第5話 ロミオ、心のむこうに

 ――ジュリエット様たちとお別れをする。


 そのあまりにインパクトがありすぎる報告を前に、眠気どころか意識させ悠久ゆうきゅうの彼方へと飛んで行きそうになる。


 気を抜くと、文字通り気を失ってしまいそうだったので、慌てて意識を手繰たぐり寄せ、必死になって正気を保とうとする。


 が、そんな俺の努力なぞ知らんと言わんばかりに、親父は相も変わらず能天気な声で、言葉をつむいでいた。


『それじゃそういうことで。おやすみぃ~♪』

「ちょっ!? 待て親父!? いや待ってくださいパパ上っ! お願いだから息子の話も聞いてくださいっ!」

『んにゃっ? どうしたのさロミオ? そんな切羽詰ったような声を出して?』


 電話の向こう側で親父が小首を傾げた雰囲気を感じ取る。


 が、首を傾げたいのはコッチの方だ!


「ジュリエット様とバイバイする準備って……えっ? どういうこと? 俺、アンドロイドクビってこと!?」

『いや、ロミオはもとからアンドロイドじゃなくて人間でしょ?』

「いや、そうだけどっ! そうだけれども、そうじゃなくてっ!?」


 あぁ~っ!? 伝えたいことが3分の1も伝わらないっ!? 純情な感情が空回り、アイラブユーさえ言えないでいるマイハートッ! 


 ……アカン、テンパり過ぎて自分でも何が言いたいのか考えがまとまらねぇ!


 ガシガシと頭を掻きむしる俺に、親父は心底不思議そうな声音で、


『ナニをそんなに焦っているのさロミオ? むしろここは喜ぶところでしょ?』

「喜ぶ!? なんで!?」


『だってこれで安堂家は瀬戸内海のお魚さんのご飯にならなくて済むし、ロミオはジュリエット様にいつ人間だとバレるか分からない【ロミオゲリオン】なんていうアンドロイドのフリをしなくても良くなるし、イイコト尽くめでしょ?』


「そ、それはそうなんだけれども……なんで急に?」

『??? 急も何も、そういう約束だったでしょ?』


 もしかして忘れちゃった? と、心配そうな親父の声に引きだされるように、記憶の底に埋もれていたダディとの約束が俺の頭の中を一気にフラッシュバックしていった。



『ロミオがアンドロイドのフリをするのは、パパが盗まれたアンドロイドの代わりに新しいアンドロイドを製作するまで間だけって。それまでは【汎用ヒト型決戦執事】人造人間ロミオゲリオンとして、ジュリエット様の恋人役をまっとうする。そうでしょ?』



 そうっ、俺が【汎用ヒト型決戦執事】人造人間ロミオゲリオンとしてジュリエット様のお傍に居る理由はただ1つ、親父の尻拭いのためだ。


 親父の部下(三十路の独身)がモンタギュー家の資産を使って開発したアンドロイドを持ち逃げしたため、代わりのアンドロイドを製作するまでの替え玉として桜屋敷ここに派遣されたのが俺だ。


 だから、いつかはこういう結末がやってくることは分かっていた。


 分かってはいたが……それでも俺の唇は未練たらしく動きまわる。


「それは……分かってる。け、けどっ!」

『ロミオ』

「っ!?」


 静かに親父に名前を呼ばれた瞬間、絶頂直後の女優のように身体が跳ねた。


 親父はまるでさとすように、ゆっくり、ゆっくりと、されど有無を言わせない確固たる覚悟をもって言葉を吐いていく。


『おまえは情が深い。そのことはパパも知ってる。だからモンタギュー家から離れるのは名残惜しいというのも分かる。でもね? コレ以上はおまえが傷つくだけだよ?』

「…………」

『確かにジュリエット様はおまえを気に入っていた。だからその分、嘘がバレたときはきっと物凄く傷つく。それに、ロミオだってこのまま嘘をき続けるのはツライでしょ?』

「親父……」

『ここらが引きどきだよ、ロミオ』


 まるでポンッ、と肩を叩かれたような気がして、思わず自分の肩に手を置いてしまった。


 確かに親父の言う通りだ。


 これ以上嘘をかさねても、お互い不幸になるだけ、分かってるさ。


 ジュリエット様の今後の人生を考えたら、ニセモノの俺は邪魔だ。


 むしろさっさと本物の『ロミオゲリオン』と交代するのが正しい判断で、正しい選択だ。


 俺が自分の感情を優先し、駄々をこねてココに居座っても、メリットなんてどこにもない。


 むしろ彼女の輝かしい未来を潰してしまいかねない、危険因子の方が強い。


 そんなことは、この仕事を始める前から分かっていたハズなのに……なんで俺はこんなに悲しいと思っているんだ?


 あぁ……だからあまり肩入れするべきじゃない、って自分に言い聞かせてきたのになぁ。


「……わかった。俺、アンドロイドを――【ロミオゲリオン】を辞めるよ親父」

『ロミオならそう言ってくれると思ったよ。それじゃ詳しい日時と時間は追って連絡するから。今日はこの辺で、ね?』

「あぁ、おやすみ親父」


 はい、おまむみ~♪ と適当な相槌あいづちを返しながら、親父はアッサリ通話を切ってしまう。


 俺は気が抜けたように、ベッドに腰を下ろしながら、何も無い壁を凝視してしまう。


 そこに答えなんかっているハズがないのに、視線を彷徨さまよわせることなく、虚空を見つめ続ける。


「……来週いっぱいまで、か」


 思わず愚痴でも溢すかのように、ポロリッ、と独り言が唇から転げ落ちる。


 そのまま、空気に乗ることなく、コロコロと地面へ落ちていく自分の言葉を一瞥いちべつしながら、頭は別の事を考えていた。


 親父の言う通りなら、俺は来週いっぱいで桜屋敷を……ジュリエット様のもとをらなければいけない。


 けどそれは、逆に言えば来週いっぱいまでは俺は『ロミオゲリオン初号機』としてココに居られるということだ。


「……ご褒美のプレゼント、考えなきゃ」


【汎用ヒト型決戦執事】人造人間ロミオゲリオンで居られる時間は残り1週間ちょっと。


 それまでに、溜まっている仕事と、『ロミオゲリオン弐号機』への引き継ぎ、その他もろもろをやらなきゃいけない。


 だが、1番最初にやらなきゃいけないのは、ジュリエット様へのプレゼントである。


「俺がロミオゲリオンで居られる間に、渡さなきゃな」


 きっとジュリエットお嬢様は俺の事なんかすぐ忘れてしまうだろう。


 でも、それでいい。


 彼女の歩んだ足跡そくせきそばで、そっと残っているのならば、俺がココにいた意味はある。


 だから。


「今だけは……この瞬間だけは、彼女の隣で頑張ろう」


 それくらいなら、神様だって許してくれるよね。


 俺は決意を新たにゆっくり目蓋まぶたを閉じるのであった。

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