第43話 マグバースの地理と〈世界を求めて〉 その2

 本来コボルトとは集落を作り集団で狩りをする魔物であるが、討伐ランクSSのコボルトエンペラーが率いる集団でもその数は数万にも満たない。だが、本来なら多少力があるくらいの国を簡単に壊滅させることができる。

 しかし、調査隊が見つけた集落......いや、都市には軽く見積もっても数百万のコボルトが生息していたのだ。


 我々はこの事実に戦慄いた。

 たった数日の距離に我々調査隊の数を優に超える魔物が存在しているのだから。だが、私たちの任務は旧大陸の奪還だ。

 しかし、たった1回の作戦でこの大陸を奪還できるとは誰も思っていない。このような作戦は何年何十年もの月日をかけて行うものだ。

 だからと言って私たちの任務がこれで終わるわけではない。次の作戦を円滑に行うためにもあの都市の周辺や構成されている魔物のランク等を調べるのだ。さらに、他の魔物がいないか調べなければならない。

 

 コボルトたちが住んでいる都市を発見してからさらに数日経った。

 これまでに分かったことはゴブリンやオークといった魔物は所謂底辺階級だと言うこと、そしてここに住んでいる魔物たちにとって餌だということだ。

 さらに拠点から離れるほどに魔物の討伐ランクが上がる。ここから数日放れた場所はすでに分隊では探索できないほど魔物たちが強化されていた。


 この大陸に来て数週間が経過した。

 一度本国に戻りこの大陸についての報告をすることになったが......それと同時に調査隊の一つである大隊が誰一人として残らず消息不明となった。

 ここまで多少の怪我をすることもあったし、無茶をした小隊が腕の欠損をするなどと事故はあったが腕利きの治癒術士によって事なきをえていた。

 しかし、誰一人として拠点に帰ってこないなど初めてだった。そして、消息不明になったのが大隊だったのもいけなかった。

 今回コボルトたちの都市、そのさらに奥に探索に行った大隊はランクXの冒険者を筆頭とした約500名からなる調査隊だった。

 このことを重く見た作戦の責任者により行方不明となった者たちの捜索をするため選りすぐりの者たちが選ばれた。

 その中に私はいなかった。今回も拠点の防衛の任を受けていたからだ。


 閑話休題

 

 責任者の判断は正しかった。調査隊の約1割が行方不明になったのだ。その行方を探索しない指揮官は愚かとしか言えないのだから。

 だが......それがいけなかったのだろう。私たちはある魔物の怒りを買ってしまったのだ。


 ......白い悪魔の怒りを。


 終わりは唐突に訪れた。


 調査隊の行方を捜し始めて2日ほど経ったある日。森から全ての音が消えた。

 ゴブリンやオークといった魔物の鳴き声は勿論、鳥の囀りさえも。普段なら魔物や獣の鳴き声で溢れかえっているのに。


 そしてヤツが現れた。体長は僅か3メートル程で白い体毛で覆われた犬の魔物だ。

 こんな場所にいなければ王都で飼われているウルフ種の魔物と勘違いしたかもしれない。違いがあるとすれば、唯一額に3つ目の眼があることだろう。そして、その瞳が真っ黒に染まっていることだけだった。


 ただ、私たちはヤツを見た瞬間に気づいたのだ。いや、気づいてしまったのだ。私たちが束になってかかろうと勝てる見込みは全くないと。

 

 ヤツが一歩踏みだすたびに木々が枯れ、大地が乾き、生物が死ぬ。


 数瞬の間、私たちは何もできなかった。その事実に絶望していたのかもしれない。

 突如、ヤツの近くにいた冒険者が叫びだし、剣をもって走り出した。きっと恐怖にやられたのだろう。型も何もない、なりふり構わずの攻撃だった。


 だが、その冒険者は突如としてその体を地面に投げ出した。


 まだ、冷静だった私の頭だけが余りの恐怖に気絶したのかと考えた。だが、違った。その冒険者は息絶えたのだ。いや、本当はその冒険者はヤツに殺されたのだと分かっていた。だが信じたくなかったのだ。人類でも上位に入るだろう実力者が一瞬のうちに殺されたのが。


 直ぐに指揮官がヤツを殺せと叫んだ。だが、この時から私たちの運命は定まっていたのだ。


 そこからはあっという間であった。


 私が全員に防御結界を張り、攻撃の余波に備えて空間を隔離した。


 神官が仲間に補助魔術を掛け、ヤツに妨害魔術を掛けて死んだ。


 剣士が、槍使いがヤツに攻撃を仕掛けて死んだ。


 騎士が、盾使いがヤツの前で盾を構えて死んだ。

 

 魔術師が魔力を集め呪文を詠唱しようとして死んだ。


 誰一人としてヤツに触れることができなかった。それでも私たちは果敢に攻撃を仕掛けた。だが、その全てが無駄であった。


 ヤツには勝てないと泣き叫び死んでいく。諦めるなと味方を鼓舞して死んでいく。全てに平等に死を運んでいく。ヤツがゆっくりと歩くたびに死んでいく。草木が、大地が、空気が、人間が、そして魔素でさえも。

 私はこの時にやっと悟ったのだ。此処は人が来る場所ではないと。此処こそが地獄なのだと。


 僅か数瞬の間、4000を超える調査隊は20人程になっていた。そして、ヤツは散歩が終わったと言いたげにこの場所から去っていった。


 これは後に聞くことになるのだがこの作戦に同行していた鑑定士がこう語った。


「ヤツを視た時にはゾッとしたよ。生きた心地がしないというのはこのことを言うんだろう。なんせヤツの情報は殆ど視れなかったからな。だが......視えちまったんだよ。『旧大陸を支配する13の帝王が1体 〈死之帝〉』ってな。信じられるか? あいつみたいのが後12体もいるんだぜ」


 もしもこの本を読んでいる者がいるならば旧大陸には近づくな。あそこは人の命などなんの価値もない地獄なのだから。そして、この本を読んでも旧大陸に挑むという者がいるのならばこれだけは言わせてもらおう。


 それは愚かであると。私と同じ愚者であると。世界は広い。旧大陸以外のまだ見ぬ景色を探すのも一興だろう。


                  世界を求めて 著者 キングレイ=フォンス』


 この書物から分かる通り、旧大陸という場所は相当難易度が高いのだろう。もしかしたらエンドコンテンツかもしれないが、私たちはまだここの王国の王都にも辿り着いていないのだからまだまだ先の話だ。

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