第319話 悪魔の存在

 緊張感が渦巻く中、赫刀を構えながら久遠は一歩、また一歩と歩みを進める。私はヤツの刀が放つ威圧感を前に動けずにいた。あれの前ではHPの大小など関係ない。たった一度、あの刀に触れることで全てが等しく死を迎えるだろう。


 こんな序盤で出てきていい武器ではない。


 久遠の一挙一動に注目しなければいけないのに誘惑から逃れることが出来ない。ああ、仕方がないのだ。強力なアイテムを見てしまったら覗いてみたいと思うのがゲーマーと言う者。


 鑑定を発動させる。しかし、予想通りと言うべきだろうか。全ての情報が塗りつぶされて欠片も見ることが出来ない。私の鑑定なら伝説級は確定で見ることが出来る。その上の等級も不可能ではないだろう。つまり、久遠が持っている赫刀は伝説級を超える武器である可能性が高いわけだ。

 思い当たる節が一つある。転職の際に聞いた神の領域に届きうる職人が仕上げた深淵級のアイテムではないだろうか。それにしても久遠が発音できていないのが不自然ではあるが。


「流石にコイツを使えばお前に勝つことも難しくはないだろうな。だが俺も完全に扱えるわけじゃねぇ。本番は次にとっとこうぜ」

「次が無いことを祈るがな」

「それは無理な話だ。数日のうちに必ず俺とお前は戦うことになる。それまでにお前が悪魔に殺されないことを祈るばかりだ」

「悪魔...それはこのスタンピードに悪魔が関係していると言うことか?」


 悪魔と言う単語は魔戦士の男も言っていた。確か契約がどうだとか。


「そう言うことだ。この騒動の元凶は全てその悪魔にある。だからスタンピードを解決しようとすれば確実に戦うことになるだろう」

「ほう。...で、何故悪魔が出てくる?」

「そこまでは知らん。これ以上は俺より闇子たちの方が詳しいだろうさ」


 チラリと闇子に視線を向ける。私の視線を感じ取ったのだろう闇子は『言わない』とだけ告げると杖を構えなおした。


「悪魔と戦わずにスタンピードを終わらせる方法は無いのか?」

「ないだろうな。俺も話を聞いただけだが元はスタンピードを自発的に起こすことで生じる混乱を利用する作戦だったはずだ」

「元は...?」

「簡単な話だ。PKも一枚岩ではない」

「ここまで。夜叉に言いつけるよ?」

「おっと。話し過ぎたか。あいつに付き纏わられるのはダルい」


 まだまだ聞きたいことはあったがこれ以上問いかけるのは難しそうだ。先ほどまでの態度から一変し、久遠に殺気が纏わり付いて行く。


「エンチャント・マナスティール...」


 今の時間で準備しておいた魔術を発動させていく。数としては4つとそこまで多くはないがこれで全バフに追加で+18の補正が付くので無視できない値となる。だが、今の久遠に対して有効とは言えなさそうだ。ないよりはマシ程度だろう。


 右手を握ることでメタモルフォーゼを発動させ樹王と黒茨の槍を召喚する。赫刀の切れ味を考慮すると導魔や硬魔では数合と打ち合えば破壊されてしまいそうだ。もしかすると黒茨の槍もその対象かもしれない。

 ならばと槍を地面に突き刺し、樹王を腰から引き抜く。樹王はその武器の特性上、魔力を込めることで例え切断されても元に戻る。まさかここで真価を発揮するとは思わなかったが武器の損害を気にしなくていいのは大きい。問題は私のMPが保つかだが...短期決戦を狙うしかないな。


「速ッ!?」


 今まで以上の速度、それも倍と言っても過言ではない程の速度で久遠が距離を詰め、刀を袈裟斬りに振るう。受けられるかと一抹の不安を覚えながらも樹王で迎え撃つ。だがしかし、ヤツの赫刀の前では無力だった。

 一切の抵抗を感じさせず樹王が両断される。このまま行けば次に斬られるのは私の胴体だ。一呼吸をする間もなく迫る刃を前に全神経を集中させ宙返りの要領で躱す。そしてそのまま背後に展開したシールドを蹴り飛ばし、久遠との距離を詰める。


 この間にも樹王には魔力を込めて修復を行う。修復が完了すると同時に樹王を振り下ろす。先ほどよりも多く魔力を込めたのだ、簡単に破壊されてくれるなよ? そんな願いも虚しく樹王の先端があらぬ方向へと飛んで行く。


 切れ味が異次元過ぎるのではないだろうか。樹王は魔力を込めることで再生する能力があるとはいえ、同じく魔力を込めることで硬化する能力も保持している。それなのに熱したナイフでバーターを斬るが如く斬られてしまっては対処のしようがない。


 これ以上樹王での戦闘は無駄だと判断し、踏み込みからの掌底を放つ。久遠が持つ刀は大太刀なので取り回しが難しい。攻撃を放った後隙を狙えば一撃ないし二撃と打ち込めるだろう。


「残念だな。効いてねぇぜ」


 私の拳が久遠の胴体に吸い込まれるようにして連撃を叩きこんだ。しかし、VITまでも上昇していたようだ。盾職を殴ったかのような感触が手に残る。実際、ヤツのHPもそれほど削れていないはずだ。


「その武器の効果か?」

「そんなところだ」


 はぐらかした? まだ隠し玉があると見て良さそうだな。


 久遠が最上段に赫刀を掲げ振り下ろす。攻撃までの溜めが長かったので避けることは難しくなかった。


 渾身の一撃は地を砕いた。それでも範囲外にいた私には当たらない。


「ッ! またか」


 避けたはずの攻撃が当たる。それは黒の十字架が10個消失したことで明らかとなった。だが、一度喰らった攻撃だ。


 私は隙は見せずに樹王を構えた。

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