第315話 二人の刀士

 久遠と対峙しながら頃合いを見計らう。久遠の背後には闇子もいるが攻撃を仕掛ければヘイトが向き、脱落することを恐れているのだろう。今のところは攻撃の予兆を見せていない。二回ほどデバフを飛ばしてきたがあれはノーカンだ。向こうも小手調べのつもりだろうしな。


 ゆるりとした動作で久遠が刀を構える。刺突に特化した構えは初動が速く今のパラメータでは捌くのが難しいだろう。だからと言ってバフでパラメータの差を埋めることは出来ない。


 万象夢幻の制約が発動したのは検証時を除いて初めてのことだ。検証時は制約を受けることはそうそうないだろうと思っていたが楽観視しすぎたか。10分間と制限付きではあるがアーツが全て使えなくなるのは致命的すぎる。

 特に神官である私が戦士職の連中と戦うのにバフとデバフが使えないのは正しく自ら心臓を捧げるような行為に他ならない。と、いろいろ思考を巡らせるが結局考えたところでどうにもならないのだから目の前のことに意識を集中させる。


 久遠が先手を取るなら後の先を私は狙う。万象夢幻の制約には戦闘中におけるHP回復を無効化する効果もあるため常に先手を取り続けたいが久遠相手にそれをやればやはりパラメータの差で返り討ちに遭うだろうからな。


 戦闘の再開に始まりの合図は無かった。ノーモーションに近い動きで久遠が近づき、突きを放つ。それを半歩後退することで躱し、お返しとばかりに上段から突き刺すように樹王を降ろす。

 久遠も後退することで攻撃を避けようとするが僅かに進歩し、樹王に魔刃による刀身を伸ばせるようになったため後方への回避ではダメージは免れない。ではどうするか。ヤツならダメージ覚悟で攻撃を続けるだろう。


 私のような制約がない限り多少のダメージは許容するのが戦士職の役目でもあるのだ。ノーダメージで戦おうなんて考えるヤツの方が少ない。


「カウンター」


 久遠のアーツ宣言と同時に右手に衝撃が走る。勿論ダメージは無い。しかし、予想とは違う行動に驚いた。


「何?」

「驚いたって顔してるな」


 久遠がアーツを使って対処してくる可能性は確かにあった。だが、その可能性は低かった。なのでアーツのことを無視していたがやられた。


「面白い情報を聞いてな。ハイピアーシング」


 カウンターからの切り返しは攻撃速度の速い刺突系のアーツだ。喰らえばギリギリ耐えるか、もしくは死に戻りかの二択となる。書術が使えないとなるとセットに入れたシールドも発動できない。

 しかし、ヤツもミスを犯している。βの時はアーツによる硬直や補助動作を嫌って使用していなかったがアーツの強さを知ってしまったのだろう。だから最速で出せるPSによる突きではなく、アーツによる突きを選択してしまった。


 右足を起点に左回転で攻撃を避ける。流石は久遠か。軌道修正が難しいであろうタイミングで避けたつもりだったが左頬を薄く切られてしまった。

 これによるHPの減少は少ない。視界の中に久遠を捉えるより前にステータス画面を見ながら被ダメージによる追加効果、要するにデバフが掛けられていないか確認する。結果、問題なし。


 あの刀が何も効果がないなんてことはありえないだろう。確証はないがオリジナルスキルで作られた刀である可能性がある以上気をつけなければいけない。それに最初のダメージ。アーツ発動の痕跡が無かったことからあれもオリジナルスキルの可能性が高い。


 久遠のレベルもカンストしている可能性が高いわけだからオリジナルスキルは二つあっても可笑しくない。それに対して私は白黒も万象夢幻も、両方が使えない。圧倒的な窮地に笑いが零れそうになる。


 いや、既に笑っているのかもしれない。


「っおお!?」


 視界の端に久遠が移るのと同時に樹王を振る。右手で振り下ろし、左手も添えて押し込む力を上げる。久遠は驚きながらも刀で防いだ。長く刀同士を合わせていると私が押し負けるがそれでも瞬間的な攻防なら私が不利になるわけではない。


 術理を挟まず樹王を振るう。闇子に注意を払うことを忘れてはいないが久遠を優先して攻める。やはり、STRが足りないのか決定力に欠ける。


 久遠が刀を振るおうとする。目線から狙いは左腕だろう。すかさず距離を詰めると私は最速の突きを放った。この距離からではヤツのアーツは間に合わない。よって回避かダメージ許容で攻撃を続けるかの選択が示された。

 しかし、私が攻撃を仕掛けた箇所はヤツの右肩。これならダメージを許容したところで攻撃による影響はダメージだけに止まらない。


 果たしてヤツの行動は回避だった。そのまま攻撃を喰らってくれれば震撃の要領で刀を持てなくしてやろうと考えていたのだが、まあいい。避けるのならまた攻めるまでだ。


 威力よりも速さを求めて木刀を振るう。それに呼応するように久遠の動きも鋭さが増していく。ヤツを見れば笑っていた。そうか、お前もか。


 本当に最高の時間だ。

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