エピローグ ぽんこつアンドロイドは修羅場が加速する夢を見るか?
マリアお嬢様の誘拐事件から一夜明けたゴールデンウィーク最終日。
新入社員の退職ラッシュがピークを迎えるこの日、俺はいつもの時間に1人起床していた。
いつものように執事服に身を包み、いつもと同じように朝食を食べ、いつもと同じように屋敷の仕事をする。
何らトラブルも何もない、平和で退屈極まりない1日。
なのに何故だろうか? 一生この時間が続けばいいのにと思ってしまう。
最近は無理やり衣服を脱がされたり、ガチムチのオッサンに下半身を開国させられかけたり、あまつさえお嬢様のパンツを
このままではみんな俺を露出狂もしくは変態だと誤認してしまうかもしれないが、俺は巷のギャルたちからキャーキャー言われる(予定の)ナイスガイなのだ。
そう、大人な男なのだ。
大人な男なのだ!
そんなイケてる大人の男である俺にこそ、こんなゆったりした贅沢な時間が
窓の外で西の空に沈んでいくお日様をニヒルな笑みで見送りながら、俺はお気に入りの紅茶を口に含んだ。
何も無い1日こそ、贅沢な日はない。
「今日は本当にいい日だった……」
うっとりしながら口の中に広がる紅茶の味を
――リンゴーン。
俺のゴールデンウィーク終了のお知らせを告げるインターホンの鐘の音が、桜屋敷に響き渡った。
「
さぁ整列だ、と言わんばかりに俺は紅茶を机の上に置いて、玄関へと向かった。
そのまま流れるように玄関の鍵を開け、扉を開ける。
すると生ぬるい風が桜屋敷を吹き抜けて行った。
そしてそんな風に逆らうように、俺は玄関の前で
「おかえりなさいませ。ジュリエット様、白雪様」
「あぁロミオ、出迎えご苦労」
「ただいま帰りました、センパ――ロミオさん」
そう言っていつも通りの無表情……なのだが、心なしか声が
久しぶりに見る2人の顔は旅行による疲れなのか、少しだけやつれて見えたが、それでもその表情はどこか達成感に満ち溢れているようにも思える。
俺は軽い世間話を振りながらも、2人から荷物を受け取った。
「お疲れ様ですお嬢様。どうでしたか『海外演習』は?」
「どうもこうも、可もなく不可もなく、と言ったところだな」
「そうですねぇ。ただただ疲れた、という印象しかないですねぇ」
「今回ばかりは白雪の姫に完全に同意だな」
そう言ってお互いに目配せしながら、フッ、と口角を緩めるジュリエット様とましろん。
どうやら今回の旅行でそれなりに仲を深めることが出来たらしい。
ましろんの人徳によるところも大きいのだろうが、人間嫌いのお嬢様が俺以外に若干心を開いていることに、少しの嫉妬と多大な感動を覚える。
うんうん、どうやら少しずつだけど、ジュリエットお嬢様の人間嫌いが緩和されつつあるようだね! ロミオ嬉しいっ!
と、1人
「ロミオの方はどうだ? ボクたちが居ない間に、何かトラブルでもあったか?」
「いいえ。目立ったトラブルもなく、平穏無事な毎日でしたよ」
「本当か?」
「肯定です。……ただまぁ、ジュリエット様に会えないのは寂しかったです」
「む、ぐぅ……。そ、そうか」
頬を染めてツイっと俺からし視線を逸らすジュリエット様。
ふむ、どうやらマリア様のとの修行の成果がナチュラルに表に出てきているらしい。
俺は今にも人を殺しそうな目をしているましろんの視線をあえて無視しながら、我がご主人様の機嫌をさらに窺うように言葉を重ね――
リンゴーン。
――ようとしたが、それを遮るように今再び玄関の鐘が桜屋敷に鳴り響いた。
「んっ? こんな時間に誰だ?」
「配達の人ですかね? センパ――ロミオさん、何か頼みました?」
「いえ、自分は何も……」
「まぁいい。出てくれロミオ」
かしこまりました、と2人の荷物をその場に置いて、いそいそと再び玄関へと向き直る。
そのまま、ゆっくりと扉をあけると、そこには――
「むっ? マリアか」
「ひ、久しぶりじゃのう姉上」
そう言ってぎこちない笑みを浮かべて玄関に居たのは、白のサマードレスに身を包んだジュリエット様の妹君であるマリア・フォン・モンタギュー様だった。
どうやらあのあと無事に退院できたらしい、と俺がほっと胸を撫で下ろしていると、ジュリエット様が不思議そうに小首を傾げて彼女を見ていた。
「珍しいなマリア、おまえがキチンと呼び鈴を鳴らすなんて。いつもは
「ま、まぁ、たまには……のぅ?」
「? そうか。それで? こんな時間に何の用だ?」
珍しく妙に歯切れの悪いマリア様の様子に、一瞬だけ
が、すぐ警戒するように身を強ばらせ、ジロジロと舐めるように彼女を観察する。
……のだが、何故かマリア様はそんな姉の視線なんぞどこ吹く風と言わんばかりに、落ち着かない様子でソワソワしていた。
何かがおかしい? と俺が目を皿のようにしてマリア様をジッと見つめていると、ふいにコチラに視線を寄越したマリア様の目がバッチリ合ってしまう。
途端にマリア様はビクッ!? と身体を震わせながら、
その仕草に何かピンッ! と来るものでもあったのか、ノホホンと2人のやり取りを見守っていたましろんが「ま、まさか……ッ!?」と何故か緊張したように呟いて、俺を睨みつけてきた。
……いや、何で俺?
「?? 何を押し黙っているマリア? ボクに何か用があったんだろう?」
「あぁ、いや、その……用があるのは姉上ではなく……うぅ~」
「??? らしくないな。ハッキリ喋れ」
姉に
そして真っ直ぐジュリエット様の方――ではなく、俺に視線を合わせながら、
「きょ、今日はロミオ殿に話しがあって来たのじゃ!」
「「ロミオ殿ぉ?」」
「へっ? 自分ですか?」
コクコク、と高速で頭を縦に振りながら、シュバッ! と俺と向き直るマリア様。
その姿に
マリア様はそんな2人の様子が目に入っていないのか、お目目をグルグル回しつつ、その愛らしい唇を必死に動かし始めた。
「あ、あのロミオ殿ッ!」
「はい。どうかしましたかマリア様?」
「ぽ、ぽぽっ! ぽぽぽぽぽ――ッ!?」
「楽しい仲間が?」
「ぽぽぽぽーんっ!」
「センパ――ロミオさん? 話が進まないんで、永久に黙っていてもらってもいいですか?」
スゲェ冷たい後輩の声が俺を襲う!
えぇっ、俺なりに場を和ませようと頑張ったのに……なんでそんなに殺気立ってるのチミ?
ましろんが「余計なコトは言うな」と身体中から発散させる怒気で俺にそう語りかけてくるので、大人しく状況を見守ることに。
いやぁ、変なコトを言ったら俺がこの世をさよなラ●オンしかねないほど、殺気立っているんだよね、彼女。
というか、今のましろん超怖いんですけど?
なんでこんなに不機嫌なのこの
と、俺が愛しの後輩の奇行に戦々恐々としている間に、マリア様の不明瞭だった言葉がだんだんと意味を持つようになっていった。
「ぽ、ぽん
「まだ夕方ですけど?」
「はわっ!? そ、その、こ、これは違くて!? そのっ!?」
目に見えてワタワタし始めるマリア様。
何か今日の彼女はいつもに増して面白いぞ?
そんなことを考えていると、マリア様が後ろの手に隠していたモノをバッ! と俺の前に突きだしてきた。
「こ、これ! ぷ、プレゼントですっ!」
ズイッ! と押し付けるように、紫色をした花の束を差し出してくるマリア様。
その差し出してくる手は、何故か小刻みに震えていた。
「うわぁ、綺麗な花束ですね? プレゼントって、自分にですか?」
コクコクコクコクッ! と無言で首を縦に振るマリア様。
何かもう「首よ、もげろ!」と言わんばかりに激しく上下させる彼女の姿を前に、ちょっとだけ恐怖を覚える。
何か、今日の女性陣怖いなぁ……。
と、1人胸の内でそう呟きつつ、彼女の震える手にそっと触れながら、紫色の花束を受け取った。
「た、たまたまっ! たまたまキレイな花が手に入ったからっ! お、おお、おすそ分け!」
「おすそ分けですか……なるほど。ありがとうございます。大切にしますね?」
「~~~~~~ッッ!!」
心からの感謝と笑顔を添えて、マリア様に微笑むと、ぷしゅっ!? と頭から湯気を発散させ、その場でフリーズしてしまう彼女。
本当に今日の彼女は面白いな。
「で、ではっ! ま、またっ!」
そう言って、ギギギギッ! と擬音が聞こえてきそうなほど、ぎこちなくクルリと身を
そんな彼女の後ろ姿を眺めていると、何故か背後からジュリエット様の冷めた声が肌を叩いてきた。
「なぁロミオ。その花、なんて名前か知っているか?」
「あっ、そう言えば何て名前の花か聞くのを忘れていましたね」
「その花の名前はな、ライラックだ」
「ライラックですか……良い名前ですね」
「そうか。ところでロミオはライラックの花言葉を知っているか?」
「いえ、詳しくは知りませんが……あの、ジュリエット様? もしかして怒っておられますか?」
「怒る? ボクが? なんで?」
いつもの無感情、無表情の「鉄仮面」モードのハズなのに、妙に不機嫌な様子で口をひらくジュリエット様。
その後ろには
これはもう俺、殺されちゃうんじゃないか?
「何故ボクが怒らないといけない? 理由は? 言ってみろ」
「も、申し訳ありません。じ、自分の勘違いでした」
「分かればいいんだ。……ふん」
その口調は「ソレ以上追及するな」と言外に語っていて……俺はそっと口をつぐんだ。
あれれ~? なんでジュリエット様までご機嫌ナナメなの?
さっきまであんなに上機嫌だったのに?
そんなにライラックの花言葉を知らなかったのが気に
ほんと女心と小林幸子さんの服装は良く分からないや。
なぁましろん? と、俺が同意を得るべく愛しの後輩の方へと視線を向け――なんだあの冷たい瞳は!?
もう瞳孔が完全に開いた瞳で一心不乱に俺を見つめているのよね。
仮にも愛しの先輩に向けていい瞳じゃないのよね、アレ!
「ねぇセンパ――ロミオさん? 本当に真白たちが居ない間にトラブルは無かったんですよね?」
「こ、肯定です」
「ふぅぅぅ~ん。そうですか」
心が壊れるかと思った。
えっ? なにその無機質な「ふぅぅぅ~ん」は?
1年近く一緒に居たけど、初めて聞いたよ先輩!?
ましろんとジュリエット様は、俺の腕の中で鎮座しているライラックを親の仇のように鋭く睨みつけたまま1歩も動こうとしない。怖い。
2人は無言のまま身体から覇王色の覇気を発散させ……『はっは~ん、さてはこれから武道大会ですな?』といった
どうしよう? 何て声をかけよう?
と空間が歪んでいるのか、酸素が薄くなった玄関前で必死に頭を回していた俺の思考の隙間を縫うように、ジュリエット様が冷たく言い放ってくる。
「無知なロミオに教えてやろう。ライラックの花言葉はな――」
「――『初恋』ですよ」
そう言って2人は去って行ったマリア様の方を見た。
もちろんソコにはもう彼女は居ない。
それでも2人は何か言いたそうにずっと彼女が去って行った方向を見続けた。
……とりあえず、今の俺が言えることはただ1つ。
ライラック――この紫色の花束からは、何だかいい匂いがした。
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