第11話 瞬間、考察、重ねて

 世の中、『始まり』があれば『終わり』がある。


 入学式しかり、卒業式しかり、どんなに楽しい時間でも、必ず『終わり』はやってくる。


 そしてやはり『終わり』と言って思い出されるのは、我が中学時代の友人、友崎ともさきくんの身に降りかかった大事件だろうか。


 世間一般的に大事件と言えば、『ゆりゆらら●らゆるゆり大事件』、もしくは『安●大事件』だが、友崎くんの事件は某メガネの少年探偵が出張に来るレベルで不可解な出来事が多い大事件だった。


 あの話を聞いたとき、俺も金次狼もド肝を抜かれたモノだ。嫉妬、憎しみ、殺意、感謝、尊敬、崇拝、そして唐突に浮かび上がる疑問。


 まさにあれほどミステリーという言葉が似合う大事件も存在しないだろう。


 今こそ語ろう……この大事件、『プロジェクト・H』と名付けられた、とあるお姉さんの壮大な計画と知略と謀略ぼうりゃくに満ちた物語を。


 あれはそう、中学2年生の夏休み明けのことだ。


 とくに夏休みだからといって、劇的な変化も何もなく、いつものようにアホ面を浮かべた金次狼と我がファースト幼馴染みである青子ちゃんと共に学校へ登校したとき、俺たちの耳にとんでもない情報が飛び込んできたのだ。





 ――ウチのクラスの友崎くんが大人の階段を上りきった、と。




 

 あぁ、まず我が耳を疑ったね。


 友崎くんと言えば、真面目が取り柄、というか真面目が服を着て歩いているような男なのだ。そんな彼がこの夏休みに、一皮剥け、真の男……いや漢になったという情報は『巨根ショタ』『床上手な処女』並みに信じられない情報だった。


 確かに都会の中学では大人の階段を上ってしまう生徒たちもチラホラいるという噂は小耳に挟んだことはある。


 だがそれが身近な人間となるとつい現実味が感じられず、気がつくと俺と金次狼、そしてその情報を仕入れた15人近い男子生徒たちは、徒党を組んで友崎くんの席へと突貫した。


 我がクラスの窓際の席、そこには……もうすでに子どもではなくなったせいか、若干の余裕が身体から滲み出ている友崎くんが静かに、俺たちに向かって微笑んでいた。


 その静かなる大人の迫力を前に、俺を含めた数人の男たちが息を飲んでしまう。


 が、そこは我らが大神金次狼。友崎くんの放つ覇気に負けることなく、ダンッ! と2本の足で床を踏みしめ、俺たちを代表するようにゆっくりと口火を切ってくれた。


『事情は聞き申したでそうろう。事実か否か、真実を知りたいで候。もし真実であるならば、事のあらましを全て教えていただきたいで候』


 と、おまえは一体いつの時代からタイムスリップしてきたんだ? とツッコんでやりたいこと風の如しだったが、それよりも先に友崎くんが口を開いたので、俺たちはツッコミを放棄して彼の言葉を静聴した。


 友崎くんは言った『事実だ』と。


 しかもお相手は今年で24歳になるピチピチの年上巨乳美人だというではないか。


 胸は大きいが垂れることなく、むしろ指先を押し返すような弾力に満ちた素晴らしいモノだった、と。


 彼は続ける。出会いはネットゲーム。初めてのオフ会に参加した際に仲良くなり、そのままお付き合いをさせていただき……つい先日、彼女の手ほどきにより、子どもの殻を脱ぎ捨てたとのこと。


 そして彼は語り出す。聞いてもいないのに語り出す。その初夜のあらましをっ!


 ここから先のことは、俺の類まれなる語彙力をもってしても表現することが出来ないのが残念で仕方がない。


 可能な範囲で端的にまとめると、友崎くんは暗闇の中、ほとんど何もせず、年上グラマーなお姉さんに全てをゆだねていたのだそうだ。


 そして子どもであることを辞めた友崎くんの感想は、



『なんかもう……搾り取られるようで、凄かった』



 というモノだった。


 まったく、知り合いの実体験エロトークほどこちらの妄想と興奮をかきたてるモノはないね。


 気がつくと、全員が前かがみになって、ピクリとも動けなくなっていた。


 その様はまさに、ご神託を前に信者が礼拝している姿そのものであり、金次狼に至っては五体投地以外の何物でもなかった。


 全ての話を聞き終えた俺たちは、友崎くんに抱いていた『嫉妬』『憎しみ』『殺意』が、いつの間にか『感謝』『尊敬』『崇拝』という清いモノへと変わっていた。


 友崎くんに頭を下げながら、俺たちは思った。



 ――あぁ、もう彼は俺たちとは違うんだ、と。





























 さて、ここまで聞けば普通に友崎くんのサクセス・ストーリーなのだが……本当の事件はこのあと発生した。


 というのも、お姉さんと何度も肉体関係を持った友崎くんが先走った結果、彼女を御両親に紹介しようとしたのだ。


 お姉さんはこの申し出を断固として拒否。


 まぁお姉さんの気持ちも分かる。なんせ中学2年生の男に手を出したうえに、そのご両親に挨拶だなんて精神的にキツ過ぎる。


 だが問題はソコではなかった。


 友崎くんが執拗に『どうして!? こんなに愛しているのに!?』『大丈夫、愛があれば歳の差なんて関係ないよっ!』とほとばしる情熱を胸に彼女を説得しようとした結果、彼はついにパンドラの箱を開けてしまうことになる。


 お姉さんは覚悟を決めたように、寂しげな笑みを浮かべて、友崎くんにこう言った。







 ――わたし、オトコだから……と。







 最初、この話を死んだ魚のような目をした友崎くんから聞かされたとき、俺はあまりにも意味不明過ぎて、顔を真っ青にしている金次狼と共に【オトコ】という言葉をネットで調べたのは良い思い出だ。


 いや、だってさ? 考えてもみてくれよ?


 ちょっと付き合った相手が男だというのならまだ分かる。分かりたくないが、まぁ分かる。



 だが、友崎くんは……ヤッているのだ。



 ブチ込んでいるのだ。



 チョメチョメしているのだ。



 それも複数回、数カ月にわたって。


 当然の疑問として出てくるのは――『どこへ?』である。


 気がつくと俺はクラスメイトたちを緊急招集させ、教室の片隅で激しい討論を開始させていた。


 もちろん議題は『どこへ?』……ではなく、『果たして本当に最後までバレずに貫き通せるのか、否か?』である。


 ここで重要になってくるのは、そうっ、友崎くんの初体験だ。


 見切り発車のごとくご両親に彼女を紹介しようとしたことからも分かるように、真面目一辺倒である彼のエロへの知識は人並みかそれ以下、そして情事の際には部屋は暗く、ほとんど彼女……いや彼にされるがままであったという証言。



 ――そう言えば、最初、押し返すような弾力に満ちたおっぱいって言ってたっけ。



 と、俺がみなに一石を投じる発言をするや否や、水を得た魚のように議論は収束へと加速していった。


『そうだっ、ならアレは何だったんだ? 彼女、いや彼は男なのだろう?』

『女性ホルモンを無理やり摂取したんじゃないか? それでこう……ボンッ! と』

『いや、女性ホルモンを摂取したところで、ある程度の年齢からではさほどの成長は期待できない。とくれば、考えられる結論は1つだ』

『……シリコンか』

『あぁっ。友崎の発言を信じるのであれば、おそらく彼女の胸は手術済みだ。そうなると、下半身の工事も終えている可能性が高い』

『だが大神よ? 現代の技術レベルでは新しい穴を形成するのは不可能だったハズだ』

『思い出せ、友崎の発言を。【搾り取られるようで、凄かった】という奴の感想を。あれはつまり、彼女の……いや彼の類まれなる肛門括約筋によるもので、友崎は奴の――』


 そこまで言った瞬間、クラスメイトたち全員が『なんて悪質な叙述トリックなんだ!?』と絶叫し、泣きながら教室を飛び出て行った。


 こうして議論は終結し、ほどなくして、友崎くんの前から疑惑の彼女(彼?)は姿を消した。


 ちなみに彼の最後の言葉は、



いんキャが1番転がしやすいの』



 だ、そうだ。


 その話をやつれたホモさ――友崎くんから聞かされたとき、俺たちはこう思った。




 ……あぁ、もう彼は俺たちとは違うんだ、と。




 かくして、後に『プロジェクト・ホモ』と名付けられたこの大事件は、我々に『始まり』があれば『終わり』があることの無常さを、悲しさを、むなしさを教えてくれた。


 どんな事でも必ず『終わり』はやってくる。


 だからそのときが来るまでは、精一杯、今を全力で生きてやろう。と、俺はあの日、ホモ崎くん――違う、友崎くんに誓った。


 だから、例え『終わり』がすぐ目の前にあっても、ジュリエットお嬢様の前では、いつも通りのロミオゲリオンで居るべきなのだ。


 それが俺に出来る、唯一の誠意の表し方だから。




 ◇◇




 無事ジュリエット様との最初で最後のデートも終わった翌日の月曜日の早朝。


 今日からお嬢様は、4日間に渡り1学期期末テストを頑張らなければならない。


 そのためか、朝、玄関でお見送りするお嬢様は、傍から見てもやけに気合が入っているように見えた。


(ねぇセンパイ、何だか今日のお嬢様、やけにご機嫌じゃないですか?)

(それだけ期末テストへの気合が凄まじいんだろうよ。いやぁ、頭が下がるわ)

(いや……あれは多分、期末がどうこういうレベルの話じゃない気がするような……?)


 最近すっかりメイドさんスタイルが板についてきた我が後輩が、いぶかるように首を傾げながらジュリエット様に視線を向ける。


 彼女の視線の先、そこには……今にも鼻歌を歌い出さんばかりにニッコニコなジュリエット様の姿があった。


 よほど期末テストに自信があるのか、ジュリエット様は終始ご機嫌のままプルプル田中ちゃん(独身、最近サボテンを育て始めた)が開けた、高級車の後部座席へと身を滑りこませていく。


「ありがとう田中。いつも助かっている」

「ほえっ!? えっ、あっ、ありがとう……ございますぅ?」


 珍しくジュリエット様がチャン田中にお礼の言葉を口にする。


 途端に我らが田中ちゅわんは頭に「???」を乱舞させ、混乱したようにキョロキョロ辺りを見渡し始めた。


 そしてお礼を言われているのが自分だと気づくや否や、「ッ!?」と驚きに身体を震わせ、より一層激しくキョロキョロと周りを警戒し始めた。


 どうやらジュリエット様が偽物なんじゃないかと疑っているらしい。田中ちゃん、その人は本物だよ?


(やっぱり機嫌がいい……。もしかして、あのお嬢様、ニセモノなんじゃ……?)

(何気に失礼だね、チミ?)

(いやだって真白、あんなにニコニコしているお嬢様、初めて見ましたもんっ! いつもはぶすっ! と不機嫌そうに無表情なクセに、今日はやけにニコニコしてて……絶対ニセモノですよ、アレッ!)


 疑心暗鬼に囚われたましろんは、気味悪そうに自分のご主人様をジィーと観察し始める。


 いや、何でそんなに疑って……あぁ、そうか。


 田中ちゃんもましろんも、ジュリエット様のあの笑顔を見たことが無いのか。


 そう言えば、ジュリエット様があの笑顔を向けてくれるのは基本俺だけだったし、外では強化外骨格と言えるレベルの無表情を顔に張り付けているから、彼女の笑顔を見る人間はまず居ない。


 だから2人にとって、今日のにっこにっこに~♪ 状態のお嬢様はすごくレアなのだろう。どれくらいレアかと言えば、どこかの森の電気ネズミに遭遇するくらいレア。やっべ、めっちゃレアじゃん!


「し、白雪様もどうじょっ!」

「あぁ、すみません田中さん。それじゃセンパイ、行ってきますね?」

「はい、無事お勤めを果たしてきてください」

「センパイも、真白が居ないからってお仕事サボっちゃダメですよ?」

「しょ、しょれでは白雪様っ! こちらへっ!」


 田中ちゃん(独身、最近トマトを栽培し始めた)の声に導かれるように、ましろんもお嬢様と同じ車に乗車する。


 今日はジュリエット様の付き人としてましろんも一緒に学園へ行く予定なのだ。


 本来であれば、俺も彼女たちと一緒にセイント女学院へ着いて行く所なのだが、今日ばかりは一緒に行くことは出来ない。


 なぜなら。


「ロミオく――ロミオ? もうすぐ安堂主任も到着するらしいから、しっかりメンテナンスをしてもらうんだぞ?」

「かしこまりました、お嬢様」


 念を押してくる我が主に、俺はうやうやしく頭を下げる。


 そうっ、今日は月に1度のロミオゲリオンのメンテナンスの日。


 それはつまり、俺が【汎用ヒト型決戦執事】人造人間ロミオゲリオンとしていられる最後に時間。


 そしてこのお見送りが、ロミオゲリオンとして最後に仕事だ。


 このお見送りが終われば、俺はこの桜屋敷と……ジュリエット様とお別れしなければならない。だから、最後くらいは笑顔でお別れがしたい。


 そんな俺の意志が天に届いたのか、お嬢様はニコニコと笑みを深めて、俺を満足気に見据えていた。


「お嬢様も期末テスト、頑張ってくださいね?」

「あぁっ、任せろ。いつも通り1番を取って帰ってくるさ」


 自信満々に微笑む彼女の姿を網膜に焼き付けながら、俺は今できる精一杯の笑みを顔に張り付ける。


 まだだ、まだ俯くな。


 最後の最後まで、彼女の親愛する『ロミオゲリオン』を演じ続けろ。


 それが彼女を騙し続けた安堂ロミオに出来る精一杯の誠意だ。


「では行ってくる」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


 出してくれ田中、と運転席でプルプル震えているチャン田中に声をかけるジュリエット様に、深々と頭を下げる。


 よかった、顔を見られなくて。


 きっと今の俺、アンドロイドにあるまじき顔をしてると思うからさ。


 俺は3人を乗せた車が出発する音を耳にしながら、彼女たちの姿が完全に見えなくなるまで頭を下げ続けた。


 心の中で何度も、何度もお嬢様に謝罪しながら。


 こうして、俺の【汎用ヒト型決戦執事】人造人間ロミオゲリオンとしての最後の仕事は、誰にも知られることなく、ひっそりと役目を終えた。


 俺が顔を上げたとき、そこにはもう誰も居なかった……。

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