第9話 ロミオ、来店
かくして俺、ロミオゲリオンとジュリエット様の最後のデートが幕を開けた数分後。
俺たちは表通りから少し離れた場所にある、落ち着いた雰囲気の喫茶店の前に居た。
「ジュリエット様――ごほんっ。ジュリエット? 最初はここへ入ろうか?」
「うんっ! もう全部ロミオくんにお任せするよ!」
う~ん、全幅の信頼を寄せられると、それはそれでプレッシャーなんだよなぁ。
と、心の中で愚痴りつつも、俺は目の前の喫茶店へと視線を向けた。
このお店はこの間デート雑誌に紹介されていた、写真映えするカップル専用メニューなんかが豊富に取り揃えてある人気のお店10選に選ばれていた喫茶店の1つだ。
その人気っぷりは、お店の外から店内を見ただけでもハッキリと分かるくらい、男女2人組の客が多い。
「それじゃ、行こうか?」
「うんっ!」
ジュリエット様の手を引きながら、空いている手でゆっくりと喫茶店の扉を開く。
途端にカランコロンッ♪ と涼やかな音色に合わせて、女性店員さんの「いらっしゃいませぇ~♪」という軽快な声音が俺たちを出迎えてくる。
「お客様、何名様ですかぁ?」
「ぁ、2人です」
声の調子を整えていたら、何か変なボイスが出た。なんだよ「ぁ」って? 単数形かな?
もちろん訓練されている店員さんはそんなこと気にしない。
俺がちょっぴり自分に絶望している間も、ニコニコと笑みを崩さす「お2人様ですねぇっ!」とエンジェルスマイルをお見舞いしてくる。もうこの段階で彼女と結婚しようかと思った。
店員さんは俺の隣でちょこんっ、と静かにしているジュリエット様に視線を向け、
「妹さんですか? 可愛いですねっ!」
――シュボッ!
と、ジュリエット様のこめかみの爆弾の導火線に
あ、あばばばっ!? じゅ、ジュリエット様の方から不穏な気配を感じるよぉ!
に、逃げてお姉さんっ! 超逃げてッ!
「……妹ではない、よく見ろ」
「ッ!? ひぇっ!?」
ジュリエット様は静かに、されど迫力感満載の微笑みを頬に
瞬間、店員さんの口から恐怖のハーモニーがまろびでる。
分かる、分かるよぉ~。今のジュリエット様、怖いよね? 俺も☆
お嬢様は『わんこ』モードから『鉄仮面』モードに切り替え、青い顔をしてブルブル震えている店員に向かって、これみよがしに俺の身体に抱き着いてきた。
「ボクは彼の恋人だ。彼女だ」
「へっ? ……えっ!? こ、恋人!? か、カップルですか!?」
「そうだ」
自信満々に頷くお嬢様。
そんなお嬢様と俺の間を、おっかなビックリとした様子の女性店員の視線が交互に
う~ん、その気持ちも分かるなぁ~。傍から見たら成人男性と女子小学生にしか見えないもんね。
もう明らかに事案発生案件にしか見えないよね。俺なら迷わず通報してる。
お姉さんは「カップルでしたか~」とぎこちない笑みを作りながら、コクコクと頷き、
「あっ、申し訳ありませんお客様。私、店長に電話を――」
「警察なら間に合ってます」
ガシッ! とスマホ片手にバックヤードに引っ込もうとしていたお姉さんの手首を素早くキャッチする。
途端にお姉さんの瞳が「こ、コイツ!? ただの変態じゃない……場慣れした変態か!?」と言わんばかりに驚愕に見開かれた。
ごめんね お姉さん? でもガイアが俺に『彼女を逃すなっ!』って
俺とお姉さんの間で某奇妙な冒険でしか見たことがない『ゴ ゴ ゴ ゴ ゴッ!』の擬音が浮かんで見える。
間違いない、今、この場で彼女を逃せば、俺は青い服を着たサンタさんにパトカーと言う名のソリでネバーランドへ連行されてしまう!
離さないっ! 例え世界が滅びようとも、この手は絶対に離さないぞ! と、ここまで聞けばどこかのゲームのキャッチコピーのように壮大で、これからこのお姉さんと血湧き肉躍る大冒険の旅が始まる予感がビンビンなのだが……実際は俺がロリコンクソ野郎になるかどうかの瀬戸際っていうね。
というかお姉さん? 仮にも俺、お客様だよ? なんでそんな「ロリコン死ねっ!」みたな目で見てくるの?
ちょっと店長ぉ~? 社員の教育がなってませんよ? もっとしっかりしてくださいっ!
「??? 何をしている? 早く席に案内しろ」
「……かしこまりました。こちらへどうぞ」
ジュリエット様に
お姉さんは全身からは「何かあれば通報する」という鋼の意志をヒシヒシ発散させつつ、俺の一挙手一投足を注意深く観察していて……日本はロリコンに厳しい国だなと改めて実感させられたよね。いや、ロリコンじゃないんだけどさ。
なんて考えていると、喫茶店のど真ん中の席に案内されてしまう。
ふむ……なるほどな。ここならば周囲の客の目もあり、ヘタな事は出来ないと踏んでの判断か。しかもこの席、厨房に近い、俺がお嬢様にホニャララパ~なコトをしても、すぐさま通報出来るベスト監視ポジションと言えるだろう。
やるな、お姉さんっ!
「こちらメニューになります」
俺の中で店員のお姉さんの好感度が爆上がりする中、そっとジュリエットお嬢様にメニュー表を手渡す女性店員さん。
ちなみに俺には「自分で拾え」と言わんばかりに、メンコばりの勢いでメニュー表が机の上に叩きつけられたよっ!
ふむ、お姉さんからの俺への言動から察するに……もしかしたら惚れられたかもしれない。
「ちなみに本日のおすすめメニューはカップル限定『爆裂☆ラブラブちゅっちゅパフェ』になります」
「なら俺はソレで。お嬢さ――ジュリエットはどうする?」
「う~ん。ならボクはタンサン――」
炭酸?
あぁ、そうか。お嬢様、普段こんな所に来ないから、炭酸飲料と言えばノンアルコールのシャンパン的な何かを持って来てもらえると思っているのか。
これはあとで店員さんにこっそり「コーラでお願いします」って耳打ちしないと――
「タンサン――デンチを頼む」
もう全部がおかしかった。
「かしこま……えっ!? た、タンサンデンチ? 単三電池ですか?」
「あぁそうだ。もしかしてこの店は単三電池も無いのか?」
「い、いえ、大丈夫です。単三電池ですね? かしこまりました」
お姉さんはしどろもどろになりながらも、必死に顔に笑みを張りつけ、今しがた注文した内容を繰り返しはじめる。
「それでは『爆裂☆ラブラブちゅっちゅパフェ』が1つと、『単三電池』が1つでよろしかったでしょうか?」
いや、よろしくないよ?
えっ? 何で単三電池?
と、俺がツッコむよりもはやく、お嬢様が「あぁ、頼む」なんて言っちゃうもんだから、お姉さん、さっさと奥に引っ込んじゃったよ……。
えっ? マジで単三電池が来るの? 何で?
「あ、あのお嬢様?」
「むぅ~っ! また敬語に戻ってるっ! ジュリエット、でしょ?」
「申し訳――ごめん、ジュリエット。でも、ちょっとこのロミオめに『単三電池』の
遠回しに『なんで単三電池を注文しちゃったのこの
「マリアから聞いたよ。ロミオくん、単三電池が大好物なんだってね! だから、代わりに注文してあげたよっ!」
褒めて、褒めてっ! と言わんばかりにお嬢様の架空のシッポがブンブン左右に揺れているが……もう待ったをかけたいこと山の如しだよね。
ちょっとマリア様? なんでいつの間にか俺の設定に『単三電池だぁ~いすき☆』っていう狂った設定が勝手に追加されているんですか?
そりゃジュリエット様から見れば、俺はアンドロイドだから「電池くらい食べるだろ常考」とか思うかもしれないけどさ、マリア様あなた、俺のこと人間だって知っていますよね?
なんでそんな無茶なこと言ったの? 嫌がらせ?
いや、あの天使なマリア様がそんなコトするワケないし……何か深い理由でもあったのだろうか?
「ロミオくん? どうしたの? ……もしかして、単三電池キライだった?」
「ひ、否て――いやいやっ! 単三電池、大好物さっ! 注文してくれてありがとうっ!」
「ほんとに? よかったぁ~」
ほわっ、と桜の花びらが背後に散ったような笑みを浮かべるジュリエット様。
こうなったら、もう今日から電池大好きフリスキーなアンドロイドとして生きていくしかない。
大丈夫、どうせ明日には解雇の身だし、今さら変な設定が1つ2つ増えた所で問題ないさっ!
……何だか言っててテンションが下がってきたわ。
「でも単三電池なんてどうやって食べるのロミオくん? もしかして、どこかにそういう専用の穴でもあるの? でもどこにあるんだろう? お尻の方かな?」
不思議そうにコテンと小首を傾げるジュリエット様。
彼女のご期待に
――あぁ~お腹減ったなぁ。おっ! こんな所に美味しそうな単三電池があるぞぉっ! よぉし、ズボンとパンツを
……なるほど、これが悪夢か。
なんで俺は衆人観衆の中、お尻を丸出しにして頑張らなければならないのだろうか?『日本昔ばなし』なら1等賞をとっている所だ。
というかね? どうして俺は現在進行形で男の、いや人間としての尊厳をお嬢様に搾取されそうになっているの? 何コレ? デートじゃなくて、罰ゲームだった?
「お待たせしました。こちら『爆裂ラブラブちゅっちゅパフェ』と『単三電池』になります」
1人コッソリ頭を悩ませていると、我が人生の終焉をもたらすように、店員のお姉さんがパフェと単三電池をトレーに乗せて持って来た。……持って来ちゃったんだよなぁ。
「ご、ご注文は以上でよろしいでしょうか? それでは失礼しますっ!」
「きたきた。さぁ、食べようかロミオくん?」
「そ、そうです――そうだね。食べようか」
触らぬ神に祟りなし、と言わんばかりにさっさと奥に引っ込んで行った女性店員を尻目に、ジュリエット様はウッキウキで単三電池を握り締める。
うん、もうこの時点で嫌な予感しかしないよね?
俺はジュリエット様が余計なことを口にする前に、スプーンでパフェをすくいながら、彼女の桜色の唇へと持っていった。
「ジュリエット、あ~ん?」
「ろ、ロミオくん……あ~んっ!」
もはやこの半年間で女の子に『あ~ん♪』してあげる事に抵抗を覚えなくなっていた俺は、少女漫画のスカしたイケメンばりに彼女の口元へとスプーンを持っていった。
そして俺からの
ジュリエット様は終始ニコニコと満ち足りた笑顔で、、
「うん、美味しい。ありがとうロミオくんっ!」
「それはよかった。それじゃもう1口、あ~ん?」
「あっ、待って。今度はボクがお返ししてあげるね?」
そう言ってジュリエット様は俺の口元にそっと……単三電池を持って来た。
「はい、ロミオくん。あ~ん?」
――ざわっ!? ざわざわざわっ!?
瞬間、店内が某
チラリと辺りを確認すると、周りに居たカップルたちが驚愕の瞳で単三電池を『あ~ん♪』しているジュリエット様を凝視していた。
『えっ? 電池!? ナニアレ電池!?』
『どういうこと!?』
『あ、新手のDVか!?』
ヒソヒソと騒ぎ出すギャラリー。
い、いけないっ! このままじゃジュリエット様が【キ●ガイ勘違い女】という不名誉なレッテルを貼られてしまうっ!?
クソッたれめっ! ここまで来たら覚悟を決めろ、ロミオッ!
俺は自分を叱咤激励しながら……お嬢様の差し出した単三電池をパクッ! と口に
途端に「うわぁ~っ!」と歓声をあげながら、キラキラした瞳で俺を見つめてくるジュリエット様。
「そうやって食べるんだね、かっわい~いっ!」
キャッキャしながら俺が単三電池をしゃぶる姿を嬉しそうに眺めるお嬢様。
……うん、お嬢様が楽しいならもう何でもいいや♪
こうして俺たちは、周りのカップルの目も気にすることなく、パフェと単三電池を交互に食べさせ合いっこするのであった。
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