第31話 【 心の傷 】
メリーさん(メスガキ)は、川の河原で一人、
街の光に照らされる水面を見つめて、蹲っていた。
すると、メリーさんのテレパシーに何かが飛んできた。
『はい、もしもし……』
『もしもし、俺は太狼だ……』
『……何か用?』
『今、家の前にいるんだ……』
『……だから?』
それに答えることなく、ブツッと通話が切れる。
( ……何考えてんの、アイツ )
気にすることなく、メリーさんは川を見つめ、
一日遊んでいた時間の思い出を、思い返していた。
それから数分後、再びテレパシーが受信する。
『はい、もしもし……』
『もしもし、俺は太狼だ……』
『あんた、なんであたしの真似なんか……』
『今、タバコ屋さんの角にいんだ……』
『…………』
ブチッと、そのまま通話は切れてしまった。
( まぁいっか、あたしの居場所なんか分からないし…… )
そう考えて、メリーさんは寒さに震えながらも、
街の明かりに照らされている川を、じーっと見つめる。
それからしばらくして、再びテレパシーが飛んできた。
『はい、もしもし……』
『もしもし、俺は太狼だ……』
『……今、どこにいんの?』
『……どこだと思う?』
『…………』
『…………』
『あたしなら、ゴミ捨て場だよ』
『嘘つけ、パチこいてんじゃねぇよ』
『……え?』
その瞬間、大きな革ジャンが、メリーさんの上に降ってきた。
驚いたメリーさんが、慌てて後ろを振り向くと、
そこには、ジャケットを脱いだ太狼が立っていた。
「メリーさんっつぅのは、こうやるんだよ」
「……ふふっ。なんでそんなに詳しいの?」
「ったりめぇだろ、何人来てると思ってんだ」
「あぁ、そっか……」
太狼がメリーさんの横に座り、静かに川を見つめる。
「なんで、ここが分かったの?」
「別に、街中走り回っただけだ……」
メリーさんが太狼を見ると、体から湯気を出していた。
「馬鹿じゃないの、あんた……」
「そうだよ、悪かったな」
「あたしを迎えにでも来たの?」
「まさか、ガキを無理やり連れ込む趣味はねぇよ」
「そうなの? その割には、家族が多かったけど……」
「あのメリー達は、全員自分の意思であそこにいるんだよ」
「ふぅ〜ん、そうなんだ……」
そういって、二人がしばらく黙り込む。
「……なぁ」
「……何?」
「お前、なんで何もしなかったんだ?」
「……なんで?」
「いや、普通は何かトラウマでも残していくんだろ?」
「まぁ、本当はね」
「なら、なんで俺を刺さなかった」
「…………」
メリーさんは俯くと、独りでに語り出した。
あたし、昔は引きこもりの子の人形だったんだ。
友達が居ない子の為に送られた、人形だったの。
大切にされてたから、あたしも持ち主が大切だった。
あたしだけがこの子の友達なんだって、ずっと思ってた。
でも、高校デビューと同時に、呆気なく捨てられた。
そしたら、なんかもう、どうでもよくなっちゃってさ。
確かに、あたしは誰かに覚えていて欲しかった。
だからあたしの魂は、こうして人形の外に出てきた。
でも、結局誰かの記憶に残っても、変わらない。
本当に欲しいものは、何をしたって手に入らないの。
それなら、楽しい思い出の方がいいじゃん。
だから、あたしは自分が楽しむことだけを考えた。
男なんて、ホイホイ甘えておけばチョロいからね。
色々と連れ回して、飽きたら捨ててを繰り返す。
そうすれば、深い思い出も無く楽しめるし、
捨てられることもないから、辛いことも無い。
初めっから求めさえしなければ、孤独はない。
だから、あたしはこのまま一人で生きていくんだ。
誰の記憶にも残らずに、あたしが楽しめるように、
もう、同じ辛さを味わう事なく、今を楽しむんだよ。
そういって、メリーさんが笑みを浮かべ、
太狼は話を聞きながら、静かに頷いていた。
「なるほど、それが理由か」
「うん。だから、あたしのことは忘れていいよ」
「…………」
「…………」
「本当に、それでいいのか?」
「…………」
「…………」
「正直、ここまで来てくれたのは、ちょっと嬉しかった」
「…………」
「でも、あたしは一人がいいんだ……」
「なんか、理由でもあんのか?」
「前にね、一人居たんだよ」
「……何が?」
「あたしと遊んでる時、『 うちに住め 』って言ってくれた人が……」
「そうなのか? なら、なんで……」
「その人の家で寝てたら、襲われかけた……」
「……は?」
「…………」
メリーさんは震えながら、自分の体を掴んでいた。
「ガキ相手に性欲全開とは、この世界も末期だな」
「それで、あたしが断ったら、出ていけってキレられた」
「…………」
「所詮人間は、自分の欲の為にしか人を救わない。だから……」
あたしはもう、二度と人間は信じない。
メリーさんはそういって、太狼の顔を見つめていた。
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