第2話 マリア・フォン・モンタギューは許さないっ!

 突然部屋へと押しかけてきたマリア様を前に、ジュリエット様は慌てることなく俺に膝枕されながら、外面モードこと『鉄仮面』モードでマリア様と相対あいたいする。


 その姿は現在進行形で膝枕されているとは思えないほど堂々と威厳に満ちたモノだった。


 さすがはジュリエット様だ。


 身内に幼児退行プレイを見られても動じることなく、むしろ「それが何か?」と言わんばかり不敵な笑みさえ浮かべることが出来るだなんて……並みの人間じゃ不可能だ。


 少なくとも俺だったら、こんな現場を母ちゃんに見られたあかつきには、訳の分からない事をのたまいながら、盗んだバイクで走り出す所だ。


 これは次期モンタギュー家跡取りの力か……。


 と、俺が我が主に戦々恐々としていると、何故かこめかみに怒りマークを浮かべた笑顔のマリア様の唇がヒクヒクと震えていた。


「きょ、今日は姉上が襲撃しゅうげきされたと聞いたのでな、様子を見に来たのじゃが……どうやら心配なさそうじゃな」

「あぁ、ロミオが守ってくれたおかげで、ボクは無傷だ」

「そ、それはよかったのじゃ。……ところで姉上よ? いい加減膝枕を辞めたらどうじゃ? ロミオ殿が困っておるし、それになにより、淑女としてはしたないのではないかえ?」


 相変わらずこの間まで中学生だったとは思えない、女性ホルモンが爆発したかのような色気を笑顔でまき散らすマリア様。


 うん、今日も今日とて素敵な笑顔なんだか……何でだろうか? 無理やり笑みを作っているかのように、マリア様の表情が強ばっているように見えるのは俺の目の錯覚でしょうか?


 マリア様の方から何か不穏なモノを感じた俺は、今すぐにでも膝枕を中断したい所なのだが、ジュリエット様は「絶対に退かん!」と言わんばかりにピクリとも身体を動かそうとしない。


 動かざることニートのごとしかよ……。


「何を言っているマリアよ? おまえがロミオに教えたんじゃないか。使用人としての心得を」

「ッ!? そ、それはまさか!?」


 くわっ!? と目を見開くマリア様。


 そんな彼女に「してやったり!」と言わんばかりにニチャリッ、と邪悪なる笑みを向けるジュリエット様。


 もはや妹に向ける笑顔じゃないよ、ソレ……。


 お茶の間の良い子たちには絶対に見せられない笑みを浮かべながら、ジュリエット様は青い顔を浮かべるマリア様にハッキリとこう言った。


「使用人たるもの『主人が横になる際は膝枕をしてあげるべし』――だよな?」

「くっ!? うぅ……」

「いやぁ、マリアがロミオをしつけてくれていたようで助かったよ。ほんと、ボクのためにご苦労さま♪」

「うぐぐぐぐぐ……っ!?」


 何故か恨めしそうな視線をジュリエット様にぶつけるマリア様。


 途端に、お嬢様の唇がニッ……チャリ、と愉悦ゆえつに歪んだ。


 だから女の子がする笑みじゃないんだよなぁ、ソレ……。ラスボスがする笑顔なんだよなぁ……。


 それにしても……相変わらず、この姉妹は仲がいいのか悪いのか分からないや。


「さてマリア? 用が済んだなら、本邸ほんていに帰りなさい。ボクはこれでも忙しいんだ」

「……ただ膝枕してもらっているだけじゃろうが(ぼそっ)」

「何か言ったか?」

「いや、何も言っとらんぞい」


 外国の通販番組のようにワザとらしく肩を揺らしてみせるマリア様。


 それに合わせて彼女のたわわに実ったマスクド・メロンもぷるるん♪ と揺れて……ほほぅ? 


 思わず某通販番組の社長よろしく「見てください、このボデェーッ!?」と甲高い声でマリア様の美しい肢体したいを全世界に紹介する所だったわ。危ない、危ない♪


 なんてコトを考えていると、いつの間にかマリア様の視線が俺の身体を射抜いていた。


 ヤバッ!? 変な事を考えていたのがバレたか!?


 内心焦る俺を前に、マリア様は小さくため息をこぼしながら、ぽっ、と頬を朱色に染め、くし立てるようにやや早口で、


「まぁ確かに、急な来訪で少々失礼な部分があったかもしれん。反省しよう。というワケで、反省の意味もこめてお詫びの品であるコレを受け取ってくれるか、ロミオ殿?」


 まるで事前に用意していたかのように、スラスラと言葉をひねり出しながら、マリア様は俺に向かって小さな紙袋を手渡してきた。


 ん? なんだコレ? エロ本か?


「マリア様、こちらの紙袋は一体……?」

「ソレは我がモンタギュー家お抱えの職人に特注で作らせた――ゴホンッ。……もとい、家に余っておった懐中時計じゃ」

「懐中時計、ですか?」

「う、うむ。どうせ家にあったところで倉庫のやしになるだけじゃし、良ければロミオ殿が貰ってくれぬか?」


 これも人助けだと思ってのぅ、とチラチラと俺の反応をうかがうようにマリア様の視線が肌を叩く。


 妙にソワソワしながら、俺のリアクションを待っているであろう彼女に、ジュリエット様は「またか……」と盛大にため息をこぼしてみせた。


「また荷物を持って来たのかマリア? ウチはおまえ専用の倉庫じゃないぞ?」

「荷物とは失礼な。プレゼントと呼んでほしいのぅ」

「プレゼントと言うなら、ボクの分も持って来てしかるべきだろう? なんでいつもいつもロミオの分だけなんだ……?」

「た、たまたま偶然じゃ」

「偶然ねぇ……下心の間違いだろ?(ボソッ)」


 そうっ、ジュリエットお嬢様の言う通り、マリア様は桜屋敷にやってくるなり、何らかの手みあげを持ってくるコトが多くなったのだ。


 きっかけは確か……今年のゴールデンウィークの終わりごろだったと思う。


 紫色のライラックの花束を始めに、お菓子、果物、男物の衣服などを持って来ては、置いて帰るマリア様。


 しかも最初は3日1度の頻度ひんどで桜屋敷に顔を出していたのに、今では「部活か!?」とツッコミをいれたくなるレベルでほぼ毎日桜屋敷へやってくる始末だ。


 おかけで彼女の持って来てくれたプレゼントで空き部屋が1室埋まってしまったよ。


 いや、プレゼント自体は嬉しいんだけどね? なんかね、ちょっとヒモの気分というか、貰ってばっかりで何も返せていないから、罪悪感がハンパじゃねぇの。


 しかもプレゼントの品もだんだんエスカレートしていっててさ……この間なんか純金で出来た腕時計をプレゼントされて腰を抜かしそうになったよ。


 いやぁ、ビビったねぇ~、アレは。


 なんせあの時計だけで親父の生涯年収を軽く上回るどころか、俺が輪廻転生を5回繰り返しても一生買えそうにないレベルのソレだったからね?


 さすがにこんな高価なモノはもらえねぇ! と、やんわり固辞こじしたのだが、



『別にたかだが60億程度のはした金ゆえ、ロミオ殿が気にすることはないぞい?』



 と素で言い放たれ、我が家との経済状況の差に影でひっそり泣いたのはナイショだ。


 ほんとジュリエット様といいマリア様といい、金銭感覚がバグっているにも程がある。


 この前なんか駄菓子屋へ行く感覚で無人島を買収してたからね?


 ホントどこのアイドルユニットですか? というか彼らはアイドルなんですか? T●KIOォォォッ!


「さ、さてっ! プレゼントも渡したことじゃし、今日の所は引き下がるとするかのぅ。……で、ではロミオ殿? 悪いのじゃが、玄関までエスコートしてくれるかえ? 実はロミオ殿に相談したいこともあるゆえ

「マリア様が自分に相談ですか? ……分かりました。では玄関までお見送りさせていただきます」

「…………」


 失礼しますお嬢様、と膝の上に乗っていた彼女の頭をそっと退か――そうとするのだが、頭に力を入れてソレを阻止してくるジュリエット様。


 もうテコでも動かぬ! という気概きがいすら感じたよね。


「あ、あのお嬢様……?」

「姉上よ、ロミオ殿が困っておるであろう? はやく頭を退けてやらぬか」

「……チッ」


 何故か不機嫌そうに短く舌を打ったジュリエット様とは対照的に、今度はマリア様の唇が愉悦で歪んでいた。


 一体この姉妹はナニと戦っているんだろうか?


「……分かった。ボクも行く」

「お、お嬢様?」

「喜べマリア。今回は特別に桜屋敷の主人であるボクが直々に、おまえをお見送りしてやろう」

「いや、結構。姉上はお疲れのようじゃし、無理をさせるのは忍びない。ロミオ殿だけで充分じゃ」


 そう言ってお優しいマリア様は、ジュリエット様のお身体を気遣うように、あえて冷たくそう言い放った。


 おそらく今日の襲撃で受けた精神的苦痛をおもんぱかってのことだろう。


 まったく、この気配りは俺も見習わないとな!


 だから2人の間の空間が蜃気楼しんきろうの如く歪んでいたり、火花が散って見えるのも俺の目の錯覚に違いない!


 だって2人ともこんなに笑顔なんだもの! うん!


 2人の背景でぼう奇妙な冒険でしか見たことが無い『ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴッ!』の擬音が見えるのも、きっと俺には理解できない深い理由があるに違いない!


「せっかくココまで可愛い妹がやって来たんだ。せめて見送りくらいはするさ。なんせ大事な大事な妹なんだからな」

「いやいやっ! 大事な姉上にそんな使用人のようなマネなんぞさせられぬ。ここはロミオ殿だけで充分じゃよ」

「ふふっ、遠慮することはないぞマリア? ここはお姉ちゃんに甘えてもいい所だ」

「ふふっ、遠慮なんてとんでもない。姉上こそ1人大人しく待っていてくだされ」

「「………」」


 にっ……ごり♪ と笑顔を崩したら負け! みたいな逆にらめっこ状態で微笑みあうモンタギュー姉妹。


 結局、この後ジュリエット様が『お見送りする!』『しない!』で30分ほど揉める事になるのだが……まぁソレはまた別のお話ということで。

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