第3曲  アンドロイドは砕けないっ!

プロローグ ジュリエット様は甘えないっ!

 ジュリエット・フォン・モンタギュー。


 世界屈指の大財閥にして大富豪、テレシア・フォン・モンタギューの娘にして、大貴族モンタギュー家の次期正統後継者である彼女の毎日は、目が回るほど忙しい。


 学業から習い事、果ては社交界のパーティーに出席するお偉いさんへの顔見せやご機嫌取りなど、その小さな身体に見合わないパワフルな行動力で日々を駆け抜けて行く彼女。


 世間一般で言えば遊びたい盛りの高校2年生だというのに、彼女は愚痴は吐けども弱音は吐かず、自分に与えられた使命を、家名を背負い生きている。


 ほんとに頭が下がる思いである。


 そんな彼女だからこそ、モンタギュー家の次期正統後継者にふさわしいと俺は思うのだが……どうやら中にはそう思っていない不届き者たちが居るようで、ときたまジュリエット様は命を狙われる事件に巻き込まれることがある。


 例えば、今から数時間前の出来事なんかいい例だろう。


 6月序盤、生温かい湿った風が舐めるように肌を撫でる梅雨直前の土曜日。


 俺は『汎用ヒト型決戦執事』人造人間ロミオゲリオンとしての職務をまっとうするべく、ジュリエット様と【おとぎばな市】に新しく建築されたとある大型デパートへとやってきていた。


 もちろん買い物……何かではない。


 このデパートの建設費を出費した人間として、本日行われるオープンセレモニーに参加しているのだ。


 ジュリエット様は相変わらず無表情、無感情の『鉄仮面』モードのまま粛々しゅくしゅくと市長やら代議士の先生と一緒になって、報道カメラマンやデパートへやってきたお客さんが見守る中、赤と白色のテープを挟みで切ろうとしていたその時、ソレは起こった。



「死ね小娘ッ!」



 と、群衆の中をかき分けてナイフを持ったガリガリの男がジュリエット様めがけて駆けてくる。


 突然の出来事に警備員はおろかSPたちも反応出来ず、男の凶刃きょうじんがジュリエット様の柔らかいお腹を貫く。






 ――よりも速く、彼女の脇に待機していた俺は男のナイフを蹴り上げた。






「ふわっ!? な、なん――でゅえっ!?」


 余程強くナイフを握っていたのか、男のナイフを持っていた方の手首の関節がグニャッ、と変な方向へ曲がってしまった。が、申し訳ない気持ちは一切沸かない。


 むしろ「余計な仕事を増やすな!?」という気持ちをこめて、男の顔面に右の拳を陥没かんぼつさせる。


 男はブヘッ!? と鼻血をアーチのように吹き出しながら、後方へ吹っ飛び、ピクリとも動かなくなった。


 ソレを見て固まっていた警備員やSPたちが「ハッ!?」とした様子で慌てて男の身柄を拘束し始める。


「ジュリエット様。お怪我けがの方は?」

「ない。よくやったロミオ」


 ジュリエット様はツカツカと警備員たちに拘束される男の前まで移動する。


 そのまま興味なさそうに無機質な瞳のまま男を見下ろして、吐き捨てるように冷たく言い放った。


「誰に金を積まれたか知らんが、ツマランことをする奴だ。せっかくのセレモニーが台無しだ。この落とし前はどうつけてくれるんだ? ん?」

「た、助けてくださいっ! ぼ、僕には愛する妻と息子が……ッ!?」

「……そうか」


 ジュリエット様は男の顔の前で膝を折るなり、持っていたハサミを天高く振り上げた。


 そして、誰かが制止する間もなく、勢いよく男の耳元スレスレへとハサミを突き立てる。


 ギンッ! と鈍い音を立てて地面とハサミがぶつかり合う。


 途端にガリガリの男は青い顔を浮かべ「ひぃっ!?」と悲鳴をあげた。



「ボクは基本的に哺乳類ほにゅうるい、とくに人間という劣等種を嫌悪している。その中でもボクがもっとも嫌いな人間は――平気な顔で嘘を吐く人間だ。それはもう刺し殺したくなるくらいにな。……おまえは『どっち』だ? ボクの嫌いな人間か?」


「は、はひぃっ!? ご、ごめんなしゃいっ! ごめんなしゃいっ! う、嘘です嫁も息子も居ません! あ、謝るんで命だけは助けてくだしゃいっ!!」


 ガリガリの男は股間部分に大きな水たまりを作りながら、涙と鼻水を垂らして必死に命乞いをし始める。


 そんな粗相をしでかした男を軽蔑けいべつしきった瞳で一瞥いちべつしながら、ふんっ、と小さく鼻を鳴らすジュリエット様。


 そのまま警備員たちに視線を向け、


「あとは頼んだぞ」

「「「か、かしこまりました!」」」


 と、全力でおののかれながらもと居た場所へと引き返していく。


 それにしても、よくあの男が嘘を吐いていたなんて分かったよなぁ。


 なんて1人ひっそりと感心していると、念の為にモンタギュー家本家から派遣された護衛たちが慌てふためくようにジュリエット様に声をかけ始めた。


「ジュリエット様ッ! ご無事ですか!?」

「ご気分はいかかでしょうか!?」

「す、少しお休みになられますか!?」


 引き締まった身体をした黒スーツの男たちに言い寄られ、ジュリエット様が鬱陶うっとうしそうに「チッ……」と舌打ちをした。


狼狽うろたえるなっ! それでもモンタギュー家を守護する人間か!? 少しはアンドロイドのロミオを見習え!」


 ジュリエット様は「見ろっ!」と言わんばかりに俺に視線を寄越し、


「あれだけのコトがありながら、眉1つ動いていない。まさに冷静そのもの。貴様らもモンタギュー家の名を背負う者ならば、これくらいのことでいちいち慌てふためくな!」

「「「す、すみません……」」」


 護衛の黒服たちが申し訳なさそうに声を揃えて頭を下げる。


 大の大人たちが少女1人に頭を下げる光景は中々に凄いモノがあった。


 それが見た目完全に小学生のジュリエット様だから、余計にそう感じてしまう。


 そんなジュリエット様たちのやり取りのすぐ傍で市長た代議士の先生が、何故か驚いたように俺の方を凝視していた。


「あ、あれが噂のアンドロイドの実力ですか……」

「いやはや、さすがはジュリエット工房の科学の粋を集めた最新鋭のアンドロイドですね。ぜひウチに1体欲しいものです……」


 感心したようにジュリエット工房を褒めちぎるお偉いさんたちを前に、俺は何とも言えない気分を味わっていた。


 ……なんか日に日に泥沼にハマっているような気がするなぁ。


 ポーカーフェイスの下で1人オロオロしていると、ジュリエット様がかつを入れるように護衛たちに向かって声を張り上げた。


「いいか? おまえたちはモンタギュー家の名を背負ってここに立っているんだ! 1分1秒とて気を抜くなよ!」


 はいっ! と声を揃えて敬礼する黒服たちを、ジュリエット様は厳しい目つきで見つめ続けた。




 ◇◇




 そしてその日の夜である。


「――ひゃわぁぁぁ~。メチャメチャ気ぃ抜いてたよぉ! 危なかったぁ~。ほんとロミオくんが居て助かったよぉ~♪」

「……恐縮です」

「もうっ! ボクたちは恋人なんだから、そんなにかしこまらなくてもいいんだよぉ?」


 そう言って『はにゃっ!』と、俺にしか見せない笑顔を浮かべるジュリエット様。


 あんな事件のあった晩、俺は桜屋敷のジュリエットのお部屋にて、完全にリラックスして『わんこ』モードに突入した我が主をソファの上で膝枕しつつ、彼女の金色の髪を優しく撫でていた。


 ……はたから見たら完全に事案発生案件である。


 ま、待って! 待って! これは別に俺がしたくてしているワケじゃないから!


 確かに童貞にとっては夢・シチュエーションだけれどもっ! 決して楽しいときを創る企業、バ●ダイの提供でお送りしてないから! スポンサーじゃないから!


 だからとりあえず、その取り出したスマホは仕舞って! お願い!


 通報する前に、まずは俺の話を聞いてください!


 そう、あの事件が無事収束し、何事もなく帰宅するなり、着替えもそっちのけでジュリエット様ったら、早々に子犬のように俺の膝の上で甘え出したちゃったのよね。


 もうさっきまでの凍てつく氷のような雰囲気はそこには無く、背景にポワポワと桜の花びらが散っている錯覚を覚えるほどに、ゆる~い雰囲気を醸し出すお嬢様。


 しかも凄く幸せそうな顔で。


 こんな状態のお嬢様を前に「やめてください!」と言えるだろうか? いや言えない!


 そう、俺は悪くない! 社会が悪い!


「(すんすん)ロミオくんって何だかイイ匂いがするね?」

「そ、そうでしょうか? 自分ではよく分からないのですが?」

「うん。何て言うか、すっごく落ち着く匂い。ボクは好きだよ、ロミオくんの匂い」


『好き』と言われて思わず心臓が高鳴ってしまう。


 お、落ち着けマイハート。深読みするんじゃないぞぉ? ジュリエット様はただ愛玩あいがん動物として好きだと言ったに過ぎないんだ。


 だから勘違いしたら後がツライぞ、俺!


 チクショウ! ここまで俺の心をかき乱すとは、なんて魔性な女の子なんだ俺のご主人様は!?


 ジュリエット様はそんな俺の気持ちなぞ知らんとばかりに、足の付け根部分に鼻先をうずめながら深呼吸し始める。



 ……おっとぉ? さすがにコレはマズくないか?



 こんなポージングの写真をネットにアップしようモノなら「コレ、完璧にアレがソレしてるよね?」という感想と共に東京都から俺を社会的に抹殺するべく刺客が送られて来ることけ合いだ。


 いやだってコレもう、何て言うか完全にその……アレだ。


 俺とジュリエット様がホニャララパーしている姿にしか見えないよね。


 さぁみんな、想像してごらん? 現役ロリータ女子校生が童貞のソーセージに顔を埋める光景を。



 ……うん、国が国ならSWATが出動しかねない。



 しかもお嬢様の小柄なクセに出るトコは出ている爆裂ボインが、ムニムニと俺の膝の上で変幻自在に形を変えてくるから……もう、ね? 分かるでしょ?


 俺の日本が今にも立ち上がりそうで……うん。


 事は緊急を要した。


 俺は何とかお嬢様のお顔を退かそうとお尻をもぞもぞ動かして微調整を加えるのだが……いかんせん、ジュリエット様のお顔がビクともしないのね。


 もう100人乗っても大丈夫なアレくらいビクともしないのね。


「あ、あのジュリエット様?」

「ん~? なぁに、ロミオくん?」

「その……誠に言いづらいのですが、少々お顔の位置をズラして頂いてもよろしいでしょうか?」

「ん? んん~……ヤダ♪」


 そう言って再び俺の足の付け根部分で鼻先を突っ込んで、深呼吸をし始めるジュリエット様。


 ……う~ん、そろそろ本格的に東京都の動きが気になってきたぞぉ~☆


 ジュリエット様はこれでもかと言わんばかりに、俺の膝に頬ずりしながら、「グェヘッヘッヘ~♪」と女の子が出してはいけないたぐいとろけた声を出す。


 なるほど、これが赤ちゃんプレイを強要される嬢の気持ちか……また1つ勉強になったよ。


 ジュリエット様はお茶の間の『よい子』たちには見せられない顔を浮かべながら、


「ふぁぁ~♪ やっぱり愚かな人間とは違い、嘘をつかないしおとしいれようともしない無機物が1番っ! アンドロイドのロミオが1番だよぉ!」


 そう言って、幸せ全開の笑顔を向けてくれるジュリエット様。


 あっ、そう言えばまだ俺の紹介をしてなかったっけ?


 どうもぉ~、『汎用ヒト型決戦執事』人造人間ロミオゲリオンこと、安堂ロミオでぇ~す♪


 もう大方の方が気がついていると思うでのぶっちゃけますけど、人間でぇ~す♪


 さてっ、何でどこにでも居る普通のイケメンの俺が大財閥のお嬢様のアンドロイドなんて真似事まねごとをしているのかと言うと……これにはジュリエット様の谷間の如き深い理由があったりするんだよね。


 というのも、我が愚かなる父上である安堂勇二郎パパ上が、ジュリエット様の命令で彼女専用のアンドロイドを作ってたんだけど、ソレを親父のカリスマがせる技なのか、部下に持ち逃げされたんだよね!


 結果、国家予算並みにモンタギュー家の資金をつぎ込んだアンドロイド計画は失敗。新しく作ろうにも製作には最低3カ月はかかる上、納期は明日。


 このままでは安堂家はみんな仲良く瀬戸内海のお魚さんのご飯になっちゃうコトが確定。


 どうしよう、どうしよう!? とドッタンバッタン大騒ぎしている所に高校卒業したてのプー太郎である俺、登場☆


 そのまま親父の口車に乗せられ、新しいアンドロイドは製作されるまでの間、影武者としてジュリエット様のアンドロイドをやることに。


 こうして俺は『汎用ヒト型決戦執事』人造人間ロミオゲリオンとして、大の人間嫌いであるジュリエット・フォン・モンタギュー様のもとで働くことになったのであった。



(ジュリエット様は嘘を吐く人間が嫌いだ。もし俺が本当は人間だとバレれば……十中ファック、もとい十中八九殺されるだろうな)



 だが、そんな超がつくほどの人間嫌いである凛々しいジュリエット様だが、


「えへへ♪ ロミオく~んっ! もっと頭なでなでしてぇ?」

「かしこまりました」

「ひゃぁぁ~♪」


 我があるじの洗い立ての太陽のような髪をいた途端、とろん、と目尻を下げ、甘えたような声を出すジュリエット様。


 そうっ! ジュリエット様はアンドロイドだと思っている俺には心を許しているのか、超絶甘えんぼになるのだっ!


「はぁぁ~、もうボクの癒しはロミオくんだけだよぉ。なんでこうイベント事があるとボクの命を狙おうとする不届き者が必ず現れるんだろうねぇ? やってらんないよ、もう」


 ノビ~ッ! と、両手足をソファの上に投げ出しながら、子犬のように俺の膝に頬ずりをかますジュリエット様。


 なんだか日に日にお嬢様の俺への依存度が上がっているような気がするんだけど……気のせいだよね?


 何故か脳裏にズブズブと腰まで沼にハマっている俺の姿が映し出された。


「ロミオくん、もっとぉ~っ! もっと頭なでなでしてぇ~?」

「はい、お嬢様」

「ふわぁぁぁ~♪」


 頭をひとでするたびに、ジュリエット様の理性とお顔が大変なコトになっていく。


 なんだろうコレ? 徐々に汚くなるファ●ビーかな?


「ロミオくん、もっとぉ~♪ もっとぉ~♪」

「かしこまりました、お嬢様」


 女性ホルモンがみっちりまったプリプリの卵肌をご満悦に歪めるジュリエット様。


 そんな子犬チックなご主人様にバレないように苦笑を浮かべるロミオ・アンドウ。


 果たして俺は、無事、ジュリエット様に人間だとバレずにこの任務ミッション遂行すいこうすることが出来るのだろうか?


 これは神様さえ結末が分からない俺、安堂ロミオことロミオゲリオンの波乱と万丈に満ちた日々を描いた物語である!

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