第16話 ロミオとジュリエットと変わる関係

 あの俺の意識が変わった嵐の日から数日、どうもジュリエットお嬢様の様子がおかしい。


 いや、元々おかしい人ではあったんだが、ソレに輪をかけておかしくなったのだ。


 俺がジュリエット様の異変に気づいたのは、朝の支度――つまり神が日頃頑張る俺にご褒美を与えてくれる時間、お嬢様の合法ストリップショー開幕寸前のときだった。


 その日も朝食と温か~いタオルをトレーに乗せて、お嬢様の部屋へ突貫したのだが……何か、もう起きてるのよね、ジュリエット様。


 ベッドの上で何故かしきりに髪の毛を気にしながら、居住まいを正してコッチを見てるのね、彼女。


 ちょっと熱っぽいのか、頬に朱が差し込んでいた。


 チッ、もう起きてたのか。


 せっかく今朝もお嬢様のお胸でリオのカーニバルを開催しようと思っていたのに……とか紳士の俺がそんなことを思うハズもなく、ちょっとだけ残念な気持ち(本当だよ?)でジュリエット様に近づいていく。


 途端にジュリエット様の身体がビクンッ! と跳ねた。


「お、おおおっ、おはっ、おはっ!? おはにょうロミオくんっ!」

「おはようございますお嬢様、今日もお早いんですね?」

「う、うん。た、たまたま偶然……ね?」


 何故か俺と目を合わせようとせず、高速で左右に瞳をバタフライさせながら、しどろもどろになって口をひらくジュリエット様。


 なんで彼女は朝からトップギアに入っているのだろうか? あの日なのだろか?


 もちろん彼女の使用人兼恋人ロボである俺はそんなコトなど口に出すことなく、代わりに彼女へ一肌に温められたタオルを手渡した。

「あ、ありがとうロミオくん……」


 と、躊躇ためらいがちに俺からタオルを受け取るジュリエット様。


 その指先が俺の手に触れた瞬間、彼女のお顔が瞬間湯沸かし器よろしく、カーッ! と一気に赤くなった。って、えぇっ!?


「だ、大丈夫ですかお嬢様? 顔色がすぐれないようですが……?」

「だ、だだだっ、大丈夫! 大丈夫だから!?」


 ボフンッ! と俺の視線から逃げるようにタオルに顔を突っ込むジュリエット様。


 まぁ本人が大丈夫というのなら、その言葉を信じよう。


 俺はジュリエット様が顔を洗っている間に、いつものように高速でクローゼットへと移動し、彼女専用のパンツスーツを手に戻ってくる。


 ふふふっ、さぁ今日も元気に合法ロリ巨乳によるストリップショーを鑑賞しようじゃないか!


 と1人意気揚々いきようようとジュリエット様を見るのだが……何故かジュリエット様も寝巻きを脱がずに俺の方を凝視していた。


「? どうかしましたか、お嬢様?」

「う、ううん、何でもない。あっ、服ありがと」


 そう言って俺からパンツスーツを受け取るジュリエット様。


 だが、一向に着替える気配がない。


 いや、ホットパンツに指先をかけているのだが脱ぐ気配が微塵みじんも無いのだ。


 おかしいな? いつもなら彼女のプリティなお尻が俺にモーニングコールをしてくれる時間なんだが?


 いつもと違う様子に俺が戸惑っていると、何故かお嬢様も戸惑った様子で、チラチラと俺から視線を外しつつ、


「あ、あのロミオくん?」

「はい、なんでしょうかお嬢様?」

「その……着替えるから、アッチ向いてて」

「……はいっ?」




 ――一瞬何を言われているのか分からなかった。




『キガエルカラアッチムイテテ』……なんだ? 新手の呪文か?


 何を言われたのか理解出来ず、俺はすがるような気持ちでジュリエット様に声をかけた。


「お、お嬢様……『アッチ向いてて』とは一体?」

「だ、だから……うぅ~っ! はいロミオくん、アッチ向いてホイ~ッ!」


 ジュリエット様の指が左を向くので、反射的に俺の顔も左に向いてしまう。


 その姿に満足したのか、ジュリエット様は念を押すように、


「そのまま、そのままね? 絶対にコッチ向いちゃダメだよ? 絶対だよ!?」

「か、かしこまりました……」


 一瞬『ダチョウ倶楽部的なノリのアレかな?』と思ったが、どうやら冗談ではなくマジで言っているらしい。


 本当にそのままの体勢で待機する俺を見て、ようやく安心したのか、いつも通り着替え始めるジュリエット様。


 そんなジュリエット様を尻目に、俺の心の中は盛大にパニックにおちいっていた。


 おいおいおいおいっ!? なんでジュリエット様の中で俺の警戒度が跳ね上がってんだよ!?


 あの嵐の夜はメチャクチャいい雰囲気だったのに……ハッ!? それでか!?


 そう言えばあの日の夜は俺普通に笑ってたし、口調だってロボっぽくなかった……ということは?


 嫌な予想が脳裏にほとばしり、背中から冷たい汗が流れる。





 ……もしかしてジュリエット様、俺のことを本格的に人間なんじゃないかと疑っているんじゃないか?





 そう考えればこのジュリエット様の態度にも納得がいくというもの……。


 そりゃ人間かもしれないロボに着替えなんか見られたくないわな、何なら貞操の危機さえある。


「お、お嬢様?」

「ッ!? ま、まだ見ちゃダメだよ!?」


 慌てたようなうわずったジュリエット様の声音に俺は「はい……」としか返事をすることが出来なかった。


 あぁ……俺は何をしているんだ?


 彼女を守ると誓ったばかりだというのに、この体たらく。


 ここまで築き上げた信用が一気に失墜しっついしているじゃないか……。


 俺はバカだ。


 バカ犬だ。


 愚かな駄犬だ……。


 いや待て安堂ロミオよ?


『犬』どころの騒ぎじゃないぞ? お嬢様の太陽が如き可愛さに比べたら、おまえはミジンコだ!


 いや待て、と俺は小さく首を振った。


 ミジンコは凄いぞ? アイツらは小さな身体で俺たちの食物連鎖界を支えてくれれているヒーローだ、英雄だ。アイツらが居なかったら俺は今頃生きていないぞ?


 安堂ロミオよ、おまえはミジンコ以下だ。


 ミジンコ以下……生物以下となると……。




 

 ――オナティッシュだ。





 安堂ロミオ、おまえはオナティッシュだ。


 使う予定が無い大砲をティッシュと言う名の的に射撃訓練するだけの愚かな男、それがおまえだ。


 毎日下半身の大砲から大量虐殺を繰り返す、テロリストもビックリのテロリズムだ。


 女の子のポンポンを孕ませることすら出来ず、それどころかゴミ箱を孕ませることしか能がない哀れな男、それがおまえだ。


 そっかぁ……俺はオナティッシュだったかぁ……。


 と、1人納得して無駄にどんよりしていると、着替え終わったらしいジュリエット様が「も、もういいよロミオくん」と声をかけてきた。


 そうだ、落ち込んでる場合じゃないぞ安堂ロミオよ。


 おまえはジュリエット様を守ると誓ったんじゃないか、例えおまえが使えないオナティッシュだろうと彼女を守ることに異存はないハズだ。


 そうだ、落ち込んでいるヒマは俺にはない。


 俺は彼女のロボになると決めたのだから!


 そう自分を叱責し、改めてベッドの上のジュリエット様と向かい合う。


 いつものパンススーツを身に纏った彼女は、何故か赤い頬のままチラチラと俺の方を盗み見て、目が合うとサッと視線を逸らしてしまう。


 が、それでもまた再び俺の顔を盗み見ては、サッ、と目を逸らす。


 心なしかジュリエット様の目元がうるみ、頬の赤みが増えた気がする。


 あぁ、凄い警戒されてるなぁ……。


 と、泣きそうになる気持ちをポーカーフェイスの下に隠して、いつも通りのロミオゲリオンとしてお嬢様に声をかける。


「改めておはようございますお嬢様。朝食はいつものように机の上に置いてあります」

「あ、ありがとう……」


 言葉数少な目に、ベッドから降りてトコトコと机の前へと移動するジュリエット様。


 フカフカのソファに腰を下ろし、さぁ朝食のはじまりだ! と両手を合わせることもなく……何故かピタリッと固まったまま動かない。


「どうかなされましたかお嬢様?」

「……コッチ来て、ロミオくん」


 何故かそっぽ向かれたままジュリエット様に『こいこい』と手招きされる俺。


 内心首を傾げながら彼女のもとまで近づくと、ジュリエット様はポンポン、と自分の隣側を叩くように何かを促してきた。


「お嬢様?」

「ココ。ココに座ってロミオくん」

「? かしこまりました」

「もっと足を広げて……そう、よしっ」

「???」


 言われた通りお嬢様の隣に股を広げてドスンッ! と腰を下ろすロボ、俺。


 ジュリエット様は腰を下ろした俺とは反対に、何故か席を立つなり、俺の前へと移動し、その形のいいお尻をグィッ! と突きだすような形で俺の方へと――って、おいおいおいおいっ!?


 な、なんだなんだ!? ジュリエット様は俺を誘っているのか!?


 い、いけませんお嬢様!? 主と使用人でなんてそんなエロマンガ的展開なんて!?


 俺はいつからエロマンガの世界に異世界転生したんだ!?


 それにしても、ほんとエロマンガの主人公たちって凄いよね、道の真ん中に立ってる、というかってるだけで童貞卒業しちゃうような人たちだからね。


 シュタインズゲートよろしく、何をどう足掻あがいたとしても行きつく先はレッツフィーバーパーリーナイトな歩くエロマンガだからね。


 アレ? そう考えると俺も歩くエロマンガだったのか!?


 と、思考がねじ切れんばかりに高速回転している隙を縫うように、お嬢様の大きなお尻が俺の開いた股の間にピッタリフィットした。


「これでよし、と。それじゃ今度こそ、いただきますっと」

「あ、あのお嬢様? こ、この格好は一体?」


 俺が恐る恐ると言った様子で声をかけると、ジュリエット様は振り返ることなく、耳朶じだまで真っ赤に染めたまま、蚊の鳴くような小さな声で、



「べ、別に他意はないよ!? ほんとだよ!? ただ仮とは言えボクとロミオくんは『恋人』って言う設定なんだから、ロミオくんもボクと一緒に社交場へ出ることがあると思うんだ。だからね? いざってときのために今から恋人がやるようなコトをしておけば、本番が来ても焦らず対応できると思うんだ! だからね、今日からなるべく恋人らしく振る舞おうと思うの! 恋人だったらコレくらいするよね? ね? ねっ!?」



 と言った。


 な、何ていうか、圧が凄いや……。


 もはや声優も顔負けと言わんばかりに一息で長文を言いきってしまうジュリエット様。


 ちょっと必死過ぎて怖いくらいだ。


 メチャクチャ必死になってくし立てるお嬢様を前に、言葉を失っていると、ソレを拒否ととったのか、ジュリエット様はおそるおそると言った様子で俺を見上げてきて、


「……やっぱり、ダメ?」


 と弱々しくつぶやいた。


 あぁ、これで断れる男が居たらそいつは人間じゃねぇよ……。


「ダメ……ではありませんが、食べづらくないですか?」

「……食べづらくないもん」


 そう言って俺の胸に体重を預けながら、モクモクと朝ごはんを食べ始めるジュリエット様。


 そんなジュリエット様を見ていると、余計に俺の中でクエスチョンマークが狂喜乱舞してくる。


 う~ん、あれれ~? 俺のことを警戒してたんじゃないの?


 なんだこの飼い主に甘えてくる子犬のような態度は? さっきの着替えとは大違いじゃないか。


 混乱する俺をよそに、不意に顔をあげたジュリエット様とバッチリ目が合う。


 ジュリエット様は一瞬だけ目を泳がせたが、すぐさま子どものように「えへへ……」と笑みをこぼした。


 その親愛にも似た微笑みに、俺は余計に戸惑いながらも、彼女が食べ終わるのを静かに待つのだった。

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