第13話 ドグマダイバー
「――またあの日の夢か……チクショウ」
ミーンミーン、とうだるような熱さとセミの大合唱に導かれるように、俺、安堂ロミオは安堂家の自室の敷布団の上で目を覚ました。
「あちぃ……太陽ぶっ壊れてんのか? 仕事し過ぎだだろ? まったく、今の若者に見習わせたいくらいだわ」
むくりっ、と敷布団の上で身体を起こしながら、寝巻きとして愛用しているTシャツを軽く指先で引っ張る。
Tシャツは寝汗やら何やらを吸って重たく、俺に最高の不快感をプレゼントしてくれていた。
「……風呂でも入るか」
俺は今日も元気にお外で『交尾交尾交尾交尾交尾!』『セ●クスセ●クスセ●クスセ●クスセ●クス!』『ヤりてぇぇぇぇぇぇっっっ!!!』と叫んでいるセミさんたちを尻目に、風呂場へと移動する。
その際、部屋に備え付けた時計が目に入り、俺に現在の時間を教えてくれた。
「午前12時少し前、ね。ちょっと寝過ぎたかな」
今までの生活が規則正し過ぎただけに、ほんのり罪悪感を抱いてしまう。
だが、いくら寝過ぎようとも、もう俺を叱ってくれる人はここには居ない。
「……今日でちょうど1週間、か」
俺がロミオゲリオンを辞めて1週間が経った月曜日のお昼。
それはつまり、俺がジュリエット様の前から姿を消して1週間経ったということである。
「今頃お嬢様は学院の終業式に参加しておられるんだろうか?」
それから無事期末テストは終わったんだろうか? なんて考えが頭をよぎり、俺は慌ててブンブンと頭を横に振った。
なんだよ俺。元カノを忘れられない彼ピッピかよ、気持ちワリィなぁ……。
いやまぁ、ジュリエット様は彼女でも何でもないんだけどね?
俺は自分の考えを振り切るようにさっさと脱衣所へ移動し、スポポンのポーンと着ていた寝巻きとパンツを脱ぎ捨て――気がついてしまう。
「ん? ゲェッ!? ここの角、カビてんじゃねぇか! 嘘だろ……1週間前にカビとりしたばっかだってのに……」
脱衣所の角に黒カビを大☆発☆見!
おかしい、先週の火曜日に『駆逐してやる!』を合言葉に丸1日かけてカビ掃除大会(水周り部門)を開催したばかりだというのに……この貧弱なボロアパートの換気能力の前ではどんな努力も水の泡だというのか!?
あぁ、カビ1つ無かった桜屋敷での生活が今は懐かしい……。
「ハァ、しょうがない。風呂入る前にやっつけるか。確かカビ取りは昨日台所に置いたハズっと」
さぁ、カビるんるん♪ を殲滅だぁっ! と鼻歌混じりに生まれたままのアマゾネススタイルで脱衣所から台所へと移動する俺。
『そんな装備で大丈夫か?』と聞かれることもなく、俺は玄関前を颯爽と全裸で横切ろうとした矢先。
――ピンポーンッ!
と来客を知らせるチャイムが俺の息子を震わせた。
「チッ。誰だ、こんな時間に?」
まぁどうせ変な宗教の勧誘か、新聞の押し売り、もしくはN●Kの集金だろう。無視だな、うん。
と、俺が居留守を決行し、そのまま忍び足で台所へと移動し――
ピンポーンッ! ……ガチャッ。
――ようとした矢先、鍵をかけていたハズの玄関がゆっくりと開いた。って、はい?
「こ、こんにちは~? ろ、ロミオ殿は居られますかのぅ? ……ほぇ?」
「えっ? ま、マリア様……?」
玄関の前、そこには、真っ白な私立セイント女学院の制服に身を包み、金色の髪を風に
スラッとした手足、
間違いない、俺の知っているマリア・フォン・モンタギュー様だ。
マリア・フォン・モンタギュー様が我が家の玄関に居る。
「いや、何で……?」
思考停止に陥りそうになる俺の視界で、マリア様の碧い瞳がパチクリと大きく見開かれる。
そのまま、俺の全身を舐めるように、ゆっくりと視線が顔、肩、胸、腰へと下りて行き……おっとぉ、これはぁ?
さぁみんな、想像してごらん?
玄関を開けたら全裸のナイスバディのお兄さんが目の前に居る光景を。
……うん、よくて5年、悪くて10年の実刑判決といった所か。
「~~~~~~ッッッ!?!? す、すまぬっ! そ、その、覗くつもりは一切なくてっ! だ、だから、えっと……すまぬぅぅぅ~~~ッッッ!?!?」
ボンッ! と瞬間湯沸かし器よろしく、一瞬で顔を真っ赤にしたマリア様が慌てた様子で我が家の玄関の扉を閉め――いけないっ!
ここで彼女を
絶対に逃がすワケにはいかない!
俺は本能に導かれるように、閉まりつつある玄関の扉へと飛びついた。無論全裸で。
俺の類まれなる反射神経と腕力が成せる技なのか、ギリギリで閉まりきる前に、隙間に指を差しこみ、閉鎖を防ぐ。
「ほへ? へえぇぇえええェェェっ!? ろ、ロミオ殿!? な、何故扉を開けようとするのじゃ!? って、腕力つよっ!?」
「ち、違うんですマリア様! さっきのはその、ね? 分かりますよね? ね?」
「な、ナニが違うんじゃ!? というか早く服を着てくれぃっ! その……あ、アレが見えるであろうが!」
「えぇっ、もちろん服は着ます。着ますが、まずはこの扉を開けてください。全てはソレからです」
「と、扉を開けて何をする気じゃ!? も、もしや!? い、いや……確かに
どんどん言葉尻が小さくなっていき、何を言っているのか聞きとることが出来ない。
顔を真っ赤にして何かポショポショ言っているマリア様を尻目に、俺は好機とばかりにプルプル震える指先に力をこめる。
が、それよりも先に何故か覚醒したマリア様がお目目をギュッ! と
「きょ、今日は流石にムリじゃぁぁぁぁぁっ!!」
「うぉっ!? あっぶね!」
半泣きになりながらも、物凄い力で無理やり玄関の扉を閉めるマリア様。
ドアが閉まりきる寸前で何とか指先を抜くことに成功した俺だが、まだ安心は出来ない。
なんせこのままでは、明日からの『俺に超甘々な現役女子校生とのラブラブ同居コメディ』になるであろう日々が、ハードコアな『ガチムチ・マッスルアクションコメディ』へと変わってしまう。
事は緊急を要した。
「お、お待ちくださいマリア様っ! まずは自分の話を聞いてくださいっ!」
「ちょっ!? ろ、ロミオ殿!? しょ、正気かえ!?」
玄関をブチ破らん勢いで開け、外へと飛び出る。
そして、今まさにアパートの1階へと続く階段を下りんとするマリア様を発見。
マリア様は顔を赤くしながらも、ビクッ!? と身体を震わせ、俺の顔と下半身を視線が交互に
「ひ、ひぇぇぇぇぇっ!?!」
「に、逃げないでっ! 大丈夫、怖くないよ! 全然怖くないから、ハァハァ……」
パピュ―ッ! と野良猫のように逃げるマリア様を全力で追いかける。
脳内麻薬が分泌されているのか、とんでもねぇ解放感が俺の全身を襲った。
何だか今ならお空だって飛べそうな気がする。
「こ、来ないでぇぇぇぇっ!? くぺっ!?」
もはや半狂乱になっているマリア様が、アパートの前の公共道路の前で足をもつれさせてベチャッ! とこける。
その隙に俺が急接近するのだが、往生際の悪いマリア様は、「ひえぇぇぇぇぇっ!?」と悲鳴のような声をあげあがらズリズリと器用にお尻だけで後退し始める。
だが、無論その程度で俺から逃げられるハズもなく。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……やっと2人っきりになれましたね?」
「ひぃぃぃっっっ!?!?」
明らかにドン引きしているマリア様の恐怖に満ちた顔が網膜に焼きつく。
うわぁ、俺、今、すっごいドキドキしてるよぉ。
もしかして……これが、恋?
「だ、大丈夫ですか? ハァ、ハァ。さ、さぁ、自分の手に捕まってください。ハァ、ハァ」
俺は尻もちをついているマリア様を起こしてあげようと、前かがみで彼女に手を差し伸べる。
のだが、何故かマリア様は俺の手を握ろうとしない。
まったく、シャイな女の子だ。まぁ、そういうレディーも嫌いじゃないぜ、俺。
「あ、安心してください。ハァ、ハァ……すぐ終わりますから、ね?」
「ろ、ロミオ殿……。う、後ろ……」
マリア様が後ずさりながら、俺の背後へとそのしなやかな指先を向ける。
と、同時に何故か俺の肩にポンッ、と誰かの手が置かれた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ? もう誰ぇ? 今、いい所なんだけどぉ?」
コッチは今、怖がる美少女に颯爽と手を差し伸べる少女漫画的シチュエーションを楽しんでいる最中なんですけど?
空気読めよな、ほんと!
と、プンスカ憤慨しながら、一言文句を言ってやるべく振り返る。
「はい君、ちょっと向こうでオジさんとお話しようか?」
そこには、上下紺色の服に帽子を被った屈強そうなオジさんが居た。
……あっ、俺、この人たちを知ってるよ。警察官ってヤツだよね。
あれれ? 何か事件でもあったんだろうか?
と首を傾げる俺の視界には、白と黒でデコレーションされたオシャレなツートンカラーの車が停まっていて、そこの運転席のポリスメンが無線で誰かと連絡を取っていた。
「はい、こちら駅前付近を巡回中に女子校生に迫る全身完全武装した全裸の男を発見。現在任意同行をかけています。おそらくシャブをキメている可能性が高いです。まず間違いなくマメドロボウの強●未遂かと思われます。どうぞ」
う~ん、何だろう?
公僕たちが何を言っているのかまったく分からないが……何となく雰囲気から察するに、お昼のパトロールをしていたら全裸で性犯罪に及ぼうとしていた
全裸で女子校生に迫る変態か……うん、逮捕されて
まったく、公園で全裸で叫ぶアイドルが居たりと、この日本は裸族が多すぎて困るぜ。
やれやれ、と俺が肩を竦めようとすると、ギチリッ、とマッポに掴まれている肩が悲鳴をあげた。
……それにしてもこの警官、何で俺の肩を掴んだまんまなのだろうか? 早くその女子校生に迫る全裸の男を捕まえに行けよ。社会舐めるな? 仕事しろ、公僕?
「それじゃ行こうか。な?」
そう言ってポリスメンはメキメキメキと俺の肩を肉を抉らんばかりに引っ張り始める。
どこへ行くのだろうか? と眉根を寄せながら警官の行き先に視線を向けると、そこには……例の白と黒のツートンカラーが目に眩しいオシャレな車があった。
……おやおや? おやおやおやおやぁ?
「ちょっ、あの? 何が大きな誤解をしていませんか? 自分は別に悪いことなんて何もしていな――」
「うんうん、分かってる。オジさん全部分かってるから。だからとりあえず乗ろうか? な? な!?」
「い、いえ、ですから自分はその……た、逮捕は嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
「あっ、こら! 暴れるな! 大人しくしろ!」
「現場より本部へ! マルヒが暴れています! やはりジャンキーだと思われます。
「了解した。だが気を抜くな? この町の平和は俺たちの肩にかかっているぞ!」
「先輩こそ、足を引っ張らないでくださいよ?」
「ふっ、抜かしおる……よし、いくぞ! 気合を入れろ!」
「「ハァァァァァァァァッッッ!!!」」
「逮捕は嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
絶叫する俺に負けじと、2人の警察官の気合が大気を震わせる。
ゆっくり、ゆっくりと俺の身体はパトカーの後部座席の方へと押し込まれていく。
そして――
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