第21話 漢の戦い

「――そもそも、なんでアンドロイドがマッチョなんだよ? 意味わかんねぇよ……親父の趣味か?」


 その日の夕方のスーパーの帰り道。


 俺はキャベツやら卵やらが入ったマイバックを自転車のカゴに乗せて、ゆったりと我が家に向かってチャリンコを漕いでいた。


 カラカラと鳴るチャリンコの前輪の音と共に、風を切りながらパラリラしていく。


 もちろんその間も思い返されるのは今日1日の出来事だ。


 まさか本当にましろんもマリア様もモンタギュー家の方に帰ってしまうとは……薄情にも程がある。


 おかげで今日1日、我が家に居るハズなのにすっげぇ疲れたわ……。


 お嬢様はお嬢様で顔を合わせれば小姑こじゅうとのように小言を口にするし、弐号機は弐号機で顔を合わせれば強制的に筋トレさせてくるしで……もう肉体的にも精神的にも疲れたよパトラ●シュ。シコってもいいかな?


 まぁもちろん、お嬢様が我が家に居る手前、部屋にこもっておシコリになることは不可能なんですけどね。


 いやまぁ、隠れてするのもソレはソレで興奮するが、今回ばかりは自重しよう。



 俺の目算だと親父が我が家に帰ってくるまでおそらく2週間近くかかるハズだ。そしてましろんは1週間モンタギュー家の本邸で拘束される。


 つまり丸々1週間はジュリエット様とあの小汚いマイハウスで共同生活を送らなければならないというワケだ。


 正直、今のジュリエット様と一緒に生活するなんて、お腹を空かせたアリゲーターの群れの中にフワち●んを放り投げるようなモンだ。


 ぶっちゃけ上手くやっていける気がしない。


 ロミオゲリオン初号機のときはこんな気持ちなんぞ一切抱いたことなかったのに……やっぱり人間としてお嬢様に接しているからだろうか?


「唯一の救いは2人っきりじゃないってことか」


 あのマッチョ、ロミオゲリオン弐号機が居るおかげで、家の空気がそこまで気まずくなっていないのがありがたい。


 けど、顔を合わすたびに俺を筋トレに誘うのはマジでやめてほしい。


 何なのアイツ? アンドロイドじゃなくてインストラクターか何かなの?


 なんて思っていると、東の空の方で絶対に中にラピ●タ、もしくは滝川ク●ステルが入っていると思しき、やたらとデカイ入道雲を発見する。


「あぁ~、こりゃ今晩あたり一雨ひとあめきそうだなぁ」


 俺はチャリンコ『デリヘル号』を漕ぐスピードを少し上げ、我が家への帰路を急ぐ。


 アパートの自転車専用駐車場にチャリンコを置き、さっさとカゴからマイバック取り出し、2階の我が家へと駆け足で移動する。


「弐号機ぃ~。とりあえず言われたモン、買ってきたぞぉ~」


 と口にしながら、我が家の玄関を開け、荷物を持ってリビングへと顏を出した。







 ――瞬間、我が家のリビングの中央でマッチョと裸エプロンに身を包んだ美少女の拳が衝突していた。






「ぬぅっ!?」

「クッ!?」


 ドッパァン! と派手な音と共に小規模なソニックウェーブを発しながら、マッチョと裸エプロンは2人して距離をとる。


 ジリジリと夏の太陽のごとく肌を焼くプレッシャーを放つ2人を前に、部屋の隅でポカンと口をあけるジュリエット様。


 何が起きているのか分からない、と言った様子でその蒼い瞳をパチクリさせていた。


 そんなジュリエット様を無視して、裸エプロンこと我が幼馴染みの妹にして、この間、警察にドナドナされて行った俺の可愛い後輩ストーカー、司馬涼子ちゃんが鋭い視線でマッチョを……ロミオゲリオン弐号機を睨んでいた。


「なんでお兄様とワタクシの愛の巣に、ゴリゴリに仕上がったマッチョが居ますの?」

「オレか? オレの名前は――」

「いえ、みなまで説明しなくても結構ですわ。アナタ……不法侵入者ですわね?」


 不法侵入者はチミだよ涼子ちゃん、とツッコんでやりたいこと山の如しだったが、今の2人に関わりたくないのでやめた。


 弐号機は涼子ちゃんの放つ覇王色の覇気なんぞ知らんと言わんばかりに不敵に微笑みながら、


「オレが不法侵入者だって? おいおい嬢ちゃん、冗談はその格好だけにしてくれよ。そもそもなんで裸エプロンなんだい?」

「乙女のたしなみですわ。そういうアナタだって、なんでビキニパンツ1丁なんですの?」

「マッチョのたしなみさ」


 野暮なことは聞くもんじゃねぇよ、と弐号機が肩を竦めると、何故か涼子ちゃんもフッと笑みを溢した。


「……ワタクシたち、出会う時と場所が違えば、最高のお友達になれたでしょうね?」

「違いねぇ」


 クックックッ、と肩を揺らして笑い合うマッチョと裸エプロン。


 一流の剣豪同士が刃を合わせた際、ほんのわずかな時間でもあっても長年の友のように理解し合えるように、このとき2人の間には確かな絆が生まれていた。


 ……俺は今、一体ナニを見せられているんだ?


「さて、それでは……いきますわよ、好敵手ともよ?」

「さぁこい、好敵手ともよ!」


 ニヤッ、とお互いの頬に笑みがたたえた刹那せつな


 マッチョの筋肉が躍動し、涼子ちゃんの裸エプロンがお股のところでモザイクギリギリのところではためく。


 そして2人はかれ合うように急接近し、


「「ハァァァァァァァァァァ――ッ!!」」


 お互いの頬に抹殺まっさつのラストブリ●トを叩きこんだ。


 刹那、弐号機の板チョコのようなバキバキの腹筋が文字通りパカッ! 割れたかと思うと、そこを起点にまばゆいばかりの光が部屋中を照らした。


 いやどういう仕組み? とツッコむよりも先に『ドンガラガッシャ~ンッッ!!』と雷鳴のような音が俺の肌を叩いた。


「キャッ!?」と可愛い悲鳴と共に、水を打ったように静かになる我が家。


 一体あの2人はどうなったんだ? とようやく視力が戻ってきた眼で再びリビングを見渡すと……弐号機と涼子ちゃんの姿はなかった。


「えっ? あの2人どこ行ったの? まさか、お互いのパンチの威力で消滅しちゃった?」

「……いや、違うぞ安堂主任の息子よ。アレを見ろ」


 耳を押さえてうずくまっていたジュリエット様が、スッ、とベランダの方を指さした。


 見るとそこには粉々に砕け散った窓ガラスと、はるか向こう側の道路から『真ん中から打ち砕く、ワタクシの自慢のこの……拳でぇぇぇぇぇっ!』『筋肉魔法マッスル・マジック【出たなプロポーションおばけ】ッッ!』と弐号機と涼子ちゃんの声が聞こえてきた。


 それに続いて、フォンフォンフォンフォンッ! とけたたましいサイレンの音に続いて『そこのマッチョと裸エプロン、止まりなさい!』と数台のパトカーの音が部屋に反響した。


 警察に追われるアンドロイドと後輩ストーカーのために、今俺に出来ることは何かあるだろうか?


 数秒ほど思考を巡らせ、俺は――



「――あっ、そろそろ晩御飯の時間だね? じゃあチャチャっと準備しちゃうから、ジュリエットちゃんはテレビでも見てなよ?」



 俺は泣く泣く……2人を見殺しにすることを決めた。


 大丈夫、あの2人なら腹が減ったら帰ってくるだろう、うん。


 ジュリエット様もコレ以上考えるのが億劫おっくうになったのか、窓の外から視線を外し、いつも通りの鉄仮面を顔に張り付け、ハッキリとこう言った。


「いや、弐号機と白雪が居ない以上、晩御飯はボクが作ろう」

「えっ? 別に気をつかわなくても俺がパパッと作るけど?」

「誰がおまえなんかに気を遣うか。おまえに変なモノを入れられたら敵わんから、ボクが作るんだ」

「あぁ、そういうことですか……」


 う~ん、相変わらず借りてきた猫のように警戒心バリバリだなぁ。


 お嬢様は俺の身体を押しのけると、持っていたマイバックを盗賊さながらに奪い取り、スタスタとキッチンの方へと移動した。


「安心しろ、キチンとおまえの分も用意してやる。まったく、偶然とは言え、ボクの手料理が食べられるんだ。感謝に身を震わせながら、自分の幸せを噛みしめるんだな」


 そう言い残し、ガサゴソとマイバックの中身を確認し始めるジュリエット様。


 どうやら本気で料理する気マンマ●こらしい。


「……しょうがない、窓でも修復するか」


 俺は頭をガシガシとむしりながら、割れた窓ガラスを修復するべく、ゴミ捨て場からダンボールを拝借するためリビングを後にした。

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