第20話 ジュリエットの選択を

「――なるほどのぅ。姉上たちがココに居る理由はそういうことか……心臓が飛び出るほど驚いたぞぃ」

「マリア様、麦茶でございます」

「うむ、かたじけない白雪」


 マッチョとマリア様の未知との遭遇から20分後の安堂家のリビングにて。


 混乱するマリア様をなだめながら、何故ここにジュリエット様たちが居るのかを懇切丁寧に説明し終えた俺は、人知れずグッタリとしていた。


 そう言えば今日、マリア様が我が家に来ることをすっかり忘れていたわ……。


 と、1人グロッキーになっていると、妹と同じく麦茶で唇を潤していたジュリエット様が満を持して口をひらいた。


「驚いたのはコッチだ。マリア、何故おまえがこの変態の家にやってくる? 安堂ロミオとは顔見知りでも何でもなかっただろう?」

「ぐっ!? そ、それは、そのぅ……」


 痛い所を突かれたのか、浮気現場を取り押さえられた間男のように狼狽うろたえるマリア様。


 そしてジュリエット様の隣で何故かジトッ、と湿った視線を俺に向けてくるましろん。


 ふぇぇ、やましいことなんか何もしていないハズなのに、心臓がドキドキするよぉ。もしかして……これが恋?


 それにしても、さっきから身体を3分の2ほどひねり両手を後ろに組んで、そのワイルドに育った上腕三頭筋を世界に向けて解き放っているロミオゲリオン弐号機がすっごい気になるんだけど? なんで誰もツッコまないの? ツッコんだ負けなの?


「あ、姉上、最近元気がないみたいだったからのぅっ! だからサプライズとして、こっそりロミオゲリオン初号機を連れ帰って姉上に元気になってもらおうと思っとったんじゃっ! それでここしばらくの間、ロミ――下郎げろうに協力してもらっとったんじゃ! なっ、下郎?」

「えっ? いやマリア様がウチに来たのは俺を――」

「なっ、下郎!?」


 その有無を言わさぬ圧倒的な迫力を前に、首を横に振れる人間がこの世に何人居るだろうか?


 気がつくと俺は『首よ飛んでけ!』と言わんばかりに激しく前後に振っていた。



『いいか? 余計なことは喋るんじゃないぞ? もし喋ったら……あとは分かるな?』と、にっこり微笑みながら、オーラだけで俺に語りかけてくるマリア様。



 もし喋ったらどうなってしまうんだろう? 強制ディープキスの刑かな? と痴的ちてき好奇心が……違う、知的ちてき好奇心がムクムクしてきて抑えるのが大変だった。


「ふむ、そうか。どうやらいつも通り振る舞っていたつもりだったんだが……流石は姉妹。血を分けた妹には隠し事は出来んな。心配をかけてすまない、マリア」

「き、気にするでない姉上。妹として当然のことをしたまでじゃ、ハハッ!」


 千葉のぼう埋め立て地に存在すると言われている夢の治外法権の国のマスコットキャラクターのような奇怪な笑い声をあげるマリア様を、不思議そうに眺めるジュリエット様。


 その横でベテラン刑事さながらの鋭い視線で、マリア様の心の内を読もうとする俺の後輩。


 さらにその後ろで【サイド・トライセップス】から両手を胸の前で組み、はち切れそうな大胸筋をこれでもかと大公開しているロミオゲリオン弐号機。そうだね、みんな大好き【サイド・チェスト】だねっ!


 おそらく今現在、世界で1番カオスな家はココだろう。間違いない。


 というか、なんであのマッチョは自信満々に【サイド・チェスト】なんてしているのだろうか? 空気読め?


 と、白い歯を輝かせている弐号機を視線だけでいさめていると、何かを思い出したかのようにマリア様が口をひらいた。


「あっ、そうじゃ! 白雪よ、昨日からメイド長がお主を探しておったぞ」

「へっ? メイド長が真白をですか?」


 突然話を振られて素に戻る我が後輩。


 マリア様はそんなましろんにくし立てるように、その愛らしいバラのような唇を動かした。


「うむっ。何でもこの夏休みを利用してモンタギュー家の使用人をイチから教育し直すとか言っておったぞ」

「うへぇ……本当ですか?」


「本当じゃ。メイド長に、もし白雪を見つけたらモンタギュー家の本邸ほんていに戻って来いと伝えて欲しい、と直々にお願いされたわ。まぁ見習いとはいえ、おぬしは将来有望なメイドじゃからな。目をかけられておるんじゃろう」


「そうですか。ハァ……ジュリエットお嬢様? 少々お席を外させてもらってもよろしいでしょうか?」

「かまわん」


 ありがとうございます、ジュリエット様に一礼しながら、ましろんは俺の部屋に置いてあるスマホを取りに、一旦席を立った。


 そして扉越しにどこかへ電話をかけている雰囲気を感じていると、数分としないうちにリビングへと戻ってきた。


 その顔は元気が取り柄の我が後輩にしては珍しくゲッソリと憔悴しょうすいしていた。


「お嬢様、どうやら真白は1度本邸の方へ戻らなければいけないみたいです。申し訳ありませんが1週間ほどおいとまさせてもらってもよろしいでしょうか?」

「……まぁメイド長の言葉なら仕方がないか。かまわん、みっちりしごかれてくるがいい」


 はい……、とうな垂れるましろん。その横で同情するような眼差しを向けるモンタギュー姉妹――って、ちょっと待て!?


「えっ!? ま、ましろん帰っちゃうの!? マジで!?」

「すみませんセンパイ、1週間ほどお嬢様のことをよろしくお願いしますね?」

「待て待て! ちょっと待ってぇぇぇぇっ!?」


 勝手にお願いして、勝手にドロンしないで真白ちゃん!?


 このツンツンサボテン状態のお嬢様とマッチョを置いて勝手に帰らないで! 俺を1人にしないで!


「い、いいのかましろん!? ご主人様を若い男の家に置いて帰っても!? もしかしたら間違いが起こるかもしれないんだよ!? 我が家がサファリパークになるかもしれないんだよ!?」

「う~ん、確かにそれは心配なんですけど……」


 ましろんがチラッとジュリエット様の方を一瞥するので、釣られて俺もお嬢様の方へと視線を向ける。


 そこにはまるでゴミ虫を見るかのような無機質な瞳で俺を見つめるジュリエット様の姿があった。


 ましろんはそんなジュリエット様の瞳を満足気に眺めると、1人安心したように「うん」と小さく頷いた。


「まぁ、今のお嬢様なら問題ありませんよ。色んな意味で」

「いや問題しかないよ!? ムリムリッ! あんな怖いお嬢様と謎のマッチョと一緒に生活するとか俺には出来ない! お願い、先輩を1人にしないでぇぇぇっ!? 300円あげるからっ!」

「ワガママを言うな、主任の息子よ。ボクだっておまえと一緒の家で生活をしなければいけないと思うと反吐が出るくらい嫌だが、我慢しているんだ。おまえも我慢しろ」


 ムッツリと口をへの字に曲げながら、心底嫌そうに眉を寄せるジュリエット様。


 一体ウチの後輩をコレの何を見て『問題ありません♪』なんて言ったのだろうか? 


 その目は肉穴、違う節穴ふしあななのだろうか?


 というかマズイぞ、この流れは!? このままだと本当に1週間、嫌悪感バリバリのお嬢様とゴリゴリに仕上がったマッチョと生活するハメになってしまう。


 それはマズイ、非常にマズイ。どれくらいマズイかと言えば、もう超マズイ!


「あっ、そうだ! マリア様っ! 1週間だけ我が家にお泊りしませんか!? もう大歓迎しますよ?」

「心遣いは嬉しいのじゃが……夏休みとはいえ、妾もこれで多忙の身でのぅ。来週には必ず顔を出す故、それまで我慢してくりゃれ」


「そ、そんな……いいんですか!? このままだと大切な姉上がロクでもねぇクソみてねぇな男に襲われるかもしれないんですよ!? 我が家がジャパリなパークになってしまうかもしれないんですよ!?」


「う~む、確かにソレは心配じゃが……」


 ましろんと同じく、マリア様もチラッとジュリエット様の方を一瞥する。


 そこには相変わらず産業廃棄物を見るような絶対零度の瞳で俺を見据えるジュリエット様が居た。


 相変わらず人に向けていい瞳じゃない……。


 マリア様はそんな自分の姉をましろと同じく満足そうに眺め、これまた彼女と同じように小さく頷くと、


「今の姉上なら問題ないじゃろう。色んな意味で」

「いやだから問題しかありませんって!?」


 一体どこを見てそう判断したんですか?


 気づいてマリア様! このままだと俺の胃袋がストレスと緊張で蜂の巣みたいになっちゃうよ?


 と、なおも諦めず助けをおうと俺が言葉をつむぎだすよりも早く、ジュリエット様は面倒臭そうに声帯を震わせた。


「気持ちの悪い心配をするな、安堂主任の息子よ。安心しろ、仮におまえがボクに発情して襲ってきたとしても、弐号機とボクが返り討ちにして夜空に放り捨ててやるから。だから安心して生活しろ」

「えっ? 今、安心する要素どこかにありました?」


 確かに夏は祭りと花火と喧嘩だが、俺を血祭りにあげたあげく、汚ねぇ花火として夜空に打ち上げようとしているお嬢様を前に、身体の震えが止まらない。


 何コレ? 武者震い?


 というか、あれ? おかしいな? 我が家に居るハズなのに疎外感がハンパじゃないぞ?


 どういうことなの? 獣は居てもけ者は居ないんじゃないの? ねぇ、オ●イシっ!?


「さて、これで話は終わりだ。ボクは部屋に戻って学校の宿題を済ませる。誰も邪魔するなよ?」


 もう話すことは何も無い、と言わんばかりに席を立ち、ごくごく自然に俺の部屋へと入って行くジュリエット様。


 もう俺に人権は無いのだろうか?


 ガラガラと治外法権の崩壊の音を耳にしながら、みないそいそと行動を開始し始める。


「そ、それじゃ妾はここいらでおいとまさせてもらうかのぅ。ロミ――下郎? その……例のアレは、また今度ということで……の?」

「あっ、マリア様。本邸に帰るのでしたら、真白も一緒にいいですか?」

「うむ、構わんぞい」

「ありがとうございます。それではセンパイ? 1週間後にまた会いましょうね?」

「えっ? うそ? マジで帰るの2人とも?」


 ちょっと待て! 俺を置いて行かないで!?


 スタスタと玄関の方へと移動するマリア様とましろんを追いかけるように、俺も玄関へと歩を進めようとするのだが。




 ――ガシッ。




 と、誰かの分厚い指先が肩に食い込んで阻止された。


 ……うん、分かってる。誰かなんて回りくどい言い方をしなくても、ちゃんと分かってるよ。


『ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴッ!』と、耳の奥から某奇妙な冒険でお馴染みの擬音が聞こえてくる。


 俺は全速力で身体を駆け抜ける悪寒と共、ゆっくりと背後へと振り返る。


 そこにはもちろん。


「さてキョーダイ! それじゃオレたちは家事をしながら一緒に筋トレして、最高の汗をかこうぜ!」


 ウェルカム! と言わんばかりに親指を立て、爽やかな笑みを浮かべるマッチョ――ロミオゲリオン弐号機がガッチリ俺の肩を掴んでいた。


 ……どうやら今日は長い1日になりそうだ。


 背後でゆっくりと閉まっていく玄関の扉の音を耳にしながら、俺は確かに開戦ゴングの音を聞いた気がした。

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