14話「救いの手」





私はついに、カウンセラーの路子先生にたかやす君の話をすることに決めた。


怖かった。それに、“あまり関係のなかった生徒に落ち込まれても、先生だってどうしたらいいかわからないかもしれない”と、やっぱり思った。でも、もう言うしかない。私は苦しくて苦しくて仕方がないんだもの。


私は制服のスカートをテーブルの下で少し握りながら、やっと一言こう言った。


「この間、亡くなった生徒が居るのを、先生は知ってますか…」


先生は、“まさかそんなことだったなんて”と驚くように、一瞬表情が険しくなった。でも、すぐに先生は悲しそうな顔になって、「ええ」とだけ言った。


「私は、特別仲が良かったり、ずっと一緒に過ごしたわけではありません。でも、彼に救われたことがあります…」


“そうだ、私は彼に救われた。だからこんなに悲しかったんだ…”


私は、その先の話まではやっぱりできなかった。「なんで何も言わないでいってしまったのかということで、彼に会えたとしたら責めてしまうかもしれない」とまでは。


路子先生はノートを閉じたままで、表紙を何度かさすり、私を見つめてこう言った。


「そんなことを誰にも話せないのは辛かったでしょう」


私は静かに頷き、少しだけ涙を流した。


“よかった。路子先生も、否定して励ましたりなんてしなかった…もっと早くに信じていればよかったかもしれない…”


「大切な人を亡くす悲しみは、その悲しみを拭われることすら拒否してしまうときもある。それは、大人ならみんな知っているの。だから、私に話してくれて良かった」


先生はそう言って、大きく一つため息を吐いた。


路子先生にそう言われたことでまた救われた私は、何度かカウンセリングを重ねて、少しずつ緊張や不安を解きほぐしていった。




カウンセリングでは私は、だんだんと心を打ち明けるようになった。




ある水曜日、私はついに、「どうして何も言わないでいってしまったのか、怒る気持ちもあったんです」と、口にすることができた。


先生は私のその言葉を聴いて、「よっぽど大切な人だったのね」と言ってくれた。私はそのとき、咽び泣き、うつむいていた。


私が落ち着いてから、路子先生はこう言った。


「跡見さん、もしかしたらあなたはその感情を、良くないものだから消したいと思っているかもしれない。ここまで話せなかったんだもの。でも、感じてしまったことに罪はないの。自分を責めないで」


私はそう言われながら、ブレザーの袖を顔中にこすりつけ、何度も頷いた。









それから私の体調は日に日に良くなって、ついにある日、クラスに戻った。




教室が一度ざわついたけど、みんなすぐに興味もなかったように、私から目を逸らす。それでも私は、“この中にもし、たかやす君がいてくれたなら”と考えていることで、精一杯だった。


私が席に就く前から視線を感じていたけど、椅子に座った途端、後ろから木野美子がせっつくように話しかけてきた。


「凛ちゃん、おはよう。もう出てきていいの?体調大丈夫?」


「お、おはよう。久しぶり…。なんとか大丈夫…心配かけて、ごめん…」


「本当にね。心配したよ。何かクラスであったら言ってね」


「えっ…ありがとう…」


私は、呆気に取られていた。自分がもう、木野美子の言葉を、“どうせ社交辞令だろう”とは思っていなかったことに。


何があったのかは聞かないまでも、「ずっと心配していたんだ」という美子の言葉を、私は信じられるようになっていた。







それは私が普通に登校し始めて少ししたある日、家に帰ってきたときだ。


私が帰宅してもお母さんが寝室から出てこなかったので、私は不思議に思って寝室の磨りガラスに近づいた。すると、その扉の向こうから、お母さんが誰かと電話をしているような声が聴こえてきた。


お母さんが電話の相手に喋りかける口調はどこか切羽詰まって、必死のように聴こえた。私はその様子で心配になったので、思わず立ち聞きしてしまった。


「ええ、ええ…お義母さん、あの人は今どうしていますか?お酒のことは…」


相手の言葉は、ずいぶんと長いようだった。そのあとお母さんは一度大きくため息を吐き、嬉しそうな声を上げる、


「ごめんなさい、私、あの人に何もしてあげられなかったのに、お義母さんにこんな電話をしまして…はい、はい、ありがとうございます…良かった…本当に…」


それはどうやら、父方のおばあちゃんとの電話だったみたいだ。



そしてお母さんが電話を切って寝室から出てきた時、私は立ち聞きしていたことがわかってしまったので、どうしたらいいかわからず、お母さんを見たまま、突っ立っていた。でも、お母さんはとても嬉しそうだった。


「おかえりなさい、凛」


「お母さん…電話してたの、おばあちゃん?お父さんの方の…」


お母さんはそれに嬉しそうに頷くと、「ええ、そうよ。これであなたにもやっと話せるわ」と、安心したように微笑んだ。


「紅茶を入れるわね。長い話になるから、少し多めにしましょう」


そう言ってお母さんは、久しぶりに気持ち良さそうに微笑んでいた。







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