第10話 ロミオの造りしもの

 かくしてジュリエット様とのデートは、様々なトラブルに見舞われはしたものの、俺の鮮やか(?)なる機転により、平穏無事に進んでいった。


 そして気がつけば午後5時少し過ぎ。


 デートもいよいよ終盤戦。俺がロミオゲリオンで居られる時間も残りあとわずかとなった。


「今日は楽しかったねロミオくん! けっこう長いことロミオくんとは一緒に居るけど、まだまだ知らないことってお互いにたくさんあるんだねぇ」

「そうですね。でも、自分はジュリエット様も隠れた一面が見れて嬉しかったですよ?」

「もうっ! また敬語に戻ってるよ、ロミオくん?」


 これは失敬、と苦笑を浮かべながら、いつか俺の後輩と来た駅前のレインパークを2人でトボトボ歩いて行く。


 お嬢様と雑談を交わしながらも、俺は胸ポケットに忍ばせておいた彼女へのプレゼントをいつ渡すかタイミングをうかがっていた。


「そう言えばロミオくん……」

「うん? どったべ?」

「今日は何でボクをデートに誘ってくれたの?」


 ジュリエット様のどこまでも澄んだ碧い瞳が不思議そうに俺を捉える。


 うっ!? これまた言いづらいことを聞きやがる……。


 もちろん、ロミオゲリオン最後の日ということで記念という気持ちもあるにはあるが、1番の理由は――


「約束しちゃったしさ」

「約束?」

「あれ、覚えてない? ましろ――白雪様とデートする前日にジュリエット様と約束した『アレ』」

「それって、もしかして……」


 なにか思い当ったのか、ジュリエット様が驚いたように目を見開いた。


 そうっ、俺がモンタギュー姉妹に折檻という名の調教を受けた日に、ジュリエット様は俺にこう言ったのだ。




『次はボクとデートに行こうね?』――と。




 一方的な口約束でしかないソレ。


 それでも、ジュリエット様との約束を果たさずにロミオゲリオンを辞めることは、流石に俺には出来なかった。


「ロミオくん、覚えてたんだ……。ボク、てっきりもう忘れられてるのかと思ってたよ……」

「大事なお嬢様との約束ですからね。忘れるワケありませんよ」

「敬語」

「さーせん」


 う~ん、やっぱりどうしても敬語に戻ってしまうんだよなぁ……。


 ジュリエット様はどこか膨れたような表情をしながらも、心なしか嬉しそうに見えた。……まぁ俺の勝手な思い込みかもしれないけどさ。


「あっ。もちろん、もう1つの約束の方も忘れてないからね?」


 そう言って俺は胸ポケットに忍ばせていた『例のブツ』を取り出し、そっとお嬢様の方へと差し出した。


「期末テストのご褒美の前借りということで、はいどうぞ」

「あ、ありがとうロミオくん……」


 お嬢様はおっかなビックリといった様子で俺からソレを受け取り、


「これは、四葉のクローバーの……栞?」

「はい。お嬢様、よく難しい本とか小説なんかを読みますよね? だからプレゼントは栞にしてみました」


 いつの間にかまた口調が敬語に戻ってしまったが、今度はたしなめられなかった。


 ジュリエット様は俺に渡された四葉のクローバーの栞を呼吸すら忘れてマジマジと見下ろしていた。


 う~ん、何のリアクションもない。やっぱり気に入らなかったのかなぁ?


 ましろんや我が家のパパンからのアドバイスを参考に、俺なりに考え抜いた結果、結局手作りが1番だなという結論に落ち着いた。


 昔から四葉のクローバーを見つけるのは得意だったし、押し花なら我が後輩が言っていたように重たいプレゼントでも何でもない……ハズッ!


 それに。 


「四葉のクローバーは幸運を運んできてくれるらしいですよ? だからジュリエット様のこれからの人生が幸せでいっぱいになれるように、ロミオゲリオンからのちょっとした祈りをこめたプレゼントです」

「ロミオくん……」


 夕日にあてられたのか、お嬢様の頬が朱く紅潮していた。


 喜んでもらえただろうか? と、そこまで考えてハタッ! と気がつく。


 あれ? 作っている最中は気がつかなかったけどさ……ジュリエット様みたいな超絶お金持ちに、そこら辺に咲いていた草をプレゼントするって、どうなん?


 普通にゴミを手渡しただけなんじゃないの?


 あ、あばばばばばばばっ!? ど、どどどど、どうしようっ!? ジュリエット様の反応も何だか鈍いし、これ絶対に怒ってるよね? オコだよね? 激オコだよね!?


「な、なぁ~んてっ! ちょっと子どもっぽ過ぎるプレゼントでしたかね? あっ、いらなければコチラで回収して処分致しますが?」

「ロミオくん」


 ジュリエット様は俺に手渡された栞を大事そうに胸の前に押し当てながら、ふっ、と口角を緩めた。


 瞬間、一陣の風が俺たちの間を走り抜け、彼女の肩まで切りそろえた金色の髪をサラサラとすくう。


 彼女の潤んだ蒼い瞳がまっすぐ俺を捉え、思わず息が詰まる。


 大人びた表情といい、優しさに満ちた瞳といい、まるで1枚の絵画のように美しいジュリエット様を前に、俺の思考は一瞬で弾け飛んだ。


 目を奪われるほどの美しさとはこのことか……。


 なんてことを真っ白になった頭の片隅でぼんやり考えながら、俺は自分の顔が赤くなるのが分かった。


「ボクはね、どんなに高価な贈り物をされても、そこに相手の心がこもっていなければ、何の価値もないと思ってる。だからね?」


 ジュリエット様は見る者全ての心を鷲掴みにする愛らしい笑顔で、ハッキリとこう言った。





「――ありがとう、ロミオくん。とても嬉しいよ」





 ……あぁ、きっと俺は一生この光景を忘れないんだろうな。


 そう確信できるほどに、お嬢様の笑顔が魂に焼きついた。


「え、えへへ。そ、それじゃ帰ろっか?」

「……そうですね。帰りましょうか」


 見惚れて何も言えなくなっていた俺の沈黙に耐え切れなかったのか、ジュリエット様は照れ笑いのような愛らしい笑みをたたえて、くし立てるように口をひらく。


 そんな姿も実に可愛らしいと思ってしまう俺は、きっと末期なのだろう。


 いそいそと俺から受け取った栞を鞄に入れ直すジュリエット様。


 そんな小動物チックな動きをする彼女に、俺はゆっくりと手を差し出した。


 差し出された手が何を意味するのか理解出来ず、ジュリエット様はコテンッ、と首を傾げる。


 が、すぐさまハッ! と気づいた顔を浮かべると、子犬がお手でもするかのように、パシッ! と俺の手を握ってきた。


「夜道は危ないですからね」

「うんっ! それじゃ帰ろっか、我が家に」

「えぇっ、帰りましょう――我が家に」


 お互いに笑みを湛えながら、確かめるようにゆっくりと歩き出す。


 きっといつか、俺たちは今日という日を忘れる日がくるのだろう。


 それでも多分、この手につないでいる彼女の温もりだけは一生忘れないと思う。


 ジュリエット様の熱がじんわりとてのひらを通して、俺の身体に溶け合っていく。


 その心地よさに身を預けながら、俺たちはゆったりとレインパークを後にする。



 2人で歩く道程は、なんだかちょっぴりこそばゆく、お日様のような匂いがした。

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