第328話 折れる剣

 デヴィッドさんが敵の増援を知らせてから数分後、無数の魔物の群れを私も確認できた。やっとオーガなどの魔物も目に見えて少なくなってきたと思ったらこれだ。そして群れの中にはサイクロプスがいる。一体だけではない。見える限りでは3体ほどその存在を確認できた。


「行けますか?」

「困ったわねぇ。相手できてもアタシではサイクロプス一体が限界さ」

「ユーリウスさんは...」

「察しは付いてるんでしょ? 向こうの戦闘音が止んでないってことは期待できないわね」

「ですよね。...このままでは守り切れませんよ」

「アタシが何とかサイクロプス三体を押さえるさ。ゼロはその間に他の魔物を相手して頂戴」

「無茶です。三体同時に相手をすれば今のジェシカさんでは敵いませんよ」

「分かってるわよ!! それでもやらなきゃいけないの!」

「...それなら私が出ます」

「この戦いはアンタに掛かってるの。攻撃を受けたらオリジナルスキルの効果が無くなる...違うかしら?」


 核心を突いた言葉に反論することが出来なかった。ジェシカさんは私が戦いの中で相手の攻撃をオーバーに避けているのを見ていたのだろう。個人戦ではなく、村の防衛と言うことで白黒を切らしてはいけないと無意識に過剰反応していた。


「冒険者たるもの自分の死に場所を自分で決めれるのは光栄なことよ」


 それだけ残すとジェシカさんはサイクロプスの下に向かって行った。


 死ぬ気だ。嫌でも分かった。本当に死ぬのだろうか。たった一日しか共にいた時間は無いのに胸が締め付けられた。

 魔物の声も、戦場の音すら入って来ない。私に力が無いから、高みに昇ったと高を括ったからこんな結末になるのか。


「ゲームだろ? こんな時こそ覚醒イベントとかあるべきだろ」


 私の言葉は誰にも拾われること無く虚空へと消えていった。


「来るぞ!!」


 村の方から声が聞こえた。恐怖に竦む足を必死に抑え、果敢に戦おうとする者たちの声だ。震える手で彼らは矢をつがえ、槍を構えている。普通に考えて命の危機だ。それなのに逃げずに戦おうとしている。これで私が諦めたら笑いものではないか。


「【聖光が我らを照らし冥府が仇を呼びつける 極楽浄土 魑魅魍魎 天門に上りて獄門を睥睨す〈連続詠唱 六種白黒〉】」


 切れかかっていたバフを更新し、得物に体力を奪う闇と魔力を奪う闇を纏わせる。少しでも相手を不利に出来るなら儲けものだ。


「ん? これは...。人影が40程。援軍か?」


 強化された聴覚によってデヴィッドさんが零した独り言を拾い取る。


「騎士団かもしれねぇ。時間的にも伝令に出したヤツの話を聞きつけていても可笑しくない」

「...向こうも激戦だとは思うのですが。いや、撤退している可能性もありますか。そうだとすれば......」


 魔物と戦いながら村の方に耳を澄ませばデヴィッドさんとリリーカースさんの話し声が聞こえる。内容からして魔物の軍勢の後方に現れた人勢は騎士団である可能性が高く、しかし砦の騎士も敗戦し、こちらに来たのではないかと言うものだった。

 つまり騎士団の後方にも魔物が居る可能性が高いわけだ。だがその程度ならむしろ許容範囲と言うもの。何故なら今はとにかく手数が欲しいからだ。何体の魔物が追加で来るのかは分からないが砦の騎士団ならオーガ程度の足止めは出来るだろう。そうすれば私もサイクロプスを相手できる。

 今もジェシカさんが足止めをしているがどう見てもじり貧だ。防戦一方で攻撃できていない。既に大剣は半ばから折れ、盾としても使えない。早く援護に行かなければ確実に死ぬ。それでも助けに行くわけにはいけない。


 騎士団の到着に合わせるように魔物を間引きながら後退し、村に寄る。これ以上魔物が村に近づくのは避けたいところだが逆に魔物が固まっていた方が騎士団の攻撃も通りやすいだろう。


「見えた! ...騎士団の装備ではない? 冒険者か?」


 デヴィッドさんが迫りくる集団を確認した。とにかく手数を補えれば騎士団ではなくてもこの際どうでもいい。

 追って来るオークを斬り殺しながらその言葉に続いて私も目をやる。通常時なら絶対に明確に見ることなど出来ない遠方の集団を確認できた。ざっと数は40程。全員がバラバラの装備を身につけていることから騎士団ではなく冒険者である可能性が高い。

 そして何より重要なあの集団がトレインしているだろう魔物の数は...0だ。見渡しても魔物のまの字すらない。これは本当に勝てるかもしれない。


 ふと一人の男が目に入った。馬に乗りながら弓を構えている男だ。これだけ聞けばなんてことは無い。ただ魔物を射抜こうとしているだけだ。だが私の本能が警鐘を鳴らしている。それにどことなく既視感がある。どこだっただろうか。最近見たような顔だ。


 その男が構えた矢に青色のオーラが纏わりつく。アーツの発動エフェクトだ。アーツ...? プレイヤーなのか? またも疑問が募る。疑問は数秒もしないうちに疑念に代わり、男が矢を放ち終わった時点で核心に代わった。


「避けろぉぉぉおお!!」


 振り絞るように声を上げる。私の言葉を聞いてジェシカさんが横に跳んだ。


 飛来した矢はサイクロプスを透過してジェシカさんの肩を射抜く。


「PKか!」


 次々と構築される魔術陣を見ながら吐き捨てるように言う。


「ふざけるなよ。ここまで来て殺らせるわけねぇだろ」


 怒気を孕んだ音色で吐き捨てれば私は無意識のうちにPKへと駆けていた。しかし視界を埋めるのは百を超える魔術の大群。無造作に放たれる魔術を避け、斬り捨てながらPKたちに接するも第二波が到来する。

遂に捌き切れなくなり被弾する。すると万象夢幻が発動し、黒の十字架が消失。捌けずまたも被弾。さらに被弾。万象夢幻の制約が発動し、白黒が解除される。


 PKとの距離が残り数十メートルになり、一人の男が出てくる。記憶に新しい魔剣使いだ。私を見て嘲笑を浮かべる。周囲に複数の魔術陣が展開されヤツの目的は明白だ。


 殺らなければ殺られる。なのに脚は全く言うことを聞かない。一歩進むのでさえ永遠のように感じられ、私が着くより先に魔術が発動した。燃え盛る竜巻、稲妻を纏う槍、凍える剣、その全てが私目掛けて打ち出され、全てを相殺させることが出来ず...暗転する。


 本日二度目の死に戻りだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る