第24話 【 好きな言葉 】

 クマのぬいぐるみが届いてから、しばらくすると、

 遊んでいた二葉と三凪は、抱かれるように眠っていた。





「寝ちゃいましたね、二人とも……」

「まぁ、喜んでくれたなら良かったさ」


 すると突然、一夜が後ろでモジモジし始める。


「あ……あの、太狼さん……」

「……ん?」

「あたしからも、日頃の感謝をしたいんですけど……」

「なんだよ、急に……」

「えへへっ。この間、ネットで調べてたら見つけまして……」

「……?」


 そういって、一夜が綿棒を見せた。


「その、よかったら……耳かきとか、どうですか?」

「おい待て、それは鼓膜を突き刺されないか?」

「そんなことしませんよっ! 背中じゃないんですからっ!」

「なんでお前、背中だと刺すことに躊躇しねぇんだよ」

「だって、そういう幽霊なんですもん」


 一夜が不貞腐れながら、頬をぷっくらと膨らませる。


「可愛い顔しても、刺したら犯罪だからな?」

「いやいや、幽霊に犯罪も何もありませんよ」


「というか、なんで急に耳かきなんだよ」

「なんかよく眠れて、疲れが取れるらしいですよ?」

「それは嬉しいが、この年で人に耳かきされるのってどうなんだ?」

「別にいいんじゃないですか? あたしがしてみたいだけですし……」

「後から訴えられて、俺が罪人になったりしないか?」

「しませんよっ! というか、幽霊が何処に訴えるんですか」

「まぁ、それもそうか……」


 一夜は新しい布団を敷くと、その上にちょこんと正座をした。


「ささ、お膝へどうぞっ!」

「えっ、膝枕でやるのか?」

「……? 違うんですか?」

「お前、異性にそれは無防備すぎるだろ」

「……そうですか?」

「仮にも女の子なら、もう少し自分の身を大切にしなさい」

「太狼さんは、あたしのお父さんですか」

「二葉と三凪が来てから、少しそんな気はしてる」

「そのカテゴリーに、あたしまで入れないでくださいよ」


「男に気を許してばかりだと、痛い目に遭うぞ」

「そんな誰にでもやりませんよ、太狼さんだけですっ!」

「その言い方をされると、ますます断りにくいんだが」


「今の太狼さんに、拒否権はありませんよ」

「なんで今日に限って、そんなに積極的なんだよ」

「だって、こうでもしないとやらせてくれなそうなのでっ!」


 そういって、一夜が嬉しそうに膝を見せつける。


「さぁさぁ、どうぞどうぞ……」

「ほ、本当にやるのか?」

「はいっ! ここは、太狼さんの特等席ですっ!」

「と、特等席ねぇ……」


 嬉しそうな一夜の顔を、じーっと太狼が見つめる。


「はぁ、わかったわかった。寝ればいいんだろ」

「えへへっ、はい! お願いしますっ!」

「はぁ……」


 太狼は戸惑いながらも、そっと一夜の膝に頭を置いた。


「こ、こっち向くんですね」

「だってお前、背中向けたら刺すだろ」

「まぁ、はい……」

「いや、否定しろよ」


「ふふっ、でもなんか可愛いです。太狼さん……」

「その発言は、さすがに眼科をオススメする」

「ひっどい! なんてこと言うんですか、せっかく褒めてるのに……」

「いや、褒めてるのかよ。それ……」

「褒めてますよ。それはもう、べた褒めですっ!」


「人生で言われたことねぇぞ、可愛いなんて……」

「まぁ、なんかそんな気はしてました」

「全国の【 可愛い 】にカテゴライズされるやつに、申し訳なくなるな」

「どれだけ消極的なんですか、太狼さん……」

「……ほっとけ」


 不貞腐れながら、太狼が目を瞑る。


「それじゃあ、始めますね」

「お、おぅ。信じるからな?」

「はい、任せてくださいっ! フンスッ!」



( ダメだ、不安しかねぇ。耐えてくれ、俺の鼓膜…… )



 太狼が心の中で、何かと戦う決意をする。


「では、いきます……」

「あ、あぁ……」


 そういうと、メリーさんはゆっくり耳かきを始めた。


「なんか太狼さんの耳、やる前から綺麗ですね」

「そりゃ一応、自分でもやってるからな」

「まぁ、これは癒しの一環なので、それでもいいんですけどね」


 メリーさんがニコニコしながら、耳の手入れを進めていく。


「なんか、いかがわしいことをしてる罪悪感を感じるな」

「そ、そんなこと言わないでくださいよ、やりにくいじゃないですか」

「だってこれ、結構ハードル高いぞ? 世間からしたら……」

「そうなんですか? あたしには、あまり分かりませんが」


「ネットでもあるよな、こういう動画……」

「ありますね。【 ASMR エーエスエムアール ASMR 】……? とか言うらしいですよ」

「その名前、初め勘違いしてたんだよなぁ……」

「……何とですか?」


「格闘ゲームに【 ARMS ア〇ムズ】っていうゲームがあるんだよ」

「……アー○ズ?」

「それの綴りが似すぎて、それのことだと思ってた」

「あぁ、なるほど……」

「ゲーム実況かと思ってみたら、知らな人が耳かきしてて、何かと思った」

「で、でしょうね……」


「その動画を見ても、火星の環境音でも再現してるのかと疑ってたくらいだ」

「……火星っ!?何故ですか?」

「英語で書くと、【 MARS マーズ】って書くからだ」

「なんか、そこまで器用に別のものを連想するのも、また凄いですね」

「静かな空間でガサゴソしてたら、何かの音を再現してる気もするだろ?」

「まぁ、気持ちはわからなくはないんですけど……」


「実際、睡眠効果が実証されてるんだから、凄いことなんだろうけどな」

「太狼さんも、今では聞いたりするんですか?」

「いや、俺は基本的に、人の気配がすると眠れないから聞かない」

「そうなんですか? でも、あたし達とは普通に寝てますよね?」

「最近は慣れてきたが、最初は何度も起きてたよ」

「あっ、そうなんですね」


「だから、俺が背中を刺されずに、初日を乗り切ったんだろ」

「あぁ、確かに……初日から太狼さん、あたしを抱いてくれてましたね」

「むしろ、爆睡してたら殺られてたと思うと、今でも少し恐怖だぞ……」

「す、すいません……」


「でも最近は、それも良いなって感じてきてるけどな」

「……え? 刺してもいいんですか?」

「ちげぇよ、そんな訳ねぇだろ」

「なんだ、違うんですね」

「おい、なんでちょっとガッカリしてるんだよ。俺が悪いみたいだろ」

「だって、太狼さんの記憶に、あたしをもっと刻めるかなって……」

「物理的に刻むなよ、どんな欲求なんだよ。メンヘラか、お前は……」

「だって、そういう幽霊ですし……」


 そういって、メリーさんが頬を膨らませる。


「はぁ、いつ俺の聴力が失われるのか、ヒヤヒヤすんな」

「しませんよ、そんなこと。そこは信じてくださいよ」

「この流れで、それは難しいだろ」

「だって、太狼さんが期待させること言うから」

「いや、そんな所で期待すんなよ」


「だったら、何がいいなって思うようになったんですか?」

「んなもん、決まってんだろ……」



























         起きた時に、そばに誰かがいることがだよ。



























 その言葉に、一夜が目を見開く。


「……太狼さん」

「起きた時に横に誰かがいるって、初めは凄く新鮮だったんだ」

「……そう、ですね。その気持ちは、凄く分かります」


 一夜は、ゴミ捨て場で寝ていた時の自分を、思い出していた。


「でも最近は、起きてから、ふと横に目をやった時にな」

「……?」

「お前らの幸せそうな顔を見てると、自分まで報われた気がするんだよ」


 そういって、太狼が小さく微笑んだ。


「ふふっ。あたしも、太狼さんに拾ってもらえて、幸せですよ」

「半年前の光景からは、とてもじゃないが想像もできないな」

「あたしも、こんな幸せな未来が待ってるなんて、思ってませんでした」

「まさか都市伝説に人生を変えられるとは、誰も予想しないだろう」

「都市伝説の幽霊を幸せにする方が、予想外だと思いますけどね」


「人生は、何が起こるかわからないなぁ……」

「そうですね。あたしも霊体になって、始めてよかったって思ってます」

「そう思って貰えたなら、こんな嬉しいこたァねぇな」


 すると、一夜がそっと手を止めた。


「太狼さん、逆を向いてもらっていいですか?」

「あぁ、わかった……」


 そういって、太狼は起き上がり、逆方向から頭を置いた。


「太狼さんの背中ガードは、ブレませんね」

「俺だって、刺されたくはないからな」


 そんなことを言いながら、再び耳かきが始まる。


「あの、太狼さん……」

「……ん?」

「太狼さんは、【 好きな言葉 】ってありますか?」

「……好きな言葉?」

「はい、なんでもいいんですけど……」


「ん〜、【 おかえり 】と【 ただいま 】だな」

「あぁ、いいですね。なんか、家族って感じがします」

「こういうのは、人がいないと伝えられないからな」

「ふふっ、そうですね」


「一夜は、何かあるのか?」

「あたしですか? はい、ありますよ……」

「それは、なんて言葉だ?」

「一つ目が、【 いただきます 】ですね」

「あぁ、確かにそれは幸せのフレーズだな」

「はい。毎日ご飯が食べられるって、幸せを感じます」


「なんか、食いしん坊みたいだな。お前……」

「む〜っ! そういうこと言うと、本当に刺しますよ?」

「おい、俺の鼓膜を人質にするのはやめてくれ」

「太狼さんがいけないんですよ、いじわるなことを言うから……」

「悪かったって。んで、他にもあるのか?」


「二つ目が、【 おはよう 】と【 おやすみ 】ですね」

「あぁ、確かにいいな。気持ちは分かる」

「次の日も会えるって、とても素敵な事だと思います」

「……ふっ、そうだな」


「言葉だけで幸せを感じられるって、凄いですよね」

「一人の時は、考えもしなかったな」

「えへへっ、共感していただけて、凄く嬉しいです」

「まぁ、そりゃな。というか、他にもあるのか?」

「あぁ、まぁ……のが一つありますけど、これは内緒ですね」

「おい、そう言われると気になるだろ」


「乙女の秘密ですよ、太狼さん……」

「その言い方、俺は差別だと思うんだが」

「確かに、なんか『 男性は隠し事禁止 』って感じしますよね」

「理不尽だよな。ハラスメントでは無いでしょうか?」

「まぁ、あたしは法律で縛られる存在では無いので……」

「ったく、幽霊は都合がいいな」

「せっかくですから、使えるところは使いますっ!」


 そういって、一夜がドヤ顔を決める。


「お前、だんだんズル賢くなってきてないか?」

「き、ききき気のせいですよ……」

「はぁ、メリーさんも環境に毒されるんだな」

「太狼さん、また何か言いました?」

「へいへい、俺が悪かったよ。メリーお嬢様……」

「ふふん、分かればよろしいですっ!」


 一夜が嬉しそうに微笑みながら、太狼に耳かきを続ける。



























       そこからしばらくは、無言の時間が続き、


            一夜は太狼の耳を、ピカピカにしていた。



























「こんなものですかね。太狼さん、終わりましたよ」

「…………」

「……太狼さん?」

「…………」


 一夜がそっと太狼の顔を覗くと、目を瞑り、

 幸せそうに微笑んだまま、静かに眠っていた。



( ……ふふっ。太狼さんの気持ち、少し分かった気がします )



 一夜は嬉しそうに微笑むと、太狼を布団の上に寝かせ、

 そばで横になりながら、静かに太狼の顔を見つめていた。



























      あなたが振り向いてくれる、この言葉が、


             あたしの中で、一番好きな言葉なんです。



























       また起きたら、あたしの名前も呼んでくださいね。



























            おやすみなさい、太狼さん……



























        そう告げると、メリーさんは静かに目を瞑った。



























( あたしメリーさん。今、あなたと夢の中にいるの…… )

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