第26話 ぽんこつアンドロイドはこんがりジュ~シ~♪ に焼かれる夢を見るか?

 今起こったことをありのまま話すぜ?


 マリアお嬢様を助けたと思ったら火事に遭遇していた。


 ナニ言ってるのか分からんと思うが、俺は分かってるから大丈夫☆


「――とか言ってる場合じゃねぇ!? ちょっ!? なんで火のが上がってんの!? どういうコト!?」

「落ち着け下郎。あのハゲ頭のせいじゃ」


 そう言って、いまだ気を失っている坊主頭をうらめし気な瞳で睨むマリア様。


「あのハゲ頭の吸っていたタバコが近くに落ちていた新聞紙に引火したんじゃ」

「おいコラ坊主! テメェの仕業か!? 起きろ、寝てんじゃねぇ!」


 慌てて坊主頭に詰め寄り、ガクガクと前後に身体を揺する。


 が、坊主は「もう食べられないよぉ~」と呑気なコトを口にするだけで一向に起きる気配が無い。


 その間にもモクモクと黒煙が部屋に充満し、俺たちを焼き殺そうと炎の勢いが増していく。


 チリチリと肌を炙るような熱さを前に、気がつくと俺は坊主頭に向けて怒鳴り散らしていた。


「ざけんな! 起きろ! このままじゃ全員死ぬぞ!? ……クソ、起きねぇ! 誰だよ、コイツを気絶させたバカは!?」

「キサマじゃ、下郎」


 俺だったわ、ヤッベ☆


「時間がない、下郎ッ! その寝転がって居るきゃつらをかかえて、外へ逃げるぞ!」

「かしこまりましたっ!」


 俺は素早く坊主と顎鬚を小脇に抱きかかえ、大柄の男の襟首を噛んでズルズルと引きずるように廃墟の出口を目指す。


 そのすぐ後ろをマリア様も着いてこようとして――。



「ッ! キャッ!?」

「ふぁりあふぁま(マリア様)ッ!?」



 燃え朽ちて耐久性が無くなったのか、天井が俺たちを分断するように落下。


 結果、マリア様お1人だけが部屋に残されるような形になってしまった。


 しかも最悪なことに、焼け落ちた天井が部屋の出入り口を塞いでしまい、マリア様が脱出できない!


「プハッ! ちょっと待っていてくださいマリア様ッ! すぐこの邪魔な天井モドキを退かしますのでっ!」

「いやよいっ! 妾の事は放って、さっさとその3人を連れて逃げよ!」

「何を言ってるんですか!? 出来るワケないでしょう!」


 トチ狂ったコトを言い始めるマリア様を無視して、部屋の出入り口を塞いでいる天井モドキを退かそうと踵を返す俺。


 もはや1分1秒も時間が惜しい! 早く退かさないと!


 と焦る俺の心を見透かしたように、マリア様が至極落ち着いた声音で、


「妾なら大丈夫じゃ。部屋の隅にある換気口から一足先に脱出する。だからキサマもさっさとその3人を連れて脱出せよ。これは命令じゃ」


 あの部屋に換気口なんてあっただろうか?


 と、必死に間取りを思い返そうとするのだが、燃え盛る火の粉がソレを邪魔して許さない。


 近くでこの廃墟を支えているであろう柱の1つが倒壊する音が聞こえてくる。


 もう迷っている時間はない。


「……分かりました。では外で合流しましょう!」

「うむっ。上手くやるのじゃぞ下郎」


 俺は部屋に取り残されたマリア様から背を向け、再び大柄の男の襟首を口に含み、ズルズルと引きずって廃墟の出口へと移動し始めた。




 ◇◇




 耳を澄ませロミオが遠ざかって行く音を確認し終えたマリアは、その豊満な胸をほっ! と撫で下ろした。


 これで少なくともあの男が死ぬことはない。


 黒煙と火の手が燃え盛り、いよいよ息をすることさえ苦しくなってきた部屋の中で、マリアは1人苦笑を浮かべた。


「ようやく行ったか、あのバカ者め」


 そう言ってマリアは部屋の隅へと視線を向けた。




 そこには彼女が脱出するための換気口が……なかった。




「何をしておるのかのぅ、妾は……」


 酸素を喰らい、彼女を焼き殺そうと大きくなる炎から少しでも遠ざかろうと、まだ燃えていない部屋の中央へと移動する。


 おそらく自分はこれから死ぬのだろう。


 凪のように酷く落ち着いた気持ちで今の現状を分析してしまう自分に、マリアは思わず笑みをこぼしてしまう。


「不思議じゃのう。もっと慌てふためき錯乱するかと思っておったんじゃが……存外人間の最期なんでこんなモノなのかものぅ」


 死にたくない! と泣きわめくでもなく。


 生きたい! と強く願うワケでもない。


 ただただ静かにその時が来るのを待つ自分にいささか驚きを覚える。


 が、すぐさまその理由を思い至り、何とも言えない表情になった。


「まぁ、これはコレでハッピーエンドというヤツかもしれんのぅ」


 なんせ犯罪者の娘が最後の最期には人の命を助けた上でこの世を去れるのだから。


 きっと神様もあの世でビックリ仰天ぎょうてんしていることだろう。


 人命救助が出来た上に、これでモンタギュー家からお荷物が居なくなる……まさにイイコトくめだ。


 コレ以上のハッピーエンドが他にあろうか?


 自分のような女にはあまりに上等過ぎる終わり方だ。


「……もうそろそろかのぅ」


 だんだんと熱に犯されたように頭がぼぅっとしてきて、身体に力は入らなくなってくる。


 呼吸をするたびに喉が焼かれるような痛みが走る。


 だというのに、どんどん意識が遠ざかっていく。


 どうやらお迎えが近いらしい。



 マリアは全てを諦めたように、ゆっくりと瞳を閉じ――

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