魔法の力

「さあ、いのちいの時間じかんだ! ひざまずけ、ジャック・ド・アグロワ!!」


 どうする!!


選択せんたく時間じかんだ」


 * * *


 そのときふねはる上空じょうくう一羽いちわおおきなとりんでいた。

 とり突然とつぜん急降下きゅうこうかし、仲間なかまつボートめがけてんでいく。――と、その瞬間しゅんかんリオのふくをくちばしでつかみ、大空おおぞらたかくまでげた。

「わあああっ!! おれはエサじゃないよ!」

ちがう、リオ! オテツダイ! オジチャンがあぶないから!」

「って、ピオ!?」

 かれ大空おおぞらたかくさらったのはなにかくそうピオ。ジャックの危機ききにリオのちからりようとしたのだ。

「つ、通報つうほうは!」

わった! だからたの!」

「そうなの?」

「それよりオジチャンがあぶない! ころされそうなの、なんとかして!」

なんだって!?」

 ようやくピオのとなりせてもらえたリオがをこらすとフィリップがいまにもジャックにとどめをさそうとするところだった。

 ハッとしてすぐにかまえ、ねらいをさだめる。

「ダメだ、これだとたかすぎる! もっとちかづけない?」

いよ!」

 とりなにやらしめわせた直後ちょくご、また急降下きゅうこうかはじめた。今度こんどふねかってさかさまだ。

 内臓ないぞうがぐるぐるいいそうなへん感覚かんかくえつつ、パチンコをしぼり、フィリップのサーベルがけてパチンコをつ。

ァたれぇええ!!」

 はなたれた!

 その軌道きどうはまっすぐサーベルまでびていき――


 カシン!


「グ!」

「チャンス!」


 突然とつぜんすれちがうようにとりふねうえ通過つうかしたとおもったら、フィリップのからサーベルがはじきされた。

 その瞬間しゅんかんをジャックは見逃みのがさず、はじかれたサーベルにびつき今度こんど自分じぶんがフィリップのもとけてやった。

観念かんねんしろ!」

 またも形勢逆転けいせいぎゃくてんである。

「わあ! やったああ!」

 頭上ずじょうからどもたちこえこえた。――あの子達こたちか! 感謝かんしゃねんめてってやるととり背中せなかうえかえしてくれた。

「さあ。もうどうすることもできないぞ。フィリップ」

 くやしそうにこちらをにらんでくる。しかしこちらとて、もうどうじたりはしない。このままソフィーのなわかせて脱出だっしゅつだ。

はやく、なわいてやれ。自由じゆうにしてやるんだ」

「ク……」

「もうこうなったらどうすることもできないぞ。素直すなおしたがったほうかしこいとおもうが」

「わ、かった。かった。なわくためのナイフだけさせてくれ」

 さっき自分じぶんがされたようにさきでのどをちくりと刺激しげきしてやるとすぐに相手あいて降伏こうふくいろせた。ふところをさぐるその姿すがたにサーベルをろしてやる。

「あ、あった。これだこれだ」

 しばらくしてするどそうなナイフをし、ソフィアのほうく。

「ソフィーを人質ひとじちるなよ、いまさら」

かっていますよ、だれがそんなあぶないまねをするんですか」

「……」

 とくへんうごきをみせることもなくフィリップは順調じゅんちょうにソフィアをしばなわってやる。そうして何事なにごともなく彼女かのじょからだはなたれ、自由じゆうになった。

「そしたら彼女かのじょからはなれろ」

 だまってとおりにする。

 これで、これでようやくだ。

「ソフィー、おいで」

「……、……ジャン!」

 やさしくひろげてやると、ソフィアの両目りょうめから大粒おおつぶなみだがあふれした。いままでこらえていた恐怖きょうふがあふれ、同時どうじ安心あんしんしたのだ。そのままかれ胸元むなもとはしりこんでいく。


 はずだった。


 ソフィアは自分じぶんのすぐそばをなにつめたいものが横切よこぎっていくのをたしかにかんじていた。しかしそれがなんなのかはまだからなくて、だがいや予感よかんだけはかんじていて。

「……!」

「ハハハハ!! 油断ゆだんしたな、ジャック!! ワハハハハ!!」

 ジャックのかおあおざめ、からだがぐらりとらぐ。

 ゆかがばたばたとちた。

 かれがあおけにたおれた瞬間しゅんかんきぬくような悲鳴ひめいあたりにこだました。


「イヤアアア!!」


 むねさっていたのはげナイフ。

 フィリップが一瞬いっしゅんすきねらってげたものだ。


 * * *


ぞくいまさらようなどない。お前達まえたち、そいつをうみとしてしまえ! サメのエサにしてやるんだ」

「いや! そんなのだめ!! ジャン!!」

「おまえはこっちだ! 今度こんどくさりつないでやる。もうげられないように」

いや! はなして!! ジャン、ジャン!!」

 ろうとしたのをフィリップにもどされ、うごけないようにうしろからきすくめられてしまった。そのうちにもうごけないジャンの両手両足りょうてりょうあしまわりでかこんでいた部下達ぶかたちがつかみ、げていまにもげようとする。

 って! おねがい!!

 そのとき

て、やめろお前達まえたち……! この、ティアラがどうなってもい、のか!」

 ジャンのしぼるようなこえと、かかげられたものまわりの人達ひとたちうごきがまった。

 そのにぎりしめていたのはコンパクトにひもでまとめられたティアラとベールだった。

 しかしすぐそばのトルソーにはきちんとティアラとベールがかざられている。

 あ、あれ? どういうこと?

「フン、いまさらニセモノでだまそうとしたって無駄むだだぞ」

なにう。トルソーにかざられているティアラと、ベールをよくろ!」

 われるがままてみるけど、とくにおかしなところもないきれいなきれいなティアラとベールだ。

「ジャ、ジャン……どういうこと?」

「ふふ、ソフィーはからなくっちゃこまるなあ……。ベールを、よくてごらん」

「……、……ア!!」

 そうわれてからやっといた。

「このベール、“はじっこがやぶれていない”!」

「そのとおり」

 われてからハッとしたようにフィリップがからだのあちこちをさがす。

 そしてすぐにあおざめたかお

「ない」

ちいさくつぶやいた。

「これでおまえのサイテーな陰謀いんぼうすべかったぜ、フィリップ。目的もくてきはソフィーをクライシス王国おうこく誘拐ゆうかいし、世界征服せかいせいふく材料ざいりょうに、すること。そのためには魔法まほうちからめたティアラと、継承者けいしょうしゃである彼女かのじょ存在そんざい必要ひつようだった。そうだろ?」

「……」

 かすれたこえで、しかしはっきりと自分じぶん推理すいり披露ひろうするジャンにフィリップはなにわない。

「そこで下準備したじゅんびとしてまずはサルト・デ・アグワの双子ふたご王子おうじし、わりの王子おうじとして、クライシス王国おうこくいきがかかったヴェレーノをてた。そう、すればちかいのキスをしたとき魔法まほうちから二人ふたりわりに、ヴェレーノにれられるってかんがえだったんだろう。そうすりゃクライシス王国おうこくはいつでも魔法まほう使つかえるからな」

「……」

誤算ごさんだったのはソフィーがして、勝手かって俺達おれたち海賊団かいぞくだんと、一緒いっしょにティアラをしてしまっていたこと。でもそれすら好都合こうつごうおもったおまえ油断ゆだん、しているおれらを王国おうこくまでもどし、まずは海賊団かいぞくだん処刑しょけい一人ひとりのこったソフィーをれていこうとした。――どうだ」

「ふ、ふふ。見事みごと推理すいりだが、それだとなぜここにニセモノがあるのかについての説明せつめいができてないぞ」

 そうってちょっとつよがってみせたけど、すぐにジャンのフンという鼻息はないきによってくじかれた。

「そんなの簡単かんたんだ。もし自分達じぶんたち計画けいかくがばれたりジャマがはいったりしても、ティアラだけはちゃんとクライシス王国おうこくに、はこべるようにしてたんだろ。絶対ぜったい必要ひつようなのはまだ魔法まほうめてあるティアラだが、自分じぶんていないところ間違まちがいがあってもこまるし、またぬすまれたりしたら厄介やっかいだ。そこで対策たいさくとしておまえのふところにこうやってちいさくまとめてかくした。ちがうか?」

 それをいてくやしそうにフィリップがぎしりをする。

「さあ、どうする? おれをこのままうみほうりこめばティアラはうみそこげようものならば、おれげて、したってる仲間達なかまたち回収かいしゅうするぞ」

「……なら、どうすればわたしてくれるのだ?」

「まずはソフィーを解放かいほうし、二度にどさないと約束やくそくしろ。そして、無事ぶじした仲間達なかまたちところまでおくり、とどけてやったらかえしてやる。ただし、わたすのはボート、がえなくなってからだ。そのあいだにお前達まえたちなに、しでかすかからんからな」

 もうこの時点じてんいきえ。こえもすっかりかぼそくなってしまって、ていられなかった。かなうならすぐにでもってきしめてあげたい。

「どうします、フィリップさま

「……まかせろ、わたしかんがえがある」

 その瞬間しゅんかん、フィリップがわたしからだ耳元みみもとにこっそりささやいた。

「ソフィア。おまえがアイツからティアラをかえしてこい」

 見開みひらき、かれかおる。どこまでも冷酷れいこくなそのかおさえかんじた。

「ひきょうもの……!」

勘違かんちがいするな、おまえのためでもあるんだぞ」

「……どういうこと」

かえしたあとかならずこちらにかえってると約束やくそくできるなら、あいつのきずやす方法ほうほうおしえてやる」

「……!」

 その言葉ことば今度こんどちが理由りゆう見開みひらいた。

 耳元みみもと心臓しんぞうがドックンドックンはじめてうるさい。きずえる? あんなにくるしそうなかれが……なおるの?

 かなうことならばそうしたい、すぐにでも。いますぐにでも。ときめてでもはやなおしてあげたい。

 ちらりとかれる。あせをぐっしょりかいていまにもんでしまいそう。もうそんなのていたくない。

 でも……これはきっとわなだ。わたしがここでかれやしてあげても無事ぶじかえしてもらえる保証ほしょうはない。

 なによりわたしはもうおしろや、お父様とうさま母様かあさまもとかえれないし、ジャンにも絶対ぜったいえないとおもう。それもいや絶対ぜったいいや。せっかく自由じゆうになれたとおもったのに……いやでも、こうなってしまったのはわたし大人おとなしくお母様かあさまうことをかなかったから。

 もしわたし大人おとなしくうことをいて結婚式けっこんしきげていればまだジャンたちたすせるチャンスはあったはず。このたくらみも、もしかしたらだれかに気付きづかれていたかもしれない。こうなるまえてていたかもしれない。

 なのに、なのにわたしは……自分じぶんのことばかり……。

 ……。

「さあどうする。はやくしないとおまえいとしいジャックがんでしまうぞ」

「……」

「ソフィア」

「……わ、かった。その提案ていあんむわ。あなたたち一生いっしょういていく。だからジャンだけはたすけさせて。おねがい」

上等じょうとうだ。まずはきずやしたいとってティアラをうばかえせ。そしたらティアラをかぶりながら胸元むなもときずにキスをしろ。それだけでいい。余計よけいなことだけはするな。そのときはもう一本いっぽんナイフをす」

「それでかれたすかるの」

わたし推測すいそくでは魔法まほうあたえられる条件じょうけんはおまえがキスすること、そのただひとつ。だとするならばきずやすことがおまえにならできるはずだ」

「……」

「ただしくち同士どうしちかいのキスだけはするな。王子おうじひめ以外いがいのキスではあいつに魔法まほうすべうばられる可能性かのうせいがある。そうすればきずやすことはもうできなくなるし、計画けいかくもだめになる」

「……」

かったならさっさとくんだ」

 背中せなかばされ、わたしくるしそうなジャンのもとへとった。


「ジャン、ジャン!!」

「ソフィー」

 むねさってるナイフにけながらかれきしめる。もうこの時点じてんですっかりよわってしまっていた。おもわずなみだがこぼれる。

「ジャン、ごめんなさい、わたしのためにこんな……」

いんだよ、ソフィー。それよりちょっと」

 そうってかれはほほみながらわたしあたまっていたティアラをかぶせた。

「もう最期さいごなんだ。こういうときだからこそ大事だいじひと姿すがたとかないとな」

「え」

「うん、きれいだ。やっぱりきみ運命うんめいひとだったんだ」

「ジャン……」

 その瞬間しゅんかん。タガがはずれたようになって、もう我慢がまんができなかった。

「……ジャン、ジャン! あのね、わたし、あなたをたすけたいの。わたし、あなたのたすかたってる。だからもう平気へいきなの、くるしまなくても大丈夫だいじょうぶ

「ソ、フィー」

「だからおねがい、もう最期さいごとかそんな言葉ことばわないで」

「でもそれって」

大丈夫だいじょうぶ大丈夫だいじょうぶだから」

「……」

たのしかった。うれしかった」

「……」


きだった」


「……!」

「この気持きもち、最後さいごまでつらぬとおさせて」

 かれひとみもうるむ。

「しまったなぁ……もっと素敵すてき格好かっこうでその言葉ことばくんだった。失敗しっぱいした」

 あのときみたいにひたいわせてそのぬくもりをかんじた。

 そう。

 これが、これが最後さいご

「また、もしかしたらきっと、いつかえるわ。そのときまたってあげる。だからすこしの辛抱しんぼうだよ」

「でも」

「おねがい、わがままわないで。もう時間じかんがないの」

 かれひとみをまっすぐつめ、こころからつたえた。かれひらきかけたくちはいつしかじ、そのわりいとおしそうにわたしにぎってくる。

「……そうか。そしたらおれのおねがいもちょっといてもらおうかな」

「……キスだけはだめ」

大丈夫だいじょうぶ。……まもるから。とりあえずみみして。おおきなこえせない」

 かおちかづけた。

「もっとちかく」

 もっとちかづけた。

「もっと」

「まだ?」

「もうすこし」

 ずかしくなるほど近付ちかづいた。でもたしかにこれだけ近付ちかづかないとかれこえこえなくなってきていた。

 それがもうせつない。――おねがい、はやなおさせてよ!

「そうそう、これぐらい」

「で、おねがいって?」

「そんなにあせらないで。ちゃんとうから」

 そしてかれはこうささやいた。


ぬんなら自分じぶんきなひとかれてにたいんだ、おれ


「え」

 いや予感よかんがしてすぐにこそうとしたが、その瞬間しゅんかんにはくびかれうでいていた。

 直後ちょくごかれくちびるわたし口元くちもとをふさぐ。


 かれわたしのこしたのはいままでで一番いちばんおおきな勇気ゆうきだった。


「ジャン……!?」

「しまった!」

「やられた!!」

「あいつをたおせ、いますぐに!」


 ティアラにはめまれた宝石ほうせきがその頭上ずじょうでパチンとおとてながらはじび、そこかられた強烈きょうれつひかりかれもとまれていったのをよくおぼえている。


「サルト・デ・アグワこく第一だいいち王子おうじ、ジャック・ド・アグロワより主神しゅしんアドアステラにぐ!!」


 最後さいごちからしぼるように大声おおごえげながらのしたたるからだがり、おそれおののく人々ひとびともとへとあるいていく。

 その右手みぎてにはアグロワ王家おうけ紋章もんしょうあおく、つよかがやいている。


「レーヴこく王女おうじょソフィア・ドゥ・レーヴをきずつけようとするこのすべての人々ひとびとを――!」


 帽子ぼうし上着うわぎぎながらそこまでったときかれはじめて人前ひとまえ海賊かいぞくとして――いや、王子おうじとしてその眼帯がんたいはずした。

 それをてフィリップのかおおどろきの表情ひょうじょうと、すこしのなつかしさと、いっぱいのかなしみがちたのだけがえた。


て、ジャック!」

「その神風しんぷうばせ!!」


「やめ――」

アミュレット・アドアステラアドアステラ神のご加護を!!》


 その瞬間しゅんかん

 あおひかかがや世界せかい背景はいけいかれはこちらをき、“オッドアイ”をやさしくうるませながら

きろ」

と。


 たしかにそうってわらっていた。


「ジャアアアアアアン!!」


 直後ちょくご物凄ものすごかぜばされてあたまってしまい、そのあとなにこったのかを見届みとどけることはできなかった。

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