第8話 決戦、第3新おとぎばな市
サッパリとした夏晴れの日曜日。
急いで外の倉庫に用意してあったバイクをかっ飛ばし、【おとぎばな】市駅周辺へとやってくる俺、ロミオアンドウ。
今日も今日とて駅前は活気に満ちていて、なんだかコッチまでワクワクしてきた。
はやる気持ちを抑えながら、専用駐車場にバイクを停め、駆け足で待ち合わせ場所まで移動する。
駅前を行き交う人々を尻目に、時刻を確認してみれば午前11時少し過ぎ。待ち合わせ時間に少し遅れていた。
「あっ、ロミオく~んっ! こっち、こっち!」
慌てて指定された謎の銅像前まで移動すると、耳に甘い愛らしい声音が俺の鼓膜を震わせた。
反射的にそちらに視線をやれば……夏の妖精が「お~いっ!」と俺に向かって手を振っていた。
青を基調としたサマードレスに、涼しげな白いサンダル。そして上品に纏められた小物類に、見る者全てを惹きつけてやまない愛らしい容貌。
そう、彼女の名前は、
「ジュリエットお嬢様っ!」
俺は我がご主人様の名前を口にしながら、『わんこ』モードの彼女のもとへと、息を切らせながら駆け寄った。
「お、お待たせして申し訳ありません。準備に少々手間取ってしまいまして……」
「ううん、大丈夫だよ。ボクも今来た所だから。……えへへっ、1度言ってみたかったんだぁ、この台詞っ!」
ジュリエット様は全身から「楽しい」という感情を爆発させるかのように、終始ニコニコしながら俺を眺める。
あまりにも眩しい笑顔に、こっちが目を
「さてっ! ロミオくんも来たことだし、早速デートをはじめよっか?」
「そうですね。っと、その前に」
「? どうしたのロミオくん?」
不思議そうに俺を見上げるジュリエットお嬢様。
そんな彼女に、俺は最大限の勇気を持って、少女漫画に出てくるスカしたイケメンのようなコトを口にした。
「今日の服、とても似合ってますね。可愛いです」
「うぇっ!? そ、そうかな? あ、ありがとう……」
えへへっ、とはにかんだ笑みを頬に
よかった、気持ち悪がられなくて。
ここでジュリエット様に嫌悪感バリバリの瞳で見られたら、俺は笑顔でエクストリーム・バンジージャンプを敢行するところだった。
ちなみにエクストリーム・バンジージャンプとは、パラシュート無しのスカイダイビングとよく似ている。
「でもロミオくん? ほんとにこんなラフな格好でよかったの? もっとちゃんとしたドレスコートの方が良かったんじゃ……?」
「いえいえ、昨日の言いましたが、庶民のデートはソレくらいのラフさがちょうどいいのです」
「ほぇ~、庶民のデートは奥が深いなぁ……」
感心したように感嘆の声をあげるお嬢様にバレないように、そっとため息をこぼす。
昨日ジュリエット様をデートに誘ってからというもの、テスト勉強そっちのけで物凄い勢いでデートプランを考え始めたときは、肝を冷やしたものだ。
いや、だってね? お嬢様のデートプランね? もういかにも金持ちが行くところばっかりなんだもん。
オペラにミュージカルにクラシック、極めつけは親父の給料半年分くらいのディナーのお店を予約し始める始末で……もう庶民の俺はビビるビビるビビる大木。
もちろん金持ち社会のマナーなんて知らない凡人の俺がそんな所へ行けば、お嬢様に恥をかかせるどころか、本当はアンドロイドではなく人間だとバレてしまうことは必然。
そこで今回は『庶民のデートを体験してもらう』という名目でお嬢様を説得し、俺がデートプランを考えてくることになったのだ。
並みの男ならここで「ふぇぇ~……急にそんなコトを言われても対応できないよぉ!?」と萌えキャラ化するだろうが、このロミオ・アンドウ――いやロミオゲリオンは違う。
常日頃から突発的に女の子とデートしてもいいように、理想のデートプランを休日に書き溜めているのだ!
今回はデートプラン28号を使用するつもりだ!
「それではさっそく、庶民の庶民による庶民のためのデートを始めましょうか? ……お嬢様?」
「むぅぅ~……」
さぁ行きましょうっ! とジュリエット様に声をかけると……なんか膨れていた。
お嬢様がウニのように頬をぷくぅっ! と膨らませて、不満気な瞳で俺を見つめていた。
えっ? 可愛い、無理、しんどい……可愛くてしんどい。なにこの娘? 地上に舞い降りたエンジェル?
ジュリエット様のあまりの可愛いの大虐殺に、一周回って逆に安心して天に召されかけたが、慌てて気を取り直す。
い、イカン、イカンッ! 気をしっかり持て俺!
可愛いは用法・用量を守って正しくお使いくださいね! お兄さんとの約束ダゾ☆
「キャワワ――ごほんっ。どうかしましたかお嬢様?」
「『お嬢様』じゃないよ」
「はい?」
「今日のボクはモンタギュー家のジュリエットじゃない、庶民のジュリエット」
だからね、とお嬢様は上目使いで俺を見上げながら、小犬が親犬に甘えるような瞳で、
「今日は呼び捨てでいいの。あと敬語もナシだからね?」
「そ、それは……」
「わかった?」
甘えた声を出しつつも、有無言わさぬ口調を前に、心の中で小さく苦笑する。
そう言われてしまえば、俺に拒否権はないし、そもそも今日の主役はお嬢様だ。
ならお嬢様の期待に全力で応えるのが【汎用ヒト型決戦執事】としての責務。
と、自分を無理やり納得させ、俺は顔に笑みを張りつけコクリと頷いた。
「かしこま――分かった。それじゃ行こっか、ジュリエットちゃん?」
「むぅぅ~……『ちゃん』はいらないよぉ」
「……行こっか、ジュリエット?」
「うん、よろしいっ!」
ようやく満足したのか、俺の腕に自分の腕を絡ませようとしてくるジュリエット様。
だが残念ながら、身長差のせいで上手く出来ず、仕方なく手を握るに
チクショウ、いちいち仕草が可愛いなこの人? 俺のツボを的確に突いてくるとか、天然のスナイパーかよ?
次元大介もビックリの精度で男のツボを射撃してくるお嬢様に、こっそり萌え萌えしながら、悟られないように彼女に声をかけた。
「そんなに慌てたら転ぶぞ、ジュリエット?」
「大丈夫、大丈夫っ! そのときはロミオくんが助けてくれるから」
まるで散歩中の子犬のように、グイグイと俺の手をリード代わりに引っ張って行くジュリエット様。
行き先、分かっているのだろうか?
「ほらほら、ロミオくんっ! 時間が有限なんだから、テキパキ行くよ? はい、レッツ・ごぉ~っ!」
ウキウキ♪ と、今にもスキップせんばかりの勢いで前を歩くジュリエットお嬢様。
俺は緩みそうになる頬を必死に抑えつけながら、慌てて彼女の横に並ぶのであった。
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