第12話 ロミオゲリオン:Q

 俺がロミオゲリオンの最後の役目を全うして10分後の桜屋敷の玄関前にて。


 明らかに安物のワンボックスカーがトロトロと敷地内へとやってきた。


 ワンボックスカーは、緩慢かんまんとした動きで俺の前へと停止すると、運転席の扉がガチャッ! と勢いよく開いた。


「お待たせ、ロミオッ! 颯爽登場ッ! パパ参上ッ!」


 そして中から現れたのは、やたらハイテンションのキ●タマ――違う、我が偉大なるパパ上、安堂勇二郎だった。


 パパンは今日も今日とて飽きることなく、頭のソーラーパネルで太陽光を元気に反射させながら、上機嫌で俺の前までやってくる。


 う~ん、流石は俺のパパンだ。感慨かんがいふける息子の気持ちを一切汲み取らないその姿勢……嫌いじゃないぜ?


「おはよう親父。今日も元気にハゲ散らかっているようで、息子は安心したよ」

「……ねぇロミオ? ロミオはパパのこと嫌いなの?」


 涙目で捨てられた子犬のように俺を見てくるパパンに、俺は心外だッ! と言わんばかりに肩を揺すってみせた。


 ナニをバカなことを言うんだ親父? 俺ほど親父をリスペクトしている息子もそうそういないぞ?


 どれくらいリスペクトしているかと言えば、親父の頭の上に残っている毛根という名の雑草を全部抜いてやろうか? って考えるくらいリスペクトしている。親父、マジリスペクトっす!


 なんてコトを思っていると、突如親父が乗って来たワンボックスカーの方から軽妙な音楽が流れ出した。



 デデン・デン・デデン……♪


 デデン・デン・デデン……♪


 デデン・デン・デデン……♪



「ナニ、このターミネ●ターのパチモンみたいな曲? すっげぇムカつくんですけど?」

「シッ、静かに! 始まるぞ」


 いや、何が? と無駄にシリアスな表情を浮かべる親父にツッコもうとした矢先、突如、辺りにいた鳥という鳥が一斉に飛び立った。


 そのけたたましい羽ばたき音と無数の鳴き声に共鳴するかのように、かちかち山で放し飼いされているドーベルマンたちが一斉に遠吠えを始める。


 途端に桜屋敷の屋根で昼寝をしていた猫たちが、赤ん坊のような泣き声をあげながら、どこかへ走り去って行った。


 目の前のワンボックスカーを中心に、動物たちが一斉に狂乱を始めた。


「えっ、こわっ……ナニコレ?」


 珍百景? と続くハズだった俺の言葉は、突然吹き荒れた突風により中断させられた。


 その隙を縫うように、どこかで爆発音のようなモノが聞こえた気がして……なんだか曲と相まってトンデモネェ化け物が登場しそうな雰囲気で……。


「いやまぁ、そんなワケないんだけど――ぬぁっ!?」


 瞬間、ワンボックスカーの扉が開き、青白い電流と共に、真っ白な不審な煙が辺りを覆う。




「――ふむ……ここがあの女のハウスか?」




 野太く、男性ホルモンたっぷりの声と共に現れたのは、『そんな装備で大丈夫か?』と尋ねる気すらなくなるレベルの真っ赤なV字のパンティーのみを身に纏った、ゴリッゴリに仕上がった――


「――マッチョ!? えっ? マッチョ!?」

「紹介しようロミオ。彼こそが、ジュリエット工房の科学の粋を集めて作り上げられた最新鋭のアンドロイドにして、ロミオゲリオン初号機の後継機こうけいき。その名も……【汎用ヒト型決戦執事】人造人間ロミオゲリオン弐号機にごうきだっ!」


 ズキュゥゥゥゥゥンッ! と某奇妙な冒険でしか聞いたことが無い擬音と共に、車の中から現れたのは……想像を絶するマッチョだった。


 俺の身長を軽く上回るであろう2メートル超えの巨体。冗談みたいな逆三角形の体型。


 まさにデビュー直後のア●ノルド・シュワルツェネ●ガーを彷彿とさせるマッチョが、俺の前に居た。って、ちょっと待て!?


「えっ、弐号機!? ロミオゲリオン弐号機!? じゃあこの謎の仕上がったマッチョが俺の後釜!?」

「問おう、アナタがオレのマスターか?」

「ちょっ!? 危ないっ! 色々危ないっ!」


 発言もそうだが、そのピッチピチのパンツからモロリン♪ しそうな例のブツといい……なんだこのマッチョは?


 しかも筋肉の張りのせいか、恐ろしくデカく見えるし……って、タンマタンマッ!


「ちょっと待てくれ親父。じゃあ何か? これからジュリエット様は俺の代わりにこのマッチョと生活するのか?」

「そうだけど?」

「マジか親父……。アンタ今、自分の雇用主の娘にガチムチを送りつけようとしているんだぞ? もはや世界中の誰よりもテロリストじゃん……」


 ちょっとしたテロリズムでは済まない、ガチのテロリズムじゃん。


 大丈夫? コレはコレで、俺たちお嬢様に瀬戸内海に沈められない?


 親父とマッチョを交互に見返していると、マッチョはフンッ! と言わんばかりに肩をいからせて、全身の筋肉を張りながら爽やかな笑みを顔にたたえていた。


「ん? あぁコレか? コレはな、ボディビル用語で言う所の【リラックス】と呼ばれるポージングさ。一見ただ立っているように見えるが、実際には全身に力を入れて筋肉を美しく見せるためにふんばっているだぜ? 白鳥だって水面下では必死にバタ足しているように、こういう細かな仕草が最高のボディを作っていくんだ。おっとぉ、もちろん笑顔も忘れちゃいけないぜ?」


「いいのか親父? ボディビルのポージングを実演じつえんまじえて懇切丁寧に教えてくれるゴリゴリのマッチョをうら若き乙女と一緒に生活させて? 国が国ならSWATが出動しかねない事案発生案件じゃないか?」


「まぁ大丈夫でしょ。何とかなるって!」


 のほほん♪ と能天気に笑う親父の横で「ちなみに観客に背後を見せる場合は【リア・リラックス】だ」と同じく笑顔で俺に背とケツを向け、キュッ! とその肉を締め上げるマッチョ、もとい弐号機。


 その汗ばんだボディは朝の光に照らされて、ヌラヌラと鈍く光り輝いていた。


 背筋からお尻まで一直線に出来た筋肉の谷間が何とも美しく、そこを清流がごとき彼の汗が一筋、流れ星のように流れていく。


 ……一体俺は何を見せられているんだ?


「いや、どう考えても大丈夫じゃないだろ? だってトンデモネェ生物兵器を女子校生のお家に送りつけるんだぞ? なんでそんなのほほん♪ ってしてんだよ? 親父のメンタルは日本代表かよ?」


「そんなどうでもいい事よりキョーダイ。この家で一番デケェ鏡はどこだ?」

「いやどうでもよくねぇよ? 至極大事な事だよ? というかキョーダイじゃねぇし……」

「ん? コレか? これはダブル・バイセップスだ。いかに上腕二頭筋を美しく見せるか、そこがこのポージングの肝だな」

「聞いてないんだよなぁ……」


 両腕を掲げ、手首を内側にクニャ、と曲げつつ、グッ! と力コブでも作るかのように腕を90度に曲げる弐号機。


 まさにボディビルやマッチョを想像したときに1番真っ先に思い浮かぶポージングだ。


 というかさ、なんでコイツはさっきから俺に変なポージングを見せつけてくるワケ? 変態さんなの?


「オレの上腕二頭筋に見惚れる気持ちも分かるがキョーダイ、早くデッケェ鏡がある場所を教えてくれよ」

「なんでこんな人の話を聞かないアンドロイドなんか作っちゃったの親父? ……ジュリエット様の部屋の姿見が1番デカイぞ」

「おっ、そうか! サンキューキョーダイ。そんじゃま、ちょっと1発キメてくるわ。ボスっ! あとのコトは俺に任せてくれ」

「うん、任せたよ弐号機」


 弐号機はグッ! と親指を立てると、笑顔で桜屋敷の中へと入って行った。


 もちろん全身【リラックス】の状態で、だ。


 多分、アイツお嬢様のお部屋に向かったんだろうなぁ……。


 果たして学院から帰って来たお嬢様が、あのパンツ1丁のモンスターを目撃したらどういうリアクションをするのだろうか?


 ……うん、怖くて想像もできないわ。


「さてっ、無事ロミオゲリオン弐号機も送り届けたことだし、帰ろうかロミオ。チャッチャと荷物を車の中に積んでおくれ」

「お、おぅ……分かった」


 色々と言いたいことが山の如く積み重なっていたが、俺はソレを全て飲みこんで、自室へと引き返した。


 昨夜の内に用意していたバッグを乱暴に掴み取り、そのまま返す刀で玄関へと移動する。


 ジュリエット様の部屋の前を通るとき『ハッ! フンッ! セイッ!』と、たくましくも野太いキレのある声を耳にして、ちょっと恐怖を覚えた。


 ジュリエット様、大丈夫かな? ちゃんとあのマッチョと仲良く出来るかな……?


 俺の脳裏にあのマッチョが延々とお嬢様にボディビル用語を実演交じりに解説している姿が浮かび上がった。


 現役女子校生に半裸でポージングを見せるマッチョか……なるほど、これが恐怖か。1つ勉強になったよ。


 俺は今しがた思い浮かべた恐怖映像を振り切るように、荷物を持って早足で玄関へと向かった。


「おっ、きたきた。それじゃ車に乗ってねロミオ。パパは弐号機と一緒にジュリエット様を待たなきゃいけないから、帰りは新幹線で1人で帰ってね。大丈夫、駅までは送るから」


 親父はもう既に運転席でスタンバイし、いつでも出発できるぜ! と言わんばかりにサムズアップをキメてくる。


 あとは俺が乗れば、晴れてこの桜屋敷とはオサラバだ。


「…………」

「? どうしたのさロミオ? 早く乗りなさい。間に合わなくなっても知らんぞぉぉぉ」


 下手くそなベジ●タのモノマネをする親父をスルっとスルーしながら、俺は改めて桜屋敷に向き直った。


 瞬間、俺の脳裏にこの半年間の記憶が走馬灯のように駆け巡った。


 怖かったこと。


 ムカついたこと。


 腹が立ったこと。


 楽しかったこと。


 楽しかったこと……。


 ……楽しかったこと。


 気がつくと、俺は屋敷に向かって頭を下げていた。


「……行くよロミオ」

「……あぁ、今行く」


 俺は桜屋敷に背を向け、車の中へと乗り込んだ。


 もう振り返ることはしなかった。


「出してくれ親父。ココに居たら決意が鈍る」

「OK」


 親父はソレ以上深くを追求せず、素直に車を発進させた。


 ブロロロロロロ、と心地よい排気音が耳を打つ。


 遠くなっていく屋敷の存在を背中越しで感じながら、俺はもう1度だけ心の中で感謝の言葉を口にした。


 男の別れに悲しみの涙は必要ない。


 ありがとう。そして、さようなら……ロミオゲリオン。


 こうして俺は、1人誰にも知られることなく、アンドロイド【汎用ヒト型決戦執事】人造人間ロミオゲリオンを卒業した。

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