第21話 【 絵心 】
布団を買った後、四人は他の店を見て回っていた。
「なぁ、一夜……」
「……はい?」
「子供の女の子って、普段何して遊ぶんだ?」
「さぁ、普通は幼稚園とか学校ですからね」
「自分が子供の面倒を見るなんて、思ってもみなかったからなぁ……」
「あそことかどうですか? なんか、可愛い絵がありますよ」
「文房具コーナーか。そうだ、塗り絵とかいいかもな」
「……塗り絵?」
「あぁ、元から書いてある白黒の絵に、色を塗って綺麗にするんだ」
「へぇ〜、そんなのあるんですね」
「ゲーム以外にも、そういう娯楽があってもいいかもな」
そういって、太狼はメリーさん達を連れて、文房具コーナーに入った。
「すっごくたくさんあるんですね、文房具って……」
「こういう所に来ると、使わないものも欲しくなるんだよな」
「これとか、背中を刺すのに使いやすそうです」
「コンパスは円を描くんだ円をっ! 背中刺すんじゃねぇ!!!」
「お兄ちゃん、見て見てっ!」
「……ん?」
「これ、切れ味凄いって!」
「危ないから、カッターは買いません」
「この赤いボールペンとか、テンション上がりますねっ!」
「なんでテンション上がるのかは、あえて聞かないが。戻してきなさい」
「にぃに、ちょきちょき……」
「ハサミは家にあるし、お前らに持たせるとろくな事にならないだろっ!」
「太狼さんっ! この三角定規って、使いやすそうじゃないですか?」
「お前らどんだけ俺の背中刺してぇんだよッ!!!」
──その時、太狼は知った。
文房具は、身近な凶器なのだということを。
「お絵描き体験コーナーですか」
「ほら、二葉、三凪。こういう塗り絵はどうだ?」
「……にぃに、どうやるの?」
「口で説明するより、見せた方が早いか」
そういって、太狼は簡単に絵に色を塗った。
「ほら、こんな感じだ……」
「おぉ〜っ! にぃに、上手……」
「お兄ちゃん、凄〜いっ!」
「家でこういうのが出来たら、楽しいだろ?」
「……うんっ!」
「買ってくれるの? お兄ちゃん……」
「あぁ、これぐらいなら別にいい」
「「 やったぁ〜っ! 」」
「太狼さんっ! 見てくださいっ!」
「……ん?」
太狼が声に振り向くと、自由帳に一夜が絵を描いていた。
「どうですか? 太狼さん……」
「凄いセンスだな、それは何のモンスターだ?」
「モンスター? これ、太狼さんの似顔絵ですよ?」
「嘘だろ、お前には俺がそんな風に見えてるのか」
「むぅ〜、一生懸命描いたのに……」
「待ってくれ、これ俺が悪いのか?」
「じゃあ太狼さん、あたしの似顔絵描いてくださいよっ!」
「まぁ、別にいいけど……」
そういって、太狼が一夜の幸せそうな笑顔を描く。
「ほら、お前の似顔絵だ……」
「す、凄く可愛い……あたしって、こんな風に見えてるんですねっ!」
「なんだろう。勝った気がするのに、なんかムカつくな」
一夜が嬉しそうに、デレデレと顔を赤くする。
「でも、太狼さん……」
「……ん?」
「なんでこんなに、絵がお上手なんですか?」
「なんだ、やっぱり変か?」
「あっ、いえ……そういう訳では無いんですが、ちょっと意外で……」
「まぁ、無理もない。昔っから、よく言われてたしな」
「……?」
太狼はそう言いながら、絵を描く二葉と三凪の姿を見つめる。
「俺、前はゲーム関係のデザイナーになろうとしてたんだよ」
「……そうなんですか?」
「あぁ。だから、学生時代はよく、絵を描く練習をしててな」
「その夢は、諦めちゃったんですか?」
「あぁ。就職活動の時、どこの企業とも上手くいかなくてな」
「それはまた、どうして……」
「履歴書の写真が怖いとか、悪い噂とか、面接中に面接官か失神したりとか」
「圧力出しすぎですよ、太狼さん……」
「俺は別に何もしてない。ただ、聞かれたことに答えてただけだ」
「でも、確かにスーツ姿の太狼さんは、想像するだけでもヤバいですね」
「……そうか?」
「はい。サングラスかけたら、完全に裏の人間です」
「お前、なんでそんな世界の人間を知ってるんだよ」
「この間、太狼さんに教えてもらったネットフリークスで見ました」
「お前の知識、片寄ってんなぁ……」
「だから太狼さんは、お家で稼げる仕事をしてるんですね」
「あぁ、そういう事だ……」
「なんだか、そう思うと勿体ないです」
「……何がだ?」
「だって、こんなに絵が素敵なのに……」
「俺の絵が、『 素敵 』、かぁ……」
「素敵じゃないですか、とても魅力的ですよ?」
真面目な顔で告げる一夜を見て、太狼は小さな笑みを浮かべた。
「その言葉だけで、俺の今までが報われたよ」
「……え? でも、あたしなんかが褒めたくらいじゃ……」
「いや、そんなことは無い……」
何かを作る【 クリエイター 】と呼ばれる人間は、
一人に褒めてもらえるだけでも、十分幸せなんだよ。
たったそれだけでも、自分の今までが報われたと思える。
だから、お前が褒めてくれただけでも、俺は十分幸せだ。
誰かに存在を認めてもらえる時に、心は幸せを知るんだから。
その言葉に、一夜が小さく微笑む。
「ふふっ、そうかもしれませんね」
「ありがとな、一夜……」
「いえ、こちらこそです。太狼さん……」
そういって、二人は静かに笑顔を交わしていた。
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