第1話 ロミオゲリオンは忘れないっ!

 ソファの上でジュリエット様を膝枕し、彼女の頭をよしよしナデナデすること1時間。


 時刻はもうすぐ午後7時を回ろうかとしていた。


「ジュリエット様? そろそろ着替えてお夕飯にしませんか?」

「えぇ~っ? もうちょっとぉ~、あと5分だけぇ~。……ダメ?」

「……かしこまりました。あと5分ですね」

「やた♪」


 甘ったるい声をあげながら、嬉しそうに架空のシッポをパタパタさせる我が主様。


 かれこれもう『あと5分』を6回繰り返しているんですが……えっ? もしかして、これ無限ループ入っちゃってますか? Re:ゼロから始めるアンドロイド生活ですか?


 いやまぁ、正直ふざけている場合じゃないんだけどね。


 本当ならこの時間は夕食を食べている頃なのだが……今日のジュリエット様はとことん甘えたい気分なのか、一向に俺の膝から起き上がろうとしてくれない。


 何なら「えへへ~♪」と子猫のように目を細めて、空いている手で俺のお腹をプニプニ弄り出す始末だ。


 う~ん、使用人兼恋人役である今の俺は彼女をいさめる立場にあるのだろうが……どうも俺はジュリエット様の笑顔に弱いらしい。


 あんな嬉しそうな顔でおねだりされたら、もう何でもやってあげたくなっちゃうんだよね。


 気分はまさに娘が出来たばかりの新米パパンだ。


 あっ、そうだ。パパンと言えば――



「そう言えばジュリエット様。もうすぐ植木様がご結婚されるそうですよ。めでたいですよね」

「植木? 誰? ……もしかして、また別の女なの? ロミオくん?」



 まったりしていたジュリエット様の雰囲気が一変し、飛んでいる蚊なら簡単に殺せそうなくらいの緊張感が部屋に満ちていく。


 その瞳はまさに殺人鬼のソレで……おっとぉ? これは俺、死んだか?


 いつの頃からかは忘れたが、どういうワケか、ジュリエット様は俺の口から女の子の名前が出てくるのが酷く気にくわないらしい。


 そのせいか、時たまこうして鋭い視線を俺にぶつけてくることがあった。


 俺は「ひ、否定! 違います!」と浮気現場に踏み込まれた間男のように、内心狼狽うろたえながら、


「植木様は本家で働いておられる使用人の男性ですよ。ほらっ、よくココへ食糧やら日常雑貨を届けてくださる」

「あぁ、あの人か。なぁ~んだ」


 そう言って、ホッとしたように笑みを浮かべるジュリエット様。


 途端に部屋の中に満ちていた緊張感が霧散むさんしていく。


 どうやら、誤解は解けたらしい。マジでよかったぁ~。


「へぇ~。あの人、結婚するんだねぇ」


 彼女にバレないように、小さく胸を撫で下ろしていると、ジュリエット様はほんのちょっとだけ興味が惹かれた様子でその愛らしいお口を開いていく。


「結婚かぁ~……ロミオくんは結婚するとしたら、挙式は和式と洋式、ドッチがい~い?」

「自分ですか? 自分は、そうですねぇ……強いて言うのであれば洋式でしょうか」


 俺がそう口にした途端、ジュリエット様の架空のシッポとイヌミミがピコピコと反応した。


「いいよねぇ、ウェディングドレス。女の子の夢だよねぇ~」

「やっぱりお嬢様も着てみたいんですか? ウェディングドレス?」

「当たり前だよぉ~。真っ白で、ふわふわで、キラキラしてて……はぁ~、憧れちゃうなぁ」


 うっとりした様子で頬を緩ますジュリエット様。


 お嬢様のこういう所はやっぱり女の子だなぁ、って思う。



 そう言えば昔、我が叔父おじ大神士狼おおかみしろうさんが『女の挙式選びは時間がかかるぞぉ。男が初めて風俗へ行くときと同じくらいになっ!』と言って金次狼きんじろうママンに『ん? ちょっと待ちなさい士狼? アンタ……風俗に行ったことあるの? おぉっ?』と襟首えりくびを握り締められ、泣きながら『誤解! 誤解だよ芽衣ちゃ~んっ!?』って叫んでたっけ。



 そのあと『5回!? 5回も行ったのかキサマぁ!?』と怒り狂った金次狼ママンに、寝室に連れて行かれ、3時間後、妙にお肌がツヤツヤした大神ママンと、枯れ木のようにしおれた士狼さんが帰って来たっけ。


 一体寝室で何が起こっていたのか。


 そしてその間の大神兄妹の死んだような顔は、一体どういう意味だったのだろうか?


 いまだ答えは分からずにいる。


「えへへ……楽しみだね結婚式!」

「そうですね。楽しみですね、植木様の結婚式」

「へっ? 植木? ロミオくん何を言って……?」

「何をって、植木様がご結婚されるので、式が楽しみですねって言う……どうかしましたか、お嬢様?」


 一瞬キョトンとした顔で俺を見つめるジュリエット様。


 何を言われているのか分からない、と言った様子で数秒ほど固まっていたが、すぐさま何かを思い出したかのように「ハッ!?」とした表情へと切り替わった。


 瞬間、妻に浮気がバレ、慌てて取り繕う旦那のように、ジュリエット様のプルプルの唇がせわしなく動き出した。


「あ、あぁ~っ!? うんうん、そうそう! 植木さんね!? い、いやぁ~、楽しみだね植木さんの結婚式!」

「? 何を慌てているんですかお嬢様?」

「な、何でもない! 何でもないから!?」


 放っておいて! と言わんばかりに、首筋まで真っ赤にしたジュリエット様がぷいっ! とそっぽを向いてしまう。


 いや、その顔で何でもないはないでしょうよ……。


 と、ツッコミたいこと山の如しだったが、デキるアンドロイド(にせ)と評判の俺はもちろんさりげなくスルーしておいた。


 代わりにジュリエット様の頭をナデナデしてあげると、再び「ふわぁ~♪」と蕩けた声をあげ、上機嫌になるお嬢様。


 ほんとチョロ――もとい可愛いお方だ。


「ねぇねぇロミオくん? お腹もナデナデしてぇ?」

「えっ? お、お腹ですか? さすがにソレは……」


 いくら俺がアンドロイドで恋人役だからと言っても、あくまで『役』なのだ。


 さすがにそこまでするのは、未来のジュリエット様の旦那様に失礼な気がするし……。


 ソレにこのまま行ったら、何て言うか……最後まで行きそうで、ちょっと怖い。


 いや、別にジュリエット様とホニャララパ~な関係になるのが嫌というワケじゃないぞ?


 ただ今の自分の立場を忘れてレッツコンバイン♪ 出来るほど、俺はドライでも、大人でも、性欲の化身でもない。


 ジュリエット様には申し訳ないが、ここは心を鬼にして断らせて――


「おねがぁ~い、ロミオく~ん♪」

「かしこまりました」


 脳内で「バカ野郎ッ!? 罠だ! 引き返せぇぇぇぇっ!?」と叫び続ける俺悪魔を「うるせぇっ!」と天使と共に一蹴いっしゅうし、覚悟を決める。


『嫁入り前の女の子がはしたない!』だとか、そんなモノはもうどうでもいい!


 俺はこの瞬間を全力で楽しむぞジョジ●ーッ!


「それでは、失礼します」


 俺は二次関数バリに膨れ上がる興奮を必死におさえつけながら、約束されし勝利をもぎ取るべく、ジュリエット様のふにふにのお腹へと手を伸ばした。





 さてっ、ここで少し話は変わるが、世の中、勝利を確信した瞬間ときほど危険なコトはない。





 一瞬の気の緩み、そこにイタズラ好きの天使は滑り込んでくるのだ。


 例えば……そう、アレは俺と金次狼と幼馴染みのあーちゃんとの間で、もう何度目になるか分からない稀代きだいの名作にして、主人公と共に声優が物凄い勢いで成長をげる伝説の神アニメ『ボ●バーマンジェッタ―ズ』のブームが訪れた時だから……確か中学2年生の春休みだったと思う。


『子どもに見せたい作品』というコンセプトをしっかりと貫きつつ、生物の『死』について深い考察を視聴者に投げかけてくる点から、隠れた名作として人々の涙腺をボ●バーシュートしてくる素晴らしい作品だ。


 ただ、あまりこういうコトは言いたくないのだが、当時の商業的展開があまりにもお粗末だったこともあり、大衆的な人気は低く、知名度もあまり高くない。


 もちろん、知名度が低いからと言って駄作というワケではなく、むしろ何故このクオリティでこんなに知名度が低いのか? と小首をかしげざるえないくらい作品の出来は最高だ。


 とくに後半のOPである『ホ●プ! スキ●プ! ジャンプ!』は本編の内容と恐ろしいまでにシンクロしていて、聞いただけで涙腺が爆発してしまいそうだ。


 本来であればここで『ボ●バーマンジェッタ―ズ』について熱く語りたい所なのだが、語りだすと1日が終わってしまうので今回は割愛かつあいさせてもらおう。


 さて、そんな神アニメにハマっていた中学2年の春、俺は我が従兄弟いとこである金次狼と共に、何故かサッカー部の合同練習&練習試合に連れて行かされたことがある。


 我が中学はそんなに生徒数が居ないことに加え、『キャプ●ン翼』から始まり、みんな大好き『イナ●マイレブン』が引き起こした大サッカー時代ほど学校内でサッカー熱は高くなかった。


 のだが、当時のサッカー部顧問がやたら熱い先生で……何を張りきったのか超大型バズを貸し切ってきたので、さぁ大変!


 総勢16人程度のサッカー部員たちだけではバスの中はガラガラ。


 これでは相手校に舐められる、ということで急遽きゅうきょどこにも所属していないヒマを持て余している男子生徒を招集し、連れて行ったのだ。


 そこで俺と金次狼にも声がかかってきたのだが……どうやら先生の目当ては俺たちではなく、金次狼を誘えば着いてくるかもしれない我らがファースト幼馴染みにして学校のマドンナ、司馬青子ちゃんが本命だったらしい。


 まぁ残念ながら、その日は青子ちゃんもあーちゃんも、金次狼ママンと一緒に大神家でお菓子を作る約束をしていたので着いてくるコトはなかったが。


 あのときの先生の何とも言えない落胆した顔を、俺たちは一生忘れないと思う。


 まぁ先生の気持ちも分からなくはない。


 なんせ当時のあのサッカー部にマネージャーは居らず、強いて言うのであれば、トイレ掃除中によく分からん骨を骨折した田中くんがしばらくその役目をになっていたくらいだ。


 漫画やアニメとかで見る『スポーツ系のイケメンに黄色い声援を送る女子生徒』は一切居らず、男だらけのこの部活に至っては『悲惨ひさん』どころか『惨劇さんげき』の二文字が似合う有様だった。


 だからこそ、女子生徒の1人でも居て欲しかったのだろうが……現実とは非情である。


 そんなサッカー部に追い打ちをかけるかのごとく、顧問の教師が練習相手に選んだ学校は超が3つくらいつく程の強豪サッカー部である。


 そりゃ、もう……凄いぞ?


 グラウンドはデカいし、休日だというのにカメラを持った親御さんがわんさか居るし、なにより応援に来たであろう女子生徒が両手じゃ数えきれないほどいっぱい居るのね。


 バスを降りた瞬間、自分たちの部活レベルとの違いに「あれ? 俺、異世界へ転移しちゃったかな?」と錯覚しかけたくらいだ。


 当時サッカー部のキャプテンだった岡田くんが世に解き放った『……俺の理想とするサッカー部がここにあった』は今思い出しても胸が熱くなってくる。


 もちろんギャラリーだけではなく、物凄い数の部員数を前に、所詮しょせん弱小サッカー部でしかないコチラはただただ圧倒された。


 このとき、俺たちは何故土下座してでも青子ちゃんに来てもらわなかったのだろうか、と強く後悔した。



 いやね? 相手さんのマネージャーがね、もうエロいのなんの。



 ポニーテール、ツインテール、サイドテールのマネちゃんズだったんだけね? 白いTシャツの裾をウェストのあたりで縛っちゃって、可愛いおへそが丸出しだったのよね。


 もう絶対に部のエースか顧問の先生とデキちゃってるんでしょ? って雰囲気がバリバリだったのよね。


 それに比べてコッチは田中くんである。


 もはや比べるのもおこがましいレベルの戦力差だ。


 こうして萎縮したまま合同練習が始まった。


 そして練習試合が始まるタイミングで、俺を含むおまけの人員たちは脇でゴロゴロとスマホ版『ボ●バーマン』を楽しんだ。




 そんな時だ、彼が俺たちの前に現れたのは。




『ねぇ? ヒマなら僕たちと一緒に向こうのコートでミニゲームでもしない?』と、明らかにサッカー漫画だったら女性人気が高そうな細見のイケメンたちが俺たちに声をかけてきたのだ。



 どうやら相手校の3軍の選手らしく、今日は出番が無いのか、俺たちをハーフコートで行う5対5のミニゲームに誘ってきたらしい。


 まぁ向こうから見たら、俺たちは弱小サッカー部の補欠にすら入れない最底辺部員に見えたのだろう。


 実際、我が正式なサッカー部員たちは相手校と練習試合中。


 結果、俺や金次狼のようなおまけの人員だけが横でグダグダしていたので、そう見られても仕方がないと言えるだろう。


 正直、俺をふくめ着いてきた奴らはろくにサッカーをプレイしたことがない初心者もいい所の連中だ。


 やんわり断ろうと俺は口を開きかけ、




『あれあれ? もしかして小鳥遊くん試合するのぉ? じゃあ私ガンバって応援するね!』




 と、先ほどのエロい感じバリバリのポニーテールのマネちゃんが笑顔でやってきた瞬間、俺と金次狼はスマホを置いて立ち上がっていた。


 だが残りのメンバーは依然としてやる気ゼロ。


 しょうがないので、1発ぶん殴ってでもやる気を出させるか、と金次狼と2人で仲良く仲間たちをシバきあげようとした矢先、例のイケメン小鳥遊くんが選手を3人コチラに貸してくれると進言してくれたので、全力でお言葉に甘えることにした。


 顧問もダラダラとゲームをやられるよりは体裁ていさいたもつことが出来ると思ったのか、アッサリと許可してくださり、俺と金次狼は急遽練習試合に参加することになったのであった。





 ……のだが、何かがおかしい? 




 というのも、貸し出された相手さんの選手3人というのが、いかにもモヤシっ子風のトロそうな3人で……ずっと自信なさげに愛想笑いを浮かべてヘラヘラしているような奴らだったのだ。


 試合前の軽いミーティングでそれぞれ自己紹介をするのだが、どうやら俺たちに貸し出された3人は3軍にすら入れない、雑用の3人だというではないか。


 だから余っていたというのは分からなくもないが、何故よりにもよって選手層の厚いチームからこんな3人を……?


 何か釈然しゃくぜんとしないモノを感じつつも、試合開始。


 数分後、その疑問の答え合わせと言わんばかりに、俺たちは小鳥遊くんにどうしようも無いレベルでハメられたことを知ることになる。



『まずは1本、キッチリ行こう!』



 そんな小鳥遊くんの掛け声と共に始まった暇つぶしのミニゲーム。


 この試合を通じて「やるなお前」「お前もな」的な展開で小鳥遊くんと仲良くなり、あわよくばあのエロいマネちゃんズ達とお近づきになろうと画策かくさくしていた俺と金次狼はゲームが始まってすぐ、この試合の真の目的を理解した。


 確かに小鳥遊くん率いる敵チームは強かった。


 とくに小鳥遊くんは見ていて気持ちがよくなるせるプレイをする。


 そう、試合的に良しとされるプレイより、カッコよさを取っているのだ。


 しかもそのやり口が俺たちにあてがわれた例の3人を上手く使って、自分の見せ場を作っていく手法だった。


 もちろん例の3人も一生懸命頑張るが、いかんせん……ヘタだ。


 それが余計に小鳥遊くんのプレイにはなを持たせて、エロいポニーテールのマネージャーが『小鳥遊くんスッゴーイ!』とキャッキャとはしゃぎ、ギャラリーの一部も歓声をあげる。



 それが酷く不愉快で仕方がなかった。



 この小鳥遊くんという男、間違ってもお互いの実力を認め合って、試合後に握手するような奴じゃない。


 いや、建前たてまえ上するかもしれないが……それだけだ。


 試合を通じて本当のマブダチになって、あのエロいマネちゃんズを紹介してくれるような奴じゃない。


 それが分かった瞬間、俺のやる気は日経平均株価のように暴落した。


 これはもう後半までやらずに、適当に相手を褒めちぎって、前半でおしまいにさせてもらおう。


 そう思ったのは金次狼も同じらしく、俺たちは素早くアイコンタクトを飛ばし合い、他の3人にそのことを説明しようとして……状況が変わった。


 例の3人は苦笑を浮かべながら、申し訳なさそうな顔で俺たちにこう言ったのだ。





『ごめんね、巻き込んで? いつもの事だから、気にしなくていいよ』――と。





 瞬間、何かを察した金次狼が審判のサッカー部員にタイムをかけ、詳しい話を例の3人から聞き出した。


 要約すると、こうだ。


 小鳥遊くんは表面上、この3人の友達と自称しているが、本当はそんなコトなく、実際は自分が輝くための脇役としてダシに使っているだけの存在らしい。


 その扱いは今に始まったことではなく、もう2年も前からずっと続いているらしい。


 慣れてるから大丈夫、と苦笑いを浮かべる例の3人を前に、俺はひどく気持ちの悪い思いをしたものだ。






 ――あの小鳥遊という男が、酷く気にくわなかった。






 それはどうやら金次狼も同じだったらしい。


 気がつくと金次狼の瞳が普段のおちゃらけたソレから、本気のソレに変わっていた。




『予定変更だ。……やるぞ、相棒ロミオ




 瞬間、金次狼の身体から尋常ならざるプレッシャーが発散され始めたので、俺は奴のスイッチが切り替わったコトを察した。


 この男、元来がんらい熱い男なのである。


 平気で他人を食い物にする利口な奴が大っ嫌いな金次狼にとって、小鳥遊は天敵と呼んでもいい存在だった。


 静かにブチ切れる金次狼。


 気持ちは分かる。俺もほとんど同じ気持ちだった。


 決して、あのエロいポニーテールのマネちゃんとクソ野郎小鳥遊が付き合っていて、しかももうすでに中学生がしてはいけないあんな事やそんな事を毎日の如くしまくっているらしい、という追加情報が原因ではない。


 俺も金次狼も苦労は人に押し付け、自分だけ美味しい所を持っていく人間が大っ嫌いなのだ。


 もう何としてでも、あの小鳥遊って野郎に一泡吹かせたくて仕方がない。


 こうして長々ととったタイムは終わり……俺たちの本当の戦いが始まった。


『ここから先は本気だ、クソ野郎!』


 という金次狼の発破はっぱをきっかけに、今までのびへつらったプレイをかなぐり捨て、全力で喰らいつく俺たち。


 頭は空っぽだが、天から与えられた才能をフィジカルに全振りしているおかげで、個人技に関して言えば素人のクセに全国レベルの猛者もさたちと平気でやり合うことが出来る金次狼と、そんな金次狼に身体能力で若干劣るものの、対等にやり合うことが出来る俺とのツートップによる怒涛の追い上げがスタートした。


 いきなりプレイスタイルを変えたことであちらさんも呆気あっけを取られ、少々混乱しているようだった。


 その間に俺たちは相手さんがカッコつけのプレイから、本気のソレに切り替わるまでに何とか点差をひっくり返そうとするのだが……やはりそう上手くはいかない。


 腐っても向こうは強豪校チームのメンバーだ。


 大事な要所、要所を抑えてきて、中々点が縮まらない。


 何よりコッチは実質2人だ。


 パスをカットされた際のカウンターはもちろん、シュートを決めた直後の攻防の切り替えに使う体力消費がハンパじゃないのだ。


 無論、父親譲りの無限のエネルギーとバイタリティーを持つ金次狼がコチラには居るが、残念ながらこの時点では奴の身体は出来上がっておらず、金次狼の持つ潜在エネルギーに身体が追いついていないという有様で、どうあがいても常時全力出力は15分が限界だった。


 用はF1のエンジンを軽トラに詰め込んでいるような状態で……このままでは最後まで体力がたない。


 どうする? と、俺が打開策を見つけるべく必死に頭とボールを回していた前半戦ラスト3分。俺たちに予想外の援軍が入った。



 そう、例の雑用3人である。



 それまで流すようにプレイしていた3人の動きが、徐々に本気のソレになっていったのだ。


 確かにお世辞にもプレイは上手いとは言えない。


 だが、彼らのプレイは決して無駄ではない。


 選択肢が跳ね上がったことにより、ウチのエゴイスト金次狼の本領が爆発的に発揮されていく。


 気がつくと、あんなに開いていた点差は前半終了時には3点差にまで縮んでいた。


 自分たちのベンチに戻る際、小鳥遊はそれまで顔に張りつけていた薄気味悪い笑みを消し去って、鋭い目つきで俺たちを睨んできた。



『なに調子こいてんだよテメェら? をわきまえろや。こんなお遊びで本気になりやがって……マジダセェわ』



 俺たちにしか聞こえないような声でささやく小鳥遊。


 奴の言葉にそれまで活気に満ちていた雑用3人の瞳に影が落ちる。


 が、俺と金次狼が逆にほくそ笑んでいた。


 今の小鳥遊は必死になっている。必死ということは本気だ。ソレを引っ張り出せたということは、俺たちがそれだけ奴を追い詰めている証拠に他ならない。


 後半戦が始まる前、俺はソレを雑用3人に話し、金次狼がシメと言わんばかりにゆっくりと唇を動かした。




『お遊びでも何でもいい、このゲーム……勝つぞ!』――と。




 俺たちは全員、力強く頷き、着ていたTシャツを脱ぎ捨て半裸になった。


 服を掴まれるラフプレイが多くなっていたので、もはやこんなモノ邪魔以外の何物でもないのだ。


 ルール違反だろうが、元々チーム内でそろってすらいなかったので、ちょうどいいとさえ言えた。


 そして俺たちは半裸のまま、5人で固く円陣を組み、




『勝利以外の結末なんてありえねぇ! 行くぞっ! 俺たちは――』

『『『『最強だ!』』』』



 

 金次狼の掛け声に合わせて、全員あらん限りの声を張り上げていた。


 そんな俺たちを見て、後ろ指差して笑う奴らもいたが、知ったこっちゃねぇ。


 後ろ指差されるということは、俺たちがそれだけ人より前を歩いているということなのだ。


 それを誇るこそあれ、恥じることなぞ何も無い!


 遊びでマジになるのがダサい?


 上等だ!


 遊びにすら本気になれないヤツが、何に本気になれるっていうんだよ?


 俺はラブコメの主人公やラノベの主人公のようにグダグダと文句を言い、斜に構えるだけの人間になんざなりたくねぇ!


 みっともなかろうが、泥臭かろうが、今を全力で生きてやる!


 ソッチの方がよっぽど上等だ。


 こうして後半戦は、俺と金次狼の戦いではなく、俺たちと雑用3人の戦いとなった。


 足りない技術は魂でおぎなへ! をスローガンに、雑用3人は踏ん張る。


 苦しかろうが、足が重たかろうが、関係ない。1歩でも前へ、半歩でもいい、とにかく進め! と自分たちを叱責しっせきし、踏み出す足を決して止めない。


 その勇気に背中を押されて、俺と金次狼の動きにもキレが増していく。


 彼らがここまで頑張ってくれているのだ、ここでキメなきゃ男じゃねぇ!


 身体の中に残ったスタミナを最後の1滴に至るまで全てしぼり尽くすように、後のことは何も考えず、今に全力を注ぎこむ。


 大丈夫、未来のことは未来の俺たちが何とかしてくれる。


 だから……勝つんだ! 今、ここで!


 俺たちの気力が敵チームを凌駕りょうがしたとき、ジリジリと点差が縮まっていった。


 途中、小鳥遊たちが適当な事を言ってプレイをやめようとしたが、それは先に練習試合を終えた向こうさんのチームと小鳥遊たちを何も疑わずに全力で応援しているギャラリーが防いだ。


 これは奇跡でも何でもない。


 明らかに全力でぶつかっている俺たちのプレイが、彼らをき寄せたのだ。


 例え稚拙ちせつだろうが、魂を燃やし、本気で取り組むスポーツには熱が帯びる。


 誰も彼もが俺たちのミニゲームを応援し始め、いつしか遊びで始めたゲームは本日のメインイベントと言わんばかりに最高の盛り上がりを見せていた。


 これで小鳥遊たちの逃げる手段は無くなった。


 それで覚悟が決まったのか、あちらさんも死にもの狂いで俺たちに喰らいついてくる。


 だが覚悟を決めるのが遅かった。


 後半ラスト1分、俺のパスに合わせた金次狼のシュートが相手ゴールを貫き、とうとう同点にまで追いついたのだ。


 だが、残り時間は1分である。


 あくまでも、これはミニゲーム。延長なんて洒落しゃれたモノはない。


 つまり泣こうがわめこうが、次が正真正銘ラストプレイとなる。


 俺はゆっくりと息を吐きながら、金次狼を、雑用3人を見た。


 みな体力はもう限界だ。今にもぶっ倒れてしまいそうなくらい、完全に息があがっている。


 それでもなお、瞳だけは燦々さんさんの勝利に向かって輝いていた。


 引き分けなんてありえねぇ! と、勝利以外の選択肢なんぞはなから頭の中には無いように、みなゴールだけを睨みつけていた。


 俺はソレを確認するなり、『愛してるぜ、おまえら』と心の中でつぶやきながら、相手からボールを奪う。


 ソレを合図に全員敵陣へと駆け上がった。


 そして俺はゴールに1番近い金次狼の足下めがけて最後のパスを出そうとした瞬間、負けを良しとしない小鳥遊が明らかにファールのタックルを金次狼にブチかましたのだ。


 普段のアイツであれば、野生じみた反射神経で対応していたのだろうが、今のアイツの目にはゴールしか映っていなかったせいもあり、小鳥遊のタックルをモロに身体で受け止めてしまう。


 結果、金次狼は小鳥遊と共に激しく転倒し、俺のパスコース上には敵さんの1人だけが浮かび上がっていた。

 

 マズイッ!? もうパスコースは変えられない! このままじゃ、ボールが奪われる!?


 無理やり適当な場所へ打つか?


 いや、もう回復リカバリーする時間がない。


 なら、自分でシュートを打つか?


 ……それもダメだ。足はもうパスするべく動き出している。今さら動きを止めることも、変えることも出来ない。


 どうする? どうする!? どうすればいい!?


 シナプスが焼き切れんばかりに思考が錯綜さくそうする。


 いくつもの選択肢が浮かんでははじけてを繰り返す。


 絶望が俺の背中を掴む。

 





 ――そんな時だった。俺が視界の端でを捉えたのは。




 

 刹那、俺の脳裏に浮かんでいたゴールまでの道筋は弾け飛び、バラバラになったピースを一瞬で再構成。


 そして俺は……何ら躊躇ためらうことなく、パスを出していた。


 瞬間、勝利を確信したのか、小鳥遊たちの顔に笑みが宿る。


 だが彼らは知らなかったのだ。




 その勝利を確信した一瞬の心の隙間に、イタズラな天使が滑り込むことに。




 俺の出したパスは、真っ直ぐ相手さんの足下へと……行かず、例の雑用1人の足下へと収まった。


 そう、俺がパスを出した瞬間、雑用の1人がパスカットをするべく走り込んでいたのだ。


 まさか、味方同士でパスカットをするだなんて思っていなかった相手さんの顔から笑みが消える。


 その思考停止の隙間を縫うように、俺たちは全力で叫んでいた。




 ――打て、と。




 その瞬間、彼は一体ナニを思ったのだろうか?


 どんな気持ちでボールを手にしたのだろうか?


 どんな想いをボールに込めたのだろうか?


 その答えは俺たちには分からない。


 ただ分かることと言えば……この瞬間、世界のどんな選手よりも、彼はストライカーエゴイストだった。


 残り5秒。まるでゆっくりと感じる時間の中、彼の振り抜いた足がボールを捉える。


 そして俺は、敵選手と共に、鮮やかに、綺麗な放物線を描くボールを目で追いながら……心地よいゴールの音を聞いた。


 一瞬の間を置いてやってくる、耳が痛くなるほどの静寂。


 誰かの息を飲む音が聞こえた気がした。1度だけ。2度目はなかった。


 大地を震わすほどの歓声が、スコールとなって他の全てを打消し、俺たちの肌を叩いたのだ。


 驚愕の表情を浮かべながら、信じられないと言わんばかりに膝を折る小鳥遊たち。


 俺たちはそんな彼らを尻目に、誰が言ったでもなく身を寄せ合い、腹を抱えて笑い合った。


 そう、このとき俺は確かに学んだハズだったのだ。


 勝利の瞬間こそ、イタズラの天使は舞い降りてくるって。





「ロミオくぅ~ん、はやくぅ~♪」


 れたようなジュリエット様の声音が、俺の思考と理性を蕩けさせていく。


 そして俺は、膝枕しているお嬢様のふにふにのお腹めがけて、その震える指先をそっとわせ――




「(ガチャッ)失礼するぞ姉う……え……はっ?」




「「あっ」」


 ――るよりも先に、ジュリエット様のお部屋の扉が無造作に開かれた。


 扉の先に居たのは、ジュリエット様と同じく洗い立ての太陽のごとき金色の髪をした、スラッとしたモデルのような美少女だった。


 というか、ジュリエット様の1つ下の妹君であるマリア・フォン・モンタギュー様だった。


 本日はお休みだというのに、何故か私立セイント女学院の真っ白な制服に身を包んでいるマリア様。


 その瞳は驚愕きょうがくからだんだんと湿ったモノへと変わっていき、最後には見ているこちらがゾクッ! とくるほど美しいジト目で睨まれていた。


 う~ん、どうして美人に睨まれると、背筋がゾクゾクするのだろうか?


 何だかイケない扉を開いてしまいそうで怖いなぁ。


 と、我が優秀な頭脳が現実世界から脱出ベイルアウトしようとした矢先、俺の膝枕で子猫のように蕩けきっていたジュリエット様がキリッ! とした表情で、




「どうしたマリア? ボクに何か用か?」




 ……お嬢様、流石にソレは無理があります。

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