第19話 四人目の訪問者
「――ほんと、どうしてこんなことに……」
洗面所で顔をパシャパシャ洗いながら、盛大にため息をこぼすナイスガイ、ロミオ・アンドウ。
我が家のリビングからお嬢様とましろん、そしてゴリマッチョの淡々とした会話が聞こえてくる。
「早く帰って来てくれ
一刻も早くこのプレッシャーハウスから愛しの息子を救ってくれ。
と、ここには居ないオッサンに祈りを捧げながら、俺はゆっくりと息を吸い込んだ。
とりあえず、親父が帰ってくるまでの間、ジュリエット様は我が家に居候してしまうことは確定してしまった。
それはつまり、俺、安堂ロミオと接触する機会が多分に増えるというワケで……。
勘の良いお嬢様のことだ、もしかしたら些細な仕草や言動で俺の正体に気づいてしまうかもしれない。そうなったら安堂家はおしまいだ。
そうならないためにも、意識的にロミオゲリオン初号機のしない言動を心がけて生活しなければならない。
普通の男ならここで『ふえぇ~んっ!? そ、そんなの無理だよぉ~っ!?』と萌えキャラ化する所だろうが……ふふっ、残念ながら俺、安堂ロミオは普通じゃない。
次期オスカー賞確実と(俺の中で)言われているくらい、演技にはちょっと自信がある。
この俺、安堂ロミオにかかれば『安堂ロミオ』のフリをする『ロミオゲリオン初号機』なぞ造作もないことだ!
フハハハハッ! 勝ったな! ……何に勝ったんだろう俺?
『お~い、キョーダイ?
「おっと、もうこんな時間か」
弐号機の男性ホルモンたっぷりの野太い声音によって現実へ引き戻される俺。
どうやら結構な時間、洗面所を占拠していたらしい。
俺は慌てて顔にかかっている水滴をタオルでふき取り、寝巻き姿からアロハシャツとジーパンに着替えると、急いでリビングへと移動した。
香ばしいお味噌汁の匂いに導かれるようにリビングへ行くと、そこには俺を待つことなく黙々と朝飯を頬張るジュリエット様と、「もう遅いですよセンパ~イ!」とプンスカしている可愛い後輩、そしてついでに何故かテレビの横で筋肉を張り【リラックス】している弐号機が居た。
「おうキョーダイ、遅かったな! もうみんな食べてるぜ?」
「ワリィ弐号機、ちょっと考え事をしてたわ」
「ハハハッ! どうせどこぞのボディビル大会に出ようか悩んでいたんだろう? キョーダイの考えることなんか全部お見通しだぜ?」
「うん、違うね? 全然違うね?」
清々しいまでに明後日の方向に勘違いしている弐号機がフリフリのドピンクのエプロンを外し、テレビの横で手首を白鳥のようにくねらせ両腕をあげる。
みなさんご存知【オリバー・ポーズ】だ。
「センパイ、ツッコミは後にして朝ご飯はやく食べましょうよぉ? せっかくの出来立てが冷めちゃいますよぉ?」
「おっと、これはいけねぇ」
俺はさっさとましろんの隣に腰を下ろし、机の上に広がった朝飯のラインナップを見て感嘆の声をあげた。
焼き魚に卵焼き、ほうれん草のおひたし、おかゆ。そして半分にカットされたグレープフルーツが賑やかに食卓を彩っていた。
すごいっ! もう何がすごいって、すぐそこにお味噌汁のイイ匂いがあるのに、お味噌汁が見当たらない点とか超すごい! どこへ行ったの、俺の味噌汁?
「せっかく弐号機が作ってくれたんだ。はやく食べろ、この凡作が」
「は、はい。い、いただきます……」
ジロリッ、とジュリエット様に睨まれながらそっと両手を合わせる。
う~ん、相変わらず嫌われてるなぁ俺……。アンドロイドのときはあんなに優しくしてくれたのに……。
と、ちょっぴりショックを受けながらほうれん草のおひたしを頬張る。
あっ、ほんのり甘くて美味しい。
この卵焼きもあのゴツイ指先からクリエイトされたとは思えないほど、繊細な甘味が口いっぱいに広がって……ちょっとした敗北感を覚える。
おまけにこの焼き魚だ。ふっくらとしていながら、箸で切れ目を入れると油がジュワぁ~って噴き出て来て、見ても楽しいし、口に入れたらパワフルな味が脳天を突きぬけて、正直たまらない。
どれくらいパワフルかと言えば、WANIMAの歌い出しくらいパワフル。やっべ、すっげぇパワフル!
「う、美味い……えっ? うそ? ウチのママンより料理上手くない?」
「気に入って貰えて嬉しいぜキョーダイ!」
弐号機は嬉しそうに身体の正面を俺に向けると、そのワイルドの両手を後頭部へと持って行った。
そのまま真夏のプールに筋肉を咲かせるように、今にもミサイルが飛び出してきそうな腹筋と巨木のごとき鋼の太ももをアピールし始める。
そうだね、みんな大好き【アブドミナル&サイ】だね。
腹筋や太もものキレ具合を見るポージングではあるが、個人的には腕が後方へ逸れるので、自然とセクシーな大胸筋に視線が吸い込まれてしまう。
うん、今日もよく仕上がっているじゃないか。
それはそれとして、何故俺はマッチョの大胸筋を見ながら朝ごはんをモグモグしているんだ?
「そう言えばセンパイ。センパイは今日なにか予定とかあるんですか?」
「ん? 今日は簡単に家事を済ませたらお家で布団さんとゴロゴロイチャイチャするつもりだけど?」
「働かずに喰うメシは美味しいか、ニート?」
ポショッ、とこちらに一瞥もくれることなく、小さく言い放つジュリエット様。
働かずに喰うメシは美味いかだって?
美味しいですよ! それが他人の金ならなおさらにね!
とはもちろん言えないシャイな俺は、流れを変えるべく、逆に後輩たちに質問をぶつけた。
「ま、ましろんやジュリエットちゃんは今日なんか予定でもあんの?」
「真白はお嬢様のお世話をしつつ、センパイの家事のお手伝いですかねぇ~」
「…………」
「あ、あのジュリエットちゃん? お兄さんの声、聞こえてる?」
「うるさい。食事中に喋るな」
う~ん、すっごいツンツンしてる! 前世はサボテンだったの? ってツッコみたいくらいツンツンしてるよ!
ジュリエット様はソレ以上喋ることは許さんと言わんばかりに、身体中からプレッシャーを発散させながらその小さな唇で卵焼きをモグモグと
見ているだけならお人形さんみたいで可愛いんだけど、口を開けばドM大歓喜の罵倒マシンガントークだから、並みの男だと膝と心が折れちゃうんだよなぁ。
まぁお嬢様がこうなってしまった過去を知っているだけに、あまり腹が立たないのが唯一の救いといった所かな。
いやほんと、俺がドMなら今頃嬉ションしている所だよ?
なんて思いながら、おかゆをモグモグしていると。
――ピンポーンッ!
と我が家の呼び鈴が小粋な音を部屋中に響かせた。
「(もぐもぐ)むぐっ? センパイ、誰か来たみたいですよ?」
「(もぐもぐ)……安堂主任か?」
「いえ、親父ならインターホンなんてしゃらくせぇモノなんぞ鳴らさず、ズカズカと家に入ってきますよ」
「おっとキョーダイ。オレが見てくるから食事に集中してな。消化に悪いぜ?」
立ち上がろうとしていた俺を制しながら【アブドミナル&サイ】を一旦中止し、のしのしと玄関に向けて歩き出す弐号機。
あれ? そう言えば俺、何か大切な用事を忘れているような……?
何だったけ? と小首を傾げながら、俺はこの香ばしい焼き魚を口いっぱいに頬張り――
『お、おはようロミオ殿ッ! きょ、今日はお日柄もよく――ハァッ!? 弐号機!?』
『おうっ、マリアの嬢ちゃん! こんな所で会うとは珍しいな!』
――瞬間、俺は飛ぶように床を蹴り上げ、玄関へと移動していた。
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