第6話 ロミオゲリオン:序
親父から衝撃的告白を受けた金曜の夜から一週間。
俺はいつもと変わらない『ロミオゲリオン』としての日常を
朝4時に起床し、我が後輩と爽やかに挨拶を
ましろんがお嬢様を起こしている間に、盛りつけを完了させ、朝ごはんをジュリエット様のお部屋へ持って行く。
その後は、学園へ行くお嬢様を見送り、桜屋敷での仕事を開始する。
そして夕方、晩御飯の仕込みを終え、プルプル田中ちゃんの運転する車に乗り、ましろんと共にお嬢様をお迎え。
夕食を終えたお嬢様が部屋でのんびりしている間に、屋敷内を見回りし、業務終了。
何も変わらない、【汎用ヒト型決戦執事】としての日々。
そんな小さな積み重ねことが、何よりも大切な愛しい日々なのだ。
だが、そんな日々ももうすぐ終わる。
そして、終わりはすぐそこだ。
「??? どうしたんですかセンパイ?」
「ん? なにがですか?」
「いや、センパイにしては妙にしおらしいというか……体調でも悪いのかなと思いまして」
「いきなり失礼ですね」
夜の
我が後輩、ましろんと並んでキッチンの流し台で洗い物をしていたら、いきなり後輩にディスられたナイスガイ、俺。
本来であれば、その余計な事ばかり喋る口を俺の唇で塞いでいる所だが、今日はそんな気分じゃないので見逃してやろう。
寛容な先輩に感謝するんだな、後輩よ!
「今日は『男の子の日』なんですよ。察してください」
「いやどんな日ですか? 子どもの日ですか? 頭の中ゴールデンウィークですか?」
相変わらず切り替えしが鋭い後輩だ。
カチャカチャと食器を流水で洗い流しながら、俺もいつものように軽口を叩こうとして……ポケットの中に忍ばせていたスマホがぶるるん♪ と震えた。
……きたか。
「申し訳ありません白雪様。やり残した仕事を思い出したので、ここはお任せしてもよろしいでしょうか?」
「了解で~す」
「それはお願いしますね?」
彼女に一礼しながら、俺はそそくさとキッチンを後にする。
そのまま
俺は素早くポケットに仕舞い込んでいたスマホを取り出し、画面に視線を落とす。
そこには親父から業務連絡用のライン通知が届いていた。
『明後日の月曜日の朝、弐号機と交代』
という簡素過ぎる連絡。
だが、今の俺にはまさに死刑宣告のように重い連絡でもあった。
「ついにきたか……」
明後日の月曜日にロミオゲリオン弐号機と交代。
それはつまり、俺がロミオゲリオン初号機で居られる時間は、今日を含め残り2日……いや1日と数時間ということだ。
既に引き継ぎは終わっているし、荷物の整理を完了している。
あとは俺と弐号機が交代するだけで、全てが終わる。
「その前に、全部終わらせないとな」
誰に言うでもなく、俺は1人そう呟きながら、しっかりとした足取りでジュリエット様のお部屋へ向かう。
もう迷っている時間はない。
人気の居ない廊下をスタスタ歩きながら、胸の内で何度も何度も言うべき言葉を繰り返す。
緊張のせいか、さっきから耳の奥で『ド ド ド ドッ!』と心臓の鼓動が
なんて
1度だけ大きく息を吸いこみ、
「ふぅ~……よしっ」
小さく気合を入れ直し、お嬢様の扉を控えめに4回ノックする。
一拍置いて『誰だ?』とジュリエット様の鋭い声が肌を叩く。
「【汎用ヒト型決戦執事】人造人間ロミオゲリオン初号機です。お嬢様、今、お時間よろしいでしょうか?」
『入れ』
「ありがとうございます」
簡素な返事に感謝の言葉を述べつつ、ジュリエット様のお部屋と廊下を隔てる扉へと手を伸ばす。
あれ? この扉、こんなに重かったっけ?
と、心の中で小さく首を傾げながら、グッ! と力をこめて扉を開け放つ。
瞬間、一気に視界が広がり、部屋の中には勉強机に向かって明後日の月曜日に迫った1学期期末テストの追い込みをしているジュリエット様の姿があった。
「どうしたのロミオくん? こんな時間に珍しいね? ボクに何か用でもあった?」
そう言って普段の『鉄仮面』モードから、甘えんぼな『わんこ』モードに切り替えたジュリエット様が、物珍しそうに小首を傾げてコチラを見ていた。
「肯定です。実はジュリエットお嬢様に折り入って相談がありまして」
「えっ? 相談? ロミオくんが? ボクに?」
「ダメ……でしたでしょうか?」
「う、ううんっ!? 全然そんなことないよ!? もう
「それでは、失礼して……」
ぶんぶんぶんぶんっ! と架空のシッポをフリフリしているジュリエット様に一礼しながら、お言葉に甘えてソファに腰を下ろす。
相変わらず座り心地が抜群だな。気を抜くとダメ人間にされそうだ。
ジュリエット様は一旦テスト勉強を中断し、金色の髪を靡かせながら、パタパタと俺の方へと近づいてくる。
そして、もはや定位置と化した俺の股の間に自分の大きなお尻を無理やりねじ込んで、「はひぃ~」と人心地ついたような声をあげ、俺の身体に体重を預けてきた。
彼女の重みが、そのまま俺への信頼感の
「さて、と。ボクに相談があるみたいだけど……それは一体ナニかな、ロミオくん?」
顔を上げ、小さな子どもがするように、俺の顔を下から覗き見るジュリエット様。
そん愛らしい彼女の姿に笑みが零れそうになるのを必死に抑えつけながら、俺は言葉を選ぶように唇を動かした。
「お嬢様は明日、予定は空いていますでしょうか?」
「ん? そうだなぁ……明日は1日テスト勉強するくらいかなぁ」
それがどうしたの? と話の続きを促してくるジュリエット様。
俺は震える声音に気づかれないように、必死に声を抑えて、
「でしたら明日、午前中でも午後でも構いません。どちらか自分にお嬢様の時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「ボクの時間? どうしたの? それは別に構わないけど……何かあるの?」
「……ご褒美の前借です」
「???」
イマイチ要領を得ない俺の言葉に、ジュリエット様は眉根をしかめた。
が、次の瞬間、俺の放った一言により、彼女の顔が驚きに満ちたモノへと変貌した。
「明日、自分とデートしましょう。お嬢様」
「……ほひっ?」
キョトンとした顔も可愛いな、と思ったのはナイショだ。
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