ、バカみたいに笑ってお嬢様と一緒にお風呂を楽しむのが安堂ロミオ・スタイルなのだが……流石にパニックを起こしかけているお嬢様を放っておくのはマズイよなぁ。


 よし、ここはいっちょお嬢様と一緒にお風呂に入って『さぁ、これから手品をはじめるよ? ほぅらごらん……おっきくなちゃった!』と、この世における最底辺の1発ギャグでも披露ひろうして、なごやかな空気に変えてやるかな!


「いや、なんでズボンを脱ごうとする貴様!? 意味が分からんわ! いいから早く出て行けスケベぇぇぇぇぇ――ッッ!?!?」

「ぷぎゃっ!?」


 ズボンに手を伸ばし、キャスト・オフ体勢に入っていた俺の顔面にお嬢様の投げた風呂桶がゴイーン、とストライク。


 そのままよろよろ後ろへ後退すると同時に、素早く湯船から出てきたお嬢様が光の速さで脱衣所と風呂場を繋ぐ扉を閉めた。


 もうこうなってしまってはお風呂場へ突貫する大義名分も何も無い。


 俺はしぶしぶ痛む鼻を押さえながら、脱衣所を後にしようとして。






 ――ドォォォォぉンッ! ゴロゴロゴロ……。






『ぴえんっ!?』

「ッ!? お嬢――ジュリエットちゃん、大丈夫!?」

『だ、大丈夫だ! ちょっとしゃっくりが出ただけだ、だから開けるなよ!? 絶対開けるなよ!?』


 思い出したかのように雷の轟音が俺たちの身体を叩くのと同時に、お嬢様のおかしな悲鳴が耳朶じだを叩いた。


 俺は風呂場の扉をブチ破りたい衝動に駆られながらも『フリじゃないからな!? 開けるんじゃないぞ!?』と念を押してくるお嬢様に、力なく頷くしかなかった。


 いや、別に残念がってないからね?


 いまだゴロゴロと不穏な音を発する雷を前に、扉越しでお嬢様がビクビク震えているのが分かる。


 流石にこんな状態のお嬢様を1人残して去るなんぞ、ロミオゲリオンではなくとも出来なかった。


「1番、安堂ロミオ! 【ドラ●もん】歌いますっ! せぇ~の、チャラララララ♪」

『いきなりどうした!?』


 俺の歌を聞けぇぇぇぇぇっ! と言わんばかりに唐突に歌い始めた俺に、ギョッ!? としたような声をあげるジュリエット様。


 俺の美声に酔いしれているのか、恐怖とも困惑ともつかない声音が脱衣所に木霊した。


『なにを急にトチ狂っているんだ、おまえは!? ビックリするだろうが!』

「ご、ごめんね? 実は俺、恥ずかしながら雷が大の苦手でさぁ……」

『……なんだおまえ? 雷が怖いのか?』

「そうなんだよ。あのゴロゴロっていう音が何て言うか、生理的に受け付けないっていうか、ね? お腹を下している音みたいで、すっごい苦手なんだよ」

『ふ、ふん。雷が怖いなんて、子どもだな』


 扉を1枚へだて場所で、ジュリエット様が俺を小バカにしたように鼻で笑う。


 が、その声は若干震えていた。


 俺は強がるジュリエット様の下手したてに出るように、たはは、と困ったような笑みを溢しながら、


「そうなんだよ、見た目はイケメンでも中身は子どもなんだよね、俺。だからさ、雷の音を打ち消すくらい爆音で歌ってもいい? もう怖くて死にそうでさぁ」


 おねがぁ~い、とマイ・メ●ディばりに小首を傾げて可愛くアピールしてみる。まぁお嬢様の方からは見えないんだけどね。


 ムッツリと黙ってしまうジュリエット様に、俺は1人「アンコールッ! アンコールッ!」と合いの手を入れていまだにゴロゴロと鳴る雷の音を打ち消していく。


『……好きにしろ』

「ッ! お、OK、好きにするわっ! それでは聞いてください、安堂ロミオ君でスク●イドのOPオープニング【Reckless Fire】ッ!」

『いや【ドラ●もん】はどこへいった?』


 テンションが上がっているせいだろうか? ジュリエット様の声音がほんの少しだけ弾んで聞こえるのは。


 何だかジュリエット様が扉の向こうで笑っているような、そんな気がして、俺は無性に嬉しくなった。


『……ボクはスク●イドよりマク●スの方が好きだ。次はラ●カ・リーの【星●飛行】にしろ』

「かしこまリーの木の葉旋風。キラッ☆」

『それは違うリーだ。頭の八門遁甲が開いているのか貴様?』


 気がつくと、あれだけ気まずかったハズのお嬢様とスラスラ会話している自分が居た。


 結局俺は、雷鳴が鳴りやむまで、お嬢様が湯あたり寸前になるまで銀河に轟かんばかりの美声を浴室に響かせた。


 ほんの少し、本当に少しだが、安堂ロミオとジュリエット・フォン・モンタギューの距離が近づいた。そんな気がした時間だった。

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