第14話 変態、侵入
「――助かりましたマリア様。マリア様が居なければ危うく前科一犯になる所でしたよ」
「い、いや。もとはと言えば妾が悪いと言えなくもない故な……ロミオ殿が気にすることはない」
そう言いながらも、俺の裸体が網膜に張り付いてるのか、チラチラと顏を赤くしながら視線をあっちこっち
時刻は午後5時少し過ぎの駅前のカフェテリアにて。
俺は何とかマリア様の言葉
……が、事情聴取ということで5時間近く警察署に拘束され、つい先ほどマリア様と一緒に解放されたのである。
いやほんと、署内での変質者同然の扱いには心が折れるかと思ったよね。
あっ、もちろん今はちゃんと服は着てるよ? ……マッポに渡された白と黒のボーダーの入った囚人服を、ね?
「それにしても、何でマリア様は我が家のアイカギを持っていたんですか? 渡してませんよね、俺?」
「……とある筋から入手した、とだけ言っておこうかのぅ」
「我が家のアイカギはどこの闇ルートで売買されているんですか?」
サッと俺から目を逸らすマリア様に恐怖を感じる今日この頃。
まぁ、なにより1番怖いのは我が家のセキュリティなんだけどね。高校に上がれば彼女が出来る! と信じてやまない男子中学生の未来予想図並みにガバガバのゆるゆるだよね。
あと、どうでもいいけど「ゆるゆる」って言葉にそこはかとなくエロスを感じるのは俺だけでしょうか? ……うん、俺だけだね。
「あれ?」
「どうしたんじゃ、ロミオ殿?」
「いや……ごくごく普通に会話していて忘れていたんですがね? どうしてマリア様は我が家に居たんですか?」
「あぁ、それはロミオ殿にちょっと尋ねたいことがあってのぅ」
「自分に尋ねたいこと、ですか?」
マリア様は先ほど注文したミルクティーで唇を湿らせながら、
「うむ。先週より姉上の傍を離れないゴリゴリに仕上がったマッチョについて、少しの」
「あぁ、ロミオゲリオン弐号機のことですね」
マリア様はあの6連発のロケットランチャーが今に発射しそうな、バッキバキに割れた腹筋を思い返しているのか、その表情はどこか苦々しい。
「単刀直入に聞くが、あの筋肉モンスターはなんじゃ?」
「アレは自分の代わりのアンドロイドですよ」
「ロミオ殿の代わり?」
「あぁ~……いや、その表現は的確じゃありませんね。自分が――ロミオゲリオン初号機が弐号機の代わりだったってことです」
「??? つまり、どういうことじゃ?」
「つまりですね――」
俺は事ここに至るまでの経緯をまるっと全部マリア様にお話した。
俺がロミオゲリオン初号機になった理由から、親父が新しく買った育毛剤『
『最初の5分以外聞く価値ねぇな……』という顔をしながらも、最後まで俺の
全てを語り終えると同時に、俺のマリア様に対しての好感度がV字成長していく中、彼女は艶めかしく1度吐息をこぼした。
「ハァ……なるほどのぅ。つまりロミオ殿の方が【ロミオゲリオン弐号機】を完成させるまでの身代わりだったということじゃな」
「そういうコトです」
「いやはや……なんでロミオ殿が人間のクセにアンドロイドのフリをしているのか、ずっと疑問だったんじゃが……今日ようやく全てが腑に落ちたわい」
マリア様が脱力したように肩から力を抜くのが分かった。
俺としても、この話を誰かに聞いて欲しかったのか、今は肩の荷が下りたように清々しい気分だ。
「ロミオ殿がロミオゲリオンを辞めた理由は分かった。では、今ロミオ殿は何をしておるんじゃ?」
「……何もしていません。無職のプー太郎です」
俺がそう言った瞬間、マリア様は若干前のめりになり、嬉しそうに「そうか!」と声を弾ませた。
そんなに俺の無職が嬉しいのだろうか? と、涙腺という名のダムが決壊しそうになるが、それよりも先にマリア様のほんのり笑みの宿った唇が蠱惑的に動いた。
「ならロミオ殿、ウチで働く気はないかえ?」
「へっ? そ、それはどういう意味でしょうか?」
言葉の意味が分からず、思わず対面に座るマリア様の顔をマジマジと見つめてしまう。
マリア様は桃色に蒸気した頬のままモジモジしながらで、まっすぐ俺を見据えて、
「つ、つまりの? 今度は姉上ではなく、わ、妾専属の執事になる気はないかえ?」
と言ってきた。
「自分がマリア様専属の執事……ですか?」
「う、うむ。あっ! も、もちろんお給金は
「い、いえ。ジュリエット様からは
「む? そうなのかえ?」
「は、はい……。ロミオゲリオン初号機はジュリエット工房で作られたアンドロイドという『設定』でしたので……」
「あぁ、なるほどのぅ。なら今度はキチンとお給金が出る職場じゃ! どうじゃ? 妾専属の執事になってみんかえ? な? な!?」
やたらアグレッシブに俺に『執事になれ!』と倍プッシュしてくるマリア様。うわぁ、圧が凄いやぁ。
一体なにが彼女をそこまで突き動かしているのか……ちょっと怖いや。
まるで草食動物を見つめる肉食獣のようにギラギラと危なく輝く瞳で「大丈夫っ! 絶対に楽しいぞい! アットホームな職場じゃぞ!?」と迫ってくるマリア様。
俺はその妙に鼻息の荒い彼女から、若干距離を取るようにのけぞりながら、困ったような笑みを浮かべてお茶を濁す言葉を吐いていた。
「お気持ちは嬉しいのですが……流石にジュリエット様の近くでまた執事をするというのは、いささかリスクが高いと言いますか……」
「心配せんでも大丈夫じゃ! そこら辺は妾が上手くやってみせる! 用は『ロミオゲリオン』ではなく『安堂ロミオ』を雇ったことにすれば良いのじゃろう? なぁに、簡単なことじゃ」
に……っちゃり、とマリア様の口角が粘着質に歪む。うわぁ、悪い顔だなぁ……。
「どうじゃ? 妾の執事になってみんかえ、ロミオ殿?」
まっすぐ、俺の心を射抜くようにその蒼い瞳を向けてくるマリア様。
その瞳だけで彼女がいかに俺を真剣に勧誘してくれているのかが分かる。
それだけこの半年間の俺の勤務態度を評価してくれているということだ。
「……ありがとうございます、マリア様。正直、嬉しいです。情や素性に惑わされず、純粋に執事としての適性を評価してくれる。そんなマリア様の申し出は、自分にとっては何よりも嬉しい通知表です」
「う、うむ」
何故かマリア様が気まずそうに俺から視線を逸らした。
気のせいか、彼女の瞳に奥にメラメラと欲望の炎が
「ですが、やはり自分は――」
「ま、待てロミオ殿! そう答えを焦らずとも良い!」
俺が断りの文句を口にするよりも早く、マリア様の焦ったような声音が
「なぁに、夏休みはまだまだ始まったばかりじゃ。そう結論を
「……分かりました。それでは少し考えさせて貰います」
「うむっ!」
ミルクティーで唇を湿らせるマリア様を眺めながら、俺は心の中で小さく息を吐いた。
確かにこの申し出は無職の俺にとっては破格過ぎる案件だ。急いで結論を出さずとも、一晩じっくり考えてから出した方がイイだろう。
そう自分を無理やり納得させていると、マリア様が「と、言うことはじゃ?」と上ずった声をあげた。
見るとマリア様は視線を高速でバタフライさせながら、震える指先を動かしてポケットからスマホを取り出していた。
「今後のためにもお互いの連絡先を交換した方がよいなっ! うむっ! ろ、ロミオ殿? 妾の連絡先を教える故、す、す、す、スマホッ! を出してっ! くれぬっ! かっ!?」
これまた妙に気合の入った口調で、ズズイッ! と俺の方へと自分のスマホを向けてくるマリア様。
う~ん、我が後輩ほどでは無いにしろ、ときたま情緒がおかしくなるよなぁこの
まぁ別に連絡先くらい教えても問題ないから別にいいんだけどね――あっ。
と、そこで俺は重要な事実に気がついてしまった。
「も、申し訳ありませんマリア様。自分のスマホなんですけど、全裸で飛び出したせいでその……自室に置いたままでして……今、手元には無いんですよ」
「むっ? そ、そうか……あっ、いや! 気にすることはないぞ、ロミオ殿! 忘れ物くらい誰にでもあるからな!」
そう言って顔に笑みを貼りつけるマリア様の肩は、分かりやすいくらい落ち込んでいた。
いやぁほんと、良心が痛んで仕方がないです……。
「で、では明日っ! ……は予定が入っとるか――なら明後日っ! 明後日、また聞きに来ても良いかえ!?」
「明後日ですか? 自分は構いませんが……マリア様は大丈夫なんですか? そんな
「大丈夫じゃっ! 問題ないっ!」
なら明後日また聞きにくるぞいっ! と顏を
う~ん、可愛い。可愛いから可愛いついでにもう1つ聞いておこうっ!
「ところでマリア様? ジュリエット様の様子はどうでしたか?」
「うん? 姉上? 別に普通じゃが? 何かあったのかえ?」
「い、いえ……その……自分と弐号機が入れ替わってから、ジュリエット様に何か変わった点など見られなかったのかなぁと思いまして」
「ふむ……なるほどな。つまりロミオ殿は上手く弐号機と入れ替わることが出来たのか、そこを心配しておるんじゃな?」
俺が「はい……」と小さく頷くと、マリア様は「安心せい」とさらに笑みを深めてこう言った。
「入れ替わりは無事何事もなく上手く終わっておる。姉上も別段普段通りじゃし、ロミオ殿が心配することは何もないぞい」
「そ、そうですか……」
おそらく俺は今、すっごい下手くそな笑顔を作っているに違いない。
いや、何事も無いのが1番なのは分かってるよ?
それでもやっぱり、ちょっとくらいは心配して欲しかったな的な……ね? 分かるよね、みんな?
胸の内を駆け抜けて行く寂しさを振り切るように、俺は注文しておいたコーヒーを一気に
まぁジュリエット様が俺のことを思い出しても寂しがらない程度には、弐号機も上手くやっているのだろう。うん、そういうことにしておこう!
「ん? どうしたロミオ殿? そんな渋い顔を浮かべて?」
「あ、アハハッ……ちょっとここのコーヒーが苦すぎまして。もう少し砂糖を貰えば良かったですね」
マリア様の言及を適当な
だが正直、その内容のほとんどは覚えていなかった。
気がつくと俺はマリア様と別れており、いつの間にか我が家の玄関前へと帰って来ていた。
「ハァ……
たかが女の子1人にこうも心をかき乱されるとは……自分の女々しさに驚きだよ。
あぁもうっ! 女々しくて、女々しくて、女々しくて、ツライよぉぉぉ~♪
「……ジュリエット様、今頃ナニしてんのかなぁ?」
と1人呟いて、あまりの女々しさにチキン肌が立ってしまう。
もうホント、どうした俺?
おまえは本当にチビッ子たちが憧れる知的でクールなナイスガイ、安堂ロミオなのか?
マジで女々し過ぎて、俺のゴールデンがボンバーしそうだ。……どういう意味だろう?
「あぁもうっ! やめやめっ! こういう日はさっさと風呂に入ってメシ食って寝よ! うん、そうしよう!」
無理やりテンションを引き上げながら、玄関のドアノブを握る。
今日の晩御飯はカレーにしよう、そう決心しながら俺は玄関を勢いよく開け――
「あっ、ロミオお兄様! お帰りなさいませ!」
「…………」
――パタンッ、とゆっくり閉まっていく我が家の玄関。
あれれ? 幻覚かな?
今、我が幼馴染みの妹君にして、キング・オブ・ストーカーの二つ名を欲しいままにしているマリア様の同級生、司馬涼子ちゃんの姿が目に飛び込んで来たような?
しかも衣服はピンクのフリフリのエプロン以外何も身に着けていない、裸エプロンの状態で……だ。
「……何か今、幼馴染みの妹がオタマ持って奇天烈な格好のまま最高の笑顔で出迎えてくれた気がしたんだが?」
なんかね? フリフリのピンクのエプロンを身に着けているだけという、かなりアウトな恰好をした涼子ちゃんの姿が目の前にあったような?
しかも比較的薄い布地を使っているのか、エプロンの上からでも胸の中心のポッチがこれでもかと主張しているのがわかるハイパーセクシャライズ仕様っていうね。
もっと厚い生地のエプロンはなかったのだろうか?
「俺、疲れてんのかな?」
うん、やっぱり今日はお風呂だけ入ってさっさと寝よう。
改めてそう決意を固めた俺は、再び玄関の扉を開け、
「もうお兄様っ! いきなり閉めるなんてワタクシ寂しゅうございますわ――ハッ!? さてはこれがお父さまの言っていた焦らしプレイというヤツですのね! そうなのですのね!? んもぅ、お兄様ったら♪ そんなに焦らさなくっても、ワタクシはいつでもウェルカムでしてよ?」
「……うん、ただいま涼子ちゃん」
ごくごく当たり前のように我が家に居座っている幼馴染みの妹に出迎えられた。
もちろん『ゴスロリ』『スク水』『メイド服』に並ぶ世界4大ハイパー・ドスケベ衣装である裸エプロン装着で、ね。
いやもう……凄いぞ?
可愛い年下の女の子が裸エプロン装着のまま笑顔で出迎えてくれているというのに、真っ先に俺を襲った感情は『恐怖』っていうね。
「お兄様……?」と、彼女の赤茶色の髪の毛が玄関から入ってきた夜風によって優しく揺れる。
俺はオタマを持ったままキョトンとした顔を浮かべる涼子ちゃん(裸エプロン着用)に向かって、優しく微笑みながら、フルフルと小さく首を横に振った。
「何でもないよ。それよりも、何か良い匂いがするね?」
「あっ、気づきましたか! 実は今、お兄様の大好きなカレーライスを煮込んでいた所なんですっ!」
にこぱっ! と薔薇が咲いたように笑みをこぼす涼子ちゃん。
うんうん、可愛いなぁ。やっぱり女の子は笑顔が1番のお化粧だよね!
「ではお兄様? 改めまして、お帰りなさいませ!」
「うん、ただいま」
「ご飯にしますか? ディナーにしますか? それとも……
パチンッ! と愛らしくウィンクをキメながら、あざとく身体にしなを作る涼子ちゃん。
途端に、彼女のほどよいバストがエプロンの下でバルン♪ と跳ねた。
もちろん女の子にここまで言われたら、答えてあげるのが男の甲斐性というもの。
俺は涼子ちゃんに負けないくらい微笑みを添えて、
「それじゃ、まずはスマホかな」
と言った。
「スマホですか?」
「うん、実は今日ずっと部屋に充電しっぱなしでさ。取って来てくれないかな?」
「お兄様の頼みなら、お安いごようですっ!」
涼子ちゃんは
そして何故か胸の谷間に今日1日お留守番させてしまった俺のスマホを挟んで持ってくる。
「どうぞお兄様。ワタクシの人肌で温めたスマホでございます」
「ありがとう」
ズイッ! と谷間ごと俺に差し出してくるので、俺は感謝の言葉を
あん♪ と甘い声をあげながら、瞳に
「あれ、お兄様? こんな夜分にどこかへお電話するんですか?」
「うん、ちょっとね」
何故かエプロンを脱ごうとしている涼子ちゃんに微笑みを添えながら、スマホのスピーカーに耳を傾ける。
う~ん、久しぶりだら出てくれるといいんだけどなぁ……。
という俺の心配を
俺はほっと胸を撫で下ろしながら、エプロンを脱いでアマゾネス・スタイルに突入しようとしている幼馴染みの妹を優しく見守りつつ、ハッキリとこう言った。
「あっ、もしもし警察ですか? ――不法侵入です」
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