第17話 ロミオと甘ぁ~いジュリエット

 かくしてジュリエット様との関係が少し変化した俺の日常だが、やることはいつもと変わらない。


 時間が空いた日は桜屋敷を隅々まで掃除し、ジュリエットお嬢様に予定がある日は忠犬よろしく彼女の傍にベッタリ。


 そして今日もまた、社交界のパーティーを終えたジュリエット様は帰りの車の中で無表情のままグチグチと愚痴をこぼすのであった。


「……まったくあのセクハラ男め。今日のパーティーを乱交パーティーか何かだと勘違いしているのか? アレが不知火家しらぬいけの次期当主だというのなら、不知火家も落ちたモノだな」


「失礼ながらお嬢様、言葉づかいがやや下品ですよ?」

「失礼なのはあの男の態度だ。……ほんと今思い出してもムカムカする」


 今日もあの氷のような触れれば斬る! と言わんばかりの毒舌も絶好調らしい。


 ジュリエット様はいつもの『鉄仮面』モードのまま、『ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴッ!』と擬音が聞こえてきそうなくらい憤慨ふんがいしていた。


 おかげで運転手は今日も今日とてお股に仕込んだローターをОNにされたJKのようにブルブルと震えている始末だ。ごめんね運転手さん?


 ちなみに、なんでジュリエット様がこんなにプンプンしているのかと言えばまぁ……とある華族かぞくの長男坊の、




『うぉっ!? 背ぇちっちぇのにオッパイ大きい~っ!? なんだあの僕の理想をそのままコピー&ペーストして現世に特殊召喚されたロリ巨乳は!? 僕はいつからスタンド能力に目覚めたんだ!?』




 という勇猛果敢ゆうもうかかんすぎる一言のせいだろう。


 いやぁ、あのときはマジで凄かったぞ?


 思わず「ザ・ワールド」と呟いてしまいかけるほど、場の空気が一時停止したからね?


 しかもせはいいのにその長男坊め、



『そのエロ本のヌードモデルが如きボディ……惚れた! 僕と結婚してくれぇい!』


 とジュリエット様に求婚し始めるからさぁ大変。


 ジュリエット様の怒りの導火線に火がともり、その……なんだ?


 気がつくと長男坊が全裸で池に浮かんでいたよ。


 それにしてもあの長男坊とは親友マブダチになれそうだ。


「……ああいうチャラチャラした男はボクの一番大っ嫌いなタイプだ」

「しょうがありませんよ、お嬢様。なんせ今日のお嬢さまはお綺麗ですから、悪い虫の1匹や2匹が寄って来ても仕方ありません」

「……お世辞は結構だロミオ」

「お世辞ではありませんよ? 似合っていますよ、今日のドレス」

「……フン」


 ヘソでも曲げてしまったのか、鼻を鳴らして窓の外に浮かぶお月様の方へとそっぽ向くジュリエット様。


 別にお世辞を言ったつもりは無かったんだけどなぁ……。


 そう、今日のジュリエット様はいつものパンツスーツではなく、まるでお姫様が着飾るような真紅のドレスに身を包んでいるのだ。


 薔薇のように赤く、下品にならない慎ましさを持った生地が月明かりに照らされて、何とも幻想的であり、ジュリエット様の金色の髪と合わさっても言えぬ美しさを醸し出していた。


 おかげで本当に童話に出てくるお姫様のようで、あの長男坊が思わずプロポーズ(?)してしまうのも理解できてしまう。


 もし俺が長男坊の立場だったら、迷わず愛の言葉をささやいて全力でフラれているところだ。……いやフラれちゃうのかよ、俺。


 それにしても、今日はまったく恋人役として機能しなかったなぁ俺。


 こんなていたらくじゃジュリエット様を守るロボになるのなんて夢のまた夢というもの。


 もう少ししっかりと彼女の恋人役になれるように頑張らなければ!


「……今日は月が綺麗だ」


 そう1人覚悟を決めていた俺の隣で、ジュリエット様はそう独りつぶやきながら、運転手にバレないように、



 ――ぎゅっ。



 と、その小さなお手々を俺の指に絡めてきた。


 思わずポーカーフェイスが崩れ、ギョッ!? と目を見開いてしまうが、ザックリと大胆に開いたお嬢様の豊かな胸元が目に入り、慌てて視線を逃がす。


 いつもの俺ならここで少女漫画のスカしたイケメンよろしく「なんだなんだぁ? 誘ってんのかぁ~?」と乳の1つくらいさりげなく揉んでいるところだが……ジュリエット様にはそういうコトはしたくなかった。


 おかげで意味もなく「あばっ!?」と変なうめき声が出てくる始末だ。


「ろ、ロミオはその……普段のボクと今日のボクなら、ど、どっちが好きだ?」

「あ、あば? そ、それはどういう意味でしょうか?」

「だ、だから! そ、その……い、いつものパンツスーツのボクとドレス姿のボクだったらどっちが好きかと聞いているんだ!」


 お外だというのに珍しく表情を崩しながらヤケクソな感じで声を荒げるジュリエット様。


 おかげで運転手さんが「ひぃっ!?」と悲鳴をあげてしまった。ごめんね運転手さん?


 ジュリエット様は自分で聞いておいて恥ずかしいのか、月明かりでもハッキリと分かるほど頬を赤らめていた。


 あ、あのコッチまで緊張してくるんでチラ見するのやめてもらってもいいですかね?


「そ、それで? ロミオはどっちが好きなんだ!?」

「じ、自分の所感しょかんでよろしいのでしょうか?」

「う、うむ。恋人の感性を知っておくのも彼女の務めだからな」

「じ、自分は普段の凛としたお嬢様の格好も好きですが、今日の女性らしい格好をしたお嬢様も、す、好きでちゅ」


 噛んだ。死にたい。死のっかな?


 天才というのはこういう時に限って奇跡にも似たミスをしてしまうもので、はからずも1周回って奇怪な化け物へと成り下がった子ども向け番組のメインキャラクターのような声を出してしまった……。


 だ、大丈夫かな? ジュリエット様、引いてないかな? ドン引きしてないかな?


 と、おそるおそる我が主人の顔色を窺うのだが「そ、そうか……」と恥らっているのか、澄ました顔をしつつも頬を赤らめ、そっぽを向いてしまい……ほほぅ?


 コレは中々……いいじゃないか。


 気がつくと、俺の視線はジュリエット様に釘づけになっていた。


 車内の振動により、彼女のその小さな身体に不釣り合いな爆乳がプルプルと震えているのを視界の隅で捉える。


 まったく、俺が理性的なイケてる男性じゃなければ今頃お嬢様の谷間という名のワンダーランドを堪能しているところだ。


 もちろんジュリエット様のパイパイに興味がないというワケじゃない。何なら土下座してでも揉ませてもらいたい位だ。


 が、それよりも何よりも、今は恥ずかしがっているジュリエット様を眺めている方が……素敵だ。


 お嬢さまのパイパイは朝、ドリンクバー感覚で死ぬほど目視できるけれども、今のお嬢さまは今しか見れない。


 頬を赤らめ、月明かりに照らされながら、恥ずかしそうに窓の外に視線を逃がすジュリエット様。


 まるで1枚の絵画のようだ。


 やがてチラッ、と俺の方を盗み見るのだが、俺と目が合うなり、慌てて視線を逸らすお嬢様。


 それでもなおジュリエット様の方を見続けていると、彼女の碧い瞳がまたチラッ、と俺の瞳とかち合い、すぐさままた視線を逸らされてしまう。


 恥ずかしくてどういう態度を取ればいいのか分からない、とでも言いたげなその仕草が俺の心の股間を激しく刺激してその……なんだ?


 何かこのままじゃ俺、お嬢様に対してヤベェ犯罪をおかしそうで怖いんですけど……。


 と自分自身に戦々恐々としている間に、車は桜屋敷へと到着していた。


「長らくお待たせいたしましたジュリエット様」

「ご、ご苦労。さ、さぁ行くぞロミオ!」

「かしこまりましたお嬢様」


 運転手が振り返ると同時に、素早く俺の手に絡めていた指先を外し、何事もなかったかのようにすまし顔を浮かべるジュリエット様。


 反対に俺はほんの少し名残惜しさを感じながら、ジュリエット様の指先が絡まっていた自分の手を軽く握りしめる。


 う~ん、女々めめしくて、女々しくて、女々しくて、ツライよぉ~♪


 心の中がゴールデンでボンバーしている間に、ジュリエット様が車から降りてしまうので、後に続くように急いで降りる。


 が、玄関の前にはいつぞやの夜と同じく、金髪の絶世の美少女が使用人たちを引きずれて待機していた。


 そう、俺の理想の女性像にして、この間まで中学生だったとは思えない爆裂ボディをしたジュリエット様の妹、マリア様が派手なドレスに着飾って桜屋敷の前で俺たちの帰りを待っていたのだ。


「今日も遅いお帰りじゃのぅ姉上よ、さすがにもうすぐ4月ではあるが、まだこの時期の夜はちとこたえるからもっと早く帰ってきてほしいものじゃ」


「マリア……訪ねてくる際は事前に連絡しなさいとあれほど言っていただろうに」

「クックックッ、急に訪ねるからこそサプライズになるのではないかえ」


 扇子で口元を覆いながら楽しそうに笑う妹に眉をしかめるジュリエット様。


 この間のプレゼントといい、今のやりとりといい、どうやらあまり姉妹間での仲は良くないらしい。


 う~ん、これは言わぬが百合ゆり、間違えた言わぬがはなというヤツかな? ……うん違うね、全然違うね。


 ……それにしても、改めて見ると、どっちが姉でどっちが妹か分かんねぇよなぁ。


 片や姉は小学生と見間違うミニマムボディ、片や妹はトッポモデルに引けを取らない長身美人だ。初見じゃ絶対に妹の方を姉と見ちゃうよね。


 まぁ、2人ともお胸の方は姉妹揃ってよく似てロケットパイパイである。


 ほんとモンタギュー家の爆乳遺伝子には脱帽だぜ☆


「それで? ボクに何か用か? ……プレゼントなら受け取らんぞ?」

「クックック、安心してくりゃれ姉上? 今回は姉上に母上からの言伝を預かってきておるだけじゃから」

「母様から……?」


 何か嫌な予感でもするのだろう、ジュリエット様は至極嫌そうな顔をしてマリア様を見据えていた。


 そんな姉の姿が面白いのだろう、マリア様は「クックッ!」と堪えきれないように忍び笑う。


 それが面白くないのか、余計に不機嫌になるジュリエット様。ふぇぇ、怖いよぉ~っ!?


「最初に言っておくが姉上、これは母上直々のお達しである。つまりモンタギュー家当主の勅命ちょくめいであると考え――」

「前置きはいい。早く用件を言いなさい」


 せっかちじゃのう姉上は、とワザとらしく肩を竦めながら、マリア様はトンデモねぇことを口にし始めた。




「明後日からこの桜屋敷に1人、新しく住人が加わることが決定した故、仲良くするようにとのお達しじゃ」




「……聞いていないぞ、そんな話?」

「だから今伝えておるのであろう?」


 しれっ、とした顔でそううそぶくマリア様。


 もうジュリエット様のコメカミの爆弾は今にも爆発寸前だぁ!


「姉上が人間嫌いであることは知っておるが、これはモンタギュー家と懇意こんいにしている白雪家しらゆきけ直々の願い故、断るのは不可能ぞ?」

「……理由を教えなさい?」

「おや? もっと駄々をこねるモノかと思っておったが、案外呑み込みが早いのぅ」

戯言ざれごとは結構。それよりも、なぜ白雪家の人間がこの屋敷に引っ越してくる?」


 憤慨するジュリエット様の表情を想像していたのだろう、予定と違うリアクションを前にマリア様は至極つまらなさそうに口をひらいた。


「なんでもここ最近になって白雪家の跡取り息子が総帥そうすいの地位に着いたらしくてのぅ、その1人娘を妾たちが通う私立セイント女学院に転入させる運びとなったのじゃ。……が、さすがに女子寮の空きがもう無くてのぅ。1人暮らしをさせるにしても若い女が1人では不安が残る……そこでっ! 私立セイント女学院からも近く、既に同い年の同性が1人住んでいるこの桜屋敷に白羽の矢が立ったのじゃ」


 空いている部屋は腐るほどあるじゃろう? と口にするマリア様。


 そんな妹を尻目に、ジュリエット様は「ふむ……」とその雪原のような真っ白な指先を顎に這わして、難しい顔を浮かべていた。


「ボクの記憶が確かなら、白雪家の跡取り息子は数十年前、使用人のメイドと駆け落ち同然で失踪し、なか勘当かんどう状態であったと記憶しているが?」


「前総帥と和解でもしたんじゃろうて。そこら辺の詳しいことは妾にも分からぬ」

「そうか……」


 ジュリエット様はチラッ、と俺を一瞥したかと思うと、短く「ハァ……」とため息をこぼし、再びマリア様と向き合った。


「どうせボクがいくら何を言ったところで、もう決まったことを覆すことなど出来はしないし……いいだろう。引っ越しを認めよう。ただしっ! 桜屋敷に引っ越すのは白雪家の御令嬢ただ1人だけだ。使用人の同伴は認めない」


「うむ、ではそのように母上と先方に伝えておこう。ちなみに荷物は明日中に屋敷の中へ移動する予定じゃ」

「ほんとに急だな……」


「まぁ急に決まったことじゃからな。おい、そこに突っ立っておるアンドロイドよっ! 名は確か……ロミオゲリオンと言っておったか? キサマも明日の荷物運びを手伝うのじゃぞ、いいな?」


「はい、かしこまり――」

「何故ロミオがマリアの命令を聞かねばならない? ロミオはボクの執事兼恋人だぞ?」


 俺の返事を遮ってお嬢様の不機嫌極まりない声音が桜屋敷の玄関へとこぼれ落ちる。


 先ほどとは比べものにならないレベルの圧倒的プレッシャーを前に、マリア様はおろか背後に控えていた使用人たちですらたじろぐ始末だ。


 えっ? えっ? なんで急に怒ってんのジュリエット様?


 どこに彼女のる気スイッチを押すワードがあった!?


 混乱する俺をよそに、マリア様は頬を引きつらせながら、それでも毅然とした態度で、


「か、勘違いしておるようじゃが姉上よ、ロミオゲリオンはジュリエット工房で作られたアンドロイド、つまりモンタギュー家全体の資産じゃ。わ、妾にだって命令権があるハズ」


「なるほど、確かにマリアの言うことにも一理あるな。しかし――」


「で、では妾は用も済んだことであるし、そろそろ本邸の方へ帰るとするかのぅっ! ではサラバじゃ姉上!」

「あっ、待てマリア! まだ話は終わって――行ってしまったか」


 ヤバイッ!? とマリア様の本能が何か囁いていたのだろう。


 彼女は目にも止まらぬ速さで玄関脇に止めていた車へと乗りこむと、疾風迅雷のごときスピードで桜屋敷を後にした。


 ちょっとぉ? 機嫌の悪いお嬢様と2人っきりにしないでくれますぅ? 俺だって怖いんだよ? 外面モードのジュリエット様は!


 どうすんのコレ? ジュリエット様オコだよ? 激オコだよ?


 コレを俺1人で慰めるの? 超ハードモードじゃ~ん!


 マジで勘弁、と恨めし気な視線を去って行く車にぶつけていると、「ロミオくん?」と『ワンコ』モードのジュリエット様に名前を呼ばれて……って、あれ?


 何か思ったより言葉にトゲが無いぞ?


 覚悟を決めてジュリエット様の方に振り向くと、そこにはキョトンとした顔で俺を見上げる彼女の姿があった。


「どうしたの、ボーッとして? 早くお部屋に戻ろうよ?」

「いえ、その……よろしいのですか?」

「??? 何が?」


「ですからその……白雪家の御令嬢がこの桜屋敷に入居する件です。あんな一方的に告げられて、お嬢様は怒っていないのかなっと思いまして……」


「もちろんオコだよ! 激オコぷんぷんだよ!」


 ぷくぅっ! と頬を膨らませて、不満気な顔を作るジュリエット様。


 ヤダ、俺のご主人さま超カワイイ……思わず抱きしめて「じゅて~む♪」と下手くそな愛の言葉を囁くところだったわ。


「正直、ロミオくん以外この屋敷には誰も居れたくないし、何よりプライベートルームに他人が入ってくるのはすっごく怖いよ」


 でも、とジュリエット様は上目使いで俺を見上げながら、イタズラ小僧のように唇の端を上げてこう言った。


「でも、何かあってもロミオくんが守ってくれるんでしょ? ボクの笑顔を守ってくれるんでしょ?」


 ……あぁ、こんな親愛にも似た信用を女の子から向けられて、断れる男がこの世に何人居るのだろうか?


 女の子にこんなコトを言われたら、男の子はこう返すしかないじゃないか。


「もちろんです、お嬢様。お嬢様の笑顔は自分が必ず守ってみせます」

「うん、期待してるね?」


 そう言って、俺にだけ見せてくれる笑顔でそっと手を握ってくるジュリエット様。


 えへへ……、と照れ笑いのような表情を浮かべて「行こ?」と俺の手をリード代わりに引いて行くジュリエット様の姿を見て俺は思う。





 ――もしかしたら、ウチのお嬢さまは世界で1番可愛いのかもしれない。

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