第3話 ロミオゲリオンは恐れないっ!

「――そう言えば、白雪家の御令嬢の姿が見えぬが……。ロミオ殿、彼女はどこへ行ったのでおじゃるか?」

「白雪様でしたらお父上に呼ばれたらしくて、昨晩からご実家に帰省してります」

「おかげで屋敷の中が静かで最高だ」


 ジュリエット様のお部屋から30分後、紆余曲折うよきょくせつて、ジュリエットお嬢様もマリア様を御見送りするという結論に達した俺たちは、玄関へ向けてテクテクと廊下を歩いていた。


 何となしに無言で歩くのも味気がないので、適当な会話をしながら歩いていたのだが……確かにこういう時、必ずと言っていいほど我が後輩、ましろんが一緒に着いてくるので、マリア様の疑問も当然だろう。


 ちなみに我が後輩、ましろんこと白雪真白たんは現在、白雪家本邸へと一時帰宅している。


 なんでもパパ上からお食事に誘われたらしくて最初は、



『センパ――ロミオさんも一緒に行きましょう! ねっ? ねっ!?』



 と、俺を拉致らちしかねない勢いで詰め寄ってきたのだが、ジュリエット様がコレに猛反対!


 そして話し合いという名のタイマンの結果、俺はジュリエット様のお傍に居ることになったのであった。


 ほんとあの時のジュリエット様の勝ち誇った表情と、今にもお嬢様を殺しかねない我が後輩の瞳は一生忘れない。


 とりあえず、ましろんが桜屋敷に帰ってきたら全力でご機嫌取りしないとなぁ。


 我が後輩が帰ってくる前に、バニラアイスを買い溜めする予定を頭の中で組み立てている間に、ジュリエット様が痺れを切らしたかのようにマリア様に声をかけた。


「そんな事よりもマリア。ボクに相談したいコトとは何だ? 言ってみろ」

「別に姉上に相談したいワケじゃないのじゃが……。わらわはロミオ殿に――」

「ロミオのモノはボクのモノ。つまりロミオへの相談はボクへの相談だ。いいから早く言ってみろ」


 どこのガキ大将かな?


「……ハァ。まぁ、よいか。相談と言うのは妾のクラスメイトの事じゃ」


 そう言ってマリア様は初めておっパブへ足を踏み入れた童貞のように、慎重な面持おももちで口を開き出した。


「姉上も何度か面識があるとは思うのじゃが、実は司馬涼子しばりょうこ殿から『ある相談』を持ちかけられておってのぅ。その相談の手助けにロミオ殿の力を借りたかったんじゃよ」

「司馬涼子というと……確か上に1人姉が居るあの司馬カンパニー系列のお姫様か?」

「うむ。その司馬殿から少々厄介な相談事を持ちかけられておってのぅ。正直、困っておる所じゃ」


 困ったように眉根を寄せるマリア様を尻目に、ふむっ、と1人何か考え事をし始めるジュリエット様。


 その真横で俺は……脇汗がにじみ出てくるのを肌で感じていた。


 いや、違うよね? あのじゃないよね? 


 俺の脳裏に我が偉大なるファースト幼馴染みの妹ちゃんの姿が浮かび上がったが……うん、絶対違うよ!


 きっと同姓同名の別人に違いない!


「向こうも相当切羽せっぱ詰っておるようで、藁にもすがる想いで妾に話しを持ちかけてきてのぅ。流石に断れずに了承してしまったのじゃ」

「ふむ……ここで司馬家に恩を売っておくのも悪くない、か。それで? その相談内容というのは何なんだマリア?」

「うむ。その内容というのが、4カ月ほど前に行方不明になった『恋人』を探し出して欲しいというモノでのぅ」

「むっ? 恋人が行方不明になっているのか? それはボクたちではなく、警察の方へ相談した方がいいんじゃないか?」

「妾もそう言ったんじゃが……何故か警察はダメじゃと。自分たちの恋路を邪魔する敵じゃと言って、かたくなに行こうとせんのじゃ」


 ……何故だろう? 何もおかしな会話はしていないハズなのに、俺の背筋に北風小僧100人分くらいの悪寒が走り去っていくのは?


 気のせいか本能の部分が「逃げて! 超逃げて!?」と本体に警報を鳴らしている気がするが……さ、錯覚だよね?


 だ、大丈夫! あの娘なワケがないって! 気にし過ぎだゾ、ロミオ☆


「……? ロミオ殿? 顔色が悪いようじゃが、大丈夫かえ?」

「こ、肯定です。ご心配していただき、ありがとうございますマリア様」


 なるべく自然な微笑みを心がけたつもりだったが、何故か粘着質な笑みになってしまった……うん。大丈夫、大丈夫! 俺は大丈夫!


 呪詛のように「絶対だいじょうぶだよ!」と魔法のカードをキャプチャーしている女の子のようなコトを何度も何度も胸の内で繰り返す。


 そうこうしている間に、ジュリエット様は話の続きを促してきた。


「ふむ、話は分かったが……ソレがどうロミオに繋がるんだ?」

「いや、純粋に人手が欲しくてのぅ。ロミオ殿にも司馬殿の『お婿殿』を探すのを手伝ってほしいんじゃよ」

「……そんなのロミオじゃなくて本家の方の人間を使えばいいだろうに」

「ろ、ロミオ殿の『アカシックレコード』とやらを使えば何か手がかりを掴めるかもしれぬと踏んでの判断じゃ! うむ!」


 女性経験の無い厄介オタクの如く、やや捲くし立てるようにジュリエット様の言い分を否定するマリア様。


 そんな彼女の様子に俺は心の中で小さく首を傾げた。


 マリア様は身内と我が可愛い後輩以外で唯一、俺が人間であることを知っているお女性ヒトだ。


 無論、この世の真理を司る『アカシックレコード』なんてモノは無いし、そんなモノに接続する能力が無いことも、マリア様はご存じのハズだ……。


 とくれば、何か他に俺が必要な用件でもあったに違いない。


 マリア様には多大なる恩があるし、今こそその恩を返すとき!


 ヤラれたらヤリ返す、恩返しだ! 


 ――と、普段の俺ならノリノリで事にのぞむのだが……いかんせん。もう嫌な予感が妖怪アンテナ並みにビンビンしているんだよね。


『ビンビン』って平仮名で『びんびん』って書くとなんかエロいよね! とか考える余裕が無いくらい、スッッッッッッッッッッゴイ嫌な予感がするんだよね。


「実は明日の日曜日、司馬殿と今後の打ち合わせをするため会う約束をしておるのじゃが、そのときにロミオ殿も一緒に着いて来てほしいんじゃ。そ、そのあとはその……や、夜景が綺麗なレストランで一緒にご飯でも(ごにょごにょ)」


「なるほどな。あい分かった。それなら明日、ボクとロミオも一緒に行こう。それで? 何時に顔合わせなんだ?」


「……別に姉上は呼んでおらんのじゃが?」


 ちょっとだけ不満気な瞳でチロッと睨むマリア様を無視して、勝手に話を詰めていくジュリエット様。


 こうして俺は、気持ちの有無に関わらず、半ば強制的に司馬涼子さんなる女の子の『恋人探し』に駆り出されることになったのであった。



 ……行きたくないなぁ。


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