第25話 ぽんこつアンドロイドは月に代わってオシオキする夢を見るか?

 乱暴に投げ捨てられた人形のように床に転がっているマリア様の横でピーチクパーチク騒ぐ坊主頭と顎鬚。


 特に顎鬚の方はオシャレのつもりなのか、変な感じで揉みあげと髭が繋がっており、ちょっとした残念な次元●介になっていた。


 まぁソレはいい。問題はマリア様の扱い方だ。


 あんなお優しい方を使い捨てのコンド●ムのように投げ捨て、あまつさえ無礼千万な失礼な物言いで小馬鹿にするその態度。


 腹にえかねるものがある。


 ぶっちゃけ、ぶっ殺そうかと思ったくらいだ。特に坊主。


「お、おまえっ! 何でこの場所アジトが分かったんスか!? 後をつけられるようなヘマはしなかったハズッスよ!」

「ソコに転がっている彼に案内してもらいました」


 イキリ立つ顎鬚の視線を誘導するように、俺の足下で気を失っている大柄の男に視線を落とした。


 いやぁ、もうほんと、ここまで来るの大変だったんだぞ?


 いきなりコイツが後ろから襲い掛かってくるから、つい全力で顔面にカウンターを入れちゃってノックダウンしちゃうし、マリア様の行方を聞こうにも意識を失っていてはコチラの話を聞いてくれないし、あとついでに足も臭いしでホント大変だった。


 しょうがないからキッチンからババネロを持って来て、ヤツのお口にバッテリーチャージしてエネルギー補給完了。


 よほど美味しかったのか、「みじゅっ!? みじゅっ!?」と嬉しそうに跳ね起きて身体をジタバタさせる大柄の男に、文字通り水(ハバネロソース)を俺自ら飲ませてあげた。


 そしたら涙を流して「もう勘弁してくだしゃい……」と感謝の言葉をひり出してきたので、お礼のチップ代わりとしてここまで案内させたのだ。


 もちろん礼儀正しいことに定評のある俺なので、感謝の印として再び俺自らハバネロソースを大柄の男に飲ませてあげることも忘れない。


「こ、この悪魔……」とうつろの瞳で感謝の弁を述べる彼の姿を俺は一生忘れないと思う。


「さぁ、神への祈りは済みましたか?」

「く、くぅっ!? な、なんでこんなコトに……ッ!? ど、どうすれば……ッ!?」

「大丈夫ッス。ビビることは無いッスよ先輩」


 ジリジリと後ろへ下がる坊主頭を鼓舞するように顎鬚が笑った。


 顎鬚は床に落ちていた長めの鉄パイプを2本拾い上げると、無造作にソレを坊主頭へと差し出す。


「コッチは2人でアッチは1人。しかも得物えものを持っている2人と手ブラのバカが1人だけ。人数的にも武力的にもコッチが圧倒してるッス。むしろコレは好機チャンスッスよ」


「た、確かに。今ならまだ口封じが出来るし……それにアンドロイドって言うなら、売りさばけば結構な金になるよな?」


「ウッス、ウッス! 姉の方を誘拐するより、コッチの方がはるかに簡単でお手軽ッスよ!」


 よ、よしっ! と鉄パイプを握り締める坊主頭の瞳に、くらくて危ない光が灯る。


 途端に坊主と顎鬚が獲物えものを狩るハンターのような鋭い視線で俺を射抜いてきた。


 2人とも自分たちの優位を信じて疑っていないのか、酷く下卑げびた笑みを浮かべて、ジリジリと俺に近づいてくる。


「ヘヘッ、ヒーロー気取りの間抜けな野郎め。せめてもう1人仲間を連れて来るんだったな」

「さぁ、自分たちの小遣いになってもらうッスよ! ぽんこつアンドロイド!」


 耳まで裂けんばかりにニッチャリと粘着質に微笑む坊主と顎鬚。


 そんな2人を前に口をふさがれたマリア様が「逃げろ!」と言わんばかりに「ん~っ! んん~っ!?」とくぐもった声をあげる。


 こんな時でもご自分ではなく、俺の心配をしてくれるなんて……お優し過ぎるぜマリア様。


 もしココに野郎共が居なければ愛の言葉を囁きベッドへ……あぁ~、今はやめとこうか。


 俺は女体を前にした男子中学生のようなギラギラとした瞳を放つ坊主と顎鬚から視線を外さないように注意しながら、足下で寝転がっている男の首筋をむんずっ! と掴んだ。


御託ごたくはいいので、さっさとかかってきてください」

「~~~ッッ! ちょ、調子に乗んなよポンコツ!?」

「ケツに手ぇ突っ込んでガタガタ言わせてやるッスよ!?」


 簡単な挑発にアッサリと乗っかってきた坊主と顎鬚が、顔を真っ赤にして鉄パイプを振り上げ迫ってくる。


 俺はそんな2人めがけて掴んでいた大柄の男の身体をブンッ! とブン投げてやった。


 途端にギョッ!? と目を見開き、「ちょっ!? おまっ!?」と男を受け止めるべく動きを止める坊主。


 反対に「邪魔だ!」と言わんばかりに顎鬚の男は仲間であるハズの大柄の男の顔面めがけて容赦なく鉄パイプを振り下ろしていた。


 グシャッ! と嫌な音を立てながら顎鬚の鉄パイプが男の顔にめり込む。


 その隙を縫うように地面を蹴り上げ、大柄の男を挟んで顎鬚に肉薄する。


 鉄パイプを振り下ろした反動で、身体が硬直している顎鬚の男。


 その顎鬚の顎めがけて、左のフックをかすめるように放つ。


「なっ!? テメェ――んぁ!?」


 何か言おうとしていた顎鬚だったが、俺の左フックが顎鬚の顎を掠(かす)めた瞬間、膝から力が抜けたように前へと倒れこんできた。


「喰らえ。必殺――ロケットパンチVer・4ッ!」


 顎鬚が倒れこんできた所を見計らって、右のアッパーをヤツの顔面めがけて全力で合わせる。


 メリメリメキッ! と俺の拳に肉と鼻を砕く感触が走った。


 刹那、「ポニョッ!?」と崖の上に住んで居そうな悲鳴を上げながら、綺麗なアーチを描いて飛んでいく顎鬚。


 その悠然ゆうぜんと空を滑空する様は、見る者全てに空中殺法を得意としたメキシコが生んだ伝説の英雄ルチャ・ドール、ミル・マスカラスの勇姿を彷彿とさせたコトだろう。


「へっ?」と呆けた声をあげる坊主と、「む、むごっ!?」と目を見開くマリア様。


 そして数秒遅れてドチャッ! と遥か高みから粘土を叩き落としたような不快な音が部屋に木霊した。


「あ……えっ? えっ? に、人間って、空を飛べる生き物だったっけ?」

「む、むごぉ……」


 坊主とマリア様の視線が俺と地面に激突してピクリとも動かなくなった顎鬚との間をせわしなく彷徨さまよう。


 その表情は「何が起きたのか分からない」と言わんばかりにポカンッ、としていた。


 が、俺が1歩前へ足を踏み出した瞬間、口に咥えていたタバコをポロリッ、と落とす坊主。


 どうやら状況が飲みこめたらしく、すぐさま両手を挙げ、鉄パイプを地面へと落とした。


「た、タイム、タイムッ!? わ、悪かった! オレらが悪かったから、暴力はマジ勘弁!?」


 ぼ、暴力反対! と懇願こんがんするような声を張り上げる坊主頭。


 その目はチワワのように潤んでいて……思わず不愉快のあまり眉をしかめてしまった。


 瞬間、坊主の瞳がキラリッ! と輝き、


「隙アリッ! くたばれ腐れ外道ッ!」


 不意打ちで俺の顔面を拳で打ち抜こうとしてきた。


 気がつくと俺は声を張り上げ、坊主の拳よりも早くヤツの顔面に拳を叩きこんでいた。


「いやおまえが言うなっ!?」

「ごもっとぶぉっ!?」


 変な悲鳴を上げながら真っ直ぐ飛んで行く坊主頭。


 そのまま壁に激しく頭を打ちつけて、3回ほどピクピクと痙攣し……動きを止めた。


「……あっ、必殺技名叫ぶの忘れた」

「ンンーッ! ンンーッッ!?!?」

「あぁマリア様ッ! お待たせして申し訳ありませんっ!」


 俺はすぐさま隅っこの方で寝転がってされているマリア様のもとへ駆け寄る。


 マリア様は口元をガムテープで塞がれ、両手足を頑丈なロープで縛られ、あられもない姿になっていた。


 思わず俺の息子が「おっ? 出番か?」と準備体操スタンバイし始める。


 俺はやんわりと大きくなりつつある息子を窘めつつ、優しい手つきで彼女の口を塞いでいるガムテープと両手足を拘束しているロープを取っ払った。


「もう大丈夫ですよマリア様」

「――プハァ! げ、下郎ッ!」

「おっとぉ。お礼のキスなら夜景の綺麗なレストランで――」

「言っとる場合か!? 後ろッ! 後ろっ!」

「後ろ? ……あぁ、そういう。安心してくださいマリア様。別に殺してませんから。全員気を失っているだけですよ」

「そ、そうではなくっ!」


 何故か慌てた様子で口を開くマリア様。


 そこで優秀な俺は彼女が何を言いたいのかすぐさま理解し、苦笑してしまった。


「マリア様の言いたいことは分かります。こんなまどろっこしいコトなどぜず、全員問答無用ぶっ殺せと、そう言いたいんですよね?」


「違うわバカタレ! キサマには妾がどういう風に見えとるんじゃ!? アマゾネスか!? って、こんなツッコミをしとる場合じゃないわい! 後ろ、後ろを見ろ下郎ッ!」


「後ろ、ですか? 分かりました」


 必死の形相を浮かべるマリア様に気圧されながら、彼女の視線を追うように背後に振り返ると、そこには。





 ――ボウボウとたける火の柱が、部屋をおおくそうとしていた。

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