第316話 濃密な時

 一体どれ程の時間が経過したのだろうか。10分、いや30分かもしれない。だが実際は万象夢幻の制約が解除されていないのだから10分も経っていないのだろう。それほどまでにこの攻防は濃密な時間を与えてくれる。


 久遠の横薙ぎの攻撃を樹王で往なしながら反撃で刀を振るう。久遠は後方に退避するが追い詰めるように切り上げ、霞の構えから突く。しかし、久遠は突きによるダメージを許容すると自ら胴を差し出しながら上段からの叩き付けを見舞った。

 この攻撃を防ごうとすれば後隙が出ると瞬時に判断して樹王を放棄し、横に回避する。すると久遠により死角となっていた箇所から紫電が飛んで来る。闇子の援護だ。


 私のMNDと闇子のINTからパラライズが成功する確率は低いだろう。しかし、この場で乱数を許容できるほど私の運はいい方ではない。樹王は久遠に刺さっており、黒茨の槍も手元にないため相殺する手段がない。

 魔力を纏えば体術でも対処できるのかもしれないが賭けに出る状況ではないのだからさらに横に回避することで紫電を躱す。ただ、無理な体勢からの回避だったため私に隙が生まれてしまった。


 久遠からの攻撃は問題ない。この一瞬で追撃できる体勢ではヤツもないからだ。だが闇子は違う。パラライズから少し遅れるようにしてデバフが飛んで来る。

 久遠に足止めをされているせいで悠長に魔術を展開することを許してしまっている。そのため度々発動されるこのデバフの群れは場合によって私を窮地に追い込む。


 闇子もINT、MND特化型のビルドなのだろう。戦闘が始まってMP回復ポーションを1回しか使っていない。早いとこMP不足に陥って欲しいが願うだけ無駄か。


 目視できる分だけでも計4つのデバフが私に纏わりつく。体勢が整うまでの僅かな時間で身体の制御に問題ないことを確認する。この戦闘で最も警戒すべきはパラライズ、スタン、スリープの拘束系デバフだ。

 先ほどパラライズは無効化したが今のデバフの群れにこれらが交ざっていた可能性もある。結果的に私の身は自由のままだから有ったとしてもレジストに成功しているのだがもし喰らっていればこれで死に戻りは確定していた。


「またか」


 しかし、デバフ群の内の1つがレジスト判定を掻い潜り私に状態異常を与えた。掛かったのはAGI減少のデバフだ。


 攻之術理 閃撃


 闇子によるデバフに悪態を吐きながら久遠の攻撃を術理を以って打ち返す。居合の構えをすることで無手の状態からメタモルフォーゼが発動し、導魔と硬魔が召喚されるために可能な芸当だ。また、メタモルフォーゼがアーツとして認識されないスキルであり、万象夢幻の制約に該当しないのが大きい。


 久遠の振り下ろしによる攻撃を導魔を以って受けるが一瞬の鬩ぎ合いを経て私が押し負けた。だが逆に押される力に逆らわず後方に跳ぶことで一時的に久遠との距離を空ける。


「闇子の支援があってこれか。やっぱ一筋縄ではいかないな」


 刀を肩に当てながら久遠がそう言った。攻撃を仕掛けてこない、つまり私に時間を与えてくれる行為なのだから乗っておくべきだろう。


「素直に受け取ろう。で、お前は使わないのか、オリジナルスキル?」

「使いたいところだが制約がな。一応聞くがレベル80だよな? ちなみに俺は80だ」

「...そうだと言ったら?」

「それなら俺のオリジナルスキルが使えない、それだけだ。まあ、使おうとしても使えないんだからお前のレベルは80以下で確定なんだがな」


 久遠が今言った情報が全て嘘である可能性もあるがヤツの性格上それはないだろう。と言うことはあの刀と最初に万象夢幻の黒失を誘発させた攻撃のどちらかがオリジナルスキルだと考えて良さそうだ。

 一番可能性が高いのは前者だろう。後者は私が使う三日月と同様の技術である可能性が高いからな。


「それより、お前はーー」

「無駄話はいい。杠たちがもう動いた」


 久遠が何かを言おうとしてそれに被せるように闇子が言葉を放つ。


「たく、うるせぇな」

「契約は守らないとダメ」

「分かってるよ。そう言うことだ、ゼロ。すまんが死んでくれ」

「難しい注文だな。死ぬのはお前たちだぞ?」

「そうか。なら全力で行くぜ?」


 そう言うが早く久遠が駆けだす。私も合わせるように動くがバフが無いこと、さらに闇子によりSTR、VIT、MND、AGI減少のデバフが掛けられているため後れを取ってしまっている。


「ピアーシング」


 突きによる攻撃。踏み込みと同時にアーツを準備することで発動までの無駄な時間を削った見事な動きは徐々にアーツを使った戦闘が体に馴染み始めている証拠だ。しかし、私とてアーツは使えないまでも双心流の担い手だ。

 久遠が突きを放つより僅かに早く距離を詰め、導魔を捨てながら攻撃と同時にヤツの腕に触れることで突きによる攻撃の運動エネルギーを利用して背負い投げに繋げる。


 久遠が地面に叩きつけられ仰向けに倒れたのを見ながら追撃の一撃とてして素早く右足で踏みつける。それを転がりながら回避した久遠は体勢を立て直そうと立ち上がるが攻めの手を止めないように私は腰近くで右手を握り締めることでメタモルフォーゼを発動させる。

 腰に差された硬魔が送還され、樹王と黒茨の槍が召喚される。そしてそのまま右手に握った槍を突き出す。


 突き刺すことに成功すれば幸いだが回避されてしまった。これは確実に黒茨の槍の効果が共有されていると見ていいだろう。今の突きは大して力も乗っておらずヤツからすればチャンスだったからだ。

 逆に怪し過ぎた可能性もないわけではないのだがどちらにせよ切り札の1つが切り札として使えなくなった可能性が高そうだ。

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