かいぞく姫と魔法のティアラ

ジャックvsフィリップ

「ソフィー！」

　城下町（じょうかまち）入（い）り口（ぐち）近（ちか）くまで全速力（ぜんそくりょく）で移動（いどう）したところで町中（まちじゅう）を兵士達（へいしたち）が探（さが）し回（まわ）っていることに気（き）づき、急停止（きゅうていし）。

「くそ……足止（あしど）めか？　どこまでも汚（きた）ねぇ奴（やつ）だ！」

　ふと周（まわ）りを見（み）ると少（すこ）し高（たか）い所（ところ）に小屋（こや）付（つ）きの家（いえ）がある。

　――そこだ！

「セキトバ、飛（と）べるか」

　気付（きづ）いた兵士（へいし）に追（お）いつかれる前（まえ）に方向転換（ほうこうてんかん）をし、家（いえ）を目指（めざ）した。

「あそこだ！」

「いたぞ！」

「姫（ひめ）を返（かえ）せ！」

「だから俺（おれ）じゃねぇっての！！」

　四方八方（しほうはっぽう）からヤリやら剣（けん）やら構（かま）えた兵士達（へいしたち）が集（あつ）まってくる。

「ったく、俺（おれ）に罪（つみ）なすりつける気（き）だろアイツ！　マジふざけんな！」

　そう言（い）って歯（は）ぎしりをした所（ところ）で一人（ひとり）の兵士（へいし）が長（なが）いヤリを振（ふ）りかぶりながら迫（せま）ってきた。馬（うま）の脚（あし）をなぎはらうつもりか。

「飛（と）べよ、セキトバ！」

　相手（あいて）の態勢（たいせい）が低（ひく）くなった。その瞬間（しゅんかん）かけ声（ごえ）とともにセキトバが飛（と）び上（あ）がった。

　小屋（こや）のそばに置（お）いてある木箱（きばこ）を破壊（はかい）しながらも小屋（こや）の屋根（やね）に飛（と）び乗（の）り、そのまま家（いえ）の屋根（やね）に飛（と）び移（うつ）った。

「逃（に）げる気（き）だ！」

「ヤリ部隊（ぶたい）、早（はや）くあいつを馬（うま）から落（お）とせ！」

　長（なが）いヤリがその時（とき）、剣山（けんざん）のように突（つ）き出（だ）してジャックを狙（ねら）ったが、そんな物（もの）も最早（もはや）無意味（むいみ）。屋根（やね）から勢（いきお）いよく飛（と）び出（だ）したセキトバは城下町（じょうかまち）の家（いえ）の屋根（やね）に見事（みごと）着地（ちゃくち）し、屋根（やね）の瓦（かわら）を落（お）としながらも港（みなと）に向（む）かって突進（とっしん）し始（はじ）めた。

「弓矢（ゆみや）持（も）ってこい！」

「ヤリ部隊（ぶたい）、先回（さきまわ）りしろ！　港（みなと）だ！」

「いや、屋根（やね）に上（のぼ）れ！」

「誰（だれ）か身軽（みがる）な奴（やつ）はいないのか！」

　後（うし）ろで兵士（へいし）がぎゃあぎゃあやっている内（うち）に手元（てもと）の機械（きかい）を確認（かくにん）する。さっきと違（ちが）ってソフィアの居場所（いばしょ）を示（しめ）す光（ひかり）が猛（もう）スピードで港（みなと）の方（ほう）へ向（む）かっているのが分（わ）かる。

　フィリップが何（なに）をするつもりなのかは分（わ）からない。しかし彼女（かのじょ）のあの表情（ひょうじょう）から察（さっ）するにひどいことをしようとしているのは間違（まちが）いない。

「急（いそ）がないと」

　すると次（つぎ）の瞬間（しゅんかん）周（まわ）りに矢（や）が突（つ）き立（た）ち始（はじ）めた。弓兵（ゆみへい）の合流（ごうりゅう）だ。今（いま）はまだ無事（ぶじ）だが、撃（う）ち落（お）とされるのも時間（じかん）の問題（もんだい）だろう。

「お早（はや）いな……。耐（た）えろよ、セキトバ」

　時（とき）たまうねるように走（はし）りながら矢（や）を回避（かいひ）、走（はし）って追（お）いかける兵士達（へいしたち）をしり目（め）にどんどん走（はし）りぬいた。

　気付（きづ）けば港（みなと）はもう目（め）の前（まえ）である。

「そろそろ降（お）りるぞ」

　セキトバにそう指示（しじ）し、手綱（たづな）を使（つか）って方向転換（ほうこうてんかん）をする。

「ここだ！」

　ひづめが屋根（やね）をけり、空中（くうちゅう）に向（む）かって飛（と）び出（だ）した。

　――瞬間（しゅんかん）。

　ガッ！

　ヒヒィイン！

　突然（とつぜん）悲鳴（ひめい）のようないななきが聞（き）こえ、セキトバが暴（あば）れだした。

「どうし――！」

　言（い）いながら後（うし）ろを見（み）てあぜんとした。一本（いっぽん）の矢（や）がセキトバのしりにぶっ刺（さ）さっているではないか！

　やがて痛（いた）みに耐（た）えかねたセキトバが崩（くず）れるように座（すわ）り込（こ）んでしまった。

「すぐ抜（ぬ）いてやる！」

　痛（いた）がるセキトバをなだめながら矢（や）を抜（ぬ）いてやる。しかしその間（あいだ）にも兵士達（へいしたち）はジャック達（たち）を囲（かこ）もうと追（お）いかけてくるため、それ以上（いじょう）の処置（しょち）ができない。

「くそ……セキトバ、すまん。医者（いしゃ）は呼（よ）んでやるからそこで待（ま）ってろ！」

　しかしその場（ば）を離（はな）れようとした彼（かれ）の目（め）の前（まえ）を兵士達（へいしたち）がわらわらとわいて出（で）てくる。反対側（はんたいがわ）に逃（に）げようとすればそれさえも他（ほか）の兵士達（へいしたち）が塞（ふさ）いだ。

　カットラスをさやから引（ひ）き抜（ぬ）き、構（かま）える。――どうする、どうすればこの量（りょう）を切（き）り抜（ぬ）けられる！？

　冷（ひ）や汗（あせ）が背中（せなか）を這（は）った、その時（とき）。

「グハッ！」

　背後（はいご）で鈍（にぶ）い音（おと）が聞（き）こえた。

　驚（おどろ）いて振（ふ）り返（かえ）るとレイが渾身（こんしん）の飛（と）び蹴（げ）りを食（く）らわせているところだった。

「レイ！」

「テメェは早（はや）く行（い）け！　ソフが危（あぶ）ない！」

「お前（まえ）、あんなふざけた手紙（てがみ）残（のこ）しておいて今（いま）さら登場（とうじょう）かよ！」

「言（い）ってる場合（ばあい）か！　状況（じょうきょう）が変（か）わったんだよ！」

「後（あと）な、手紙（てがみ）見（み）たけど『ま』じゃねぇんだよ、『ま』じゃ！　今度（こんど）焼肉（やきにく）おごれよ！　A5ランクの牛肉（ぎゅうにく）！　特上肉（とくじょうにく）！！」

「だから言（い）ってる場合（ばあい）かっての！！」

　襲（おそ）い来（く）る敵（てき）をなぎ倒（たお）しながらもケンカする二人（ふたり）。周（まわ）りで見（み）ている市民（しみん）はぽかんとしている。

　団子状（だんごじょう）になって兵士達（へいしたち）が襲（おそ）いかかってきた。それをレイがふところから取（と）り出（だ）したリボルバーで何（なん）とか押（お）し戻（もど）す。傷（きず）つけないように武器（ぶき）を握（にぎ）る手（て）ギリギリを狙（ねら）う妙技（みょうぎ）は名人（めいじん）をもうならせる。

「俺（おれ）はここで奴（やつ）らを食（く）い止（と）める。お前（まえ）は早（はや）く仲間（なかま）と合流（ごうりゅう）しろ！」

「分（わ）かった」

　その場（ば）を一旦（いったん）レイにまかせて、ドンク達（たち）の元（もと）に行（い）くと何（なに）やら高（たか）そうなボートをいじっている。後（うし）ろに付（つ）いているあの箱（はこ）は何（なん）だ？

「お前（まえ）ら！」

「オヤブン！」

「おいさん、早（はや）くこれに乗（の）って！」

「何（なん）だこれは」

「ボートにエンジンを付（つ）けました。眼帯（がんたい）のおじさん達（たち）を助（たす）ける前（まえ）にあのおじさんと作（つく）ったんです。これでお姉（ねえ）さんを乗（の）せた船（ふね）に追（お）いつけるはず……」

　ルイがエンジンをかけながら説明（せつめい）する。

「船（ふね）？」

「王様達（おうさまたち）からもらった船（ふね）にフィリップ率（ひき）いるクライシス兵（へい）どもがソフを無理矢理（むりやり）乗（の）せたんだ。行（い）き先（さき）はクライシス王国（おうこく）。彼女（かのじょ）を利用（りよう）して魔法（まほう）の力（ちから）を手（て）に入（い）れる気（き）だぞ、奴（やつ）ら！」

　ジャックが問（と）うた瞬間（しゅんかん）、後（うし）ろから来（き）たレイがジャックの腹（はら）を抱（かか）え、持（も）ち上（あ）げる。そのまま他（ほか）の仲間（なかま）が待（ま）つボートに放（ほう）り込（こ）まれた。

「なっ、ナニスンダ！　レイ！」

「それ使（つか）って早（はや）く行（い）け！　ソフは誰（だれ）でもない、お前（まえ）を待（ま）ってるんだ。行（い）くべき先（さき）はその機械（きかい）で分かるだろ？　だったらぐずぐずしないでとっとと行（い）くんだ。王様達（おうさまたち）には俺（おれ）とピオで通報（つうほう）しておくから。あの馬（うま）も任（まか）せておけ。な？　ピオ」

「うん！」

「で、でも」

「理由（りゆう）も礼（れい）も今（いま）は後（あと）にしろ！　お前（まえ）、彼女（かのじょ）が好（す）きなんだろ？」

　言（い）われた瞬間（しゅんかん）口（くち）をつぐむ。ほほが熱（あつ）くなるのを感（かん）じた。

「だったら夢（ゆめ）を叶（かな）えてやれ。彼女（かのじょ）にはお前（まえ）しかいない」

「……」

「時間（じかん）がないんだ」

　頭（あたま）に手（て）を乗（の）せ、まっすぐ目（め）を見（み）てそう言（い）った。

　子（こ）どもの頃（ころ）からずっと見（み）てきたその真剣（しんけん）な顔（かお）で、夢（ゆめ）を叶（かな）えろと言（い）う。

　それにいくつの勇気（ゆうき）をもらったことか。

「エンジンかかった！」

「そら、行（い）け！」

「あっ」

　ドルルン、とエンジンがうなり声（ごえ）をあげた瞬間（しゅんかん）、レイがボートの船（ふな）べりを蹴（け）り飛（と）ばした。

　港（みなと）から離（はな）れた、ピオを除（のぞ）いた海賊団（かいぞくだん）を乗（の）せたボートが海面（かいめん）を走（はし）り始（はじ）める。

　もう迷（まよ）う時間（じかん）も混乱（こんらん）している時間（じかん）もない。

　今（いま）やるべきは状況（じょうきょう）に身（み）を任（まか）せ、彼女（かのじょ）の元（もと）へ駆（か）けつけることのみだ。

「北西（ほくせい）へ向（む）かえ！」

「そこに彼女（かのじょ）がいる」

　白（しろ）い水（みず）しぶきをあげ、月夜（つきよ）の下（した）、ボートが疾走（しっそう）する。

　大事（だいじ）な人（ひと）を助（たす）けるために。

　＊　＊　＊

　港（みなと）を離（はな）れてから数分後（すうふんご）。

「いた！！　あれだ！！」

「で……デカいッスね……」

　追（お）い風（かぜ）を受（う）けて順調（じゅんちょう）に歩（ほ）を進（すす）める巨大（きょだい）な船（ふね）を見（み）つけた。あそこいっぱいにクライシス兵（へい）が乗（の）っていると思（おも）うと身震（みぶる）いがするが今（いま）さら後（あと）には退（ひ）けない。

　自（みずか）らを奮（ふる）い立（た）たせた。

「リオ、あの船（ふね）にパチンコでロープを引（ひ）っかけろ。潜入（せんにゅう）する」

「分（わ）かった」

「他（ほか）はあの船（ふね）から離（はな）れないようにボートを操縦（そうじゅう）し続（つづ）けろ。いつ飛（と）び降（お）りてきても受（う）け止（と）められるように準備（じゅんび）しておけ」

「はいッス！」

「合点（がってん）」

「気（き）を付（つ）けてください」

　仲間（なかま）にほほ笑（え）み、それで返（かえ）した。

　パチンコから発射（はっしゃ）されたナイフが見事（みごと）に船（ふね）の壁面（へきめん）に刺（さ）さった。

　――、――。

　船（ふね）の上（うえ）、マストに縛（しば）り付（つ）けられたソフィアにフィリップがやわらかな笑（え）みをたたえながら近付（ちかづ）いた。

　そのそばには美（うつく）しいベールを付（つ）けたティアラがトルソーに飾（かざ）られている。

「大丈夫（だいじょうぶ）、私（わたし）の育（そだ）った国（くに）です。良（い）い所（ところ）ですよ？　あなたも気（き）に入（い）るはずだ」

「誰（だれ）が気（き）に入（い）るもんですか！」

　あごにそえられた手（て）に思（おも）い切（き）りかみついてやった。外（はず）したけど。

　その時（とき）、マストに物凄（ものすご）い勢（いきお）いでカットラスがぶっ刺（さ）さった。ハッとしてその方向（ほうこう）を見（み）ると船（ふね）によじ登（のぼ）りながら

「勝負（しょうぶ）しろ！　フィリップ！」

と叫（さけ）ぶジャックがいる。

「ジャン！」

　ソフィアは思（おも）わず身（み）を乗（の）り出（だ）した。

「……良（い）いだろう」

　ジャックを見（み）すえたフィリップが部下（ぶか）にサーベルを二本（にほん）持（も）ってこさせ、内（うち）一本（いっぽん）を投（な）げた。

「そのサーベルを取（と）れ。直々（じきじき）に倒（たお）してやる」

　目（め）の前（まえ）の床（ゆか）に突（つ）き刺（さ）さったサーベルを黙（だま）って引（ひ）き抜（ぬ）くジャック。二人（ふたり）のサーベルが交（か）わされ、決闘（デュエル）は唐突（とうとつ）に始（はじ）まった。

「ジャン！　ジャン頑張（がんば）って！」

「行（い）け、フィリップ様（さま）！　やっちまえ！」

　二人（ふたり）を群集（ぐんしょう）が取（と）り囲（かこ）み物凄（ものすご）い声援（せいえん）が飛（と）び交（か）う。

　突（つ）き、はらいを巧（たく）みに使（つか）い分（わ）けながら二人（ふたり）の間（あいだ）に火花（ひばな）が散（ち）る。目（め）にもとまらぬ斬撃（ざんげき）を互（たが）いに繰（く）り出（だ）し合（あ）いながら、共（とも）に一歩（いっぽ）も譲（ゆず）らない。ジャックが剣術（けんじゅつ）の天才（てんさい）であることはこれまでの冒険（ぼうけん）の中（なか）で既（すで）に知（し）れていたが、フィリップも中々（なかなか）の腕前（うでまえ）だ。まるでジャックの戦（たたか）い方（かた）をそのままコピーしたような剣（けん）さばきである。

　手（て）に汗（あせ）握（にぎ）るその戦（たたか）いっぷりは激（はげ）しさを極（きわ）めた。彼（かれ）らの額（ひたい）から飛（と）び散（ち）る汗（あせ）が夜空（よぞら）に映（は）え、時（とき）たま群集（ぐんしゅう）の中（なか）やトルソーに向（む）かって倒（たお）れこんだりする。そのたび歓声（かんせい）はどんどん大（おお）きくなり、その場（ば）は熱狂（ねっきょう）の渦（うず）に巻（ま）き込（こ）まれていった。

　しかしながらわずかにジャックの方（ほう）が優勢（ゆうせい）だ。ほんの一瞬（いっしゅん）フィリップが足（あし）をもつれさせたその瞬間（しゅんかん）を見逃（みのが）さず、一気（いっき）に攻（せ）めの体勢（たいせい）に入（はい）った。

　どんどん追（お）い込（こ）まれるフィリップ。

「今、謝（あやま）れば、命（いのち）だけは助（たす）けてやるぞフィリップ！」

「……何（なに）を、今（いま）さら！　謝（あやま）るのはどっちの方（ほう）だ！」

「何（なん）だと？」

「海賊（かいぞく）の、分際（ぶんざい）で、きれいごとを言（い）うな！」

「へん！　良（い）い人（ひと）の皮（かわ）をかぶった、悪人（あくにん）になんか言（い）われたくないね！」

「……そう、じゃない！」

「あんたみたいに……なりたかった……！」

　その瞬間（しゅんかん）ジャックの目（め）が見開（みひら）き、体勢（たいせい）が揺（ゆ）らぐ。そこにフィリップが押（お）し込（こ）み始（はじ）めた。

　形勢逆転（けいせいぎゃくてん）。

　とんでもない勢（いきお）いでジャックが押（お）されていき、ついに船（ふな）べりにまで追（お）い込（こ）まれてしまった。しかし彼（かれ）は反撃（はんげき）しようともせず、ただ目（め）を見開（みひら）いたままフィリップの顔（かお）を見（み）つめ続（つづ）けている。

「ジャン！　しっかりして！　ジャン！！」

　ソフィアの懸命（けんめい）な絶叫（ぜっきょう）によって何（なん）とか気（き）が付（つ）くが、時（とき）既（すで）に遅（おそ）し。今（いま）では防御（ぼうぎょ）で手（て）いっぱいだ。

「ジャン！　ジャン！！」

　悲痛（ひつう）な叫（さけ）び声（ごえ）と共（とも）に彼（かれ）のサーベルがなぎはらわれた。

「グワッ！」

「イヤアア！　ジャン！！」

　弧（こ）を描（えが）き、宙（ちゅう）を舞（ま）うサーベルは海面（かいめん）へと真（ま）っ逆（さか）さま。そのまましりもちをついているジャックののど元（もと）へフィリップのサーベルの切（き）っ先（さき）が突（つ）き付（つ）けられた。

　絶体絶命（ぜったいぜつめい）である。

「ジャン！！　ジャン！！　ジャンしっかり！」

「うるさいぞ！」

「いやあ！」

「ソフィーに乱暴（らんぼう）するな！」

「言（い）ってる場合（ばあい）か！　海賊船長（かいぞくせんちょう）！」

　叫（さけ）ぶと同時（どうじ）にサーベルの突先（とっさき）が彼（かれ）ののどをチクリと刺激（しげき）する。

　カットラスはソフィアの頭上（ずじょう）に刺（さ）さったままだ。あれを取（と）りに行（い）ければまだ良（い）いのだが、フィリップに追（お）い詰（つ）められ、彼（かれ）の部下達（ぶかたち）に囲（かこ）まれた今（いま）はそれも難（むずか）しい。

「そうだ、このままお前（まえ）も縛（しば）り上（あ）げてクライシス王国（おうこく）に連（つ）れて行（い）ってやろう。スパイとして育成（いくせい）すれば良（い）い操（あやつ）り人形（にんぎょう）になるだろうな」

「やめて、お願（ねが）い！　ジャンにひどいことだけはしないで、お願（ねが）い！」

「それとも天国（てんごく）で姫（ひめ）を待（ま）つか？」

「やめて！！」

　どうする、どうする！

「さあ、命（いのち）乞（ご）いの時間（じかん）だ！　ひざまずけ、ジャック・ド・アグロワ！！」

　どうする！！

「選択（せんたく）の時間（じかん）だ」