第18話 死に至るトラブル、そして

「――ろ、ロミオゲリオン初号機を引き取りに来た……ですか?」

「あぁそうだ」


 ジュリエット様は俺から視線を外すことなく、ハッキリと頷いた。


 時刻は午後7時ちょうどの安堂家のリビングにて。


 俺は机を挟んで我が後輩であるましろんと、ゴリマッチョことロミオゲリオン弐号機に挟まれて座っているジュリエット様の話を聞いて、素っ頓狂な声をあげていた。


「いや……『引き取りに来た』は正しくないな。正しくは『取り戻しに来た』だ」

「取り戻し、ですか?」

「そうだ。返してもらおうか、ボクのロミオを」


 そう言って、揺るぎない確固たる決意を持って俺を見据えるお嬢様。


 そんな彼女から発せられる熱烈な視線に身を焦がしながら、俺は必死にジュリエット様が我が家にやって来た要点をまとめていった。


 つ、つまりお嬢様はロミオゲリオン初号機を再び桜屋敷で働かせるべく、親父に連絡をとった。


 が、残念ながら仕事が忙しいのか、ウチのパパンとは連絡がつかず、1週間経ってしまった。


 そしてついに痺れを切らしたお嬢様が親父に直談判するべく、我が家に乗り込んできて……現在に至ると言ったところだろうか。


「あ、あのジュリエット様?」

「『様』はよせ。おまえの顔でそう言われると気色が悪い」

「ならジュリエットちゃん。お兄さんの質問にも1つ答えて貰ってもよろしいでしょうか?」

「……まぁいいだろう。なんだ?」


 はよ話せ、と言外に語ってくるお嬢様に、俺は言葉を選びながら慎重に声帯を震わせた。


「その、ロミオゲリオン初号機を取り戻したいということは……弐号機に何か不備でもあったのでしょうか?」


 瞬間「ハンッ」と、人を小バカにしたようなジュリエット様の鼻息が聞こえてきた。


「世界に誇るジュリエット工房で作られた弐号機に不備があるワケないだろう。むしろよく気が利く最高のアンドロイドだ」

「へへっ……お褒め頂き光栄だぜ、お嬢。ほら見てくれ。お嬢に褒められたおかげで、オレの僧帽筋そうぼうきんが歌ってやがるぜ」


 照れたように弐号機が俺たちに向かって背中を見せる。


 途端に剥き出しの肩甲骨部分の筋肉がピクピクと震えた。


 どうやらあそこが僧帽筋らしい。


 思わず「もっと歌って僧帽筋!」と声をかけるべきかどうか迷っていると、弐号機がキラッと真っ白い歯を輝かせながら、


「オレの背中で筋肉あみだくじをしてもいいんだぜ、キョーダイ?」


 と、キメ顔で言ってきた。


 正直ナニを言っているのか全然分からない。


 というか、なんでこのアンドロイドはさも当然のように鋭角パンツ1枚だけしか着こんでいないんだ? そして何故、その事にましろんとお嬢様はツッコミを入れないんだ?


 何なの? ツッコんだら負けなの?


「一応念のため聞いておくが、安堂主任の息子よ。おまえはロミオ……【汎用ヒト型決戦執事】人造人間ロミオゲリオン初号機の居場所を知っているか?」


 確認するようにその蒼い瞳をまっすぐ俺に向けながら、桜の蕾のような愛らしい唇を動かすジュリエット様。




『ロミオゲリオン初号機の居場所ですか? もちろん知ってますよ! なんせアナタの目の前に居ますからね!』




 とはもちろん口が裂けても言えないので、どうしたものかと頭を悩ませていると、ジュリエット様の眉根がぴくんっ! と跳ねた。


「その様子……もしや知っているのか!? ど、どこだ! ボクのロミオはどこに居る!?」

「ぐぇっ!? ちょっ、お、落ち着いて? オエッ!?」


 少年ジャ●プ並みの面の皮の厚さを誇るお嬢様が血相を変えて、俺に詰め寄って来たので、思わずギョッ!? としてしまう。


 机から身を乗り出し、血走った瞳で俺の襟首を握り締めるなり、ガクガク前後に激しく揺らし始める。


 おかげで首が良い感じにキマッて、呼吸が出来なくなり……はっは~ん? さては俺、死んじゃうな?


 遠ざかる意識の中、大きな川を挟んで、まだご健在中の俺の爺さんと婆さんが『ばいば~いっ!』と手を振っていた。


 爺さんと婆さんに見送られながら、来世は異世界をチートで無双する黒髪短髪のサイコパスに生まれ変われますようにと願っていると、ジュリエット様の隣に静かに陣取っていた我が後輩がピシャリッ! と小さく言い放った。


「お嬢様。モンタギュー家の淑女らしからぬ行動はつつしんでくださいね?」

「ハッ!? す、すまん……つい」

「おいおいお嬢、力があり余っているならオレと筋トレでもするか? ん?」

「大丈夫だ弐号機。その必要はない」


 もう落ち着いた、と俺の襟首から手を離し、再びしずしずと元居た場所へ座り直すジュリエット様。


 若干恥ずかしそうに空咳をしまくるお嬢様の隣で『感謝してくださいね?』とましろんがアイコンタクトを飛ばしてくる。


 この1週間のうちにましろんには事の詳細を伝えていたので、どうやら今回は粛清側ではなく中立で居てくれるらしい。正直アライグマ助かる。……どっから出てきたアライグマ?


「コホンッ。ボクとしたことが、取り乱してすまない。……それで? ボクのロミオは今どこに居る?」

「あぁ~……。実はこれ、親父から聞いた話なんですけどね?」


 と、上司に責任の全てをブン投げる社畜スタイルで親父に全責任をなすりつけながら、俺は何とかジュリエット様にロミオゲリオン初号機を諦めてもらう方向に話を進めるべく、口をひらいた。


「どうやらロミオゲリオン初号機は役目をまっとうした後、工場でスクラップ――」



「そうか。なら次はおまえら一族を全員スクラップにしてやろう。もちろん末代に至るまで、文字通り全員な」



「――になりそうな所を親父が持って帰って、今はあの人の秘書的な立ち位置で仕事をしていますよ」

「そうか……ちゃんと元気でやっているのだな」


 安心した、とホッと安堵の吐息をこぼすジュリエット様。その目の前で同じく安堵のため息をこぼす俺。


 あっぶねぇ~っ! 危うく全力で地雷を踏み抜いていく所だったぁ!


 ちょっとロミオゲリオンに変な設定が加わってしまったが、まぁ一族郎党皆殺しよりは全然マシだわ。あとは親父が頑張ってくれるハズ!


 というか真白ちゃん? 先輩のピンチをさっきから楽しそうにニヤニヤしながら見るのはやめてね? 口元を隠しても、笑っているのが丸わかりだからね?


 そんなに先輩が「はわわわっ!?」しているのが楽しいのかい? このメスブタが!


 隠しきれない邪悪と愉悦が「ぷふっ!?」と声になって後輩の愛らしい唇からまろび出る。人生楽しそうだね、チミ?


 ジトッ、と湿った視線をましろんに送っていると、ジュリエット様が『さぁ本題だ』と言わんばかりに凛々しいお顔でこう口火を切ってきた。


「ならさっそくで悪いが安堂主任に連絡を取ってくれるか? 『ロミオを連れて一旦自宅へ帰還してくれ』と」

「えっ? お、俺が連絡をするんですか?」

「……何だ? 嫌なのか?」

「め、滅相もありませんっ! 不肖、この安堂ロミオ! ジュリエット様のためにあの腐れバーコード頭に電話したいと思います!」

「だから『様』付けはやめろ」


 不愉快だ、と顏をしかめるジュリエット様をその場に置いて、俺はスマホ片手にキッチンの方へと移動する。


 そのまま流れるように電話帳から『バスケットボール(パパン)』と記された文字をタップ。


 頼む親父、出てくれ! 息子がピンチなんだ!


 とピンチのピンチのピンチの連続、そんなとき、ウルトラ的な何かよりも親父を欲しがりながらスピーカーに耳を傾ける。


『――もし、もし? ザザッ……ロミオ、かい?』

「おう、親父。アンタの愛しの息子のロミオくんだよ。って、なんか電波悪くない? ナニしてんの親父?」

『実は今……ザッ……ゲリオン零号機ぜろごうきを強奪した例の女性研究員から襲げ……ザザザッ……ザッ……を受けていてな。その迎撃に……ザザザザッ……っているんだ』


 妙にノイズの多い親父の声に混じって、銃撃のような音が耳朶じだを打つ。


 一体親父は何をしているんだろうか?


 まぁ親父のことだ、どうせロクでもないコトをしているのだろう。


 スピーカーの向こうから『主任っ! 残りのロミオゲリオン初号機と弐号機を渡してください! 居るのは分かっているんですよ!』と、爆発音と共に女性の声が響いてきた。


 それと同時にノイズも収まりだし、だんだんと親父の声が鮮明になっていく。



『ところで……ザザッ……んにどうしたの、ロミ――あぁクソ! 第二防衛ラインまで突破されたか!』

『主任っ! ロミオゲリオン零号機及び花咲研究員が第三防衛ラインまで接近!』

『ここで食い止めろ! 何ともしても最終防衛ラインまで近づけるな!』

『警告、花咲研究員の方からメインコンピューターにハッキングを仕掛けられました。このままだと、この基地の使用権を彼女に奪われます!』

『何とかして取り戻せないか?』

『ダメです! エラーコード666! こちらの反応を受け付けません!』

『チッ……マイケル! ファンスティング・フォンスティングとSecondセカンド moduleモジュールを切り離せ!』

『もうやってるよ! 作業終了まであと10ピクロス』



 スマホの向こう側で大人たちの怒声が飛び交う。


 ……なんか、ウチの親父が世界の命運をかけた戦いに巻き込まれている感じがする。何とも声をかけづらいことこの上ない。


 が、居間で待機しているジュリエット様が「はやく用件を話せ」とプレッシャーをかけてくるので、俺はしぶしぶ空気を読まずに親父に声をかけた。



「あ、あのさ親父? 実は今――」

『どうしたのロミ――なんだ!? なんの警報だコレは!?』

『ライト・ウィング暴走! ダメです、制御できません! こ、このままだと、この基地は!?』

『泣き言はあとにしろ! レフト・ウィングとセントラル・ウィングをそちらに向かわせるんだ!』

『も、もしやポポルンの陣ですが!? 主任、それはあまりにも危険すぎます!』

『ここでヤツらを仕留めなければ全てが終わるぞ! いいかおまえたち、世界の命運は我々の肩にかかっている! 全員、気合を入れ直せ!』

『『『『了解ッ!』』』』


 親父の部下らしき人たちの声と共に、耳をつんざくような爆発音が響き渡った。


 ……なんかパパンも忙しそうだし、さっさと用件だけ言って電話を切るか。


 そう思い俺は「君に届け!」と言わんばかりに、いまだ爆発音と発砲音がする向こう側の親父に向かって真心こめて口をひらいた。


「親父、悪いんだけどさ、仕事が一段落したら一旦我が家に帰って来てくんね? ちょっと大事な話があっからさぁ」

『大事な話? 分かったよ、なるべく早く終わらせ――あぁクソッ! 来るぞ! 全員、対ショック体勢――』 



 ――ブツンッ、と強制的に親父との通話が切れる。



 う~ん、親父は親父で何か大変なコトに巻き込まれているなぁ。


 俺はポリポリと頭をきつつ、ズコズコとキッチンを後にする。


 居間へと戻って来た俺を見るなり、ジュリエット様はその愛らしいお口をクニクニ動かし、


「終わったか? それで、首尾の方はどうだ?」

「一応仕事が終われば帰って来てくれるそうです」

「そうか」


 ぶっきらぼうだが、ほんの少しだけ安心したように眉根を下げるジュリエット様。それだけロミオゲリオン初号機のことが心配だったのだろう。


 それは俺にとっては嬉しくもあり……同時に申し訳なくもある。


 ごめんねお嬢様? きっと親父が帰ってきても、もうロミオゲリオン初号機はアナタの前には帰ってこないんだ。


 心の中で何度も何度もジュリエット様に謝りながら、俺は手にしていたスマホの時刻を確認する。


 もうそろそろ8時か。


 お嬢様がお眠りになるまであと1時間といった所だ。


「ジュリエットさ……ちゃん? 今日はもう遅いし、お家に帰ったら? 大丈夫、親父が帰ってきたら、そこに居る俺の後輩に連絡するから」

「……白雪、今の時刻は?」

「7時50分です、お嬢様」

「ふむ……いい時間だな。分かった」


 ジュリエット様は小さくコクンと頷いた。


 ふぃぃ~、これで一応はドキドキ☆三者面談は終了かな。弐号機がゆっくりと立ち上がりと同時にオリバーポーズをキメる姿を呆然ぼうぜんと眺めながら、肩の力を抜いていく。


 よほど緊張していたのか、今になって全身にドッと疲れが押し寄せてくる。


 ハァ~、今日は色々あり過ぎて疲れたよパトラ●シュ。もう眠ってもいいかな?


 なんて心の中でふざけながら、ジュリエット様たちを見送るべく、俺も立ち上が――



「――なら、安堂主任が戻るまでボクたちもココに居候いそうろうさせてもらうとするか。弐号機、白雪。夕飯の準備を頼む」

「おうよ」

「かしこまりました」

「……んん?」



 あれ? 今、なんかサラッととんでもないことを口にしませんでした?


「あの……ジュリエット様?」

「『様』はよせと何度も言っているだろう。……安心しろ、ちゃんとおまえの分の夕飯も作ってやる。居候させてもらうお駄賃だ、ありがたく思え」

「ありがとうございます、お優しいジュリエット様――じゃないよね、うん。ごめんジュリエットちゃん、ちょっとお兄ちゃんの話を聞いて貰ってもいいかな?」

「なんだ? 晩御飯のリクエストは受け付けないぞ?」


 ジュリエット様は至極めんどうくさそうに俺に視線を寄越す。


 その流し目もセクシーでとても素敵なのだが……残念ながら今はそれどころではない。


 俺は慎重に言葉を選びながら、「はやく話せ」と急かしてくるお嬢様に向かって唇を動かした。


「そのですね? 居候とは一体どういうことですか?」

「【居候】――他人の家に住んで食わせてもらっている人。同居人の一種」

「うん、意味が分からないってワケじゃないんだ。というかね、ましろん? 今ね、先輩ね、超大事な話をしているから。とりあえず、お口はミ●フィーちゃんにしてようか?」


 ポ●モン図鑑みてぇなコトを言っている後輩を軽くたしなめる。


 違ぇんだましろん。俺は別に居候の意味を知りたかったワケじゃないんだ。


 というかチミ、完全に今の状況を楽しんでるよね?


「言葉通りの意味だ。安堂主任がロミオをここに連れ帰るまで、この家に厄介させてもらう。これは確定事項だ」 

「確定事項ですか……」


 いやあの……家主の許可は? 


 とはもちろん言えないので、後輩に助け舟を求め――チクショウあのアマ! 俺と目を合わせようともしねぇ!


 オラッ、こっち見ろメスブタ! 乳揉むぞテメェ!?


「安心しろ。こんな馬小屋じみた家でも我慢して生活してやる。すべてはロミオを取り戻すためだからな」


 そんな馬小屋じみた家に俺は十数年間生活しているワケなんですが……そこの所どのようにお考えでしょうかジュリエット様?


 なんて心の中で苦情を入れつつ、さも当然とばかりにキッチンで料理を始めようとしている筋肉ダルマへと視線を移した。


「い、いやいや! 流石に年頃の娘さんを2人、野郎の小汚い家にお泊りさせるワケにはいきませんよ! 大丈夫ですって! ちゃんとあのバーコード親父が帰って来たらましろんに連絡しますから! というか、なんであそこのマッチョは平然と人様のキッチンで料理してるワケ? 超怖いんですけど?」


「うるさい。居候すると言ったら、居候するんだ。それから晩御飯を作るんだ、二号機がキッチンに立つのは何ら不思議ではないだろう?」

「人様の家に上がり込んでキッチンを占拠せんきょするマッチョは不思議以外の何者でもないと思うんですが?」


 なんなら事案発生案件ですらある。


 国が国ならSWATが出動しかねない案件だぞ?


「というか料理なら俺が作りますよ!?」

「ふんっ、ふざけるな。貴様のような得体えたいの知れないロクデナシに料理させて、変なモノを入れられたらかなわんわ。これから料理はロミオゲリオン弐号機と、このメイドの白雪が担当する。これも確定事項だ」


 異論は認めん、と言わんばかりに俺から視線を切り、机の上に置いてあったテレビリモコンの電源を入れるお嬢様。


 どうやらもうコレ以上の説明はするつもりがないらしい。


 えっ? うそ? マジで? 本当にジュリエット様が我が家に居候すんの? 冗談とかではなく?


 ねぇましろん、冗談だよね? これはお嬢様の小粋なジョークなんだよね? とすがるような視線を俺の後輩に送ると、何故かサムズアップで返された。いや意味わかんねぇよ……。


「ではお嬢様。真白は寝床の準備をさせてもらいます」

「あぁ、頼む」

「かしこまりました。――センパイ、予備の布団はいつもの押入れの中ですか?」

「おぉっ、いつもの押入れの中だ。あっ、重いだろ? 俺も手伝いま――せんっ。ちょっと真白ちゃん? コッチに来てくれるかなぁ?」


 玄関の方へ移動しながら、愛しの後輩にコイコイ! と手招きする。


 ましろんは「何ですかぁ~?」と可愛らしく小首を傾げながら、トテトテと玄関の方へと歩いていくる。


「いや『なんですかぁ~?』じゃなくてさ? えっ? マジで泊まるの? 男の家に? おまえと? お嬢様と? ゴリマッチョが?」

「マジもマジ、大マジですけど?」

「マジでか!? おまえ正気か!?」


 さも当たり前と言わんばかりにキョトンとした顔を浮かべる我が後輩に、俺はキスでもせがまんばかりの勢いで詰め寄った。


「分かってんのか!? こんなエロ本の詰まった小汚ねぇハウスにお嬢様をお泊りさせるだなんて、正気の沙汰とは思えねぇ!? テメェの血は何色だぁ!?」

「よく自分のお家をそこまで罵倒できますね、センパイ?」

「大体さ、穢れを知らない箱入りお嬢様を発情期真っ盛りの変態猿と同じ家に寝泊まりさせるだなんて……おまえはそれでもジュリエット様の従者か!? 恥を知れ!」

「よく自分をそこまで罵倒できますね、センパイ?」

「今ならまだ間に合う。お嬢様を説得して桜屋敷に帰りなさい。これは先輩命令です! ほら100円あげるから」


 そっとポケットから取り出した100円を我が最愛なる後輩に握らせる。


 ましろんはいそいそと俺から受け取った100円をポケットに仕舞い込みながら、「しょうがないですねぇ」と溜め息をこぼしつつ、リビングの方へと引き返して行く。


「ジュリエットお嬢様」

「ん? どうした白雪? 寝床の準備が終わったのなら弐号機を手伝ってやれ」

「いえ、それがですね……どうもセンパイがお嬢様にお話したいことがあるとのことらしくて」


 ましろんはそう言うと、星飛雄馬のお姉ちゃんのようにコッソリ様子を見守っていた俺に向かってコイコイと手招きしてみせた。


 どうやら自分で説得しろとのことらしい。

 

 ……上等だよ。


 俺だって人間族オス属性、言うべきとはズバッ! と言える男らしいジャパニーズだってことをこの年下の小娘たちに教えてやるわ!


 あっ、もちろん教えるって言っても身体にじゃないよ? 勘違いしないでね?


「ボクに話したいこと、だと? 言ってみろ、主任の息子よ」


 カサカサッ、と台所の忍者であるGを彷彿とさせる動きで素早くジュリエット様に近づく俺。


 相変わらず心臓の弱いおじいちゃんおばあちゃんを昇天させられそうな眼力で俺を見据えるお嬢様を前に、俺は覚悟を決めて彼女の瞳を見返した。


 ジュリエット様は楽しんでいたテレビ番組の視聴を中断されてイラついているのか、声に若干のけんを宿らせながら、


「もちろんボクのプライベードの時間をくんだ。それ相応の話ではないときは……分かっているだろうな?」

「…………」

「安心しろ、今年の瀬戸内海は温かいそうだ」


 並みの男ならここで『アババババッ!?』状態になる所だろうが、俺、ロミオ・アンドウは一味違う。


 お嬢様の脅しに近い声音に真っ向から刃向うように、凛としたたたずまいでハッキリとこう言ってやった。


「ぜひ納得いくまで我が家でおくつろぎくださいませ!」

「あぁ、そうさせてもらおう」

「……このチキン」


 後輩の言葉がやけに鼓膜を反響する。


 かくしてジュリエット様の独断によって、俺とメイドと時々マッチョの不思議な夏休みが幕を開けたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る