第50話 試練 その2

「冗談じゃない!!」


 悪態をつきながらリーンさんとの距離をとる。

 すると、リーンさんが行使した巨大な魔術陣から無数の光の球体が何十個と出現し私目掛けて飛来する。球体の速度も目で追うのがやっとのレベルだが、それでも何とか避けていく。

 全方位から飛来する光の球体を半身で躱しながら攻撃に移る手段はないかと考えリーンさんに目をやると、驚いたことにリーンさんの周囲にも私を攻撃している球体が中空に浮かんでいた。しかもその数は私に攻撃を仕掛けている球体よりも多い。

 ......リーンさんは絶対に一撃も入れさせる気がないと思う。まあ、そんなこと考えても仕方がない。


 飛来する球体を避け続け、なんとか攻撃を容易に捌くことができてきた。

 少し余裕ができたのでこのアーツについて考察するとしよう。

 リーンさんが使ったこのアーツの名称はエモニ・ルス。技の効果としては自身の周りに光の球体を何十個と出現させ、範囲内にいる相手に目掛け飛来させるものだと思われる。

 効果範囲は術者の半径10メートル以内といったところか。範囲内から出れば追撃はなくなり術者の周囲に戻っていった。

 そのため危なくなったら範囲内から出ることで多少は余裕ができたのだが、それをリーンさんが許すはずもなく私に向かって近づいて来るので、なかなか範囲内から出ることはできない。

 それに私がこの術を容易に捌けるようになったのも攻撃の軌道が直線だと言うことが理由だ。だが、速度も速く急停止と急発進を繰り返す球体のせいでリーンさんの懐に上手く近づけていない。


「もうこれに適応しましたか。想定より早いですね。それでは次のステップに行きますよ」


 突如、光の球体が震えだし、全ての球体が分裂を繰り返す。

 先ほどまで数十個ほどだった球体は数百までその数を増やして私に向かい高速で飛来した。


「マジか」


 前方から飛来する球体を後ろに飛び回避するが、さらに左右、そして後方からも球体が私に向けて飛んでくる。

 現状全方位から攻撃を受けているが、これを脱するには空中へ逃げるしかない。だが、どう考えても空中に誘導されているので判断が鈍る。


 迷っていても仕方がない。軽くその場でジャンプをして空中に逃げ出す。


「ーーッ!!」


 やはり罠だった!!

 迫る球体から宙で身をひねり無理やりその場から離れ、地面に身体を叩きつけるように着地する。


 ......危なかった。先ほどまでの攻撃とは全く違う。

 球体の体積が小さくなったことは朗報だが、今度はホーミング機能がついている。

 まさか避けた球体が下から突き上げるように私目掛けて飛んでくるとはな。だが、あの時は空中へ逃げる判断が一番正しかったはずだ。

 

 後方へ跳躍し、リーンさんから距離を取る。


 静寂に包まれた修練場に私の額から垂れ落ちた汗が跳ね、息が上がり鼓動が早くなっているのを感じる。

 次いで己の手足を見れば僅かに震えていた。これは恐怖からくる震えか? 否、武者震いだ。

 今までこれほど心躍る戦いがあっただろうか。あんなに楽しかった祖父との鍛錬でさえこの戦闘ほど楽しめたとは言えない。


 気づけば口角が上がり、私はニヤリっと笑っていた。

 やっぱり、私はなんだかんだ言って体を動かすことが好きなのかもしれない。現実世界リアルじゃできないことだって仮想現実この世界ならできるのだ。


 もう一度深呼吸をする。

 知らずのうちに緊張していた身体を解し、昔を思い出す。もう何ヶ月も本家の流派である双心流には触れていなかった。

 心を静め常に平心を保ち、足だけを肩幅分広げ両手は力を抜く。


 双心流には二つの型があるがその中でも私は双心流・柳を祖父から叩き込まれた。

 双心流・柳は合気道の技を基本とした型であり、柳のように如何なる攻撃をも受け流すことを目的に作られた型だ。まさに今の状況に合致する。


 深く深く集中する。周囲から音が消え去り、視える視界は徐々に徐々にゆっくりとなっていく。


 1歩踏み出す。

 直ぐに光の球体が四方八方から襲い掛かってくる。リーンさんの領域の中に入ったのだ。

 私に向かい飛来する球体、その全てを手を軽く添えるだけで軌道を逸らす。

 どうやら魔術系のアーツでも軌道を逸らすだけならダメージは喰らわないようだ。パリィの要領と同じだからだろう。


 数十の光球を往なす。一度でもミスをすれば、攻撃に呑まれるので一切の失敗は許されない。


「これは驚いた。この技をそのレベルで耐え凌ぐとは」


 リーンさんが何か言っているようだが声が小さくよく聞こえない。それより、そろそろ私の方が限界に近付いてきたようだ。

 極度の集中状態を保っていたためか眩暈と頭痛が私を襲う。

 崩れそうになる足を何とか奮い立たせ、リーンさんに目を向ければその距離が途方もなく遠く感じる。だが、ここで諦めるわけにはいかない。


 攻撃を捌き続けること数分、遂に攻撃の隙が現れた。

 今まで軌道を逸らせると同時に他の球体へと当たるように誘導していたからだ。

 全て私に飛来して来るためその中の一つでも衝突を始めれば、連鎖的に他の球体にもぶつかり必然的に私を避けるようになる。


 この瞬間を待っていた。

 今出せる全力で床を蹴り、その場から飛び出してリーンさんに肉薄する。

 前方から飛んでくる球体は半身をズラして避け、他方からくる球体には手を添えることで直撃を避ける。

 そして残り数メートルとなったところで急加速し、さらにその距離を縮める。


 決まった!! そう思った瞬間ーーー


死へと誘う扉タナトス・ゲート


 ぽつりとリーンさんが呟いた。

 周囲の音が自身の荒い息で全く聞こえない中、確かにその言葉だけは耳に残った。

 瞬間、私の目の前に漆黒に染まる扉が出現した。私の本能がこの扉に触れてはいけないと警鐘をガンガンと鳴らす。


「リリース!!」


 最後の気力を振り絞り、私が使ったアーツは書術のリリースだった。

 僅かに残った理性により、白黒を解除することで体感的に体を重くさせ、漆黒の扉に触れる前に床を蹴り、左に跳んだ。

 だが、そこまでだった。私の意識は今にも途切れそうになっている。

 意識が落ちる直前、リーンさんを見据えようと先ほどまでリーンさんが立っていた場所を見るも、そこには既に誰もおらず......。


「お見事」

 

 直ぐ横から聞こえてきたその言葉を最後に私の意識はフェードアウトしていくのだった。

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