かいぞく姫と魔法のティアラ

俺達の頭脳戦

　配（くば）られていた地図（ちず）をガサッと広（ひろ）げ、所（ところ）どころにマル印（じるし）を付（つ）けていく。

「良（い）いか。舞台（ぶたい）だが……まずお祭（まつ）り周辺（しゅうへん）はNGだ」

「顔（かお）覚（おぼ）えられたら意味（いみ）ないッス」

「というかお祭（まつり）壊（こわ）れる」

「そこでだ。ずっと離（はな）れた、しかし歩（ある）いていける“ここ”で作戦（さくせん）を開始（かいし）する」

「それが？」

「ウィークス村（むら）……ッスね。なるほど」

　ディーディーがデキル学者（がくしゃ）みたいにメモをどんどん取（と）っていく。

　格好（かっこう）いい。

「ねえこれから何（なに）するの？」

「それは今（いま）から決（き）めるんスよ、アネキ。――それでオヤブン。その地域（ちいき）の人（ひと）びとは、えー……例（たと）えばどんな人達（ひとたち）なんスか？」

「どんな人達（ひとたち）……性格（せいかく）とか？」

「後（あと）は他（ほか）の地域（ちいき）とは違（ちが）う特徴（とくちょう）とか分（わ）かるとありがたいッス」

「ふむ……ああ、それなら面白（おもしろ）いことがあるぞ！　これを見（み）ろ」

　次（つぎ）の紙（かみ）を勢（いきお）いよく広（ひろ）げる。そこにあったのは金髪（きんぱつ）の少年（しょうねん）にピンクのドラゴンの絵（え）。そしてたくさんのアグロワ文字（もじ）……ウッ！　頭（あたま）がっ！

「これはアグロワ神話（しんわ）の登場人物（とうじょうじんぶつ）、勇者（ゆうしゃ）ジャックとお供（とも）のフレディの絵（え）。そしてこっちが神話（しんわ）のあらすじ」

「あらすじだけでこんなに長（なが）いだなんて」

「何（なん）せ世界一（せかいいち）！　だからな」

　おー、と謎（ナゾ）の歓声（かんせい）があがる。

「そして！　ここに注目（ちゅうもく）」

　……読（よ）めない。

「な、何（なん）て書（か）いてあるの？」

「ん。ここにはな、こう書（か）いてあるんだ」

　勇者（ゆうしゃ）ジャック。孤児院（こじいん）から引（ひ）き取（と）られた後（あと）、ウィークス村（むら）にて主神（しゅしん）アドアステラに育（そだ）てられる。

「これって……」

「そう。どこの国（くに）よりどこの街（まち）よりどこの村（むら）よりも神様（かみさま）や幽霊（ゆうれい）やドラゴンの存在（そんざい）を信（しん）じる、いわば『神話（しんわ）息（いき）づく伝説（でんせつ）の村（むら）』」

「神話（しんわ）息（いき）づく……」

「伝説（でんせつ）の村（むら）……」

「ちょっと奥（おく）まった所（ところ）に入（はい）れば神殿（しんでん）がごろごろしている。な、中々（なかなか）面白（おもしろ）いだろ？　作戦（さくせん）係長（かかりちょう）」

「そうッスねぇ」

　どうやらディーディーがこの「頭脳戦（ずのうせん）」とやらの作戦（さくせん）係長（かかりちょう）をしているらしい。

「どう？　作戦（さくせん）係長（かかりちょう）」

「んっふっふぅ、それ聞（き）いてたら良（い）い事（こと）思（おも）いついちゃったッスよ」

　不敵（ふてき）に笑（え）んじゃって、まあ！　気（き）になる！

「え！　なになに！」

「アネキにはまだまだ内緒（ないしょ）ッス」

「えー！」

「ちっちっち。初（はじ）めての人（ひと）は見学（けんがく）ッスよ。何（なに）せ下手（へた）したら死（し）んじゃうくらい危（あぶ）ないッスからね！」

「ま、その村人（むらびと）全員（ぜんいん）を敵（てき）にまわすわけだから」

　聞（き）いて思（おも）わずえぇっと肩（かた）を震（ふる）わす。

「そうなの！？　え、大丈夫（だいじょうぶ）なの！？」

「大丈夫（だいじょうぶ）。ソフィーをひとりぼっちにするような情（なさ）けないまねはしないから」

　肩（かた）を叩（たた）いてふわりと笑（え）むその顔（かお）に思（おも）わずどきっとしてしまう。あー、何（なに）どきっとしてんだ、私（わたし）！

「よし、それじゃ行（い）くか。ソフィーは安全（あんぜん）な所（ところ）から見（み）てな」

　人差（ひとさ）し指（ゆび）と中指（なかゆび）をそろえてこめかみから振（ふ）るように、キザな挨拶（あいさつ）をするジャン。もう少（すこ）し普通（ふつう）にできないのか！　この男（おとこ）は！

「あ、オヤブン。まだッス。まだ勝手（かって）に行（い）かないでくださいッス」

「ずこっ。ちょ、決（き）めポーズしちゃったんですけど！」

「はずかしー」

「ウルセー！」

「そうは言（い）ってもこの作戦（さくせん）は……ア！」

「この作戦（さくせん）は、何（なに）？」

　何（なに）かに気付（きづ）いたらしいディーディーにたまらなくなって聞（き）く。

　それに応（おう）じるように振（ふ）り向（む）いた彼（かれ）が持（も）っていたのはキューブ型（がた）のたくさんのチョコレート。輪（わ）投（な）げの賞品（しょうひん）だ。

「これが必要（ひつよう）なんス」

「え、な、何（なん）で？」

「そりゃあ、魔法（まほう）物語（ものがたり）の住人（じゅうにん）に遊（あそ）びに来（き）てもらうためッスよ！」

　ど、どゆこと？

　＊　＊　＊

「チョコレート、チョコレート……」

　ディーディーが持（も）って行（い）ったチョコレートの使（つか）い道（みち）がさっぱり分（わ）からなくて色々（いろいろ）ぶつくさ考（かんが）えてた。

　チョコレートの……合体（がったい）ロボ？　溶（と）けるわ。

　魔法（まほう）物語（ものがたり）がうんたらって言（い）ってたから……チョコレートが怪獣（かいじゅう）になったり？　や、だから溶（と）けるってば。

　じゃあもういっそのことチョコレートフォンデュの川（かわ）で村（むら）を襲（おそ）うとか？　それはさすがにないか。

　いつもの船員（せんいん）船長（せんちょう）の服（ふく）で堂々（どうどう）と道（みち）を歩（ある）く三人（さんにん）の背中（せなか）をぼんやり眺（なが）める。

　何（なに）か召喚（しょうかん）するみたいな事（こと）言（い）ってた割（わり）には意外（いがい）とフツー。本当（ほんとう）に何（なに）するつもりなの？

　――と。

　そう思（おも）った瞬間（しゅんかん）、ジャンが突然（とつぜん）ふところから装飾（そうしょく）がきれいな銃（じゅう）を取（と）り出（だ）し、天空（てんくう）に向（む）かってズドン！　と撃（う）った。

「動（うご）くな！　海賊（かいぞく）だ！！」

　始（はじ）まった！

　って、あれ？　魔法（まほう）物語（ものがたり）とかは？

「おーおー、やってんなぁ」

「あ、あれ！？　レイレイ！」

「よ、ソフ」

「そっ、ソフ……！？」

「お名前（なまえ）、ソフィアっていうんだって？　だからニックネーム考（かんが）えてあげた」

「だから？」

「ソフ。な！　良（い）いだろ！」

　や！　良（よ）くない！　むしろダサスギ！

「……心（こころ）の声（こえ）がダダもれてるんだが」

「だってダサいんだもん！」

「マカロンやるから」

「許（ゆる）すわ」

　ぱくつくとオレンジの香（かお）りが口（くち）いっぱいに広（ひろ）がる。幸（しあわ）せっ！

　え、何（なに）？　単純（たんじゅん）？　誰（だれ）が言（い）ったのよ！

「カップケーキも食（く）うか？」

「え！？　嬉（うれ）しい！　食（た）べる！」

　今度（こんど）はバターが甘（あま）いわ！

「……単純（たんじゅん）で助（たす）かった」

「何（なん）ですって！？」

　かみついた所（ところ）を口笛（くちぶえ）でごまかす。コンニャロー。

「そ、それでレイレイはどうしてここへ？」

「関係筋（かんけいすじ）からの情報（じょうほう）でな？　ここで奴（やつ）らが作戦（さくせん）をやると聞（き）いて来（き）たんだよ」

「カンケースジ？」

「ま、そこは聞（き）かないでくれ」

　ふ、ふうむ。

「それで、奴（やつ）ら何（なに）するって？　ソフは何（なん）か聞（き）いた？」

「や、魔法（まほう）物語（ものがたり）がナンタラカンタラってぐらいしか……」

「ふうん？　何（なん）か知（し）らんが面白（おもしろ）そうな話（はなし）だな」

「え、レイレイは何（なに）するか分（わ）かるの？」

「いや？　そんな万能（ばんのう）じゃないよ」

「そ、そうよね」

「――と、そうこうしてる間（ま）に動（うご）きがあったぞ」

「え、あ！　どこ？」

「見（み）ろ。広場（ひろば）に集（あつ）められた人達（ひとたち）から……」

　勇敢（ゆうかん）な男（おとこ）の人（ひと）が前（まえ）に出（で）て来（き）てケンカを売（う）ってきた。

「ふざけんな！　何（なに）が海賊（かいぞく）だ！」

「何（なん）スか！　やるッスかぁ！？」

「怖（こわ）いぞ」

「そうだぜ？　旦那（だんな）。今（いま）やめとかないとケガするぜ？」

「その人数（にんずう）で何（なに）えらそうなこと言（い）ってんだ！　三人（さんにん）対（たい）二十（にじゅう）数人（すうにん）だぞ！？」

　そう言（い）われて初（はじ）めて気（き）が付（つ）いた。確（たし）かにこれは圧倒的（あっとうてき）不利（ふり）！　すれ違（ちが）う船（ふね）を襲（おそ）いもしなかったあの三人（さんにん）だけで何（なに）ができるって言（い）うの！？　

　何（なん）だかハラハラしてきたその時（とき）、またジャンが天空（てんくう）に銃（じゅう）をかかげた。

「なぁに言（い）ってんだ！　俺達（おれたち）はな、大部隊（だいぶたい）でここまで来（き）たんだよ」

「嘘（うそ）こけ！　どこにいるってんだ！」

「嘘（うそ）じゃないッスよ！」

「何（なん）と俺（おれ）らは“幽霊共（ゆうれいども）”を味方（みかた）につけたんだからなぁ！！」

　その瞬間（しゅんかん）、村（むら）がちょっとざわめいた。

　ゆ、幽霊（ゆうれい）？　それが、魔法（まほう）物語（ものがたり）の住人（じゅうにん）？

　でもどこに。

「アァン？　俺達（おれたち）をバカにしてるのか！　そんな子（こ）どもだまし、通用（つうよう）しねぇぞ！　皆（みんな）、こいつらをやっつけろ！」

　なおも銃（じゅう）をかかげるジャンの胸（むな）ぐらをとうとう相手（あいて）はつかみ上（あ）げた。

　や、やばい！？　――しかし彼らは全然（ぜんぜん）ひるまない。

「おいおいお前（まえ）ら、怒（おこ）らせたらヤバいんだぜ！？」

「だから何（なん）だ！　俺達（おれたち）は悪党（あくとう）に屈（くっ）しないぞ！」

　どんどん一致（いっち）団結（だんけつ）していく村人（むらびと）達（たち）。や、マジでそろそろヤバいんじゃないの！？　無理（むり）があり過（す）ぎる！

「なら見（み）せてやるぜ」

　しかしそれでもおかまいなしのジャン。そのまま銃（じゅう）をズドンズドンと撃（う）った。

　すると――。

　バン！　バンバン、ババン！

　至（いた）る所（ところ）から返事（へんじ）をするように銃声（じゅうせい）が鳴（な）り響（ひび）く！

　えっ！？

　さらに――。

「ヨーホー！」

　ヨーホー！　ヨーホー！

　返事（へんじ）まで返（かえ）ってくる。しかも大量（たいりょう）に。高（たか）い声（こえ）もあれば低（ひく）い声（こえ）もあり、こだまではない事（こと）は確（たし）かだった。

　しかし相手（あいて）の姿（すがた）は見（み）えない。――あ！　あっちの木箱（きばこ）が今（いま）揺（ゆ）れた。あ！　あっちの椅子（いす）が勝手（かって）に飛（と）び上（あ）がって住人達（じゅうにんたち）に襲（おそ）いかかってくる！

　どういうことなの！？

「どうだ！　これでも幽霊（ゆうれい）なんかじゃないって言（い）えるか！？」

「そうッスよ！　彼（かれ）らがいつごきげんななめになるか、オレ達（たち）でも分（わ）からないッスよ！」

「金（カネ）」

　しかしまだ信（しん）じきれない様子（ようす）の男（おとこ）。

「ケッ。なぁーにが幽霊（ゆうれい）だ！　どうせこの木箱（きばこ）の裏（うら）にでも誰（だれ）か仲間をしこんである――」

　言（い）いながら木箱（きばこ）をどけてもそこからは“誰（だれ）も出（で）てこないし誰（だれ）もいなかった”。

「……は？　や、俺（おれ）が見逃（みのが）しただけで！」

　そう言（い）った時（とき）また後（うし）ろから物（もの）が飛（と）んできて、そこをすぐに違（ちが）う人（ひと）が探（さが）した。

　が、いない。

「え、これってマジなの？」

　一人（ひとり）がつぶやくと、不安（ふあん）は一気（いっき）に広（ひろ）まった。こうまでされては幽霊（ゆうれい）を信（しん）じないわけがない。皆（みんな）見（み）えない相手（あいて）に怖（こわ）がってお金（かね）を集（あつ）め始（はじ）めた。

　だって、どんなに探（さが）しても敵（てき）が“見（み）えない”のだから。

「どどっどういう事（こと）！？　どういう事（こと）なの！？」

「おっ、落（お）ち着（つ）け！　これはトリックだ！」

　つかみかかるように飛（と）びついた私（わたし）を引（ひ）きはがしながら説明（せつめい）する。

「とりっく？」

「要（よう）するに、ありゃ嘘（うそ）なんだよ」

「でも！　木箱（きばこ）の影（かげ）から何（なに）かが投（な）げられたのにそこからは誰（だれ）も出（で）てこなかったわ！」

「いいや？　そこにはいたよ」

「ええっ！？　透明人間（とうめいにんげん）が見（み）えるの！？」

「そんなの見（み）えねぇよ」

「ん？」

「だがトリックなら見（み）える」

「だから教（おし）えてってば！」

「じゃあ結論（けつろん）から教（おし）えよう」

「幽霊（ゆうれい）の正体（しょうたい）はずばり、“子（こ）ども達（たち）”だ」

「……？」

「まあ百聞（ひゃくぶん）は一見（いっけん）にしかず。気（き）になるならとりあえず誰（だれ）でも良（い）いから一人（ひとり）、子（こ）どもに注目（ちゅうもく）してみ」

「んー」

　言（い）われた通（とお）り、一人（ひとり）に注目（ちゅうもく）してみると……。

「ア！　今（いま）石（いし）投（な）げた！」

　その直後（ちょくご）に大人達（おとなたち）が一斉（いっせい）に後（うし）ろを振（ふ）り返（かえ）り、また幽霊（ゆうれい）だなんだと大騒（おおさわ）ぎしている。一方（いっぽう）で例（れい）の子（こ）どもはおびえるふりをしてごまかしている。

　なーるほど？

「そう、彼（かれ）らも最初（さいしょ）は合（あ）っていた。これは幽霊（ゆうれい）の仕業（しわざ）じゃなくて人間（にんげん）の仕業（しわざ）だってこと。でも、よもや自分（じぶん）と同（おな）じ村（むら）の、しかも子（こ）どもがやっているとは思（おも）わなかったんだ。仲間（なかま）は大人（おとな）とか悪（わる）そうな見（み）た目（め）の人（ひと）とか思（おも）いこんで」

「だから“誰（だれ）もいない”ように見（み）えたの？」

「そーゆーこと」

　なるほどね。

「分（わ）かっちゃえばとても単純（たんじゅん）。でもどうして彼（かれ）らは気付（きづ）けないの？」

「シンプル過（す）ぎるとかえってトリックって分（わ）かんないものなんだよ。――その証拠（しょうこ）にさっきソフにやったあの魔法（まほう）」

「うん」

「実（じつ）はそでから金貨（きんか）を手（て）の中（なか）に滑（すべ）り落（お）としてただけだったんだぜ？」

「えぇ！？」

「そゆこと」

　な、納得（なっとく）。

「じゃ、じゃあ！　じゃあ何（なん）で子ども達（たち）がジャン達（たち）に協力（きょうりょく）しているの？」

「それこそ、あのチョコレート。あれをごほうびに彼（かれ）らと契約（けいやく）をしたんだ」

「な、なるほど」

　神話（しんわ）息（いき）づく伝説（でんせつ）の村（むら）、そして目（め）の前（まえ）で実演（じつえん）してみせた幽霊（ゆうれい）トリック。この二（ふた）つが良（い）い具合（ぐあい）にからみあって、大（おお）きな効果（こうか）を生（う）み出（だ）したんだ。

　すごい！　ちょっと見直（みなお）したかも！

「ただなぁ、アイツら。毎回（まいかい）ツメが甘（あま）いんだよなぁ」

「え？」

「だって、こんな事（こと）を城下街（じょうかまち）でされて黙（だま）ってる兵士（へいし）がいると思（おも）うか？」

「あ」

「しかもめちゃ強（つよ）いクライシス王国（おうこく）の兵士達（へいしたち）も来（き）てるんだよなぁ」

「うげ」

「とりあえず俺（おれ）らだけでも先（さき）に避難（ひなん）しておくか」

「……そ、そうね」

　遠（とお）くから馬（うま）のひづめの音（おと）がたくさん響（ひび）いてきた。

　それからは皆（みな）さんのご想像（そうぞう）の通（とお）り。